明石家さんま のピッチングコーチは役立つか? ~営業と会社の話(1) 〔引越掲載〕

〔(建築家+建築屋)÷2 のブログ 第25回〕
 どこがいいのかわからないけれども、今では、日本で知らない人がないくらいの有名芸人になった明石家さんま が最初にテレビに出だしたのは、巨人から阪神に移籍した小林繁投手のモノマネであったと思います。江川卓との交換トレードで阪神に移籍してすぐに最多勝をあげて注目された小林繁の投球フォームを真似た動作がテレビに頻繁に登場しましたが、たしかに小林の投げ方とそっくりではあったのですが、だからといって、明石家さんま が小林と同じ球を投げることができたのかというとそうではないわけです。少し前に他界した小林繁は、評価は分かれるかもしれませんが、日本ハムなどでピッチングコーチを勤めてきましたが、小林のモノマネをした明石家さんま にピッチングコーチを頼む球団があったかというと、当然のことながらありません。ところが、会社というところにおいては、明石家さんま のピッチングコーチみたいな「講師」が登場することが現実にあり、特に、「営業」とか「接客」とかにおいて多いように思います。

※「ウィキペディア――明石家さんま」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E7%9F%B3%E5%AE%B6%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%BE
「ウィキペディア――小林繁」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%B9%81

  私が大学を卒業してすぐに入社した木質プレハブのK社で、「営業系」の新卒新入社員向けの研修を受けた際に営業について聞いた話はなるほどと思うものが多く、又、だからこそ、営業でもこういう営業なら私にもできるだろうと思い、その時、営業の仕事についたのでした。 しかし、その後、勤めた会社できかされる話には、変なことを言うなあ・・と思うものも少なからずありましたし、K社の研修でも、すべての話になるほどと思ったわけではありません。
  K社の新入社員研修において、ある社外講師(社員研修を担当することで報酬をもらうという商売をしている人がいるようです。)が、「最近の若い者は、めぐまれていて、ぜいたくになっている。時計なんて、私らが若い頃は、貴重品で、なかなか個人で持てなかった。それが、今はひとりでいくつも持ってたりする。そのくらい今の若い者はぜいたくになってる。」とかいうことを話したのでした。 この講師のおじさんは、要するに、「最近の若い者は甘ったれている」という意識を新卒新入社員に植えつける役をして、それで報酬をもらおうというミミッチイ商売をしている人のようでした。 世の中、いろいろな商売があるのですね。でも、もう少しうまく商売してもらいたいものです。 このおじさんが言うように、このおじさんが若い頃と、私がK社に入社した1980年代後半とで、1980年代の後半の方が、経済的に豊かになって若いものがぜいたくになり、「新人類」として若いものが甘ったれているから、時計を簡単に持てるのかというと、そういう問題ではなく、「クオーツ」と言われる水晶発振式時計の発明により、安くて正確な時計の大量生産が可能になり、それまで、時計は、精密機械工業として、日本では、ウォッチではセイコー・シチズン、クロックではセイコー・リズムといった時計専門の会社しか作ることができなかったのが、シャープやカシオ計算機といった、本来は時計メーカーでない会社も参入することができるようになり、その結果として、オメガとかロレックスとかベルサーチといったブランド品は時計というよりも貴金属に近い扱いを受けて依然高価であるものの、とにかく、時を正確に知るだけなら、安い価格で正確な時計を手に入れることができるようになったことによるものであり、経済的に豊かになったことが主原因ではなく、ましてや、「最近の若い者が甘ったれている」からではないのです。むしろ、こんないいかげんな話をして報酬をもらっている、このおじさんの方が、むしろ、この部分では「甘ったれている」と評価されてしかるべきでしょうが、このおじさんは、この程度の話しかできない人で、その程度の人であったのだと思います。
※(参考)
「ウィキペディア――クオーツ時計」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%84%E6%99%82%E8%A8%88

  今ふりかえると、私は、営業について書かれた本も、ずいぶんと読んできたものですが、実際に営業をやってきた人の書いた本であれ、自分は営業をやっていない人が営業をやっている人に取材して書いた本であれ、最初の頃は、あくまで、経験のない者が学ぶという姿勢で読んできたのですが、今現在では、自分自身がある程度以上の経験があるので、読む場合には、これはたしかにそうだ、これはどうかな、と思いながら読むような姿勢になりました。
  
  ベット・ミシン・百科事典のセールスで成果を残したという伊藤光雄(いとうみつお)という人が『驚異のセールストーク』(1979. こう書房)という本を書いています。
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↑左、伊藤光雄(いとう みつお)『驚異のセールストーク』(1979. こう書房)  
  中、安達精治(あだち せいじ)『社長よ、あなたがお辞めなさい(旧題『社長の器量』)』(1998. ごまブックス)
  右、江本孟紀(えもと たけのり)『プロ野球 勝てる監督・使える選手』(1998.三笠書房)

