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zoom RSS “投手の建築”、“捕手の建築” 〜「建築家の創る家」って魅力を感じますか???

<<   作成日時 : 2011/02/01 20:41   >>

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〔第37回〕  たしか、2004年のこと、インテリア産業協会が参加企業の協賛で、インテリアコーディネーターの有資格者向けのスキルアップ講習をおこない、その際、横浜市都筑区中川のハウススクエア横浜の「住まいの情報館」(最寄駅:横浜地下鉄ブルーライン「中川」)において、 「高齢者・身障者の疑似体験」(たとえば、高齢になって、足腰が弱くなってきたときに、どのような動きになるか、どういうところでつまづきやすいか、緑内障の人にはどのように見えるか、どのような色では色の違いを認識できないか、といったことの疑似体験)と、インテリアコーディネーターとして独立してやっていっている女性によるインテリアコーディネーターとしての独立営業法の講義 というものが開催され、私も参加させていただき、貴重な経験をさせていただきました。
  2004年のことですが、高齢者・身障者としての疑似体験は、特に、インテリアコーディネーターでなくても、ハウススクエア横浜の住まいの情報館では、希望者には体験させてもらえたと思います。 もしも、今も変わっていなければ、インテリアコーディネーターに限らず、高齢者・身障者をも考慮した店作りをおこないたいと考える企業の経営者や、高齢者・身障者の立場を考慮した街づくりを考えたいと思われる市役所・町役場の職員の方など、足を運ばれて損はないと思います。

※ハウススクエア横浜 については、
「ハウススクエア横浜」ホームページ「住まいづくり体験館」 http://www.housquare.co.jp/johokan/taikenkan.html
 インテリアコーディネーターとインテリア産業協会については、
「社団法人インテリア産業協会」ホームページ http://www.interior.or.jp/  他参照。

  高齢者・身障者の疑似体験の方は、大変貴重な体験をさせてもらったと思っています。但し、その後、我が家の近所の体はまだまだ元気な前期高齢者の人達を見て、この人たちは、自分たちは高齢者だから、自分たちに合わせた街づくりをしてもらうのが高齢者を考えた福祉だと思っているらしいが、私の母のような年齢としても体力・体調としても後期高齢者になってきた人間の立場を、まったく理解できないらしいと気づき、そして、50歳前後くらいまでの人間の場合は、高齢者は自分たちよりも体力はなく、動きに苦労すると思っていて、そういった人達のことも考えて街づくりをするべきだと考えている人間が少なくないのに対して、我が家の近所の体はまだまだ元気な前期高齢者の人達を見ると、自分達が高齢者なので、自分達に合わせた街づくりをすればいいと確信を持っていて、自分達よりも体が不自由な後期高齢者の立場を理解しようという気持ちになることができない、体はまだまだ元気であっても、自分達よりも体が不自由な後期高齢者の立場を理解しようという頭がない、という、そういう方が大変多く、 そして、50歳前後くらいまでの人間であれば、高齢者の体の動き、感覚を理解する為にハウススクエア横浜に行きませんか、とお誘いすれば、行ってみようかと考える人がいても、我が家の近所の前期高齢者の人達の場合は、実際は、自分たちよりも体が不自由な後期高齢者の立場をまったく理解できていないにもかかわらず、自分たちが高齢者だから、自分たちがわかっていると思い込んでいるために、絶対に疑似体験に足を運ぼうとはしないだろう、ということに気づき、この、前期高齢者によって破壊される後期高齢者の生活環境を、いったい、どうすれば良いものか、と頭をかかえることとなったのでした。

  さて、今回の本題は、そちらではなく、インテリアコーディネーターとして独立自営しているという女性の講演での話の方です。 この方のお話には、参考になるお話も決して少なくなかったのですが、これはどうかな、と思ったものとして、「お客様に、プロだと思わせる方法として、一般用語で話さずに、『○○ですか』と一般用語で話せるものでも建築の専門用語を使って話すようにする」というものがありました。 これは、私が、それまで、住宅建築の業界で仕事をしてきた姿勢・対応と、まったく、逆の態度・姿勢であり、ちょっと、違うんじゃないのか、と思い、又、この人は、この業界で仕事をするにおいて、「投手型」か「捕手型」かといえば、「投手型」の姿勢で仕事をしてきた人なのかな、とも思ったのでした。 私は、住宅建築の業界で仕事をするにおいて、建築の専門用語で話すことができるもので、私が専門用語を良く知っていても、一般の方にわかりやすいように一般用語で説明するようにしてきたのでした。

