哲建ルンバ

アクセスカウンタ

zoom RSS 「東京で下宿して」大学に行くと費用がかかると思っている「自宅から歩いて行ける大学」の女

<<   作成日時 : 2017/06/10 13:07   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第300回]
   1980年頃、今となっては40年近く前のことになったが、今でも昨日のことのような気がする。 2年浪人しても東大の試験に落ちて、嫌々、慶應大学に入学した。「した」というよりも「させられた」というのが正しい。 今から考えると、我が家は、本来、一流大学に息子を行かせたくない家庭だったと思う。週刊誌に、大王製紙の二代目の社長は北野高校から東大に行きたいと思ったが行くことができずに慶應大に行き、息子には何としても東大に行かせたいと思い、息子は東大に入学・卒業して三代目の社長になった・・・が、しょーもないことやりよったあ〜あ・・・・という話が載っていた。 自分が行きたいと思ったけれども行けなかった大学に息子はなんとしても行かせてやりたいと思う父親というのは少なくないと思う。 元朝潮の高砂親方が、横綱の朝青龍の困った態度を指導できないのは親方が大関どまりの親方だからだというようなことを言われたことがあったが、高砂親方は、元大関の親方が元横綱の親方に劣るということはない、なぜなら、横綱までなった親方というのは、自分は達成したという気持ちでいるのに対して、大関まではなれたが横綱にはなれなかったという者は、力士を引退した後も、どこが悪かったのか、どうすれば横綱になれたのか、どうしたらよかったのか・・・といったことを、いつまでもいつまでも、考える。考えるなと言われても考えずにおれない。だから、どうすればよかったのかという自分の考えと気持ちを弟子に向けて指導することで成果がでる、だから、大関どまりの親方が横綱までなった親方に劣るということはないと思う、と述べていたのをスポーツ新聞で見た。実際、そういうことはあると思う。 『あしたのジョー』では、ボクシングの試合途中に片目を失明してボクサーを続けられなくなって引退した丹下段平は、山谷のドヤ街で若い男を見ると、「ボクシングしねえか。俺がコーチしてやる。俺がコーチしてやれば世界チャンピオンになれる」と言って誘う。「段平のおやじ、若い男なら誰でも世界チャンピオンになれると思ってやがる。おかしいんじゃねえの」と子供たちにバカにされるがそれでも段平は言い続ける。そこに現れたのが矢吹丈だった・・・。〔⇒《YouTube-ジョーの子守唄.mp4》https://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=1v0DkrnILrg 〕
   ウチワとアクビで有名になった松嶋みどり さんが『東大入試合格作戦』(エール出版社)で「合格体験記」に、こんなえらそうなことを書いておった・・・と「フライデー」に載っていたが、まあ、ウチワとアクビには責任を感じてもらわないといけないが、『東大入試合格作戦』に書いたものなどというのは、しょせんはハタチ前の青い時期に書いてしまったものであって、多くの人間は、ハタチ前に書いたものを引っ張り出されたのでは、「ギャッ」と言ってひっくり返りたくなるものだと思うので、それを今どうこう言ってもしかたがないと思う。 松嶋みどり さんは、豊中市の学力水準が高いと言われるなんとか小学校から大阪教育大付属池田中学校→北野高校→1浪で東大 に行ったらしいが、そこに書かれていたものなど見ると、もしかして、お父さんが東大に行きたいと思ったけれども行けなかったことから、息子には何としても東大に行かせたいと思った・・・・けれども娘しかできなかったので娘に息子のかわりの役をさせた? ・・・のかなという印象を受けた。もし、自分が東大に行った人間なら、息子なら東大に行かせてやりたいが娘なら行かなくてもいいのじゃないかと思うところを、自分が行きたいと思ったものの行けなかった男にとっては息子であろうが娘であろうが誰かがその無念な思いを実行してくれないとおれなかった、なんてことないか・・・・などと「フライデー」に引用してあった『東大入試合格作戦』の文章を見て思った。 実際、どうだったのかはそれは知らないが、そこに書かれていたものなど見ると、我が家などに比べれば、はるかに進学について理解がある家庭だったようで、うらやましいように思う。
