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zoom RSS 鋸山(のこぎりやま)日本寺薬師本殿、及び、大仏、他訪問

<<   作成日時 : 2011/11/11 20:32   >>

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〔第58回〕 ここしばらく、放射能汚染の問題や橋下徹のバカの批判などを扱いましたが、今回は違った話題です。
   千葉県の南部に鋸山(のこぎりやま)という山があります。大阪で生まれた私は、東京都・千葉県にかけて住むまで知らなかったのですが、千葉県では有名な山です。ふもとから見ると、山頂付近が鋸(のこぎり)の刃のように見えるということで、鋸山というようです。JR内房線の「浜金谷(はまかなや)」と「保田(ほた)」の間くらいにあり、昔の国では、上総(かずさ)と安房(あわ)の境であったといいます。千葉県にいると、名前は頭に入ってくるというのは、ひとつには、鋸山に登るロープウェイが、どうも、京成電鉄のグループ会社であることから、鋸山と鋸山ロープウェイの名前や写真を、なにかと見る機会がある為ということがあるようです。
   私が最初に鋸山に行ったのは、ハイキングのガイドブックを見て、《「登山」という気持ちでのハイキング》に行ったという時でした。私は、木質系の住宅建築業の会社に勤めてきましたので、健康づくりに体を動かすことをするのでも、同じことなら仕事にも役立つかもしれないことをやろうと思って、桧・杉・松その他の樹木を見ながら山に登ることができるように、《「登山」という気持ちでのハイキング》を始めたのです。 鋸山については、北側の浜金谷の方から登るようにハイキングの案内書には書かれていました。北側の浜金谷から行くと、途中で道が3つに分かれます。その3つのどれを通っても行けるのですが、私はその中央の道をいくつもりで歩きかけたのですが、途中で、地図をリュックサックから取り出して、この道で良いのかと見ているうちに、50代なかばから60くらいの夫婦に追い抜かれて、行こうと思っていた道を行かれたので、このままこの道を行くと、この2人の尻を山頂まで見ながら行くことになるのかと思って、「車力道」という、かつて、「房州石」といって建築用に使われた石を切り出す際に使われていた道の方を行くことに変更しました。どちらがよかったというものでもないと思います。それで、山頂付近まで行って、その先に「地獄のぞき」とか「鋸山の大仏」とかがあるということなのですが、そこで“入場料”を払わなければならないのです。ええ〜え・・・とか、その時は思ったのですが、実は、鋸山というのは、ハイキングの好きな人にとっては北側がハイキングコースとして、レジャーとして行く人にとっては西側からロープウェイに乗って山頂まで行って「地獄のぞき」を楽しみ、山頂からの風景を見て帰るというのが主になりますが、この山の南面は、日本寺(にほんじ)というお寺なのです。 それも、けっこう由緒のあるお寺だったのです。不謹慎かもしれませんが、実は、こういう体験は、これより前、鎌倉の建長寺でも経験したことがあるのです。 ハイキングコースの案内書を見ると、建長寺の入口から入って、建長寺の上まで行くと、そこから天園ハイキングコースというのが鎌倉の街の北側を巡っていて、天園ハイキングコースに行くために建長寺に入って、なんだ、通るだけなのに拝観料を払わなければいけないのか、とか思いながら入って、通行しながら、「あれ、ここって、相当のお寺じゃないのか???」と思い、よく考えてみれば、鎌倉五山第1位の建長寺で、建物も重要文化財に指定されているような物だったのです。それで、鋸山も南面は鋸山日本寺(のこぎりやま にほんじ)という現在は曹洞宗のお寺で、大仏さまというのは、何もひたすら観光のために作ったというようなものではないのです。
※鋸山ロープウェイについては、
「鋸山ロープウェイ株式会社」ホームページ http://www.mt-nokogiri.co.jp/pc/p010000.php
※日本寺については、
「鋸山日本寺(のこぎりやま にほんじ)」ホームページ http://www.nihonji.jp/ 
「ウィキペディア―日本寺(鋸南町)」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AF%BA_(%E9%8B%B8%E5%8D%97%E7%94%BA) 他参照。

