肌がヒリヒリするのは、やはり、放射性物質の影響か? 私だけではないと思いますが、皆さん、どうですか?

〔第49回〕 3月11日の地震と福島第一原発の事故の後、3月から4月始めにかけてと、7月終わりから8月にかけて、両方の上腕の外側がヒリヒリすることが、しばしば、ありました。 今までに経験したことのないことであり、いったい、なんだろうと思いました。

  2011年3月11日の地震と原発事故の時から今日まで、私は千葉県の船橋市に住み、千葉市中央区の会社に勤務してきました。地震の時は、千葉市中央区の会社にいました。 地震と原発事故の後、外を出歩く時には、マスクと帽子をするようにしました。 マスクは、通常、コンビニやスーパーで売られている風邪ひきや花粉症用のマスクよりも、建築屋が現場作業をおこなう時に使う粉じん防止用のマスクを使用した方が効果があるのではないかと考え、粉じん防止用マスクをホームセンターで購入して使用しました。 粉じん防止用マスクでも、相当に効果があり価格も高いフィルターを入れ替えて使うタイプのマスクもありますが、放射性物質を防ぐ為には使い捨てのものの方が良いと考えて、使い捨てタイプのものにしました。 帽子は麦わら帽子では隙間があるので効果は少ないと考え、野球帽よりも縁のある帽子の方が良いと考えて、縁のある作業帽を採用しました。 又、近視の為、通常、コンタクトレンズを着用していましたが、花粉症の季節はメガネにした方が良いと耳鼻科であったか内科であったかの医者から言われて、3月の地震があった時は花粉症の季節であったことからメガネにしていましたが、その後、花粉症の季節が過ぎても、放射性物質を防ぐ為には、本来は、ゴーグルメガネをするべきであるのでしょうけれども、営業の仕事、あるいは、営業でなくても、お客様や取引先と会うのに、ゴーグルメガネと帽子にマスクをした状態で会うわけにもいかないので、ゴーグルメガネはあきらめ、ゴーグルメガネでなくても、通常のメガネでも、ある程度は役立つであろうと考えて、コンタクトレンズではなくメガネにするようにしてきました。 衣服は、それまで、家の中ほどの洋服ダンスになおしてきましたが、3月11日の原発事故の後は、玄関に入ってすぐのところの洋服掛けに背広などは掛けるようにしました。 外から戻った時には、自宅であれ、会社であれ、うがいをし、メガネは水で洗浄するようにし、又、毎日、入浴、もしくは、シャワーを浴びるようにしました。それまで、開放していたトイレの窓も基本的には閉めるというようにしました。 クルマの洗車も、それまでよりは多めにおこなうようにしました。5月の連休頃には、庭の植木(たいしてないけれども)は、すべて、短く刈り込み、雑草も抜きました。 毎年、母の日にはカーネーションを買ってきましたが、今年はやめました。 食事は、外食の場合は、どこのどういう食材を使用しているのかわからないので、当初は、吉野家の牛丼の牛肉は狂牛病のおそれのあるアメリカ合衆国産なので放射能汚染は大丈夫であろう、すき家とか松屋の牛丼の牛肉もオーストラリア産とかなので大丈夫で、玉ねぎなどの根もの野菜は影響がでにくいと考えて、食べました。 タール色素たっぷりの漬物も中国産であろから(放射性物質については)大丈夫であろうと判断しました。 そば屋型の吉野家のうな丼は、まず、中国産の養殖うなぎであるはずなので大丈夫であろうと考えて食べました。 その後、玉ねぎなどの根もの野菜も大丈夫とは言いきれないと言われるようになり、外食は、基本的には、そば屋型吉野家のうな丼以外は食べないようにしてきました。 もともと、高脂血症・高コレステロール血症の対策として、バターではなくマーガリンを使用するようにしていましたが、3月11日以降もそうしてきました。 3月11日以降はアイスクリームは一切食べないようにしてきました。 飲用の水はミネラルウォーターを使用。 スーパーでお弁当やお惣菜を買う場合は、お惣菜やお弁当には産地の表示はない場合がほとんどなので、エビの天ぷらは、たいていが、インドネシア産などのブラックタイガーなので大丈夫であろうと考え(「ブラックタイガー」というのは、タイガーマスクの友達のことではなく、エビの名称です。念のため。)、バナナは国産はないはずで、台湾産・フィリピン産・エクアドル産・メキシコ産などで産地偽装はまずないはずなので大丈夫であろうと考え、青森県産のリンゴも大丈夫であろうと考え、ジュースは、「濃縮果汁還元」の場合は、還元する際にどういう水を使用しているかわからないので、「濃縮果汁還元」ではなく「ストレート」のものを買うようにし、おにぎりは海苔の産地が明示されていない場合は、赤飯とか、「こだわり塩むすび」とかを選ぶようにしてきました。そして、それでも、外食や総菜・お弁当ではどこのどういうものを使用しているのかわからない、特に、ゆるすぎる「規制値」を政府が出したことから、厳しめの規制値ならば、規制値にひっかかるであろうものが出回り、それを購入するのをためらうと「風評被害だ」などと言われるということが起こったことから、出来る限り、自宅にいる時は自炊し、会社に行く時にも、お弁当を作って持っていくようにしてきました。
   千葉県では市原市の岩崎西に放射線量の観測点が設けられていたようで、3月から4月にかけての市原市の観測点での放射線量は、それまでの原発事故がない時の過去最高の数値の2倍少々の値が発表されていましたが、福島県の原発から近い地域などとは違って、福島県東部中部や茨城県北部・宮城県南部などの方には申し訳ないけれども、東京から千葉にかけての地域においては、これだけのことをやれば、まあ、それほどは問題はないのではないか、と思ったのです。

