社会科学系学部卒・男性のインテリアコーディネーター(1)、及び、学歴を述べるべきかどうか について

〔第42回〕 千葉県インテリアコーディネーター協会(ICCHI)の会員紹介欄に、4月初めより、私も掲載していただきました。 その際に、出身大学・学部を掲載すべきかどうか、かなり迷いましたが掲載していただくことにしました。

※ 千葉県インテリアコーディネーター協会(ICCHI)  http://www.icchi-jp.com/index.html
  千葉県インテリアコーディネーター協会(ICCHI) 会員紹介 http://www.icchi-jp.com/m_detail.html#s51

  基本的には、自分の経歴について、特に学校については、聞かれれば特別に隠すことはしていませんが、不特定の相手や、特に親しくなっていない相手には不必要に述べないことにしています。

 それは、
(1) 先入観で見られたくないこと。 その経歴について、人があらかじめ持っている先入観というのか、観念を持って見られるのはあまり居心地の良いものではないからです。
  特に、卒業した慶應義塾大学というのは、私が在学した時においても「最低でも高校から行った人間が本当の慶大生」ということを言っていた大学で、そして、内部進学の人は、大学から入った私のような人間のことを「外部の連中」と呼んでいたのであり、「外部の連中」とはえらい悪かったなあ!とでも言ってやりたいところですが、彼ら内部進学者様としては、自分たちの家の軒の先の先っぽに入れてやってやってやっている、感謝しろ、みたいな意識でいたようです。そうなると、別に入れていらんわい! けったくその悪い!とでも言いたくなるところですが、そういう大学を良かったか悪かったかわからないけれども、結局、私は卒業しました。日吉の慶應大学の教室の机に、「公立小学校―公立中学校ー公立高校ー現役京都大学 これこそ最高のエリート」と書かれた落書きがあって、その横に別の字で「慶應幼稚舎―慶応中等部―慶応義塾高校ー慶應義塾大学 これこそ最高のエリート」と書かれた落書きがあったのを見たことがあります。 この2つは正反対の極にあるようなものですが、慶應というのは、この後者の方の意識の人の大学で、その「慶應幼稚舎―慶應中等部―慶応義塾高校―慶應義塾大学」のうちのひとつが他の“私立”の小学校か中学校か高校かに入れ替わるのが、これに次ぐ立場で、小学校・中学校・高校・大学とすべて慶應で、親子代々慶應で親が大企業の役員かオーナー経営者か保守系政党の議員か慶應の教授というような人が御三家で、父親も慶應であるか親戚に複数人慶應出身の人間がいて小学校・中学校・高校のうち2つは慶應で大学も慶應というくらいの人が親藩、小学校・中学校・高校のひとつは慶應で大学も慶應というくらいの人が譜代大名、大学のみが慶應だが小学校から高校まですべて私立の学校で親戚にひとりくらいは慶應卒の人がいるという人間は外様でも関ヶ原の戦いで徳川方に加担した外様、小学校・中学校・高校のひとつ以上が私立で親戚に慶應卒の人がひとりくらいはいるという人は関ヶ原の戦いに西軍に加担したが存続を許された外様、そして、小学校・中学校・高校と公立で国立大学進学を考えていた人間で親戚に慶應大卒の人間はひとりもいないという者は関ヶ原の戦いに西軍に加担した上で存続を許されなかった外様。 それから考えれば、私などは、公立小学校―公立中学校―公立高校・・・それで、国立大学に行くはずが、なんの因果か慶應に行ってしまったという人間で、親戚中どこを探しても国立大学卒の人はいても慶應大卒の人間などどこにもいないし、親も大企業の役員でもなければオーナー経営者でもなくビョ―インの経営者でもなく保守系政党の議員でもなく教授でもないのはもちろんで、フツーのサラリーマンなので、慶應義塾大学という大学においては在学中も卒業してからも、ニセモノもニセモノ、まさしく筋金入りのニセモノであり、外様も外様、大外様、加賀の前田・仙台の伊達といった関ヶ原の戦いにおいて徳川方についたような外様でないのは明らかであるだけでなく、薩摩の島津・長州の毛利・常陸の佐竹などのように関ヶ原の戦いにおいては西軍についたものの存続を許された外様でもなく、いわば、近江佐和山の石田三成か備前の宇喜多秀家か信州上田の真田幸村(信繁)かというくらいの外様であって、いわば、石田三成が徳川大学に行ったようなものでした。