  実は、私は、木質プレハブのK社で営業の仕事を始める時、伊藤光雄氏のような営業であれば、私のような人間ではなく、他の人がやった方が良いと思っていましたし、私は、こういう営業はやりたくないし、私にこういう営業をさせようなどと考える非常識な会社は会社として異常だと思っていたのです。但し、営業のスタイルというのは、人それぞれが異なるのがあたりまえであり、自分と違ったタイプの人のやり方よりも似たタイプの人のやり方の方が取り入れやすいという面もあるかもしれませんが、違ったタイプの人のやり方をいくらかでも身につけることによってこそ、複層的な力がつき実績を残すことができるようになるという面もあると今は思っています。
  伊藤光雄氏とは直接お会いしたこともないので、この本に書かれていることと、在来木造の I 社に在籍したときに見せられた営業をあつかったテレビ番組の録画なのか研修用のビデオなのかに登場した伊藤氏の様子以外は知りませんが、自分が営業の仕事をある程度以上やってきた後において、この本を読むと、なるほどと思うところが少なからずあります。
  
  伊藤光雄氏は、≪これまでの二十年間にわたるセールス活動の中で、私はセールスマンの成長にひとつの法則を見出した。それはスランプが必ず成長のフシになっているということである。 「そんなことがあるものか。オレはスランプに陥ったことなど一度もない」というセールスマンがいる。「はあ、それは結構ですねえ」と一応は相づちを打つが、私は信用していない。 もし本当にそうだとしたら、そのセールスマンはよほどいい加減か、自信過剰な人間に違いない。そうした人に限って、一ぺんつまづいたら、すぐにダメになってしまうのだ。≫と述べているが、私もそう思います。  
  K社に入社した際、入社式の後の立食パーティーで、ある常務から「営業は、だいたい、2回くらい壁にぶつかる」と言われ、それを横で聞いた別の方が、「そうですか? 僕は3回だと思いますけれども。」と言われたことがありました。2回なのか3回なのか、あるいは、それ以上なのかは、人によって違うとは思いますが、後から考えれば、「スランプ」「壁にぶつかる」という経験を経て実力がついてきていると言えるでしょう。   
  K社の後で勤務した在来木造の I 社では、「最初に売れた者は売れる者で、最初に売れなかった者はその後も売れないから、最初に売れなかった者はさっさとやめさせろ」という乱暴な主張をする人が、この会社の「主要メンバー」(=オーナー社長の親戚、及びその縁故の人)にいたようですが、営業というのは、売れた時にも売れなかった時にも、その営業担当者の力だけで結果が決まっているわけではなく、その営業所の市場性・条件、その時の景気、そして、めぐりあわせ、といったものと、その人の力とがあわさったものが結果であり、それを、入社して最初の年に、何の因果かめぐりあわせが良くて、2つ3つ契約できた人を「あなたたちは契約を取ることのできる人ですから」などと見当はずれなことを言って増長させ、一方で、たいへんな条件の場所でめぐりあわせも悪く契約があがらずに苦労して努力している人をいじめ倒す、ということをやっているから、だから、 I 社は営業社員の出入りが多く長続きしないのだと I 社の営業としては相当に長く勤務した方の人間である私は思います。
  日本建築出版社が出している「イエマド」という住宅雑誌において、ある工務店の若い営業が、誌上の対談で、「どうやって営業実績を残しているかと言われても、一生懸命やっているだけです。」などと述べていたものが掲載されていましたが、私は、このオニーチャンは青いな、と思いました。「イエマド」には住まいづくりを考える人に役立つ記事が少なからず載っているのですが、このオニーチャンの発言については、「壁にぶつかる」という経験を経ていない若僧の発言と言うしかない。営業は、伊藤光雄氏が言うように、「スランプ」「壁にぶつかる」という経験を乗り越えてプロの営業になるのであり、それを経ていない「一生懸命やっているだけ」で売れている営業というのは、たとえ、その時は売れていたとしても、まだアマチュアだと思います。