    私は、自分が高校生くらいの時、親というものは普通そういうものではないか、特に父親というものはそういうものだろうと勝手に思っていた。しかし、我が家は違った。私が高校生か大学生の頃、「2浪の功と罰」として「朝日新聞」の「声」欄に書いていた人があり、その人は「功」(得るもの)として「英語力がつく」ということを書いていたが、実際、2年浪人して、英語の模擬試験などでの成績が「横ばい」であったとしても、英語力が「横ばい」ではない。英語のような記憶するものは、何もしなければその能力は低下する。「横ばい」というのは、「横ばい」では大学受験においては現役時よりも有利にならないけれども、大学に入学した時点では、英語力は現役で入った人間で同じ点数をとった人間よりも上だと考えられると思う。私は自分自身がそれを実感した。だから、それを利用して、大学在学中にできるだけ早く英語検定1級をとりたいと考えた・・・・のだが、最初の夏休みに、父が「あんた、明日から、うちの会社の工場にアルバイトに行くことに、決めてきた」と言い出し、「ええ? 『決めてきた』のですかあ?」と言うと、「決めてきた。 もし、どうしてもと言うのなら、あしたからやのうて、あさってからにしてもらえまへんかと頼んでやってやってやってやあってやってやってもかまへんで」と言い出したのには驚いた。父が言うには「大学は勉強する所とは違うんや。甘ったれるな。とってちってたあ〜あ」ということで、「勉強する所と違う」なら何する所かというとアルバイトする所らしかった。「アルバイトするのを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間(病)という病気にかかっておるわけや。慶應大学の小此木啓吾先生がそうおっしゃってる。甘ったれとってはいかんぞ。チャンコロ。甘ったれるなよ、チャンコロ」と毎日、毎日、ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらい言われつづけた。〔⇒《YouTube-およげたいやきくん》https://www.youtube.com/watch?v=zNC1SpEqcxw 〕(慶應の内部進学、「幼稚舎から慶應」らしい小此木啓吾は、大学生の時に、そんなに「アルバイトォ、あるばいとぉ、アルバイトォ」などやってないと思うがね・・・。小此木啓吾こそ「モラトリアム人間病」と違うのか?) 最初は、同じ高校から京大や阪大に行った人間、東大に行った人間、慶應に行った人間で、私みたいにアルバイトォ、あるばいとぉ、アルバイトォとさせられている人間なんかどこにもいなかったので、なぜ、私だけが「大学は勉強する所とは違うんじゃ!甘ったれるな」とされなければならないのかと思ったものの、そのくらいの悪条件なんか、なにくそ、と思って、そのくらいのハンデははねかえすわと思って取りくんだが、後から考えると、無駄な努力だったように思う。そうやって、アルバイトォ、あるばいとぉ、アルバイトォとやっていた間に、大学に入学する時点では私よりも下だった人間に追い抜かれた。 だから、「2浪の功」として「英語力がつく」というのは、そういう人もおり、それを生かせる人もいるが、我が家は無理だった・・・・が、それなら、2浪して得るものが何もなかったのかというとそうではなく、2浪とその後の葛藤により、我が家の構造がわかった。 私は3人兄弟だが、父のお気に入りだった上の姉はそのあたりの「我が家の構造」がわかっていない、下の姉は「あんた、うちの家、普通の家じゃないでしょ。わからないの」と私に言ってくれたことがあり、そう言われれば、「普通の家じゃないな」と思ったが、下の姉もまだそれでも理解できていなかった部分が大きかったが、私は痛い目に合うのと引き換えに、我が家の構図、「家族の政治学」がわかってきた。 それが私にとっての「2浪の功」だったのかもしれない。父は、実は、息子には自分より上の大学に行かれたくなかったのだ。 かつ、その自分の意識を自分でははっきりと自覚できておらず、それだけでなく「わしぁ、聖人やね〜ん」と思い込まずにはおれないという人間であり、かつ、周囲の人間にはその意識を完全に読み取られていた。だから、そういう妖怪変化みたいな魑魅魍魎みたいのが父の周囲に集まってくる、私にとってはそういう連中が「外敵」になるわけだが、遠山啓(「ひらく」と読みます。 北野高校の教諭O谷は「とおやま けい」と読んでいましたが「けい」ではありません。)は『教育問答 かけがえのないこの自分』(太郎次郎社)で、父親というものは外敵から守ってくれる存在である、などと書いていたが、それは小さい頃に父親を亡くした遠山啓が、父親というものを実際よりもいいものと考えて、もしくは、よそのお父さんの中でも比較的いいお父さんを見て、父親とはそういうものだと思ったのであって、現実の父親というものは遠山啓が言うようなすばらしいものではない。遠山啓はそのあたりを理解できていない。私の父親は、実際問題として、息子が自分より上の大学に行くということに耐える能力のない男だった。それも、2浪したこと及びその後によって理解できた。