まあ、関ヶ原の戦いをやるわけではないので、戦わなくても良いのですが、昔も今も、そのくらいの外様だったので、慶應義塾大学という大学の名前を出した時、特に、東京圏の人がイメージするものと私とはかけ離れているので、自分とかけ離れたイメージを無理に着せられても居心地良くないし、慶應の名前を無警戒に出してしまって「本物の慶大生」「本物の慶應卒業生」を期待されてしまっても、申し訳ないけれども、私は「筋金入りのニセモノ」であり「石田三成か真田幸村かというくらいの外様」なので、それで、普段は慶應義塾大学の名前は自分からは出さないことにしてきたのです。
  それと、慶應義塾大学という大学は、私が行っていた頃、学費は早稲田大学よりもひとまわり安い大学で、歴史のある学校だけに、最近作られた多くの私立大学よりも学費は安く、国立大学よりは高いのは間違いないけれども、すべての私立大学の学費を調べたわけではありませんが、自治医大のような形式上は「私立」とはいっても自治体が集まって作った大学で卒業後に僻地の病院に勤務することを条件に学費はタダというような特別のものは別として、私立大学の中では最も安いのではないかと思われる大学でした。早稲田と慶應と両方通って、慶應の方が学費が安いから慶應に入学したという人もいましたし、私が入学した頃、経済学部は入試の科目が数学と英語の2科目であったので、国立大学は医学部を受験したけれども落ちて、学費の高い私立の医学部や理工系の私立大学は無理だということで、理系の学部と共通する試験科目だけで受けられて私立にしては学費が安い慶應の経済学部を受けて入学したという人もいました。本当に親の年収が低ければ、日本育英会奨学金で学費を出してもらった上で、「慶應義塾奨学金」というものがあって、生活費を出してもらうということもできましたし、日吉には朝晩2食付きで月1万2千円という寮もありました。私が行っていた頃、東大の学生の親の平均年収と早稲田の学生の親の平均年収は同じくらいで、慶應の学生の親の平均年収は東大の学生の親の平均年収や早稲田の学生の親の平均年収よりも少々高いと聞きましたが、それは、あくまでも「平均」の話であって、私の親のようにフツーのサラリーマンである場合もあれば、私立大学としては学費の安い大学ですし、私が入学した頃、商学部と法学部は入試の科目数が多く、数学が入試科目にあった為、国立大学と併願した人もいて、もしも、国立大学に合格していたら、そちらに行ったという人もおり、そういう人は、結果として慶應に行ったとしても、親の年収としては、国立大学に行った人の親の年収の方に近いはずでした。 それにもかかわらず、どう考えても慶應よりも学費の高い私立大学でカネさえ出せば後は受験番号と自分の氏名さえ書けば合格みたいな大学に息子をやっている親から、「慶應なんか行ったら、学費高いでっしゃろ。ひえ~え」とか言われたりするので、バカヤロ―、おまえのドバカ息子の方がよっぽどカネかかってる学校行ってるんじゃないか、と言ってやりたくなるのですが、そういうことを言う人というのは、たいてい、わかった上で言っているので、ドバカ息子の行っている「大学」がどれだけ慶應大よりもカネがかかっているか説明しても無駄なことなので、そういう話も、そのテのドバカ息子のドバカ親も相手にしないに限るので、相手がそういう人間である可能性もあることから、在学中、相手がどういう人かわからないうちは大学の名前は自分からは出さないことにしましたし、卒業後もそうしてきました。 今、学費がどうなっているか知りませんが、おそらく、今でも、同じような状況ではないでしょうか。