※「日本建築出版社」http://www.jbupub.com/magazine_no001.html
  
  『驚異のセールストーク』によると、伊藤光雄氏は、最初、リッカーミシンの営業で実績を残し、次いで、フランスベッドで実績を残したものの、フランスベッドで営業をやってしばらくしてスランプに陥ったそうです。
≪ フランスベッドに入ってしばらくした頃、私は初めてスランプというものにつかまった。それまで一日に七~八台売っていたのに、五日も六日もゼロが続くという状態に落ち込んでしまったのである。苦しみから脱出するため、私は考えられるあらゆる方策に取り組んだ。先輩との同行、訪問件数の拡大、商品知識の再習得など。
  その中の一つに、セールストークの再検討があった。それまで、私は自分のセールストークについて、誰からも教えてもらったことはない。すべて我流である。そこに何らかの欠陥があるのではないか――と考えたのである。
  そこで、私はセールストークのテキストを次から次へと読みあさった。フランスベッドのセールスマニュアルから専門書まで、目につくものは手当たり次第に読んだ。そこには、実に懇切丁寧に、セールストークのあり方が書かれていた。挨拶のし方、アプローチの話法、断り処理、クロージング・・・・・・と考えられるすべてのトークが示されている。   ・・・・・・・
  「これじゃスランプにもなるわけだなあ」――自分がトップの実績をあげていたのも忘れて、私はしきりと感心したものである。
  そこで私は、こうしたセールス・テキストに基づいて、自分自身のセールストーク・マニュアルを作ってみた。もちろん、従来の我流トークの長所もとり入れ、テキストの教えどおり順序正しくトークを並べていった。・・・・・
  早速、私はそれを使ってセールスを開始した。・・・・
  ところが、ニ~三週間すると、それはすぐにカベにぶつかった。どうしても一定以上には伸びないのである。それどころか、逆に成功率は低くなってくる。またまたスランプである。これは基本トークを逸脱しているからだ――こう考えて、テキストを読み返し、定型話法に戻そうとする。そうすると、なお一層状況は悪くなるのである。
  ついにある日、私は苦しまぎれに以前の八方破れのセールストークを使っていた。しまったと思ったが、もう遅い。恐る恐る私は客の反応を見た。すると、どうだろう。それまで無表情だった客の顔に、パッと反応が現れたのである。
  「ン? これはどうしたことが。客が動いたゾ!」――そう思った途端、私の口からは従来どおりのセールストークがスラスラと流れていた。もちろん、成功である。
  なぜ売れたのか――・・・・・・
  一つには、・・・・・素人トーク、八方破れセールスで売れたのだから、マニュアルどおりにやれば、もっと売れるだろうという甘い妄想に取りつかれて、私は定型話法にこだわりすぎていた。しかし、実は逆だったのである。
  定型話法は、一定の成績をあげるために作られたのであって、それ以上売ろうと思えば、それなりの工夫をしなければならない。第一、セールストークのテキストを作った人は、私以上の成績をあげていないじゃないか――このことに、私はもっと早く気づくべきだった。
  もう一つは、定型話法にこだわるあまり、客の反応を確かめることを忘れていたという点である。セールストークは相手に合わせてこそ効果がある。ラジオのディスクジョッキーとは違うのだ(最近ではこれも反応を確かめながらやっているようだ)。ところが、セールスマニュアルに沿ったトークをしようとすると、次はこの話、これが終わったらテストクロージング・・・・・というように、相手を無視してしまうことになる。これでは、客に感動を与えることなどできるはずがない。・・・・・≫
  伊藤光雄氏が指摘している点。 (1)営業は客の反応を見ながらおこなうもので、決められた話法・セールストークにこだわりすぎて客の反応を見ないようになっては逆効果となることがあるということ。 (2)定型話法は一定の成績をあげるために作られたもので、すでにある程度のところまで達した人間がそれ以上の成績をあげるためのものではないということ。そして、なんといっても、(3)その「セールストークのテキストを作った人」というのがどういう人なのか、ということ。実際にはたいした実績を残したわけでもないのに、あるいは、ほとんど実績・経験がないのに、人から聞いた話を十分に理解しないで適当に文章に作りあげて発行したり、あるいは、講師として格好つけて人に話したりしているようなケースがあるということ。実際にある程度以上の営業経験を経た今、この3つは、まったくそういうことがあると思うようになりました。