  会社で仕事をしていくにおいて、野球のたとえ と ゴルフのたとえ をするようになると、オッサンだと思い、そうはなりたくないと思って、野球のたとえ と ゴルフのたとえ はしないようにしたいと長年思ってきました。しかし、1990年から1998年、野村克也がヤクルトスワローズの監督になって9年中4回優勝・3度日本一になった時、いわゆる「 I D野球」によって、「FAでカネにあかせて他チームのエースピッチャーや4番打者をひっこぬき、ドラフト逆指名取りや高額外国人を連れてきて、さらには、レーザー光線をヤクルト・吉井投手の眼を狙って照射するようなことまでやり、おまけに審判まで抱きこんで優勝を狙うズルイ巨人・悪い巨人・汚い巨人・卑劣な巨人」をコテンパンにやっつけ、さらに、カシアス=クレイ(モハメド=アリ)の毒舌のごとく、「長嶋のおかげで優勝できた。長嶋さまさまや。わしゃ長嶋大好きや。長嶋はほんまにええやっちゃ。」とまで言い出すあたり、先祖代々アンチ巨人としては、つくづくはまってしまったのでした。(巨人ファンの方、ごめんなさいね。) そして、野村克也の『ノムダス2 弱者が勝者となるために』(1998. 扶桑社)・『野村ノート』(2005. 小学館)・『野村の流儀』(2008.ぴあ)、野村と筑紫哲也との対談『功なき者を生かす』(1998. 光文社カッパブックス)、それに、永谷脩『野村克也「勝利の方程式」』(1997.三笠書房)・高田実彦『野村克也の「人材再生」工場』(1998.プレジデント社)と何冊も、野村の本を買って読み、「わしゃ貧乏やから」とか言いながら実際には田園調布のカネ持ちのオッサンで、「わしゃ日蔭の月見草」とか言いながら月見草にしてはずいぶんと目立つオッサンに、正真正銘貧乏な私が本代を払って印税をずいぶんとくれてやってしまったのでした。