(2) それとともに、この大学に在籍していた時、学生会館のような所に住んでいた時があり、入学した1年目、その食堂で、私が卒業した高校の同じ学区の2番手高校を落ちた人間が行く滑り止め私立高校出身で私より年下でありながら私より上の学年にいた男とその友人2人の3人が、少し離れた席で食事をしていて、その時、その男と他2人が「慶應の名前を出せば女なんかどうにでもなる。 一度、電車の中で、女子大生が乗っていたら、水戸黄門の印籠みたいに慶應の学生証を出して、『これが目に入らぬかあ』とやってやろうか。」と話していたのが聞こえたことがありました。 なんてレベルの低い奴らなんだ、なんてレベルの低い大学なんだ、と思い、こんな奴と同じ学校に行かされるのは嫌だなあ・・とつくづく思い、自分は小学校の1年から真面目に努力して勉強してきたのに、こんな白痴の行く大学に行かされてしまうとは・・・・・、「天は我を見放した!」と思ったものでした。 もっとも、この水戸黄門の印籠男と私では、水戸黄門の印籠男の方が、おそらく、はるかに出世もして、おそらくはるかに年収もあるでしょうから、「男の値打ちは年収の順番で決まる」という基準から行けば私などは最低のカスであり、この水戸黄門の印籠男こそ「尊敬すべき人間」ということになるのでしょうし、「でも、結婚するには、いいかもしれない♪」(パッパヤッパ、パッパヤッパ、パッパッパァ~ア♪)かもしれません。しかし、たとえ、そうであっても、私は、こんな男、好きにはなれませんね。 だいたい、おまえら、学校の名前以外には、何のとりえもないのか? と言うと怒られるでしょう。「こういう人間の方が社会で役に立つんだ。こういう人のつめの垢を煎じて飲みなさい。」と言われると思いますが、たとえ、それでも、私は、こんな男を好きにはなれません。
  数学者の遠山啓(ひらく)の『競争原理を超えて』(太郎次郎社)には、学歴を自慢する人間と言うのは学歴以外にとりえのない人間だ・・といったことが書かれていたと思いますが、申し訳ないけれども、私は、遠山とは違って、小学校から高校までにしても大学にしても、学校でやっていることに価値がないとは思っていないので、小学校から高校までにしても大学にしても、こういう学校でこういものを学び、自分は、これだけ努力したというのを、「自慢」ではなく、「矜持(きょうじ)」として持っているというのは悪いと思っていないのですが(「自慢」と「矜持(きょうじ)」とは根本的に違います)、しかし、まあ、なにかと大学の名前を出したがるアホが多い大学というのは、日本では一に早稲田、二に慶應、とこの2つの大学はどうしようもないアホ集団ではないのか・・・と思いました。 それで、何かと慶應の名前を出したがる人間というのは、よっぽどバカじゃないか、超人的なバカじゃないか・・・・という意識を持つようになり、そういうアホの仲間にはなりたくないなあ~あ・・・・と思うようになり、それで、出来る限り、大学の名前は出さないことにしたのです。
※「天は我を見放した!」については、
《YouTube―映画『八甲田山』 予告篇》http://www.youtube.com/watch?v=Aq5rzK279io&feature=related 参照。
※ ≪ 「でも、結婚するには、いいかもしれない♪」(パッパヤッパ、パッパヤッパ、パッパッパァ~ア♪)≫がよくわからない方は、
《 YouTube――シャインズ「私の彼はサラリーマン」》 http://www.youtube.com/watch?v=RykB69Hzn6I をクリックしてお聴きください。