  (3)については、営業について以外でも同様のことはあると思います。私が高校を卒業後に行った大阪のY予備校には、各科目の担当の講師と別に、高校の教諭のように何かを教えるのではなく事務員のようでいて学習法に口をだす立場不明瞭な人がいました。 私のクラス担当の男性Fさんは「僕は早稲田の政経出てるんだけどな」と一日に最低3回は言わないと気がすまないという変な人間で、私はこの人を見て、早稲田というのはくだらない学校なんだなあ・・・と思ったのですが、Fさんの方では、私だけでなく全般に「僕は早稲田の政経出てるんだけどな」という文句が評価してもらえないのが不満らしく、「地域によって、大学の評価に差がある」と不満を口にしていました。私はFさんを見て、早稲田というのはくだらない大学なんだなあ・・・と思うとともに、早稲田しか出てない奴が、東大や京大に行こうという人間に学習法を口出すのはやめんかい!と思い、(私がキッチンスペシャリストの資格を取得する際にハウジングエージェンシーのキッチンスペシャリスト 製図試験対策講座でお世話になった中原先生はキッチンスペシャリスト試験第1回の合格者で、自分が経験している人であるからこそ、その試験に合格するにはどうすればよいかわかるのです。高校生の家庭教師を大学生に頼む場合、その高校生が進学校に行っている場合は同じ高校から行きたいと思う大学に進学した人に、進学校でない高校に行っている場合には公立なら同じ学区の進学校から大学に進学した人に頼みたいと考えることが多く、私が慶應義塾大学に在籍した時に学生部で見た家庭教師のアルバイトで、慶應の内部の高校の人で慶應の医学部に進学したいという人が、家庭教師の募集をだしていて、「内部の高校の出身の人」という条件をつけられていたのを見たことがありますが、それなどは、大学から入った私などは内部の高校から大学への進学についてはわからないので「内部の高校出身の人」という条件がつくのはわかります。早稲田が本当か嘘かにかかわらず、東大や京大を受けようと考えたこともない人に東大や京大の入試はわからないのです。)そして、やはり、私と同様のことを思う人間が多かったらしく、今度は、「学校の勉強ができたからといっても、社会人の経験もない、高校卒業したと言ってもまだ子供なんだから、何もわかってないんだ」と言いだしたのです。確かに、高校卒業して、東大なり京大なりを受験して落ちた人間というのは、落ちたとはいっても、高校までの成績については全体から見れば悪くない方で、一方で、会社などの職場に勤めた経験はないわけですが、予備校というところにおいては、そこでは、職場で実績を残そうとしているわけではなく、大学の試験に合格しようとしているのですから、それについて有効なアドバイスができるかどうかが問われるのであって、「社会人の経験」は関係ないのです。私は、その時、この男を見て、早稲田というのはくだらない大学なんだな~あ・・・・と思ったのですが、その後、東京圏に住んで、実際に、早稲田大学の卒業生の方などとも接触する経験を経て、確かに、早稲田という大学は、「玉石混交」の程度の大きい大学ではあるでしょうけれども、早稲田がくだらないという問題ではなく、いくらなんでもあんな早稲田ないわな~あ・・・・と思うようになったのでした。というより、実際に、その頃の私は、高校までの成績は、大学に落ちたとはいっても、全体から見れば悪いわけではなかったものの、社会人経験もなく、年齢も若かったので、学歴詐称する人が、そんなにそんじょそこらにいるとは思わなかったし、特に、予備校にしろ、まがりなりにも学校というところで、何十人の生徒相手に嘘つくとは思わなかったのですが、職場というところに何十年か勤めてみると、学歴を詐称する人、資格を詐称する人、職歴を詐称する人など、そんな連中はそこらにゴマンといるわけであり、特に、「早稲田の政経」(早稲田大学政治経済学部)と「早稲田の理工」(早稲田大学理工学部)、それに、住宅建築の業界においては「早稲田の建築」(早稲田大学理工学部建築学科)というのは、学歴詐称の定番だったのです。 その男がどこの学校を卒業していたかしていなかったかにかかわらず、私は、Fさんの言うことが、「社会人として」どうかではなく、大学の試験に合格する為という目的において不適切であると思ったのですが、私の父は「専門家の言うこと、専門家の言うこと」などと言ってきかなかったのです。私は「あんな奴のどこが専門家なんだ?」と言いましたが、それでも「専門家、専門家、専門家、専門家!」と言って理解しようとしなかったのです。私が、その年、受験に失敗したのは、専門家でもない人間に「専門家」として口出されたのが一因だと思っています。そして、もうひとつ。中日ドラゴンズの監督に落合が就任した時、落合は「すべての選手が“オレ流”を発揮してほしい」と話したことがありましたが、その分野においてある程度以上のレベルに達した人間は、それぞれ自分の考えを持っており、東大や京大に行こうというくらいの受験生は、たとえ、高校を卒業する時には落ちたとしても、自分の考え・方針に基づいての学習を尊重するべきであり、“オレ流”を持たない人に口出すならともかく、自分の“オレ流”の学習法・指針を持っている人間に、そのレベルに達していない人間が、社会人の経験があるとか、年齢がいっているとか、あるいは、キリスト教会の洗礼を受けて毎週献金払っているとかいった関係ないことを理由として、せっかくの“オレ流”を妨害したのではマイナスになるのですが、それをされてしまったということが一因だと思っています。世の中には、専門家でもないのに専門家ヅラする人は珍しくありませんし、又、それをありがたがってしまう人もいるようです。

  在来木造の I 社に入社して1年目の8月、私が在籍した東京の営業所に、 I 社の創業の地で本社のあった浜松の営業所から、浜松の営業所で営業本部長の小学生の頃からの友達という営業所長Hさんの隣りの席に5か月いたOくんという新卒新入社員の男が転勤で来ました。そのOくんというボクチンのその時までの営業成績はというと、創業の地でありその地域の人たちから会社の評価が高く、商品内容も浜松に合わせたもので、他の地域と違ってTV広告を大量におこなっていて、東京などより極端に安い価格を設定していた浜松の営業所において、5ヶ月間で契約ゼロ棟であったのですが、その契約ゼロ棟のボクチンが、東京の営業所に来るなり、周囲の人間に「営業のやり方を教えてやる」と言いだしたのです。普通に考えれば、新卒入社して、特に他の地域よりも良い条件に意図的に設定してある地域の営業所で、5ヶ月間ゼロ棟の人間が「教えてやる」などという言葉を口に出すのはおかしいし、私なら、そのような言葉は口に出しませんが、ボクチンは、まだ、22歳で若かったということと、それが I 社の浜松地域の従業員の全般的傾向であるとともに、浜松の営業所で、Hさんという、条件の良い地域の営業所にばかりいたということ、営業本部長の縁故でもあり、他の営業担当者と見込客の「バッティング」をした際には、ことごとく自分のものとして取り上げてきたということなどもあるとしても、その年は、全国1位の営業成績を残した人の隣りの席に座らせてもらい、その人のやり方を見てきたということで、Oくんとしては、Hさんのやり方を東京営業所の人間に教えてあげようと思ったようでした。しかし、全国1位の営業成績を残した人の隣りの席にいて、その人のやり方のモノマネを覚えた男というのが、全国1位の成績を残した人と同じ力があるかというと、そうではないのです。成績を残した人のやり方を見るのは悪くないと思いますが、その人のモノマネをすれば、その人と同じだけの成績を残させてもらう権利があるかというと、そんな権利はありません。全国1位の成績を残したHさんの営業成績は、坪単価が他の地域より極端に安くダンピング価格に設定してある地域でのもの、他の地域と違って大量にTV広告をおこなっている地域でのもの・・・その他の条件を差し引けば、まず、全国1位という評価はマユツバと言わざるをえませんが、それでも、ある程度以上の努力をしてきた結果であり、その努力をせずに、モノマネだけをやって、同じ成果がでるかというとでませんし、あまり、モノマネをやると、自分で考えるという姿勢をなくしてしまうという問題もあります。Oくんが、その後、どうしているかは知りませんが、 I 社が、全国1位の営業成績を残した人のモノマネをさせれば成果が出るというような指導をしたのであれば、その部分での I 社の指導は間違っていたと思います。もし、Oくんが、Hさんと同じ営業成績を残すことができるなら、明石家さんま も小林繁と同じ投球をして、小林と同じだけの成績を野球で残すことができたでしょう。明石家さんま は、小林繁のモノマネをして芸人としての道を歩み始めたものの、最多勝をあげた小林繁のモノマネができるからということで、プロ野球の投手に、「ピッチングを教えてやる」などとは言わなかったのに対して、Oくんは、Hさんのモノマネを覚えたからということで、「営業を教えてやる」とHさんよりは劣ってもOくんよりは実績のある人間・Oくんよりは営業に苦労をして努力してきた人間何人もに言い続け、そして退職しました。この部分において、 I 社の指導は適切であったとは思えないですね。