   元朝潮の高砂親方が書いていたことは、大学進学においても同様のことがあるように思う。実際、私は今でも、夜中に夢の中で、入試で何点とれたか、この科目はここはあっているはずだ、ここは間違えたか、ここで何点とれているはずだが、ここは減点されたか・・・・とか考えていて、目が覚めた後もしばらく同じように点数の計算をしていて、ふと、あれ、俺、いったい、どこ受けるんだ? とか考えて気がつく、ということがある。 まさに、1点、2点、3点、4点、5点、6点、7点、8点、9点・・・・・、1点たらな〜い・・・・とお菊さんみたいに夜な夜な数えているわけだ・・・・・。 こういうのは、KOの内部進学の教授には理解できないことであり、彼らはそういうのを「受験勉強の悪影響だ」と言うのだが、受験の影響かもしれないが、「悪影響」かどうかというと、少なくとも、KOの内部進学の学校に行ったことによる悪影響に比べればずっといいのではないかと思う・・・・などと言うと怖いので、この程度にしておこう。大学から慶應大に入った人間の多くは内部進学の人間を見て、「大学入試って、あった方がいいなあ」と口にするのだが(入試があれば、通る時もあれば落ちる時もある、としてもそれでも、あった方がいい)、そういうことを内部進学の人が言うところの「(慶應義塾の)外部の連中」という大学から入った人間が言っているということを知っているものだから、余計に、「ふん、そんなものは受験勉強だ。害があるんだ! この僕は中等部から慶應に行ってるんだぞお。わかってんのかあ」とか叫ぶわけだ。さらにこの際、行ってしまえば、ある「幼稚舎から慶應」というにーちゃん(といっても、40年近く前に「にーちゃん」だったので今では「おっさん」だろうけれども)が、私に「きのう、テレビ見てたら、小学生向けの進学塾の話が出てたんだけど、俺、小学生の時から『東大行くんだ』とか言ってるやつって、気持ち悪くってしかたないよお〜お」などと言ったことがあった!!!・・・・それで、私はつい言ってしまったのだ。なにしろ、ハタチ前後の頃、私は正直だったから。(今でもけっこう正直だけど。だから、こんなブログ書いてんだ。)「何を言うてんねん。 小学校の時から『東大行くんだ』とか言ってるやつが気持ち悪いなんてそんなこと言うなら、小学校の時から慶應行ってるやつなんて、気持ち悪くてしかたがない!!!」と。口にだしてから、「しまった」と思ったのだ。王貞治は台湾人で、王貞治が子供の頃、お父さんは「我々はここでは外国人なんだ。だから、我々は周囲の人たちに好かれないといけない。我々は決して周囲の人たちに嫌われてはならないんだ」と常に話したと、たしか、「朝日新聞」だったと思うが、に書かれていた。それと同じ、北野高校のような公立高校から慶應大に行くと、「我々はここでは外国人なんだ」「ここでは異邦人なんだ」、慶應大学というのは内部進学の人たちの学校であって、我々は座敷にいらっしゃる内部進学の方のお家の軒の先っぽの下にお情けで入れていただいている身分なんだ、だから、内部進学のお方が「雪は黒い」と言われれば「まことにまことに、雪は黒うございます」と言わないといけないんだ、慶應大学というのはそういう大学なんだ・・・・と骨身にしみて理解させられてきたにもかかわらず、言うたらいかん言うたらいかん・・・と思いつつ、なにしろ、生まれつき正直なもんで、つい、言ってしまったのだ。 普通、慶應の内部進学の人間に「何を言うてんねん。 小学校の時から『東大行くんだ』とか言ってるやつが気持ち悪いなんてそんなこと言うなら、小学校の時から慶應行ってるやつなんて、気持ち悪くてしかたがない!!!」と言おうものなら彼らは即座に“「愛塾心」から”激怒して殴りかかってくるものだ・・・・が、その時の「ゆりかごから墓場までKO」のOはそうではなかった。彼は内部進学にしては珍しくそのあたり大変寛容だったのだ。「うん、それ、一番、気持ち悪い」と言うので、へ〜え、内部進学の人間にも中にはそういう人もいるんだあ〜あ、と思った。しかし、それにしても、公立小学校→公立中学校→公立高校→国立大学 と進んだ人間が「俺、小学校の時から『東大行くんだ』とか言ってるやつって気持ち悪くってしかたないよ」と言うのならわからんこともないのだが、「小学校の時から慶應行ってるやつ」、慶應幼稚舎→慶應中等部→慶應義塾高校→慶應義塾大学→慶應義塾大学大学院 と進んだ「ゆりかごから墓場まで慶應(from cradle to tomb)」の人、「サラブレッド的慶應」「本物の慶應」というのか「ほとんどビョーキ」というのかにその文句を言われたあかつきには、「何 言うてんねん!」と思うのが、公立小学校→公立中学校→公立高校 と進んだ人間の気持ちであるが、慶應の内部進学の方々にとってはそうではないのだ。 だから、人間、「相手の立場になって思いやる」ことは大事であるので、慶應の内部進学の人にとっては、「小学校の時から慶應に行ってるやつ」が「小学校の時から東大行くんだとか言ってるやつって気持ち悪くってしかたないよ」と思うのは、これは「常識」である、これこそ「福沢精神」である、これが「思考が柔軟な慶大生」「スマートな慶應ボーイ」「塾風を身につけている」「自我が確立されている」「アイデンティティーを持っている」「ギャルにもてもて」とかいうものらしい! と理解しなければならない。決して「何 言うてんねん!」と言ってはならないのだ・・・・心の中では思っていても。で、慶應の教授なんかにうかつに言おうものなら、「受験勉強の悪影響だ」とか言われるだろうから、そういうお方には言わない方がいいことだが、実際、「番町皿屋敷」のように、夜な夜な点数数えて、1点たらな〜い!・・・・などと思ってショックで起きたり・・・・などということを今でも時々やっている。〔⇒《YouTube-本当は怖い日本の怪談 - 番町皿屋敷》https://www.youtube.com/watch?v=hdu9VHK_coc 〕