   ところが、3月後半から4月始めにかけて、なぜか、両方の上腕の外側がヒリヒリしたのです。 今まで経験したことのないものであり、それを考えると、原発事故に関係があるのだろうか、とも思ったのですが、上記のように、ある程度以上の対策を取ってきたので、これ以上、どうすれば良いのかとも思ったのです。 そこで、気づいたことですが、ワイシャツなどは、それまでから、そう何日も着るものではなく、原発事故の後は、必ず、毎日、替えてきたのですが、背広は、2~3着くらいを交互に着るようにしてきた為、毎日、同じ服を着ることは少ないのですが、そのたびに洗濯をするわけではないのです。 それで、もしかしてと思い、原発事故の後、主に来ていた2着の背広をクリーニングに出して、それまで来ていなかった背広上下を着るようにしたところ、両方の上腕の外側のヒリヒリする感じはなくなったのです。 「これかあ」と思い、その後も、これまでよりも、早めに背広をクリーングに出すようにしました。

   ところが、7月の終わりころから8月にかけて、またもや、上腕の外側のヒリヒリする感じがでてきてしまったのです。 今回は、3月から4月にかけてと似た位置ではあるのですが、3月から4月よりも、もう少し範囲が広いように思いました。 もしかして「内部被曝」であろうか・・・・とも思いましたが、それなら、なぜ、上腕の外側とその周囲だけに出るのだろうか・・・と思いましたが、とりあげず、シャワーで体を洗って見るとおさまったのです。 ・・・ということは、シャワーで洗い落とせるということは、洗い落とせたのかどうかわからないとしても、シャワーで洗うとおさまったり軽減したりするということは、「内部」ではなく、「外部」ではないか・・・と考えたのです。 それで、気づいたのは、我が家は、岡の中腹の位置にあって、けっこう、風通しが良いこともあり、エアコンというものを設置してなかったのですが、7月始めまでは我慢して窓を開けないようにしてきたのですが、7月の後半になると、もう、どうしても我慢できなくなり、自宅にいる時には、窓をあけるようになったのです。 そして、これを打ち込んでいるパソコンとパソコン机は窓の脇にあり、窓を開けてパソコン作業をおこなっていると、すぐ横から風が入ることになったのです。 ・・・ということは、3月から4月に比べれば、7月から8月においては、空中の放射性物質の量は少なくなったと言われますが、それでも、空中にあって、風にのって窓から入り込み、腕などにあたっていたのではないのだろうか、と思ったのです。