  最近、神道系の宗教の団体で右翼系政治団体であることを隠蔽して浸透をはかっているR研究所という団体があります。中小の企業の経営者につけこむ為に、R法人会という形式上別のような団体を作っていますが、R研究所とR法人会は、実質上、同じ団体です。 私が、在籍したことのある千葉県内で複数の営業所を持つリフォーム会社Wホームの社長HさんがR研究所(=R法人会)の信者で、従業員にも、R研究所=R法人会の「研修」に勤務時間外に参加させようとしましたが、当然のことながら、これは、「信教の自由の侵害」「思想・良心の自由の侵害」であるとともに、「使用者による労働者の勤務時間外の私生活への介入」という不法行為であり、又、休日・勤務時間外にR研究所・R法人会の行事に参加させたことに対して賃金を支払っていないのは「賃金未払い」であり(労働基準法違反は犯罪です)、このような倫理に反する行為は決して許されて良いことではありません。
  Wホームの社長Hさんは、「R研究所は宗教の団体ではないんです。倫理の団体なんです。」と言い、「太陽を拝む、というのは誰でもがやってあたりまえのことじゃないですか。それをやりなさい、と教えてやってあげようと言ってるんです。どこが宗教なんですか。宗教のわけないじゃないですか。」とHさんは言うのですが、きっちり宗教です。Hさんが、個人としておこなうのであれば、太陽であれ、イワシの頭であれ、犬のウンコであれ、なんでも好きなものを拝めば良いと思いますが、それを従業員に押しつけようというのは、思い上がりであり、「信教の自由の侵害」「思想・良心の自由の侵害」であり、何より倫理に反する行為です。
  『旧約聖書・出エジプト記』には次のように書かれています。≪モーセは民の所に下って行って彼らに告げた。 神はこのすべての言葉を語って言われた。 「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。 あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。 あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。 それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。・・・・≫〔 『聖書』(日本聖書協会・口語訳 1976.) 「出エジプト記」第19章25節~第20章5節〕と。 又、内村鑑三が旧新両約聖書の中で最も中心的なものと考えたという『旧約聖書・ヨブ記』には、≪わたしがもし日の輝くのを見、または月の照りわたって動くのを見た時、心ひそかに迷って、手に口づけしたことがあるなら、これもまたさばきびとに罰せらるべき悪事だ。わたしは上なる神を欺いたからである。≫〔『聖書』(日本聖書協会・口語訳 1976.)「ヨブ記」第31章26ー28節〕というヨブの文句が書かれています。R研究所が、「人間である以上、太陽を拝むというのは、誰でもやって当然のことで、それをやりなさい、と教えてやってやろうと言ってるんだあ!」と叫ぶ、太陽を拝むという行為は、聖書において禁じられている行為であり、キリスト教徒・ユダヤ教徒・イスラム教徒にとっては、神を汚す行為であり、決して許されない行為なのです。こうしたR研究所・R法人会の傲慢で非常識、倫理に反する行為は、各会社の従業員に対して明らかに人権侵害ですが、R研究所・R法人会にはまってしまう会社経営者は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の諸国の会社とのビジネスやユダヤ教・キリスト教・イスラム教の諸国の人達との取引をもないがしろにしても良いと考えているのでしょうか。

  千葉県内に複数の営業所を持つリフォーム会社のWホームに在籍した時、「営業のやり方」とか「朝礼のし方」とか、さらには、「本の読み方」などというものを、印刷したものを配られたり、読まされたりしました。なんか、変なことを言うなあ・・・と思うものが多く、なぜ、変なことを言うと思われるものが多かったかというと、それぞれ、各問題において、苦労をして実績を残した人の経験から来たものではなく、R研究所・R法人会が、信者獲得・勢力増大を目指して、その手段として使おうとしてのもの、オウム真理教がパソコン教室をオウム信者獲得の手段としたのと同じく、営業のし方だの、接客の仕方だの、朝礼のし方だの、本の読み方だのといったことを、信者獲得の手段として使おうとして出したものであったからでした。
  そもそも、普通に考えればわかることなのですが、営業のやり方というものを、なぜ、宗教の団体や右翼系政治団体に教えられなければならないのですか? 「餅は餅屋」という言葉がありますが、なぜ、餅屋が餅のつき方を神道系宗教の団体だの右翼系政治団体などに教えられなければならないのですか? なぜ、餅屋が餅のつき方を宗教の団体か「倫理の団体」かに教えてもらおうとしなければならないのですか? 中国とのビジネスをおこなっている・おこなおうとしている会社が、なぜ、首相の靖国神社公式参拝をはたらきかける右翼団体に指導を受けようとするのですか? 思考が破裂していませんか?