  それで、私は、住宅建築の業界に長く勤務してきたのですが、基本的に「捕手型」の姿勢で顧客と接してきたわけです。 「捕手型」とは何でしょう。野球の捕手は、9人の選手の中で、唯一、逆向きに位置して背中を向けており、ひとりだけしゃがんで低い位置におり、そして、唯一、他の8人の選手の正面を向いているのです。 私は、住宅建築の会社で、営業の仕事をしてきて、住宅建築の会社における営業というのは、捕手のような立場ではないかと思うようになったのでした。 いつであったか、ヤクルトと西武が日本シリーズで対戦した時、ヤクルトの古田と西武の伊東の2人の捕手に、「野球以外のものにたとえれば、捕手とはどういう立場か」という質問がされ、古田が「中間管理職」と答えたといいますが、捕手は中間管理職ではないと思います。捕手は、他の野手と比べて、役職は上でも下でもないはずなのです。オーケストラの指揮者というのが、野球の捕手とよく似た位置におり、よく似た立場だと思うのですが、オーケストラの指揮者の場合は、野球の捕手に比べ、目立ちたがりが多く、ひとつには、野球の捕手は監督とは別であるのに対して、オーケストラの指揮者は、野球の捕手の立場であるとともに監督の立場でもある場合があるからということがあるのかもしれません。 
  指揮者は、他の演奏者と比べて、各楽器を演奏する能力という点で優れているわけではないと思います。捕手も投手の能力、遊撃手の能力、二塁手の能力、右翼手の能力といった点で、捕手が各野手より優れているわけではない。しかし、指揮者は、その曲を演奏していくにおいて、各演奏者に最高の演奏をさせて曲を構成していくことが求められ、各楽器を演奏する能力が各楽器の演奏者に劣っていても、それは関係ないことであり、捕手は、試合を運ぶにおいて、投手や各野手よりも、それぞれの守備位置の仕事をする能力が優れているわけではないが、試合を運ぶにおいて、扇の要の位置にいて、野手をコーディネートする立場にいる。 
  住宅建築の会社において、営業の仕事をしてきて、営業というのは、野球の捕手、オーケストラの指揮者のように、本来、他の部処の者より上でも下でもないけれども、各部門を調整し、コーディネートしていく立場ではないか、そして、「捕手の能力」によって、その施主の家が良い家にも良くない家にもなるということを実感し、捕手の仕事にやりがいを感じたのでした。 
  一昨年(2009年)、野村が楽天の監督の時、打たれた投手(たしか、田中将大)に、「もっと、捕手の言う事をきかんか」と怒ったというのが新聞に出ていたのを覚えています。 森 祇晶(もり まさあき)(森昌彦 もり まさひこ)が巨人の捕手であった時、投手が抑えて勝つと、翌日の新聞には、「○○完封勝ち」「△△完投勝ち」というように投手の名前が出るのに対して、打たれた時には、ベンチに帰ると、監督の川上が、打たれた投手にではなく、捕手の森に対して、「なんで、あんなところに投げさせるんじゃ!」と怒ったという話を、何かで読んだことがあります。森としては、ここに投げろと言っても、そこに投げない投手をどうしたら良いのか、投げろといった場所に投げない投手ではなく、なぜ自分が怒られなければならないのか、と思ったようですが、監督の川上としては、そうではなく、ここに投げろといっても投げられない投手には、それでも、そこに投げられるように捕手の森がなんとかしろ、ということで、それだけ、川上の森に対する信頼が厚かったということだ、と書かれていたと思います。 
  住宅建築の仕事においても、営業は捕手のようなものであり、設計が良い図面を書けるように、工事管理の人間が良い工事管理をしてくれるように、各職人が良い仕事をしてくれるようにコーディネートするのが営業の仕事であり、特に、在来木造の I 社に在籍した時には、私が在籍した期間、I 社は設計の質の高い会社ではなく、かつ、私には、常に新人の設計をまわされてきたことから、へぼ設計をリードして良い図面を書かせるという捕手の仕事にやりがいを感じたのでした。 1973年、巨人では敗戦処理投手であった山内新一が南海に移籍し、移籍すると同時に、投げては勝ち投げては勝ちして20勝をあげたが、何であったか、私が読んだ本によると、監督兼捕手であった野村は、球威はないがコントロールの良い山内に、ストライクゾーン内だけでなく、その外のコースをも加えたリードをしたといい、逆に、1972年に東映から移籍した江本孟紀は球威はあるがコントロールが悪く、ピンチになるとストライクゾーンに球が入らなくなったといい、その時、野村は「ど真ん中のストレート」のサインを出し、球威があるがコントロールの悪い投手・江本がど真ん中を狙って投げるとど真ん中には行かないことから打ちとることができた、といいます。 野村は、なんだかろくでもない投手の球ばかり受けてきたような気がする、と言い、そのうち、二流以下の投手をリードして、一流投手相手に勝つことにやりがいを感じだした、と述べていたと思いますが、在来木造の I 社にいた時、私は、野村と同様に、二流以下の投手(設計)をリードして、一流投手相手に勝つということにやりがいを覚えるようになったのでした。
  住友不動産株式会社という日本では誰であれ名前を知らない人のない大企業があります。 その住宅建築部門が、「ハウジングプランナー」とか「ハウジングエンジニア」とかいう名称で求人募集をしていて、もう何年も前になりますが、私は、説明会に参加させていただいたものの、応募しなかったということがありました。もし、応募したとして採用いただけたか不採用とされたかはわかりません。 それから数年経っていますから、その時、応募すれば採用いただけたけれども、今なら採用されないという可能性もあります。 「ハウジングプランナー」とか「ハウジングエンジニア」とかいう名称であっても、実際は、営業の募集です。「正社員」の募集ということですが、最初3カ月以内に1棟以上契約を取らなければやめてもらう、その後も、毎年、基準があって、その基準に達しなければやめてもらう、という話で、はたして、そういうものを「正社員」というのか疑問に感じ、また、営業は売ってもらわなければ困るというのは確かであるとしても、営業が契約を取れなかった時に、その責任は、その営業にだけあるのか、契約を取れない営業を採用した人事担当者には何の責任もないのか、ということを考えたのでした。 人事担当者には何の責任もないかような態度のその時の人事担当者に不快感を覚えた、特に、私はかつて自分自身が人事の仕事をしていたこともあり、その時、上役から、人事・採用の担当者というものは、いいかげんな人間を採用すれば、人事は何をやっているんだ、ということになるんだと教えられたことがあり、それから、考えて、住友不動産株式会社という会社が、いかに大企業であれ、財閥系企業であれ、一部上場企業であれ、有名企業であれ、営業にだけ責任があって人事には責任はないみたいな態度というのはおかしい、と思い、応募しなかったのです。  
  その時、毎年、一定の基準に達せずにやめていく人というのは、どのくらいの割合ですか、と質問し、「一割くらいです。」という返答でしたが、実際に勤めたという人などからは、「一割」ではなく、もっと多いという話を聞きます。 説明会には、「営業」ではなく「ハウジングプランナー」とか「ハウジングエンジニア」という名称で求人募集をしていたので、営業をしてきたという人より、むしろ、設計事務所に勤務してきた“一級建築士”とか設計一筋という人、キャドを学んできたという人などがいたように思います。もしも、「一割」ということなら、そこに来ていた人なら、私のように、ある程度、図面も書けるけれども、営業の経験もある、という人間よりも、設計一筋とか一級建築士と言えば何でも通るみたいに思っているタイプの人の方が、下の一割に入る可能性が高いと、その時、思いました。 設計一筋、といったタイプの人というのは、図面は設計が書いていると思っているのです。まさしく、野球の投手が、投球は投手がおこなっていると思っているがごとく・・・。 しかし、そうではないのです。野球の投球には捕手の力が大きいのと同じく、住宅建築の仕事において、図面の作成には、捕手(営業)の力が占める割合が大きく、それを理解できていない設計に、何ができるかというと、マア、たいしたことはできないだろうなあ・・・とも思います。
  22歳くらいで三流大学の建築学科を卒業して、それだけで「設計士さま」になったような気分になって、アホのくせして「設計士さま」の人生を送ってきたような人間に、自分自身が営業をやりながら図面を作るような仕事をすることができるかというと、できてたまるか!と言いたいですね。なめるな!と。  もっとも、野球においても、元・阪急ブレーブス投手・山田久志の『プロ野球 勝負強さの育て方』(1998 PHP文庫)を見ると、≪ ・・・「監督・星野仙一」を書き込んでいる二冊の本を読んだ。この中で、星野監督は「投手出身監督」と「野手出身監督」の比較についてこう言っている。「世間では投手出身よりも野手出身のほうが適しているように言われているが、私はそうは思わない。ピッチャーが打者に向かってボールを投げる時、投手は打者との対決だけに神経を集中させているように思う人もいるだろうが、そんな投手は失格。一流の投手ともなれば、ベンチの思惑、野手の心理、ゲーム展開、データ・・・・、すべてがインプットされた状況で投げるもの。だから、私は投手のほうが試合全体を広い視野で観察、分析できる能力があると思っている」 機中で、私は思わず自分の膝をたたいていた。 私が二十年間のマウンドで勉強させてもらった結果の「投手論」は、星野監督の考え方と全く共通している。・・・≫と述べられており、山田は、自分は一流投手だから、捕手もその他の野手も、なんでも自分の言うとおりにして当たり前、投手中心にみんなが動いて当たり前だみたいに思っているような投手は、そんな投手は一流投手ではない、と述べていたと思いますが、そうなると、住宅建築の会社で、「設計士さま」の言うことは誰もがきいて当たり前みたいに思っているようなへぼ設計というのは、「投手」でも一流投手ではない、ということになるのでしょうか。

画像

↑(中央) 野村克也『ノムダス2 弱者が勝者となるために』(1998. 扶桑社)
  ( 左 ) 野村克也・筑紫哲也『功なき者を生かす』(1998.光文社カッパブックス)
  ( 右 ) 山田久志『プロ野球 勝負強さの育て方』(1998 PHP文庫)

  私は、大学を卒業して最初に勤めた木質プレハブ中心のK社で、最初、営業を始めました。その際に、知ったかぶりをして、知らないこと・わからないことをわかっているような顔をしていいかげんなことを言ってはいけない、わからないこと・知らないことは、わかりませんと話して、調べて連絡しますと言って、課長なり専門の部署なりに問い合わせて確認した上で、後日、きっちりとしたことを話すようにする、と教えられました。そして、大学を卒業してすぐに勤めたときには、住宅・建築については「専門家」ではなかったのです。 その後、毎年毎月毎日、雨にも負けず風にも負けず、学習を続け、住宅建築の仕事をする人間の中では、知識について、人並みよりは上であろうというレベルになりましたし、設計や工事管理の仕事をしている人間でも並み以下の奴には負けないと思うようになりましたが、それでも、最初の出発点では「しろうと」であったのであり、建築について「しろうと」である者が、その時点では自分よりは建築について良く知っているらしい 建築学科や土木学科を卒業した連中をコーディネートして、そういう連中の話す「専門用語」を、一般の顧客、見込客・契約客が理解しやすいように、「しろうと」の用語に変換して話すことを仕事としてきたのです。だから、建築の専門用語を一般の方が理解しやすいように、一般用語に変えて表現することこそ私の仕事であり、私の本領であり、「一般用語で話せることでも、専門用語で話すようにして、プロだと思わせる」という、横浜ハウジングスクエアでの講習で講師をされたインテリアコーディネーターを独立して営まれている女性の言われることは、理解しがたいことであったのです。

  住宅建築の仕事において、「設計」は投手、「営業」は捕手であり、一流の「設計」であれ三流の「設計」であれ、「捕手」のリードにより、図面のできばえは変わる。そして、「捕手」の占めるウエ―トは決して小さくないのです。
  「捕手」は、設計であれ、色合わせを担当する「コーディネーター」であれ、工事担当であれ、ローン担当であれ、各職人であれ、各専門業者であれ、そういった「専門家」という「投手」よりも施主に近い立場にいて、そして、施主・契約客や見込客にわかりやすい表現で話すのが仕事であったのです。そして、お施主様でも、そのあたりの事情・いきさつを理解される方もありました。

  K社でも、その後、勤めた在来木造の I 社でも、自分を実際以上に良く見せようとして、学歴を詐称したり、資格を詐称いたりする人もありました。愚かなことだと私は思いますね。 K社の千葉支店で最も多く売っていた営業のS氏は、最終学歴が日大芸術学部卒であったにもかかわらず、客宅に行って、「私、早稲田の建築出ていますから」などと言ったりしていたと聞きました。全国規模の会社で上位10傑に入る営業成績、その県では1位の営業成績を続けている人のそういう話を聞くと、それで売れるのならば、他の者もそうするべきだと、部下に学歴や資格・職歴を詐称するように教える人まで出てくるようで、K社のJ展示場の同僚であった人は、上司にあたる課長から、宅地建物取引主任者の資格を持っていないにもかかわらず、「ぼく、宅建主任の資格持っていますから」と客に言うようにしろ、と指示されたということで、宅地建物取引主任者の取得していないにもかかわらず、「ぼく、宅建主任 持ってますから」と実際に何度もお客様に言っていました。 愚かなことだと思います。 私は、インテリアコーディネーターの資格も取得しましたし、キッチンスペシャリストの資格も取得しましたし、宅地建物取引主任者の資格も取得しましたし、それらの資格を持っていることを隠しはしませんが、それは、それらの資格を持っていると言えば、それで言う事を聞いてもらえると思ってではなく、本当にそれらの資格を取得してきた者として、そうでない人とは違う能力を、十分、発揮できるという自負があるからです。日芸卒でありながら、「私、早稲田の建築でていますから」と言うオッサンは、早稲田の建築を卒業した人間の能力を発揮できますか? できないでしょう。日芸卒なら、日芸卒でいいじゃないですか。学歴を詐称するよりも、それより、他に自分の良いところをアピールするべきではありませんか? 私は宅建主任の資格を本当に持っていますが、資格試験に合格してから二十年近く経つので、試験勉強で覚えたことは相当忘れてしまいましたし、合格してから法制度が変わったものもありますが、それでも、合格するだけの学習をしていない人とは違うものはあります。資格を持っていないのに詐称して、何度も何度も「ぼく、宅建主任 持ってますから」と言っている人は、何か発揮できるものはありますか?
  営業として、学歴を詐称したり資格を詐称したり職歴を詐称したりするバカどももいますが、それとともに、「設計」という仕事をしている人間、してきた人間には、「設計」という職種を出せば人が言う事をきくみたいに思っているバカがいるのです。そういう人間というのは、「○○大学建築学科卒」とか「二級建築士」「一級建築士」というのが、ウソでなくても、それを出せば人が言う事を聞くみたいに思っているというあたりが、学歴や資格や職歴を詐称するバカとたいして変わらないと思います。
  しかし、最終学校を卒業して、最初に、「設計」という仕事についた人間というのは、「三つ子の魂百まで」というのか何と言うのか、いついつまでも、「投手型」の態度で、一流であるか否かにかかわらず、自分は一流投手だから、他の人間は、自分に合わせるのが当たり前だ、自分は一流投手であるから、誰もが「設計」の言う事をきくべきだ、という態度を取る人間が多いように思いますね。
  その点から考えて、私は、「捕手」から始めて、図面もある程度以上書けるようになった、「投手」の能力もある程度以上身につけたというものこそ、王道ではないか、と思います・・・が、それにもかかわらず、「投手」から始めた者で、「捕手」の能力など身につけてたまるか、「捕手」の仕事なんぞしてたまるか、という者が、この業界はデカイツラしていますし、そういうバカをありがたがる人というのがいますねえ〜え・・・・。 