   さて、番町皿屋敷の話はちょっと置いといて・・・・・。
   1980年のことだが、ある女性、北野高校→大阪大学文学部 という女性に言われたことがあったのだ。「東京の大学に下宿してなんて行ったら、さぞかしお金かかるでしょうねえ」と。 そうかな?
   慶應の場合は、経済学部・商学部・法学部・文学部の専門課程は「お菓子ちゅうもんは、スーパーでまとめて買うもんやないで。お菓子ちゅうもんは、駄菓子屋でひとつひとつ買うもんや。ガキらの夢つぶしたんはわしらやない。ガキらの夢つぶしたんは森永や」「おまえも勝久もあんまり阿漕な商売したらあかんで」の怪人21面相の友達にして森友学園塚本幼稚園に行って園児に「中国から鉄砲とか入ってくるけど、がんばってください」とか言わせて「涙がでてきちゃった」とか言って喜んでいるバカ女にして安倍晋三の嫁の実家である森永の本社がある東京都港区三田にありますが、厳密には、教養課程の日吉と理工学部の矢上(いずれも最寄駅は東急東横線「日吉」)は、東京都ではなく神奈川県の横浜市港北区なのだが↓、

(↑ 慶應義塾大学 日吉キャンパス )
そういう細かいことは置いといて、「東京圏」の大学に下宿して行ったら、京都や大阪・神戸の大学に行くよりもカネかかるか?
   実際のところ、大阪大学http://www.osaka-u.ac.jp/ja というのは、大阪府豊中市の阪急宝塚線「石橋」駅から徒歩10分以内の場所の「豊中キャンパス」、別名、待兼山(まちかねやま)イモ畑↓ と、

( ↑ 大阪大学 豊中キャンパス。 通称「待兼山イモ畑」。 「待兼山(まちかねやま)」はマチカネワニの化石が出土した、てのが「歴史」の教科書に載っていたので有名。
※ 《ウィキペディア−マチカネワニ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%8D%E3%83%AF%E3%83%8B )
大阪府吹田市の阪急千里線「北千里」から徒歩10分ちょっとの所の「吹田キャンパス」とがありまして(今は、かつては大阪外大だったものが大阪大学外国語学部になって、「箕面キャンパス」もできましたが)、教養課程は「石橋」で、法学部・経済学部・文学部と理学部・基礎工学部の場合は、専門も「石橋」ですから、大阪府の豊中市・池田市・箕面市あたりから行く人間にとっては、最寄駅:十三(じゅうそう)でかの有名な森友学園塚本幼稚園の少し東にあります北野高校↓

(↑ 「右翼 橋下徹」・「国会 大アクビの松嶋みどり」・「城崎温泉 野々村竜太郎」の3人のおかげで、最近、ちょっぴり、有名になった 北野高校 )
に行くよりも近い、豊中市の住人には「中学校より近い」「小学校より近い」という人だっていたのではないかと思います。 そういう人にとっては、大阪大学の法学部・経済学部・文学部と理学部・基礎工学部というのは、たしかに交通費は安い、もしくは要らない。自転車でだって行ける、というより、歩いていける♪ という人だっていたのではないかと思います・・・けどねえ・・・。
   京都大学http://www.kyoto-u.ac.jp/ja の場合はどうかと言いますと、大阪府の住人で京大に行った人間というのは、なんか、自分たちは「東京の大学」に下宿して行った人間よりもカネのかからない「いいこと」しているみたいに思っている人間、「世のため、人のためになることやってる」みたいに思ってる人というのがいるのですが、実はそうでもないのです。 その理由は、
[第295回]《自分も浪人した・自分も下宿しているという自覚がない大学生1−東京で下宿して大学に行くとカネがかかるか》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201705/article_3.html 、
[第296回]《自分も浪人した・自分も下宿しているという自覚がない大学生2―浪人・2浪して大学に行くとカネがかかるか》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201705/article_4.html
にきっちりと計算して述べましたので、そちらをご覧いただければおわかりいただけると思います。
   神戸大学http://www.kobe-u.ac.jp/ の場合は京大とはまた事情が違います。 なぜなら、1980年前後の大阪第一学区、要するに、阪急宝塚線沿線(箕面線を含む。北大阪急行線も含む。ついでに、能勢電鉄の終点の「妙見口」も含む。)から行くとなると、もともと、大阪と京都の間の距離と大阪と神戸との間の距離では、大阪梅田―京都駅・大阪梅田―四条河原町・淀屋橋−三条 のいずれと大阪梅田―三宮・大阪梅田―神戸駅・大阪梅田―高速神戸のいずれとを比較しても、大阪と神戸の距離の方が大阪と京都の距離よりも少々短いのですが、京大の場合は、阪急京都線の終点の「四条河原町」からバスに乗らないといけないわけで、京都でも阪急京都線の「長岡天神」とか「桂」とかの駅前とかにあるわけではないのです。京都市でも「北東の方」、下加茂神社と銀閣の間くらいの場所、平安神宮より北、八つ橋で有名な聖護院よりも北にあるわけです。(私、子供の頃、聖護院て八つ橋つくってるお菓子のメーカーの名前かと思ってました・・が、実はお寺なんですね♪(http://www.shogoin.or.jp/ ) ティファニーはモーニングサービスやってる喫茶店か何かの名前だと思ってたし。)