  鋸山、及び、日本寺に行くには、主として、7つのコースがあります。
  ひとつは、JR「保田」の駅から歩いて、日本寺の参道を行き、本来のお寺の入口から入るというものです。日本寺への拝観としては、これが本来でしょう。 
  二つ目は、クルマで国道127号線を行き、東に入って参道を途中から右に行って東口駐車場に停めて、大仏の少し下あたりから入るというもの。
  三つめは、西側から、鋸山登山自動車道(有料)をクルマで山頂付近まで登るというものです。私は高齢の母を鋸山に連れて行ってあげたいと思って、この道をクルマで行ったことが一度ありますが、大変急な道で危険性が高いと思うので、他のルートの方がいいと私は思いました。
  四つ目は、西側からロープウェイに乗って山頂付近まで行くという方法で、電車なら「浜金谷」からロープウェイの山麓の駅まで歩けるでしょうし、クルマの場合は山麓に駐車場があります。
  五つ目から七つ目までは北側・浜金谷の側からのハイキングコースの3つの道です。
  大仏さまの下の駐車場から入って山の上の方の「地獄のぞき」まで行こうとして「ふええ〜え」と言っている人、ロープウェイで山頂まで行ってから、大仏さままで行こうとして、「ひええ〜え」と言っている人を見かけることがありますが、北側から来る人は《「登山」という気持ちでのハイキング》に行く所ですから、街中を歩くつもりでロープウェイで行って、そこからはなだらかな道がちょろちょろくらいかと思っていると「ふえ〜え」「ひええ〜え」ということになるようです。

  それで、今回は、日本寺への拝観と、実は、山頂から富士山が見えるはずなので、来年の年賀状用に富士山の写真を撮影したいと思って行ったのです。今回は二つ目のルート、東口駐車場から行きました。  
  日本寺は、実は、けっこう古くからあるお寺らしく(などと言うと不謹慎・不勉強と怒られるかもしれませんが)、そして、大仏も、最近に町おこしのためにゼネコンさんが作った巨大な仏像・観音像などの類ではなく、江戸時代からのものらしいのです。
  日本寺のホームページに≪昭和14(1939) 年の登山者の過失による山火事により、仏像や本堂を含む建造物など文化財を焼失してしまいました≫と書かれているように、建築物については古い物は少ないので、今回、私は3回目の訪問なのですが、建築屋としては、その点については、正直な所、それほど期待しないで行きました。 
  しかし、です。 中腹にある薬師本殿(醫王殿)に行ってみると、大きくはなく、又、比較的最近に建てられた物らしいけれども、これはなかなかの建物ではないか・・・と思ったのです。↓
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画像
 
  説明の看板を見ると、↓のように書かれています。
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  小川三夫さんの作品だったのですね。
  私は、最初、「薬師本殿」という名前なので、これが本堂かと思い、広い敷地のお寺にしては本堂は小さいと思ったのですが、そうではなく、この左側に空き地になった土地があり、そこに本堂を建設したいという計画だということで看板が出ていました。
※小川三夫さんを知らない方は、
「コトバンク―小川三夫」http://kotobank.jp/word/%E5%B0%8F%E5%B7%9D%E4%B8%89%E5%A4%AB 他参照。

  それで、大仏の方ですが、↓
画像

  私が子供の頃、小学館から「小学○年生」という月刊誌が出ていて、それを幼稚園から小学校の低学年の頃に購読していて、付録に「日本一・世界一クイズ」というのがあって、その中に、「日本一、背の高い像は?」という質問に「東京湾観音」と書かれていて、そして、「日本一大きな仏像は?」という質問には「奈良の大仏」と書かれていて、それ以来、日本一大きな仏像は奈良の大仏だと思ってきたので、鋸山の大仏が日本一大きいという記述を見た時には、ええ? もしかして、ゼネコンさんの力で巨大なものを作れば町おこしになると思ってあちらこちらにできる巨大な像のひとつか??とか思ってしまったのですが、そうではないらしいのです。
※東京湾観音については、
「ウィキペディア―東京湾観音」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%B9%BE%E8%A6%B3%E9%9F%B3
「東京湾観音」ホームページhttp://www.t-kannon.jp/about/index.html
                 http://www.t-kannon.jp/          他参照。
  日本寺でもらった解説書きには、≪原型は天明3年(1783)に、大野甚五郎英令が門弟27名とともに3ヵ年を費やして現在の地に彫刻完成したものです。当時は御丈8丈、台座とも9丈2尺あり、天下にその偉観を知られていましたが、江戸時代末期になって、自然の風触による著しい崩壊があり、昭和41年に至るまで荒廃にまかされておりました。≫と書かれています。
  ≪昭和44年6月、4ヵ年にわたる復元工事によって再現した名実ともに日本最大の大仏さまです。≫ということなので、私が「小学○年生」の付録のクイズで見た時には、まだ復元されていなかったということのようです。
※日本寺大仏については、
「ウィキペディア―日本寺大仏」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AF%BA%E5%A4%A7%E4%BB%8F 他参照。