※「餅は餅屋」とは
≪ものにはそれぞれに専門の者がいるということ。餅屋に酒のことをきいてもわからず酒屋に餅のことをたずねてもわかるまい。専門家のみごとなわざを見たときや自分が専門家のまねをしてみてうまくいかなかったときなどにいうことば。≫(折井英治編『暮らしの中のことわざ辞典』(1962.集英社)

  Wホームでは、「朝礼」において 、「『はい』の発声」なるものをさせられていたのです。お客様に対して、「はーい」と良い声で応えられるようにということでしたが、接客・営業のある会社で、朝、発声練習をするのはおかしくなさそうですが、しかし、顔を指さされて、指をさされるのと同時に「はーい」と叫ぶのを要求されるというのは、やはり、何か変だと思っていたら、退職直前に、社長のHさんから、「社長の言う事を何でも『はい』ときく練習として《『はい』の発声》をさせている」と本当のところを聞きました。なるほど、「社長の言う事を何でも『はい』ときく練習」だったのですね。
  ところで、日本の会社の社長・経営者というのは、そんなに従業員に何でも「はい」ときいてもらいたいのでしょうか? 社長さん、経営者さん、どうですか? そうなのですか???

  西岡常一『木に学べ――法隆寺・薬師寺の美』(1988.小学館)などを読むと、西岡棟梁が学者を相手に論争した話が出てきます。法隆寺の壁画を上野の博物館へ持っていくという話が出た時には、
≪・・・・・交渉の相手の人に会うて、あの壁画は、法隆寺の本尊さまみたいなもんや。だから持っていったらいかん、と言ったんです。佐伯定胤管長さんも悲しんでいるさかい、持っていかんでくれと言ったら、
「きさま、国の方針に手向かうのか」
と言うんですな。 
 それでわたしは、国の方針であろうが天下の方針であろうが、法隆寺は法隆寺の立場がある。われわれは法隆寺の大工やさかいに法隆寺の味方をする。 
よし、持っていくなら持っていってみろ。あんたの首をノコギリで切ってしまうぞ、と言ってやりました。・・・・≫という話も載っています。私が読んだ西岡棟梁の本のどこに載っていたか、今、見つけることができないのですが、≪どんなえらい人の言われることであっても、それは違いまっせ、と思ったら、言わにゃいかん。≫と西岡棟梁が述べておられた箇所があったように思います。
  野村克也『野村ノート――「勝利の兵法書」』(2005.小学館)には、
≪ まず私はオーナーに向かって、「阪神ではチーム成績が悪いと監督が次々に変えられていますが、監督を代えたらチームが強くなると思っていませんか?」と失礼を承知で尋ねた。
 オーナーからは「絶対ではないが、でも監督によってチームは強くなるんじゃないのかね」という答えが返ってきた。やっぱりと思った私はこう続けた。
「監督によってチームが強くなる、そんな時代はもうとっくに終わりました。根性野球だ、精神野球だという時代は。三原さん、水原茂さん(巨人)、鶴岡一人さん(南海)――その時代はそれができた。せいぜい西本さん、川上さんまでです。またちょっと頭のいい、知恵の働く監督が出てきて、魔術や管理野球と呼ばれる、そういうのも今の時代ではありえません。・・・」
 さらにこういった。「今の野球はお金がかかります。オーナーをはじめ、プロ野球のトップのかたがたが野球界をそういう方向にむけてしまったんじゃないですか。ドラフトからFAから、優勝するためにはお金がいるんです。・・・・」
 ・・・・・・
 そんな話を一方的にしたら、久万オーナーがだんだんかっかし始めた。
「じゃあ、きみは今、巨人のやっていることが正しいというのかね」
「ある意味では正しいと思いますよ。時代に合っています」
そういうと、まるで怒りに火がついたようにオーナーの顔が真っ赤になった。
「きみはいいにくいことをはっきりいうね」
 オ―ナーを激怒させるつもりはなかったが、ここで黙っていては阪神は何も変わらない。
よけいなことだと思いつつも思い切っていってみた。
「オーナー、生意気なことをいうようですが、“人間3人の友をもて”というじゃないですか。原理原則を教えてくれる人、師と仰ぐ人、直言してくれる人、オーナーには直言してくれる人がいないんじゃないですか。みんなオーナーが気持ちよくなる話しかしてこないでしょう。人間偉くなるとそうなるものです」
 そうしたら久万オーナーは、ぼそっと「それはそうだなあ」とおっしゃった。
 私は続けた。「私は経営のことはわかりません。でも野球に関してはオーナーより私の方が詳しい。・・・・」
 それから順に例を挙げながら話した。なかでも組織論については時間をかけて説明した。
・・・・・・・・・・
そんな話を延々とした。・・・・・
 後日談だが、手塚社長からスタッフを介して、「野村くんは非常にいい会談の場を設けてくれた」と伝えられた。これも直接いわれたことではないが、「野村のいうことはいちいち腹が立つけれども、よく考えると彼のいっていることは正しいとおっしゃったともいう。
・・・・・・・ ≫
  西岡常一『木に学べ』には
≪ ほかの人はあんまり文句言いませんのや。わたしばっかりですがな。
 昭和23年の法隆寺の塔のときでもそうでっせ。親父も黙っておりましたし、従兄も棟梁でありながら一言もしゃべりませんでした。大工の中で学者に文句言う奴は誰もおらん。わしだけや。言うたら損やから何も言わんのや。
 わたし一人ですな。そやから“法隆寺の鬼”やと言うとるんでしょ。文部省では法隆寺には西岡常一という鬼がおると言ってるんですな。・・・・≫という記述もあります。 
   R研究所・R法人会が勧める 顔を指さされると同時に大きな声で「はーい」と言う「『はい』の発声」という「社長の言う事を何でも『はい』ときく練習」をさせたがる社長・経営者というのは、「直言してくれる人」「どんなに偉い人の言われることでも、それは違いまっせ、と思たら言わにゃいかん」という人間を退け、すべての従業員を「オーナーが気持ち良くなる話しかしてこない」人間にしてしまおうと考えている、ということなのでしょうか。 R研究所・R法人会というのは、とんでもないことを教える団体ではありませんか?・・・???
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 ↑ 西岡常一『木に学べ』(1988.小学館)〔左〕 と 野村克也『野村ノート』(2005.小学館)〔右〕

   そして、R研究所・R法人会が主張する営業論ですが、そもそも、その業界のその職種を経験したわけでもない人間が、何を指導しようというのでしょうか? まず、そこがおかしいのです。 「餅は餅屋」とはいっても、餅屋も、時にはスランプに陥ることがあるかもしれませんし、より高いレベルを望んで到達できないで悩むこともあるかもしれません。だからといって、宗教の団体、右翼系政治団体、あるいは、「倫理の団体」に餅の造り方の指導を受けようとするなら、奇妙というしかないのではありませんか? プロ野球の投手も投球に悩む時はあるでしょうけれども、だからといって、明石家さんま に投球の指導を受けようとしますか?????

   ある程度以上、ある業種の営業を経験した人には、その他の業種の営業・接客についても、ある程度以上わかるという場合もあるとは思います。しかし、ある業種の営業を経験した人でも、その他の業種の営業については理解できていない場合もありますし、同じ業界の同じ職種であっても、会社・商品が異なれば状況が違うという場合もあります。ある業種のみ経験している人で、その業種で特に良い成績を残した人には、自分はできるという意識を持ってしまって、他の業種・他の会社に変わった時に、それが原因でうまくいかないという場合もあると思います。
   「高級ホストクラブ」の「ニュー愛」という店のナンバーワンホストであったという「零士」なる男が『ホスト王のその気にさせる心理戦術』(2001. 青春出版社)という本を書いています。 又、「ビッグコミックスペリオール」という小学館から発行されている漫画の隔週誌に連載された 滝 直毅(たき なおたか)原作・土田 世紀(つちだ せいき)『六本木不死鳥ホスト伝説・ギラギラ』という漫画があり、小学館から7巻の単行本でも出版されています。私は、ふざけてではなく本当に営業に生かす為にこの2つを読みましたし、『ギラギラ』については、感心する話がいくつも掲載されており、女心音痴のオッサンは、一度読むと良いのではないかとも思っています。〔不真面目な内容の本ではありません。〕但し、『ホスト王のその気にさせる心理戦術』の著者という「零士」が私が在籍した在来木造の I 社に講演に来て、「私は、もしも、自分が皆さんのような住宅の営業をやったら、間違いなく、全国トップの成績を残す自信がある」と言ったのには、「あら、そう。マア、それなら、やってみ・・・・」と思ったし、実際、 I 社には、そういう事を言って入社して成績を残すことができずに辞めていく人などいっぱいいたのでした。「零士」は、「私たちホストは、売る物は自分以外に何もない。それを、あなたがたは、住宅という売る物がある。自分以外に売る物がない営業に比べて、売る物がある営業がどんなに楽なものか。」と「零士」は、 I 社の講演で言ったのですが、自分以外に売る物がない営業と自分以外に売る商品がある営業とはどちらが楽かは、どちらとも言えないと思いますね。自分以外に売る商品がある営業というのは、自分以外に売る物がない営業と違って、自分だけを売りこんでいたのではうまくいかないのですが、零士さん、わかりませんか? 一般に不動産の営業というのは、建築の営業に比べて、営業担当者がどうかよりも物件によって決まる、自分よりも物件を売りこむことで決まると言われるのに対して、建築の営業は、不動産の営業と比べて、その営業担当者がどうかによって決まる度合いが大きいと言われますが、それなら、不動産の営業は、建築の営業より楽なのかというと、そういうものでもないでしょう。零士がやってきたホストというのは、建築の営業よりも、さらに、「営業担当者」によって決まる、「営業担当者」の評価だけで決まるかもしれませんが、だからといって、売る物がある営業、物件がどうかによって決まる度合いが大きい営業がそれより楽とは言えませんね。
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 ↑ 「零士」『ホスト王のその気にさせる心理戦術』(2001. 青春出版社)(左) と 滝直毅原作・土田世紀『ギラギラ』(小学館)(右)