(↑ 京都大学 )
それに対して、神戸大は阪急「六甲」の駅から山の方に登って行ったあたり↓にあるわけです。

(↑ 神戸大学 )
京大は阪急の終点の「四条河原町」からまだバスに乗らないといけないのに対して、神戸大は「三宮」よりも手前、西宮北口と三宮のまん中くらいにあるわけです。京大は宝塚線沿線から通うのはかなり厳しいのに対し、阪急「六甲」が最寄駅の神戸大は近くはないが通えないことはない場所なのです。東京もんが関西の「進学校」で唯一、名前を知っている灘高校は阪急なら「岡本」駅が最寄のようですが、同じ中学校から灘高校に通ったやつがおりまして、神戸大が最寄の「六甲」駅は「岡本」駅の2つ向こうですから、岡本駅から徒歩の灘高校に通えるなら六甲駅から徒歩の神戸大だって通えないことなさそうです。近くはありませんけど。 大阪市立大学は阪和線の「杉本町」だったと思うのですが、そして、大阪府立大学は南海高野線の「中百舌鳥」が最寄駅だったと思いますが、大阪府でも北部の阪急宝塚線沿線から通うなら、大阪市大や大阪府大よりも神戸大の方が近いくらいでしょう。 ですから、神戸大に行くのに、もしも、下宿せずに毎日電車で通うなら、電車賃(定期代)は必要だが下宿代は要らないことになりますが、京大に行くなら、下宿代は必要で、毎週のように実家に帰るでしょうから、その分の交通費もまたかかるわけで、結果として、「東京に下宿して大学に行く」よりも「京大、もしくは、『京都の大学』に下宿して大学に行く」方がカネかかるのです。
    前にも述べましたが、「国立大学は国が費用を出しており、私立大学は行く人間がすべてカネを出している」と言う人がいますがそれは間違いで、国立大学には税金からカネが出ているとはいえ学費はタダであるわけではなく行く人間も学費を出しており、私立大学にも国から「私学助成金」が出ておるわけで、あくまでも「程度の違い」です。 もうひとつ、慶應の場合は「大変、ありがたいことに、OBが寄付をしてくれる大学」ということになっており、塾長選挙の時なんか、学生に選挙権がないというのはしかたないとしても、事務職員に選挙権がないのもしかたないとしても、「◇◇株式会社会長」とかなんかそういう人に選挙権があるわけで、な〜んでだ? とか私も大学生の時には思ったことがありましたが、たぶん、要するに、カネ出してるのじゃないでしょうか。 世の中、なんやかんや言うても、カネや。 カネ出すもんが強いんや・・・ということ? かどうかわからんが、ともかく、「国がカネ出す大学」と「行く人間が自分でカネだす大学」の2つに大学は分かれているわけではなく、「財界がカネを出す大学」というのも、どうも、あるみたい・・・・。 で、その結果、慶應は「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」の学費になっていたのか? ・・・・・というと、そういうこともあるかもしれないけれども、それよりも、たぶん、意図的に大学は「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」に設定していたのではないかと思います。(私が勝手に推測しているだけですよ。大学に問い合わせても、そうだとは言わないと思いますけれども。) 慶應は小学校・中学校・高校は「他の私立の学校と比べても高い」という学費らしいのですが、大学はそうではなく「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」に設定されているのです。早稲田大学よりも慶應義塾大学の方が安いし。昔から。かなり。 これは私が勝手に推測してるのですが、たぶん、小学校から高校までは意図的に「私立の学校の中でも高い」という学費に設定して、「誰でも彼でもは行けない」ようにして、大学は逆に「国立大学よりは高いけれども私立大学の中では安い方」に設定することで「入学試験で合格最低点よりも高い点数さえとれば誰でも行ける」ということにして大学の値打ちを下げないようにしている、ということではないかいなあと思います。 でも、日本育英会奨学金の奨学金をもらって行くなら出してもらえる金額は「学費分」でしたから、国立大学でも私立大学でも行く人間にとっては一緒でしたが、そうでなければ、早稲田よりは慶應の方が学費は安かったけれども、京大・阪大・神戸大との比較なら学費は京大・阪大・神戸大の方が安かったのはたしかですね。
   それで、大阪大学の教養課程と法学部・経済学部・文学部・理学部・基礎工学部(「きそこう がくぶ」ではなく「きそ こうがくぶ」らしい)ですと、最寄駅は石橋で阪大の敷地は豊中市にあるのですが、最寄駅の「石橋」は何市にあるかというと池田市にあります。 石橋駅というのは、豊中市と池田市と箕面市の境目付近の池田市にあって、阪大は境目付近の豊中市にあるようです。 ちなみに、石橋駅からすぐのビジネスホテルに「ホテル やさか」と「ホテル 石橋」がありますが、「ホテル やさか」は池田市で「ホテル 石橋」は箕面市にあるみたいです。
   その豊中市と池田市と箕面市の境目付近の豊中市にある大阪大学の教養課程から大阪大学の法学部・経済学部・文学部・理学部・基礎工学部という所に、豊中市・池田市・箕面市から自宅から行った人というのは、下宿代はかからないし交通費も安いかまったくかからないということで、なんか「ものすごい親孝行」て感じがしないでもないわけです。 「戸締り用心、火の用心」て感じ。 「詩吟と武道を習い、心と体を鍛えましょう。マッチ一本、家事の元」て感じがします♪  特に「下宿して東京の大学に行った」なんて「親不孝者メがあ!」よりもよっぽど親孝行でエライ、「爪の垢を煎じて飲みなさい!」て言いたくなりますね。私の父ははっきりと私に言いました。同じ中学校から同じ高校・北野高校に行って大阪大学の法学部に行ったKというのがいましたが、「Kくんにお願いして爪の垢をわけてもらってきて飲みなさい。ちゃっちゃちっちちゃっちゃちっちてってらこお〜お」と。 でも、・・・・そうかな?