(3)  幼稚舎から中等部・慶應義塾高校・慶應義塾大学卒というまさしく親藩・御三家ともいうべき慶應の人で、種なしブトウ(デラウェア)とか みかん とかを食べることができないという人がいました。「皮を剥いてもらって、皿に入れてもらってスプーンですくって食べるならまだしも、自分で皮を剥いて食べるなんて、そんな面倒くさいことできるわけない。」「よくそんなもの食うなあ。」と言って、みかん を普通に皮を剥いて食べる人間を、異常な者を見るような目で見ていました。彼にとっては、種なしブドウや みかん を自分で皮を剥いて食べる人間の方が異常なのです。そして、誰か自分のために皮を剥かないかと私など「外部の連中」の方を見回したりしていました。 私などは、子供の頃から食べ物の好き嫌いをしてはいけないと教えられて、何でも食べるようにしてきましたし、種なしブトウ(デラウェア)とか みかん とかは自分で皮を剥いて自分で口に入れてこそおいしいのであり、人に皮を剥いてもらって、種なしブドウ(デラウェア)を皿からスプーンですくって食べても、みかん を人にカラスに剥いてもらって食べても、あまりおいしくないのであり、こういう人のことを「本物の慶大生」「思考の柔軟な慶大生」「塾風を身につけている」「福沢精神を身につけている」「独立自尊の精神を身につけている」「ギャルにもてもての慶應ボーイ」とか言うのでしょうし、自分たちこそ慶應の中の慶應と思っているらしいのですが、しかし、「ギャルにもてもて」か「塾風を身につけている」か何か知らんけど、自分で口に入れるとおいしい種なしブドウを食えないとは、なんともかわいそうなヤツらだなあ・・・と思ったものでした。 「私の彼は、カネ持ちボンボン♪ 財布は厚いが常識うす~い♪ ・・・グルメを気取っているけど、セロリと人参食べられない♪ ・・・でも、結婚するには、いいかもしれない♪ パッパヤッパパッパヤッパッパッパァ~ア♪」http://www.youtube.com/watch?v=RykB69Hzn6I というように、カネ持ちのようですから、結婚するにはいいかもしれないし、特に、私なんかと結婚するよりはよっぽどいいでしょうけれども、でも、やっぱり、種なしブドウとか みかん とかを自分で皮を剥いて食べることができない人って、かわいそうな人だなあ・・・と思いますし、そういう人というのは、自分が受けてきた「教育」が正しいと思っているうようで、「外部の連中を教育してやらないといけないからなあ」などと言うのですが、いったい、何様だと思っているのかと思います。 「教育してやる」だのなんだのとのぼせあがった口きく前に、まず、種なしブドウと みかん 自分の手で皮を剥いて食ってみろ! と言ってやりたいですね。 なんで、こんなアホに「教育」されんといかんのじゃ、この内部進学のスーパーアホンダラが! と思うのですが、そう言うと、この大学では「受験勉強の悪影響だ」と言われるのです。 種なしブドウや みかん を自分で皮を剥いて食べるのが「受験勉強」で、種なしブドウを人に皮を剥いてもらって皿からスプーンですくって食べるとか みかん をカラスに剥いてもらって食べるのが「福沢精神」であるならば「受験勉強」の方がよっぽど価値があるし、福沢諭吉なんぞくそくらえ! という気になりますね。 もっとも、本当の福沢諭吉という人は、そういう人ではなかったはずですし、慶應の内部進学の人でみだりに福沢諭吉の名前を唱える人というのは、福沢諭吉の著作や福沢の伝記など一冊も読んでいない人が大部分なのですが。そういう、「グルメを気取っているけどセロリと人参食べられない」、種なしブドウ と みかん を他人に皮を剥いてもらわないと食べられないという「ギャルにもてもての慶應ボーイ」を私に期待されても、私はそういう人とは対極にある人間で、みかん を自分で皮を剥いて食うなと言われても嫌ですし、おそらく、その種の「慶應ボーイ」を好きな「ギャル」には好かれないでしょうし、昔も今もそんな女に好かれたいとはまったく思わないので、だから、慶應義塾大学の名前は、履歴書などには書きますが、そうでなければ、出さないようにしてきました。

(4) 元・朝日新聞編集委員の本多勝一(ほんだ かついち)の文章で読んだものですが、本多勝一が同じ朝日新聞社の筑紫哲也(ちくし てつや)と一緒に喫茶店にて話をしていると、ある“有名大女優”が来て、筑紫哲也と一緒に話をしていた本多勝一を無視して筑紫哲也に話しかけて話しこんだことがあったといいます。 本多勝一と筑紫哲也とは朝日新聞社に同期入社であったものの、筑紫哲也は「朝日ジャーナル」の編集長になった後テレビのニュースキャスターとして人気を得たのでその顔がテレビによくでて知られていたのに対して、本多勝一は『中国の旅』『戦場の村』『アメリカ合州国』などのルポルタージュなどの著作は有名でも、記者・ルポライターとして活動し、テレビにでることもなく、顔を知られるのは取材にとってマイナスになることはあってもプラスになることはないとして、講演に出る場合にもサングラスをするなどしてきた為、名前は知られていても顔は知られていなかった。 その為、その“有名大女優”は、筑紫哲也は有名人だと思って、近づいてきて話し込んだものの、本多勝一にはそう思わなかったらしく、完全に無視したといい、そして、筑紫哲也が、その“有名大女優”に、同席しているのが(朝日新聞編集委員で『中国の旅』などのルポルタージュで有名な記者で何冊も単行本を出している)本多勝一であることを話すと、とたんに、その“有名大女優”の態度が変わったということで、本多は「愚劣な女」とあきれたことを述べていました。 その話を本多の文章において読んだはずなのですが、それが何という本に収録されていた何という題の文章であったか、今わかりません。 相手の社会的立場や経歴によって、対応を変える人も世の中にはいるので、わざわざ、こちらの経歴を先に言うよりも、経歴不詳の状態で、相手がどういう対応をするか見た方が良いと思っているのです。だから、言うべき場かどうか考えずに学歴などは言わないことにしてきました。