   そう思っていたところのこと。 コンビニで購入した、おもしろ地理学会編『謎の痕跡に迫る! 離島地図』(2011.8.5. 青春出版社)という本の、「5.南・北アメリカ」の「スリーマイル島(アメリカ合衆国)」という項に、次のように書かれていたのです。
  ≪ じつはスリーマイル島は海ではなく、サスケハナ川の中に存在している。 「島」という呼び名がついているので誤解を招きやすいが、実際は中洲なのだ。
    ・・・・・・
    そんなスリーマイル島があるのは、ペンシルベニア州の州都ハリスバーグから南に50キロほど行ったミドルタウン市だ。ワシントンからは160キロ、ニューヨークからは210キロと大都市からもそれほど遠くなく、人里離れた辺境の地というわけではない。
    ・・・・・・・
    1979年3月28日未明、事故はスリーマイル島原発の2号機で起きた。 冷却システムの故障に始まったトラブルは、加圧逃がし弁の機能不全や運転員の操作ミスなども重なり、メルトダウン(炉心溶融)を引き起こしたのだ。
    警報機が鳴り響くなか、運転員は必至の作業を試みていたものの、ほとんどが誤操作だったという。 この間に希ガスと汚染水が周囲に放出されてしまった。
    ・・・・・・・
    午前7時前には発電所内に緊急事態が、その30分後には一般緊急事態が発令されたが、大々的に住民に知らされたわけではない。たまたま地元局のラジオを聴いていた人が知った程度である。 多くの住民は目の前で大事故が起きているにもかかわらず、まったく情報を得られなかったのだ。
    事故が公になったあとも、正確な状況がつかめない住民は不安に脅えながら身動きできないでいた。
    ようやく妊婦と就学前の子どもに避難勧告が出たのは、事故から2日も経ってからのことである。
    こうして運転開始からわずか3カ月で、2号機は廃炉となってしまった
    専門家の報告ではわずかな放射能漏れはあったものの、健康に影響を及ぼすほどではないとされている。 一時は避難した住民も大半は1~2週間で戻り、新たに引っ越してきた人も少なくない。
    ・・・・・・
    しかし、事故直後には口の中で金属の味がした、肌がひりひりしたといった証言があったり、奇形の植物が増えているともいわれている。 ただ、これらと放射能の因果関係は解明されていないのが現状だ。
    ・・・・・・・≫(P.174~P.177)
    アメリカ合衆国のペンシルベニア州のスリーマイル島の原発事故の時にも、「肌がひりひりした」という「証言があった」というのです。 ということは、やはり、私が、3月から4月始めと7月後半から8月にかけて、主として上腕の外側がヒリヒリしたというのも、原発事故による放射性物質の影響の可能性が低くないように思えるのですが、皆さん、このような感覚を受けたことはありませんか? 肌の敏感さは人によっても違うでしょうし、気にする人と気にしない人というのもあるとは思いますが、やはり、今まで感じたことのない感覚であり、原発事故による放射性物質と関係がありそうに思います。 ヒリヒリした時には、できるだけ早く、シャワーで洗い流した方が良いと思います。
    もし、同じような感覚を受けた方、コメント欄にでも、お知らせいただけないでしょうか。
           (2011.8.30.)
           ブログネーム : モンテ=クリスト伯+中原中也+ヴォーリズ

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  民主党の代表選挙は、「タカ派で自民党より右?の前原」「大連立(大政翼賛会?)の野田」「原発再稼働の海江田」と、積極的になってもらいたいとは思えない人ばかりだったのですが、結局、野田佳彦氏が選ばれたようです。 マア、玄海原発の再稼働に積極的に動き、「原子力発電所は安全であることを理解してもらいたい」などとおとぎ話のようなことを言っていた海江田万里氏が選ばれなかったのは、まだしもであったかな・・と思っています。 海江田万里氏は、今回は出ない方が自分自身にとって良かったのではないのかという気もします。 菅直人氏を降ろそうとしていた人たちは、少なくとも、菅直人氏と菅内閣よりも良い政治をおこなっていただきたいと思いますし、原発と放射能汚染に対しても、菅内閣より良い対応をしていただきたい。間違っても、国民を黙らせよう、国民に知らせないようにしようという傾向を菅内閣より強めるようなことは慎んでもらいたいと思います。 又、ともかくも、菅内閣の「脱原発」を宣言した部分について、決して後退しないでいただきたいと思います。 (2011.8.30.)
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この記事へのコメント

yas
2011年10月02日 17:26
私も、3/21に千葉の北部の雨を浴びて目尻がヒリヒリしました。
21日は、かなりの量の放射能物質が降った様です。
TK
2011年10月28日 23:20
私は3/15、3号機爆発の次の日の夜、妙に肌がチクチクする状態を経験しました。
同じ場所にいた方も、同じ症状を経験されています。
やっちゃん
2011年12月20日 21:05
11月頃から体がだるくなり、それと同時に両腕・両足の皮膚がヒリヒリ・スースーしています。更年期の始まりなのかと思って調べていたら、ここにたどりつきました。軽井沢在住です。
ぴん
2012年02月05日 07:05
昨日、常磐道いわき付近を通過中ピリピリした感覚が上半身に走りました。福島県を離れると症状がおさまった用な感じがします。自分も気になりネットでいろいろ検索したらここにたどり着きました。ちなみに私は携帯の電磁波も皮膚に刺激を感じます。
ぽうせ
2012年09月01日 18:26
2011年夏くらいから、今もです。東京城南地区、マンション低層階在住で、室内で特に感じます。郊外の友人宅の玄関でも感じました。かなり汚染されていると思います。絨毯張りの床で掃除しにくいのがネックだと感じています。敏感な私と鈍感な家族との同居も難しいです、、

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