   京都以外の関西で下宿して大学に行く場合と東京の大学に下宿して行く場合、住居代がどちらが高いかというと、東京圏でも高い地域もあれば安い地域もあり関西圏でもそうですが、「下宿」と「アパート」でも違いはあります。 大学に入学してすぐの時は、「下宿」とか「学生会館」とか「寮」とかに入る人が多く、「アパート」に住む場合、同じ高校とかの友人と一緒に住むという人が多いのですが、しばらくすると、もし、同じ高校の出身の人間と一緒にアパートを借りて住んでいたりすると、「なんで、こいつと一緒に住まなきゃならんのだ?」という気持ちになるという男がけっこういます。 「なんで、男と一緒に住まにゃならんのだ?」と。 結婚して女と一緒に住むのならともかく、何がうれしゅうて男と一緒に住まにゃならんのだ!?!という気持ちになってくる、と聞きます。 それで、最近は、家やアパートを借りる際のシステムが、関西も東京方式に近づいてきたようですが、かつては、そうではなかったのです。関西方式は、保証金と敷引きの制度で、礼金・敷金の制度の東京方式と違って、そこでおカネがかかったのです。但し、理由はよくわかりませんが、京都だけは関西でも東京方式だったようです。ですから、大学の寮に入るとかなら、全国どこでも比較的安い費用で住めましたが(もっとも、「大学の寮」というのは「学生運動の拠点」ではないかと勘繰られて、就職の際に不利にならないかと考えて避ける人もあったようですが)、最近は大阪府なども東京方式になってきたようですが、1980年頃においては、もしも、「アパート」を借りるとなると、「東京の大学」に行くのにアパートに住んだ場合と、関西の大学に京都以外の関西でアパートを借りた場合ならば、敷金・礼金のシステムの東京のアパートと保証金・敷引きの関西方式のアパートでは関西方式のアパートの方が結果として費用はかかったはずです。