(5) かつて、勤務した木質プレハブのK社にて、全国で10位以内の営業成績を残していたという千葉県内で勤務していたSさんが、客宅に行って、「私、早稲田の建築でてますから」などと言いだして、同席した営業課長が驚いたという話を聞いたことがありました。 「驚いた」というのは、Sさんは、日本大学芸術学部卒であって、早稲田大学理工学部建築学科なんぞ卒業してないので、それで、営業課長があきれて「おまえ、さっき、何言ったあ?」と言ったそうですが、「は? 私、何か言いましたか?」などとSさんはとぼけていたというのです。あの男なら、そんな感じかなあと思います。K社の別の営業所において、宅地建物取引主任者の資格を持っていないにもかかわらず、「ぼく、宅建主任の資格、持ってますから」としばしば客に言う男がいました。不動産会社で、宅建主任資格を持っていないのに持っていると見込客・契約客に話すと問題がありますが、建築会社なので、実際に宅地建物取引主任者証を提示して重要事項説明をすることもないので、特別に問題はでなかったのでしょうけれども、なぜ、持っていないのに、そんなことを言うのかと思ったら、前に所属した営業所の営業課長から「おまえは、卒業した大学もたいした大学じゃないし、学部も建築学科とかじゃなく経済学部だし、とりえがないから、宅建主任をもっていることにしろ。」と言われたと言っていました。愚かだと思います。本当に早稲田大学の建築学科を卒業した人間としての知識・技術を持っているので、それを発揮することができますと意思表示するのであればわかります。実際に宅建主任の資格を持っている人が、宅建主任資格を持たずに不動産業の会社に勤務している人と違って、宅地建物取引主任者の資格をきっちりと取得しており、それだけの対応ができますというのであれば悪くないと思いますが、持ってもいないのに「ぼく、宅建主任持ってますから。」と言って、宅建主任としての能力を発揮できるかというと、できないでしょう。早稲田の建築を出ていると学歴詐称するSさんは、K社では営業として相当に契約をあげていたのですが、学歴詐称していたから売れたのではありません。むしろ、その部分に精神的に負い目があるのでしょう。K社の後に勤務した、在来木造の I 工務店でも、初代の社長Oさんが言ったたことらしいのですが、ある営業所長 I さん が「今の世の中は、人を肩書で見る世の中だ」といったことを言ったことがありました。今の世の中に、人を肩書で見る傾向がないかといえば「まったくないことはない」と思いますが、すべて、それだけで見るかというとそうではなく、「人を肩書で見る世の中だ」と言い切るほど肩書だけで見るということはないと思います。むしろ、そういうことを言う人というのは、自分が従業員から評価してもらえないのは学歴が高卒だからだと言いたいらしいのですが、実際には、評価してもらえないのは、評価されないような態度を取ることが時々あるからであって、学歴が高卒だからとかいう問題ではないのですが、それを認めたくないようでした。実際、もしも、「今の世の中は、人を肩書で見る世の中」でるならば、その営業所長 I さんは、「営業所長」様として見てもらえてよさそうですが、そう見てもらえる時もあれば、従業員から「アッタマ悪いなあ~あ・・・」とバカにされたりしている時もあったというのは、「今の世の中は、人を肩書で見る世の中」である面もあればない面もあったということでしょう。「作家で精神科医」の なだ いなだ氏が「どのような賞を受賞しているかで人の値打が決まるのではない。どのような人が受賞しているかで賞の値打が決まるのだ。」と、たしか、『娘の学校』(中公文庫)で述べられていたと思いますが、私もそう思いますし、会社というところにある程度以上勤めて、「どのような役職をもらっているかで人の値打が決まるのではない。どのような人がその役職についているかで、その役職の値打が決まるのだ。」と思うようになりました。かつ、I 工務店の役職は全般にバブルで、「 I 工務店の営業所長というのは、普通の会社なら、『主任』か『副主任』程度」と思うようになりました。(もっとも、「普通の会社」でない会社でない方の会社が、けっこう多いのですが。)早稲田の建築を卒業しているとか学歴詐称する人にしても、建築業界においては、客は、「早稲田の建築を出てますから」と言えば評価するだろうと思っているから言うのでしょうけれども、それは、むしろ、その人が、客とは人を早稲田の建築を出ていればアホでも何でも評価するみたいに思っている愚かな認識・世界観・人間観を持っているということで、哀しい人間観を持っている人だなあ、かわいそうなヤツだなあ、という気がします。私などは、不必要にそういうことをしばしば言う人を見ると、それで評価するよりも、むしろ、学歴詐称している人なのかな・・と思ったりします。学歴・資格・職歴を詐称する人は珍しくないので、「ぼく、○○持ってます」と言われても、「ああ、そうですか。」くらいにしか私は思いません。そして、それ以上に馬鹿馬鹿しいのが、「いっきゅうけんちくしい~い」という奴です。建築業界においては、「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば人が言う事を聞いてくれる、人が評価してくれる、みたいに思っている人間がいるのです。これも愚かです。 「いっきゅうけんちくしい~い」というのは、「早稲田の建築出てますから」とか「ぼく、宅建主任持ってます」とは違って、詐称しているわけではなく、本当に一級建築士という資格を持っている人なのですが、ろくなもの作らないで、とにかく「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば、人が言う事を聞いてくれるみたいに思っている人間というのは、本当に一級建築士の資格を持っていても、資格詐称している人と実質的にほとんど違いません。学歴にしても資格にしても、その学校を出た人だけのことはあるということをしないで、その資格を持っているだけのことはあるということをしないで、「いっきゅうけんちくしい~い」と言い続けても、やっぱり、「ああ、そうですか。」と言うしかありません。建築業界においては、もうひとつ、「建築家」という文句があって、「建築家」と名乗ると人は言う事を聞いてくれるみたいに思っている人がいるのです。「建築家」というのは、「建築士」と違って資格試験があるわけでも何でもないので、とにかく、名刺を作って「建築家 ○野×造」と書いて配れば、それで、「建築家」なので、名乗った者勝ちみたいなものであり、別に詐称でも何でもないのですが、「建築家」だから、だから、いったい何なんだよう、といったところです。先日、幕張の総合住宅展示場をのぞいてみたところ、三井ホームの展示場に「建築家×インテリアコーディネーター の家」と書いた垂れ幕がかかっていましたが、インテリアコーディネーターは資格がありますからわかりますが、「建築家」というのは「建築屋」とどう違うんだい? というと、要するに、「俺は“建築家”なんだあ」、と言いたいへっぽこ図面書くヤツが「建築家」であって、マア、ろくなもんじゃねえ。三井さんも、あほくさい垂れ幕かけるよなああ・・・と思ったものでした。そんなもので、学歴にしても資格にしても、学校を出て悪いわけではないし、資格を取得して悪いわけではないのですが、あまりにもそれを強調しすぎると、だから何なんだよう、ということにしかならなくなるので、あほくさい「早稲田の建築出てますから」のヤツとか「いっきゅうけんちくしいい~い」とかと一緒にされたくないという気持ちから、学歴にしても資格にしても、誰にでも無警戒には言わないことにしてきたのです。