  ところで、「大仏」として、知名度のある大仏さまは、やはり、奈良の東大寺の大仏、次いで、鎌倉の高徳院の大仏、そして、千葉県においては、鎌ヶ谷大仏である・・・と思うのです。
  「大仏」というからには、「大仏(だいぶつ)」という名前の仏さまの像だろう・・・と、実は、昔は思っていたのです。が、そうではないらしいのです。
  鋸山の大仏は、解説書きには≪この大仏さまは、正しくは《薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)》と称し、宇宙全体が蓮華蔵世界たる浄土であることを現したもので、世界平和、万世太平の大象徴として復元建立されたものです。≫と書かれています。
  「鎌倉の大仏」は、阿弥陀如来像らしい。
※鎌倉の大仏については、
「ウィキペディア―高徳院」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BE%B3%E9%99%A2 他参照。
  「奈良の大仏」は、『古寺を巡る 2 東大寺』(2007年2月13日 小学館)の「本尊讃歌・盧舎那仏(るしゃなぶつ)」には、
≪ 金堂(大仏殿)の本尊である盧舎那仏(るしゃなぶつ)(毘盧舎那仏<びるしゃなぶつ>とも)は、奈良の大仏さまとして親しまれ、人々の信仰を広く集めている。≫ 盧舎那仏(るしゃなぶつ)は、サンスクリット語(梵語<ぼんご>)のVairocana(ヴァイローチャナ)の音写からきており、光明遍照を意味する。
  盧舎那仏(るしゃなぶつ)は『華厳経』や『梵網経(ぼんもうきょう)』に説かれる仏で、『梵網経』では蓮華蔵世界の教主とされる。宇宙の真実の姿を照らし出す智恵と、存在するすべてのものに注がれる大きな慈悲をあらわす。この世をあまねく照らす仏なのである。
  宇宙の無限の広がりと永遠の時間を象徴するため、中国の雲岡(うんこう)石窟(山西省大同市)・龍門石窟(河南省洛陽市)の石仏の例もあるように、盧舎那仏は巨大であることが理想とされた。信仰心の篤かった聖武天皇も、可能な限り巨大な仏を造ることを祈念した。…≫と書かれています。
  奈良の東大寺の大仏・・・盧舎那仏(るしゃなぶつ)
  鎌倉の高徳院の大仏・・・阿弥陀如来
  千葉県の鋸山日本寺の大仏・・・薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)
と、俗に「大仏」「大仏さま」と言っていますが、3仏とも異なるようです。

  ところで、鎌ヶ谷大仏って、新京成電鉄に「鎌ヶ谷大仏」という駅があるくらいですから、鋸山の大仏とか奈良の大仏ほどではないとしても、鎌倉の大仏くらいの大きさの大仏さまが鎮座されているのではないか・・・と思いませんか?
  なんでも、「世界3大がっかり」なるものがあるそうで、デンマークのコペンハーゲンにある人魚姫の像、ベルギーのブリュッセルにある小便小僧、それと、シンガポールのマーライオンを言うそうで、なぜ「がっかり」かというと、相当に有名なので、かなりのものがあるのだろうと期待して見に行く人が多く、行って実物を見ると、期待して言った割に、なんだ、こんなものか・・・と思ってしまうというのです。 それで、「世界3大がっかり」ではなく、「世界4大がっかり」として、もうひとつ、鎌ヶ谷大仏を入れてはどうかと思うのですが、いかがでしょう。 コペンハーゲンの人魚姫の像、ブリュッセルの小便小僧、シンガポールのマーライオン、それに、鎌ヶ谷大仏で、「世界4大がっかり!」
  決して、鎌ヶ谷の大仏さまが悪いわけではないのです。決して悪いのではないのですが、駅名になっているくらいなので、鎌倉の大仏と同じくらいかちょっと小さいくらいの大仏さまが鎮座されているのではないか、と思い、その付近まで行って、あれえ、このあたりのはずなんだけどなあ〜あ・・・・と周囲を見回して、見当たらないなあ〜あ・・・と首を傾げて、ふと見ると、なんと、目の前にいらっしゃったではありませんか・・・・・。ぶふ、ぶふ、ぶふふふふうう〜う。これが、鎌ヶ谷の大仏さまかあ〜あ、笑っちゃいかん・・・とは思いながらも、奈良の大仏とか鎌倉の大仏を思い浮かべて、はるばる来た者としては、やっぱり、ぶふふふふうう〜う・・・と、思ってしまう。 新京成電鉄の「鎌ヶ谷大仏」駅からすぐですから、その状況を体感したい方は、一度、鎌ヶ谷大仏に足を運ばれると良いかもしれません。但し、鎌ヶ谷大仏のあたりから北側が、千葉県では放射線量が高くなっているとも言われているらしいので、それを念頭においた上で。
※鎌ヶ谷大仏については、
「ウィキペディア―鎌ヶ谷大仏」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E3%83%B6%E8%B0%B7%E5%A4%A7%E4%BB%8F 他参照。
※関東地方南部の放射線量の地図は→http://takedanet.blogzine.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2011/11/23/bandicam_20111123_093645341.jpg 
http://takedanet.blogzine.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2011/11/23/bandicam_20111123_092819133.jpg  参照。

  それで、「地獄のぞき」が↓です。
画像


  そして、今回の目的は、次の正月の年賀状用の富士山の撮影であったわけで、前回来た時には、山頂の展望台から見事な富士山が見えたので、今回、それを撮影して年賀状用にと思って・・・・・↓
画像

・・・・・見えないよお〜お↑・・・・
ということで、見えないものはしかたがない。日頃のおこないが悪いのじゃない。次に見に来ることができる時まで、希望を持って人生を歩むようにとのお導きである・・・かどうかわからんけど、まあ、しゃーない。

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆放射線量☆☆☆☆☆☆☆☆☆
鋸山日本寺 東口駐車場  (千葉県安房郡鋸南町鋸山) 2011年11月9日、午後
路面:アスファルト  高さ:約1m
γ線量・・・・0.12μ㏜/時
β粒子束密度・・・・0.002particle ㎠/min (1分間1立方センチあたりの粒子数)
使用測定機器:ウクライナ ECOSTEST社製 TERRA-P+

鋸山日本寺 大仏前  2011年11月9日、午後
路面:石  高さ:約1m
第1回測定
γ線量・・・0.11μ㏜/時
β粒子束密度・・・0.002particle ㎠/min

第2回測定
γ線量・・・0.15μ㏜/時
β粒子束密度・・・0.000particle ㎠/min

  大仏前から山頂の展望台までの間を、ガイガーカウンターのγ線量測定モードにした状態で上がりましたが、その間の数値は、0.07μ㏜/時〜0.14μ㏜/時までの間を行き来しました。樹木の間における数値が必ず高いというわけでもないようでした。↓
画像


  大仏前で測定した時、横からビュウ―っと風が吹いた時に、一瞬、0.22μ㏜/時の数値が出て、すぐに下がったのですが、これは、その時の風が運んだ空気の中に放射性物質があったということなのでしょうか?

  千葉県は、北西部の放射線量が高く、北部より南部の方が低いと言われるのですが、測定した数値が多くないのですが、仮に今回の測定数値だけで見るならば、鋸山については、船橋市の私の自宅の近所などと比べて、低いということはありません。山の部分は高めなのか、それとも、我が家の前は、放水の上、デッキブラシでこすりまくりましたし、我が家の植木も(植木というほどのものでもないけれども)、早々に、スポーツ刈りにしたということも、多少は関係あるかもしれませんが。

  誤解のないよう、お断りいたしますが、私、「しろうと」です。 あくまで、購入したガイガーカウンターを使って、こんな測り方でいいのかなあ〜あ、と思いながら測ってみたということでのものです。だから、もしかすると、こういう測り方ではだめなのかもしれない、という数字です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。次回以降もどうぞよろしく。
☆ コメント・トラックバック・気持ち玉、いずれも歓迎いたします。
                 (2011.11.11.)


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