   北野高校→大阪大学文学部 に行った女性の方ですが、弟は1浪して京大の農学部にお行きになったわけです。京大ですよ。ということは、結論を言いますと、「下宿代+交通費」で比較すると「東京の大学に行った」人間よりも「下宿代+交通費」は京大もしくは「京都の大学」に下宿して行った人間の方がカネかかるんですよ!それを、おのれの弟には言わずに私に言うんですよ、「東京の大学に下宿して言ったりしたら、さぞかし、お金かかるでしょうねえ」と。弟は「東京の大学」に下宿して行くよりも「下宿代(もしくはアパート代)+交通費」で比較すると高くつく「京都の大学」に行って、それで、そういうことを言うのですよ。
   でも、まあ、弟は弟、姉弟でも別の人間で別の人格ですから、自転車でも行ける、歩いてでも行こうと思えばいけないことはない大阪大学、別名「待兼山イモ畑」に行った人というのは、世界一エライんですわ、私の父なんかに言わせれば。地面に頭をすりつけてお願いして爪の垢をいただいてきて煎じて飲まなければいけないくらいエライんですわ。もう、すごい、すごい!!!
   でもね。同じ高校を卒業しているんですよ。私とその女性は。卒業してから口をきく機会があったくらいですから、まあ、口きくくらいならたまたま電車中で会うことだってあるかもしれないし、単に顔と名前を知ってるくらいの人でも口きいて悪いことないのですが、高校の時から知ってるわけです。ということは、実は私は知ってるのですよ。本人から聞いてるのですよ。「京大の文学部に行きたい」と御本人がおっしゃっていたのを。「担任の◇◇先生に『女の子だから神戸大くらいにしておきます』と言ったら、『いかん、いかん。そんなこと言ってはいかん』と言われて、それで京大にしたの。京大はやっぱりいいわよね。なんといっても京都にあるというのがいいわあ♪」とのたまわれたのを私は聞いているのです。
   「京大の文学部に行きたい」とおっしゃっていたはずなのに、なんで大阪大学文学部にお行きになったかというと、それは御本人が判断されたのでしょうけれども、模擬試験の成績を見て、京大なら通るかどうかわからないが、「京大なら通るかどうかわからない」というくらいの成績で阪大にすれば「間違いなく通る」か、神戸大にすれば「絶対に通る」かというと、そんなことはない、あくまで、「京大よりは阪大の方がいくらかなりとも通りやすいかもしれない」「神戸大の方が阪大よりもいくらかなりとも通りやすいかもしれない」というくらいのものであって、阪大だって神戸大だって無茶苦茶入りやすいわけではないのですから、「間違いなく通る」だの「絶対に通る」だのということはありませんが、京大よりは通りやすいと考えて、「男なら1浪くらいしてでも京大に行くべきだ」と考えるところを「阪大でいいんじゃない」と判断したかなんかそういうことらしい。これも本人から聞いた話だ。それはそれでけっこうだと思いますよ。そもそも、ひとの受ける大学、ひとの行く大学について他人がどうこう言う必要はないことで好きな所に行かれればいいでしょ。
    もっとも、「自宅から自転車でも行ける大学」「自宅から歩いてでも行こうと思えば行ける大学」というのがいいかどうか、という問題はあります。慶應大学に在学した時、ある教授が、自分は慶應大の学生だった時、早稲田大学の前の下宿屋に住み、大学院の時には東大の正門の前の下宿屋に住んだ、という話をされたことがあり、なぜそうしたかというと、同じ大学の人間とばかりつきあったのでは人間としての視野が狭くなる、他大学の人間ともつきあうようにした方がいいと考えた、ということだそうです。そうすると、早稲田大学の前の下宿屋の息子が慶應大学に進学した、と。そこの親父が「目の前にいい大学があるのに、なんで、遠くの大学に行くんだ」と言ったというのですが、「家の目の前にある大学」というのがいいかどうか、それこそ、「他大学の人間と意図的につきあうようにした方が視野が狭い人間にならない」という考え方からすれば、「家の目の前にある大学」に行くというのがはたしていいかどうか、という問題はあるように思います。 佐賀県出身の大隈重信は、「地方」の生まれの若い者は生まれてからずっとその土地にいて他の場所に住んだことがないというようなことではよくない、大学に行く者は東京か関西の大学に行って地元とは違う場所で生活する経験を持つべきだという考えのもとに早稲田大学を作った、というのですが(そういう経緯があるから、昔から、早稲田大学は慶應大学などに比べて「地方」出身者の割合が大きいらしい)、その考え方からするならば、「地方」でなくても東京や関西の生まれの人間でも、「目の前にある大学」とか「歩いてでも行こうと思えば行ける大学」に行くのがいいのかどうか。 たとえ、いくらか、下宿代なり交通費なりがかかったとしても、「目の前の大学」とか「歩いてでも行こうと思えば行ける大学」でない大学に行った方がいいということはないか?!? という問題はあると思います。 視野を広めるための費用だ、見分を広めるための費用だと考えるならば、「下宿代+交通費」が少しかかっても、その大学がいい大学かどうかとは別の問題として「目の前にある大学」とか「歩いてでも行こうと思えば行ける大学」でない方がいいのではないか、という考え方もあると思います。
   それで。 私には、こうおっしゃったわけですね。 「東京の大学に下宿して行ったりしたら、さぞかし、お金がかかるでしょうねえ」と。で、「下宿代+交通費」を考えると、「東京の大学」に行くよりもカネのかかる「京都の大学」に弟は行ったのですが、弟はいいみたいなのです。 弟は弟であって、別の人格ですから弟のことは棚の上にでも置いておくか納戸か小屋裏物入れにでもしまっておくといたしまして(床下収納庫でもいいけれども)、御本人、最終的には大阪大学の文学部に行かれましたが、たしか、京都大学の文学部に行きたいと言われていたはずで、言った側はその発言をしたことをお忘れかもしれませんが、聞いた側は忘れてはおらんのですわ。 「京大って、やっぱり、京都にあるというのがいいわよね♪」なんて、おっしゃっていたはずなんです。忘れませんぞ!簡単には。交通事故にでもあって頭を強打するとか、ロボトミーの手術でも受けさせられるとかすれば忘れるかもしれませんが、そうでない限り、忘れませんぞ! 簡単には! 何十年経ったって!