  そして、長年、「設計」をやってきたとか、建築事務所をやってきた、という人というのは、実力がどうかにかかわらず、「先生」ヅラ・「投手」ヅラしたがる人が多いですね。
   今、勤めている会社のつきあいのある「○○建築設計事務所」の「一級建築士 ○○××」なるオジサンにもらった名刺を見て、なるほどな〜あ・・・・と思ったことがあります。 それは、そのオジサンの名刺には、「建築家創る家」と書かれていたのです。 「一級建築士」だけでなく、「建築家」と言いたいらしい。 それだけではとどまらない。 私なら、たとえ、「建築家」と名のるとしても、「建築家作る家」、もしくは、「建築家造る家」、あるいは、「建築家創る家」 とするでしょう。 在来木造の I 社の営業をしていた人で、施主の前で、両手をパチンとたたいて、「今、音が鳴ったのは、右の手でしょうか、左の手でしょうか。 どちらでもありませんね。右の手と左の手が合わさって音が鳴ったのですね。 住宅を建てるというのも、これと同じなのです。お施主様と建築会社とが、力を合わせてこそ、いい家ができるのです。 お施主様だけが良くてもだめ、建築会社だけが努力してもだめ。両方が一生懸命に力を合わせてこそいい家ができるのです。」などと言う人がありました。 なんだか、どこかの宗教団体が言いそうなクサイせりふですが、間違ってはいないと思います。
   住宅というものは、建築会社だけが作る(造る・創る)ものではなく、建築会社と施主とが力を合わせてこそいい家ができるのです。このことを理解されていないお施主様には、まず、これを理解していただくことこそ、建築会社の仕事、特に、営業の仕事、「捕手」の仕事であると思います。 それが、「建築家」の場合は、そうではない。家というのは、「建築家が創る」らしい。「建築家」の場合、「創る」のは、「施主と建築家」ではなく、「建築家」なのです。「建築家」が創ったものを、「これは、建築家の○○先生がお創りになったものです」と、ありがたがりなさい、とでもいったところなのでしょう。そんな「投手」が、「捕手」不在で「創る」家に住みたいですか?

   「投手」「建築家」が「創る家」には特徴がある。 「建築家創る家」ではなく「建築家創る家」であるという点。 自分は一流投手だから、捕手その他は、投手の言う事に従うべきだ、という意識。 野村が言った、「もっと、捕手の言う事をきかんか。」という認識、「もっと、建築よりも施主のことを考えている・施主のことを理解している《捕手》(営業)の言う事をきかんか。」という認識を理解しない。 顧客に信頼を得るには、専門用語で話すのではなく、一般の人にわかりやすいように、設計・工事管理・積算・職人その他、各専門の人間の用語を、一般の人にわかりやすい一般用語に変えて話すことにより評価してもらおうとするのではなく、一般用語で十分話せることを、わざわざ、専門用語で話そうとする点。

   様々なことを思われる方があるでしょうし、なかなか理解されないかもしれませんが、私は、「捕手」出身で、「投手」の能力もある程度以上身につけた者であるという点に、矜持・誇りを持ち、自信を持っています。 そして、「投手」出身で「投手」の能力しかない者が、「捕手」不在で創った家など、ろくなものじゃない、と思っています。


  作成者:ニックネーム ・ モンテ=クリスト伯+中原中也+ヴォーリズ 

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