(6) 住宅建築請負業のK社にいた時、一度だけ、自分の方から卒業した大学名を言ったことがあります。
  私が、まだ大学生であった時、大阪の我が家の買い替えを親が考えたことがあり、近くの三井信託銀行の支店長と行員さん1人の2人が来られたことがありましたが、その時に、父が、「息子が慶應に行っているんです」と言うと、三井信託の支店長が「そうですか。私も慶應です。」と言われ、その後、我が家に来る三井信託の行員さんも、「御子息様は慶應に行かれているそうですね。うちの支店長も慶應の出身なんですよ。」と言い、それでうちの親は喜んだのです。私は、行きたいと思っていた大学でもないし、あの学校にあまりいい思い出はないし、石田三成が徳川大学に行ったようなものだし、「私も慶應です」と言われると、この人とはあまりかかわらないほうが良いのかなと、石田三成が徳川の家臣の本多・井伊・榊原といった人達に出会ったような気持ちになったのでしたが、両親はそうではなく、喜んだのです。 
  K社にいた時、見込客で、ご主人が早稲田大学を卒業して青山学院大学の教員をされているらしい方(教授なのか助教授なのか助手なのかはわかりませんが)がおられ、お宅に訪ねた時、御子息も早稲田大学を卒業して慶應の大学院に行っていると話されたので、三井信託の支店長が「私も慶應です。」と言われて、私の親が喜んだことを思い出し、それで、どこの大学を卒業したといったことは無闇に言わない方がよいと私は考えているけれども、こういうケースでは言った方が良いと思って、「そうですか。私も慶應の出身です」と言ったのですが、そうすると、「ゼミはどこですか」「どんな教授に学ばれましたか」と矢鱈と詮索され、そのお宅を出てから、あれは、いったい、なんだったのだろうと考えたことがありました。要するに、学歴詐称していると思われたのだと思います。三井信託の支店長は、勤め先が三井信託銀行で役職は支店長であったので、三井信託の支店長なら出身大学は東大か慶應かどこかだろうと思うので、それで、「私も慶應です」と言われれば「なるほど」と思うところでも、K社で一線の営業をやっている人間に「私も慶應の出身です」と言われると、そんなわけないだろうが、嘘つくな!という気になられたのでしょう。だから、その後は、ご主人や子息が慶應の出身であったり在学しているという場合であっても、絶対に自分が慶應を卒業したということは口に出さないようにしました。二流以下企業に勤めていて悪かったですね・・・と思いながら。

  こういった経験・認識から、普通、履歴書とかでなければ、特に聞かれなければ、学歴は自分から述べないのですが、インテリアコーディネーター資格については、私の場合は、「慶應義塾大学商学部商学科卒」と、いわば、セットで身につけたものなので、私の場合はインテリアコーディネーターというのは、商学部、特に慶應型の商学部の延長としてのものなのです。それで、千葉県インテリアコーディネーター協会の会員紹介においても、卒業した大学学部を掲載していただきました。
  
  建築学科卒の人で、建築士の資格を持って、その上で、インテリアコーディネーター資格を取得したというタイプの人もいるでしょうけれども、私の場合は、インテリアコーディネーターというのは、マーケティングであるとか経済学であるとかいった慶應義塾大学の商学部でおこなっている科目の延長として存在するもので、かつ、高校卒業するころは心理学・哲学に関心があった人間で、慶應の商学部での科目でも「労務管理論」などの科目には力を入れて学習し、マズローの『人間性の心理学』(産業能率大出版部)やダグラス=マグレガ―『企業の人間的側面』(産業能率大学出版部)などを読んで、こういった課題をずっと考えてきた人間で、又、中学生の時の「美術」における日本美術史や西洋美術史、高校の「日本史」における日本文化史などは特に関心をもっていた者で、家永三郎『日本文化史』(岩波書店)などは愛読書のひとつでしたので、私の場合は、インテリアコーディネーターというのは、
(1)セオドア=レビット『マーケティング発想法』(プレジデント社)など 
  〔マーケティング・経済学など〕
(2)マズロー『人間性の心理学』(産業能率大学出版部)など     
  〔人間性の心理学〕
(3)家永三郎『日本文化史』(岩波新書)など               
  〔文化史、歴史的に見た文化の流れ〕
そして、
(4)語学に対して、資格などは取得していないが、苦手意識はない。 
  〔主としてヨーロッパ系の語学〕
という4つの根があって、その上に続く茎や葉のようなものとしてのインテリアコーディネーターなので、だから、インテリアコーディネーターについては、自分を正直に紹介するには、その前の段階での学校でのことを述べないと自己紹介にならないと思い、出身大学と学部も掲載してもらいました。 又、学部だけにすることも考えたのですが、同じ学部名がついていても、特に、経済学部・商学部・経営学部といった学部の場合は、大学によって、やっている内容が違うことが多く、単に「商学部」というだけでは、意味が伝わらないと思ったので大学名まで掲載してもらいました。

  そして、もうひとつ。 私が、なぜ、インテリアコーディネーター資格を取得しようと考えたかという経緯の問題があります。この点については次回 《 社会科学系学部卒・男性のインテリアコーディネーター(2) 》 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201106/article_4.html において述べさせていただきます。 ぜひ御覧いただきますようよろしくお願いいたします。

   作成者ブログネーム:モンテ=クリスト伯+中原中也+ヴォーリズ


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