   実際問題として、「京大なら下宿しないといけないから阪大にした」とかぬかしてる阪大生というのは、実は、本当は京大に行きたかったけれども、京大だと落ちそうなので阪大にしたという人間が多い。
   1970年代後半から1980年代、慶應大経済学部に1浪で行って「国立は一橋の経済を受けた」と言うヤツは、その一橋はたいていオリンピック。「参加することに意義がある」。慶應の経済の試験科目の数学と英語しか学習してない、それも1浪で慶應の経済にやっとこせえで通るレベル、それ以外の科目はまるでトンチンカン、話をするとすぐわかるという者が人生経験で国立大学も受けるだけ受けたというだけ、最初から慶應の経済の合格を目指して慶應の経済の試験科目しか学習していない者が人生経験で国立大学を受けるならどこが妥当かと考えて一橋の経済にしただけ、最初から通る見通しなんかない。それでいて、私のように高校3年の時に「慶應に行くために浪人したい」なんてとてもじゃないが言えなかった人間、本当に旧帝大系国立大学に通るために浪人までした私のような人間に、「俺も一橋の経済をうけた」などとオリンピックの分際でえらそうな口をきく。慶應の経済学部に行った親も慶應というような者にはそういう勝手なヤツが多い。慶應の経済はそんなヤツだらけ。

   ・・・・落ち着いて考えてみると・・・、あの女、よくも勝手なこと言いやがって、という気もしますが、今となっては、その「東京の大学に下宿して言ったりしたら、さぞかし、お金がかかるでしょうねえ」という痛烈な言葉については感謝の気持ちでいっぱいです。 要するに、本当は、「東京の大学」に下宿して行くよりも「下宿代+交通費」で考えるとカネのかかる京都大学に行きたかったのだが、自分の成績を考えて大阪大学に方向修正して大阪大学に進学した・・・・くせしやがってからに、いったん、「自宅から歩いてでも行こうと思えばいけないことない大学」に行ったら、今度は「東京の大学に下宿して行ったりしたら、さぞかし、お金がかかるでしょうねえ」などと、まるで、元A級戦犯 笹川良一先生がおっしゃる「戸締り用心、火の用心。 マッチ一本、火事の元。 詩吟と武道を習い、心と体を鍛えましょう」みたいに、親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ、ま〜んまん! のお手本! みたいな口ききだす女、及び、男というものが、この世の中にはいる! ということを教えていただいたわけです。 感謝の気持ちでいっぱいです。 ありがとうございます。 (但し、爪の垢はいらんからな。 脇の下の垢も要らんぞ! 俺、そんな趣味ないからな。)

    ということで、 「中学校よりも近い」くらいの大学に行って、それで、ぼうや〜、よいこだ、ねんねしな♪ 「日本昔ばなし」〔⇒《YouTube-まんが日本昔ばなしOP》https://www.youtube.com/watch?v=alfBqzy6eFc )に出てくるような「世界一の親孝行息子」、「三国一の親孝行娘」とかいうのは、結論としてマユツバ!というのを教えていただいた。 ありがたい。 いくら、感謝してもしきれない。 ありがたいことです・・・。

    それにしても、なんか、「しょーもないこと言い」が、なんか、多いなあと思う・・・。ほんま、しょーもないこと、よく言うわ。おのれも、京大に行きたいとか言うておったくせしやがってからに、「やっぱり、京都にあるっていうのがいいわよねえ♪」とか言うておったくせしやがってからに、「自宅から歩いてでも行こうと思えば行ける大学」に行ったと思うと、今度は「詩吟と武道を習い、心と体を鍛えましょう。火の用心! 親に孝行しよう」・・・て。ええツラの皮してるわ。はがして靴にしたら、さぞかしいい靴になるでしょうねえ。
   (2017.6.10.) 



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「東京で下宿して」大学に行くと費用がかかると思っている「自宅から歩いて行ける大学」の女 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる