ナポリの街の物語・その1――世界の街の思い出(1) 〔引っ越し掲載〕

〔(建築家+建築屋)÷2 のブログ 第2回〕 
私が最初にイタリアに行ったのは1997年の1月でした。 ローマのフィウミチーノ空港から入国し、ローマで3泊した後、ナポリに行き2泊しました。 ローマでは、1日目に、サンタンジェロ城の近くで、女性からポケットの中に手をつっこまれ、サン=ピエトロ寺院の前のクルマでの清涼飲料水販売者にはぼったくられて、2日目には、トレビの泉の横のみやげ物店でTシャツを見ていると、白人の男性に後ろからカバンを開けられそうになり・・・・といった調子で、なんだか、大変な国に来てしまったと思ったりしました。 その後、ナポリに電車で移動したのですが、ナポリ中央駅に到着すると、声をかけてくる荷物運びを仕事にしているらしいおっさんが胡散臭いような気がして、もう帰ろうかなあ・・・という気になってしまったのでした。
 
  しかしです・・・。 その翌日のこと、ヴェスヴィオ周遊鉄道に乗るべくナポリ中央駅で切符を買い、自動改札機から入ろうとすると入ることができずに困ったことがありました。実は、ナポリ中央駅には国鉄に地上駅と地下鉄になっている駅があり、私鉄のヴェスヴィオ周遊鉄道の地下にある駅と国鉄の地下駅とが隣りあっており、私はヴェスヴィオ周遊鉄道の切符を買って国鉄の自動改札機に入れようとしていたのでした。切符売り場のおばさんに尋ねても、おばさんはイタリア語しか理解できず、私の十分でない英語力よりさらに劣るイタリア語力では通じず、困っていたところ、そのうち、駅員でもなんでもない単なる乗客のおばさんが来て、腕をつかんで引っ張っていくのですが、どこへ引っ張って行ったかというと、ヴェスヴィオ周遊鉄道の自動改札機の所で、切符売り場のおばさんが頼んでくれたのでした。
 
  そして、行った先がポンペイと並ぶ古代遺跡のエルコラーノでしたが、エルコラーノでは、記念撮影をしようとしているイタリア人の若い男女の団体がいて、通ろうとした私が撮影がすむまで待とうとすると、「プレゴー、プレゴー」(どうぞ、どうぞ)と言って、先に通そうとし、そういう際に平気で人を待たせる日本人との違いを感じました。

  エルコラーノからソレントへ行こうとして、再度、ヴェスヴィオ周遊鉄道に乗車すると、車掌が検札に来て私の切符を見て困ったような顔をしました。 どうやら、このとき、水害か何かがあったのか、ヴェスヴィオ周遊鉄道のソレントへ行く路線が途中で不通になっていたようでした。 十分にイタリア語を話せない私と日本語も英語も話せない車掌とが困っていたところ、通路をはさんだ席にいた年配の男性が、自分が教えてあげると言って、英語で話し、トレアヌンツィアータという駅で降りて、そこからバスに乗ればソレントまで行けると自分が持っていた紙に書いて教えてくれました。その際、周囲に座っていた乗客がみんなで心配してくれたのでした。 その後も、ナポリの街では、どうすればいいか迷っていると、何も言わないのに、おっさんが親切にイタリア語で教えてくれたり・・といった経験を何度もし、この街の人たちは、なんて優しい、なんて親切な人たちなのだろう、と思いました。そして、こういう経験をすると、何かの折に、少々ぼったくられたかな・・・ということがあっても、まあ、いいか・・・みたいに思うようにもなり、帰国するときには、また、この街に来た~い・・・という気持ちになりました。

  しかし、カンパーニャ地方のナポリとナポリ湾をはさんだ向かいにあるソレントを歌った「帰れ、ソレントへ」の歌には、「世界中を旅してきた人でも、こんなに美しい所はないと言うよ」という歌詞があり、ナポリもまた美しい街であると言われ、ナポリは「世界3大美港」のひとつとされているはずなのですが、ナポリ中央駅を降りて街を歩くと、な~んだか、汚い街だなあ・・・と。 どう汚いかというと、バールという日本で言えば、ドトールコーヒーかスターバックスコーヒーのような感じのコーヒーと菓子パンの立ち食い店のような店があり、そこで、菓子パンのようなものを買って、道で食べると、その包み紙を、誰もが道端に捨てていくのです。それが道端のあちらこちらに見られ、それを見ると、どこが世界で一番美しい街か・・・・という気になり、さらには「マレキアーレに月が昇れば、そこでは魚ですらも恋をする」とトスティの歌曲に歌われる、ナポリ方言で「マレキアーレ」、イタリア標準語では「マレキアーロ」に行こうと、「マレキアーロ街道」を歩いていると、そこには、かつては、日本でもよく見かけられた、いわゆる「犬のうんこ」があったのです。マレキアーロというより、ウンコドーロではないか・・・。
 
  さらに、しかし、です。ナポリで3日目、ナポリ東部のカポディモンテの丘に登って市街を見ると、確かに美しい。 そして、翌年、1998年、再度、ナポリに行って、ナポリ北西部のヴォメロの丘からナポリ市街の方を見ると、実にすばらしい。世界一というのは、郷土愛からくる思い入れもあるでしょうけれども、確かに世界一クラスに美しい。そして、他の世界一クラスに美しい街と、どちらに1票入れるか、となると、私は、ナポリの人たちに親切にしてもらったので、だから、ナポリさんに1票・・。

  ヴォメロの丘から見ると、すぐ下からユネスコの世界遺産にも認定されたナポリ旧市街が見え、その向うにナポリ中央駅、さらに、その向うに丹下健三が構想したというナポリ新市街地の高層ビル街が見えます。ここで、考えるべきは、ナポリにも高層ビル街があるのですが、 決して、昔からの町の中に高層ビルを作ったり、昔からの街並みを破壊して高層ビルを作ったりはしていない。旧市街の隣の位置に計画的に高層ビル街を作り、むしろ、高層ビル街を別の場所に作ることによって、旧市街の街並みを守っていると見受けられ、高層ビル街の場所も、旧市街の街の中において歴史的建造物の景観をそこなわないだけでなく、ヴォメロの丘から、カポディモンテの丘から見たナポリ旧市街の景観をも損なわない位置を選んで設定されているのです。

  日本では、京都で、高層の建物を建てるという話に、寺社の人たちが反対したという話がありました。新幹線で京都に行くと、京都駅の西で、東寺の五重塔が見えますが、最近、かつてに比べれば、五重塔が見えにくくなってきているように思います。東寺の五重塔が見えなくなるように建物が建てられたとしたら・・・、その時、失うのは、寺社の人たちだけが失うのではないと思うのです。

  大阪では、京橋の西、大阪城の脇に高層ビル街ができました。 大阪城は豊臣秀吉が作ったとして有名ですが、大阪冬・夏の陣の後、徳川が、豊臣の印象を薄めるため、大阪城の建物を完全に破壊するとともに、石垣を土で埋め、新たに、徳川の大阪城として石垣を築き、豊臣時代の天守閣とは別の、徳川の天守閣を建築したそうで、江戸時代にその天守閣が焼失した後、昭和初期に鉄筋コンクリート造で豊臣時代の天守閣が復興され、現在では、徳川時代の石垣と重要文化財にも指定されている徳川時代の建物がいくつかと、昭和に復興された鉄筋コンクリート造の天守閣があるという、豊臣の大阪城と徳川の大阪城が混在している城ですが、そのすぐ脇に高層ビル街が作られました。高層ビルそのものが良いか悪いかという問題と別の問題として、なぜ、その位置が高層ビル街を作る場所として選ばれたのか、という点で、大阪の人間には、大阪城は大事なものという認識はなかったのか?と思い、悲しい気持ちがいたします。
 
  日本では、何十円の物を買うのに一万円札を出しても、歓迎はされないとしても、おつりはすぐに出てきますが、イタリアで同様のことをすると、イタリア人は日本人に比べて、おつりの計算が得意でない人が多いようで、出てくるまでに時間がかかります。 その点については、日本人には多くのイタリア人より優秀な人が多いと思いますが、しかし、昔からの街並みを大事にする、昔からの街の人たちの思いがこもった建物を大事にする、という点では、日本人は決して優秀ではないのではないか。 ナポリの人なら、もし、大阪に高層ビル街を作るにしても、大阪城のすぐ脇の場所は選ばなかったのではないか・・・・・・といったことを考えました。

  ・・・・ということで、今回は、ナポリの旧市街と「丹下健三が構想した」というナポリ新市街区との位置関係について述べました。 次回、「ナポリの街の物語・その2」として、個々の建物について述べたいと思います。どうぞよろしく。
 
  しかし、それにしても、ナポリは優しい。 何度でも行きたい・・・・。そんな街だと思いました。

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以上は、「私が勤務する建築会社のホームページとリンクした私のブログ」に掲載した、そのブログの第2回のもので、この第2回≪ナポリの街の物語・その1――世界の街の思い出(1) ≫は、2010年(平22年)8月に「公開」させていただいたものです。 事情により削除いたしましたが、私は、削除したものは内容のあるものと思っており、又、いったん、「公開」したものは、作成者のみのものではなく、賛否にかかわらず、読んでくださった方・読みたいと考えてくださる方と共有のものという性質をもっており、作成者といえども、「記憶違い」のものの訂正、補足、「入力ミス」の訂正などは良いと思いますが、完全な削除は、好ましくないと考え、ここに、「引っ越し掲載」させていただきます。(建築家+建築屋)÷2 〔より正確には (49×建築家 + 51×建築屋)÷100〕 のブログ 、もしくは、。(建築家+建築屋)÷2のブログ と記したものは、「引っ越し掲載」です。 よろしくお願いいたします。
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〔 この稿は「哲建ルンバ」としては、第4回 ということになります。 〕


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