  「零士」はホストで成績を残したかもしれませんが、住宅建築の営業をしたとしたら、共通する部分もあるでしょうけれども、異なる部分もあり、もし、それを理解しないようならば実績は残せないでしょう。 ましてや、宗教の団体だか「倫理の団体」だかが、人の会社に口出して、営業がどうとか言いだしたとしても、わかるわけないのです。 だから、R研究所・R法人会に言いなりになっていたWホームの社長Hさんの話はおかしかったのです。

  なぜ、日本の会社の社長・経営者は、こんなバカげた相手にひっかかるのでしょうか。 安達精治(あだち せいじ)『社長よ、あなたがお辞めなさい(旧題『社長の器量』)』(1998.ゴマブックス)に次の記述があります。
≪日経の記事をかいつまんで紹介するとこうなる。
  大阪市のある大宴会場に集まったスーツ姿の経営者百五十人の前に表れたのは、なんと黄金色の袈裟をまとった僧侶だった。この僧侶は、日蓮宗・妙見閣寺の住職・竹内日祥氏で、日頃から経営者相手に仏典から経営を説く「経営人間学講座」で人気がある。受講者は、おとなしくこの竹内氏の話を聞くのかと思ったら、講師の登場とともにいっせいに立ち上がり、「ひとつ、経営とは経世済民の高い志を実行に移すこと。ひとつ、経営とは人間の究極の理想を・・・・・」と唱和しはじめたというのである。 
  出席者の中には、十数人の役員全員を連れてきた社長もいるし、動機を聞けば、苦境克服の指針にしたい」という機械部品メーカーの社長など、いずれも大まじめである。・・・・・
・・・・・・
 ・・・・・これがリーダーの姿だろうか。真剣に現状打開を計ろうとはしているのだろうが、そのイメージはあまりにも頼りなく、スケールが小さい。・・・・・≫
  江本孟紀(えもと たけのり)氏は、『プロ野球 勝てる監督・使える選手』(1998. 三笠書房)において、
≪ ・・・選手の脱税問題が社会を騒がせた。こういう事件が起きると必ず「野球選手は青少年の模範であらねばならぬ。ドーシタコーシタ」という者が現れる。
  ・・・・・・・
  アマチュアリズムの牙城といわれるのがラグビー界であった。
  ・・・・・・・
  ノーサイドの笛が鳴ると同時に敵味方が健闘を讃え合う。なるほど、麗しい光景。しかし、実際の試合ではフェアプレーもヘチマもない。審判の目が届かないところでは「何でもアリ」がフェアプレーの真の姿なのだ。そういう世界に住む人間に模範的人物であれと求めてどうする。
  脱税問題に関していえば、特殊な世界にすむ世間知らずの人間を球団が管理するというなら徹底的に管理すべきで、それをしなかった球団やコミッショナー事務局のほうが余程に罪が重い。・・・・・
  人間的に素晴らしい人格者だからといってスポーツ選手になれるわけではないやろ。・・・・・
  ・・・・・・
  チームを優勝させた監督には企業などから、講演の依頼が殺到する。途端に監督は人格者になり「世の道、人の道」を説きはじめる。それに頷く人たちというのはいったい何なんだ。人事や組織論を書いた解説者や監督、大選手の著書を座右の銘にして、会社の経営を考える経営者が結構いるそうだが、そんなこっちゃから会社が左前になるのだ。・・・・・≫と述べている。
  安達精治氏や江本孟紀氏が指摘しているように、僧や野球選手に経営を教えてもらおうという経営者とは、いったい、何なんだ??? 「会社が左前にな」っているかどうかにかかわらず、おかしくないか???
  餅屋がスランプに陥ったとしても、スランプは、伊藤光治氏が言うように「成長のフシ」でもあるかもしれないのだから、スランプに陥ることもあって良いであろうが、だからといって、アタマ使うよりもカラダ使う方が得意だから野球選手になった経営者として成功したわけでもない人間に経営を教えてもらおうという経営者とは、いったい、何なんだ? 
  伊藤光治氏が、セールスマニュアルの本を読んで実行してうまくいかず、その本の著者というのは、実は、自分よりも実績の劣る人だったということに気づいたように、僧侶や運動選手に経営や営業を教えてもらおうというのは、馬鹿馬鹿しいから、もう、やめた方が良いと思う。 学歴詐称しか能のない人に受験指導を受けることや明石家さんま に野球のピッチングのコーチを受けることと同様に、自分より営業の実績の劣る人、ほとんど経験のない人に営業の指導を受けること、そして、宗教の団体や右翼系政治団体、あるいは、「倫理の団体」に、営業や経営を教えてもらおうとすることというのは、やっぱり、馬鹿馬鹿しいから、やめた方が良いと思う。 違いますか?
  このブログを読んでくださった方、あなたは、そう思いませんか?

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以上は、「私が勤務する建築会社のホームページとリンクした私のブログ」に掲載した、そのブログの第25回のもので、この第25回≪明石家さんま のピッチングコーチは役立つか? ~営業と会社の話(1)≫は、2010年(平22年)11月16日に「公開」させていただいたものです。 
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〔 この稿は、「哲建ルンバ」としては、第27回ということになります。 〕

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