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zoom RSS 京都大学YMCA会館・地塩寮、京都府立医大橘井寮(ヴォーリズ)見学。及、京大と慶應。

<<   作成日時 : 2017/05/25 01:33   >>

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[第294回] 日本の教会建築(18)
   京都市右京区吉田牛の宮町 、京大の吉田キャンパス、要するに最近できた桂キャンパス・宇治キャンパスでない昔からの京大の西のあたりにある 京都大学YMCA会館・地塩寮 と 京都府立大学橘井寮を見学してきました・・・・といっても、道から外観を見てきただけですが・・・・。 ↓
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↑  京都大学YMCA会館(ウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計。1912年築。2003年改修。)
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↑  入口の左側には「地塩寮」、右側に「京都大学YMCA会館」、 門の右側の緑っぽいプレートには「登録有形文化財 〇〇〇〇号 文化庁」と書かれています。
   前の道は「東一条通り」という東西の通りで、東に進むと京都大学 吉田キャンパスがあり、東一条通りの北側に「本部」と言われる地区があり、京大の正門があり、その南側に「吉田南」と言われる地区があります。 西に行くと鴨川にでます。
   京大の吉田キャンパス(要するに、京大の昔からある部分)は、それよりも東に吉田神社があり、慈照寺・銀閣とか哲学の道とかがあるので、それほど東の方ではないような感じがしてしまいますが、吉田キャンパスの主要部分がある「本部」「吉田南」の間の東一条通りと京大YMCA会館・地塩寮との間で交差する、「本部」と「西部」の間の南北の通りで市バスが通っている東大路通りというのは、南の方に行くとどこに行くかというと、知恩院の西、八坂神社の西側目の前、「かにかくに 祇園はこひし 寝る時も 枕のしたを水のながるる」(吉田勇)の祇園よりも東、清水寺に登って行く坂の下というあたりですから、京都の市街から考えるとかなり東側です。 かつ、「本部」地区の北西の交差点である「百万遍(ひゃくまんべん)」、「三田」が慶應大を指す地名として使われるごとく、「吉田山」とともに京大を指す地名としても使われる「百万遍(ひゃくまんべん)」というのは、昔、私が北野高校に在籍した時、京大生のOBが教えてくれた「ちんたら、ちんたら、学校をさぼって百万遍に行けばあ〜あ♪ 京大のねーちゃんが横目でにらむ〜♪ やりたくない、やりたくない、やりたくやりたくやりたくない。 京大のねーちゃんとは何にもやりたくない♪」という歌(?)に登場する「百万遍」で、そこを西に行くと京阪と叡山電鉄の「出町柳」駅、鴨川が2つに分かれる所というのか、賀茂川と高野川が合流して鴨川になる所というのか、その合わさる部分に下加茂神社があるという場所ですから、けっこう東の方であるとともにけっこう北の方でもあります。
   最近では京阪が出町柳まで直通で走るようになりましたが、私が中学生・高校生くらいの時は京阪は三条までで、四条大宮・四条烏丸・四条河原町というのは京都といっても「阪急沿線」であり、大阪の人間、特に阪急沿線の住人にとっては、四条河原町も千里も箕面も宝塚も梅田も天六も神戸も「阪急沿線」であずき色の電車が走っている一続きの地域であり、四条河原町から徒歩すぐの八坂神社なんてのは茨木・高槻の続き・・・みたいな感覚があったのに対し、京阪の終点(なのか始点なのか)の三条より北は、「はっきり京都」というのか、「大阪から行くには近くない京都」、なんと言いましょうか、「京都駅のすぐそばの東本願寺とか新幹線から見える東寺とかではない京都」、「阪急でも行ける嵐山とかではない京都」、「阪急の終点の四条河原町からすぐの八坂神社・知恩院・円山(まるやま)公園とは違う京都」というのか、なんかそんな感じ!
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↑  京都府立医科大学 橘井寮。(ウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計)
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↑  入口の右手には、「京都府立医科大学 基督教青年会 橘井寮」と書かれています。


   ウィリアム=メレル=ヴォーリズが設計した京都大学YMCA会館と地塩寮、それに、京都府立医科大学橘井寮は同じ敷地の中にあって、南西にあるのが京都府立医科大学の橘井寮らしく、南東にある窓枠がエンジ色に塗られたヴォーリズの建物が京都大学YMCA会館で、その後ろにある白い鉄筋コンクリート造の4階建てくらいの建物が地塩寮みたい。↓
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   京都大学は国立大学で、当然、ミッション系の大学ではないのですが、「地塩寮」というキリスト教系の寮がある。かつ、不思議なことに、同じ敷地に京都府立医科大学の橘井寮もあるのです。はたして、この敷地は京都大学の敷地なのか京都府立医科大学の敷地なのか・・・? これ、考え出すと、今晩、寝られなくなっちゃうね♪・・・・ てところで、もし、本格的に寝られなくなったなら、その時は、ヒルティ『眠られぬ夜のために』(岩波文庫)でも遠藤周作『眠れぬ夜に読む本』(光文社文庫)でも読むといたしまして・・・・、とりあえず、京都大学YMCA のHPの「地塩寮について」http://www.geocities.co.jp/chienryo/aboutchien.html を見ますと、≪地塩寮は京都大学が設置した寮ではありません。 「京都大学YMCA」という団体が設置した寮です。≫ということで、そういえば、早稲田大学の西のあたりにも、早稲田大学YMCA信愛学舎https://www63.atwiki.jp/shinai/ なんてのがありましたな。あれも、早稲田大学が運営していたのではなかったわけだ。

   「地塩寮」は、「新約聖書」の「福音書」の中にある、「あなた方は地の塩である」という言葉から名づけられたものと思われますが、「ちしおりょう」と読むのかと思ったら、↓
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↑ 「京都大学YMCA 地塩寮 Chi en Ryo」と書かれているので、「ちえんりょう」なのでしょう。
≪  預言者と同じく あなた達は地の塩である。 世の腐敗をふせぐのが役目である。 しかしもし塩が馬鹿になったら、何でもう一度塩気をもどすか。 外に捨てられて人に踏まれるほか、もはやなんの役にも立たない。
    あなた達は世の光である。 山の上にある町は隠れていることはできない。
    また、せっかく明かりをともして枡をかぶせる者はない。 かならず燭台の上に置く。 すると、家の中におる人を皆照らすのである。
   そのようにあなた達も、その光を世の人の前に輝かし、人があなた達の良い行いを見て、あなた達の天の父上をあがめるようにせよ。 ≫
( 『新約聖書 マタイ福音書』5章13節‐16節 塚本虎二訳。 『新約聖書 福音書』塚本虎二訳 岩波文庫 所収)
   この「福音書」の文句ですが、ぼけっと聞いていると、はあん、そうかいなあと思いそうですが、落ち着いてよく考えてみますと、はたして、≪塩が馬鹿になったら≫てそんなことあるのか? ・・・て思いませんか?
   他の訳ではどうなっているかというと、日本聖書協会文語訳では、
≪ 汝らは地の塩なり塩もし効力を失はば、何をもてかこれに塩すべき。 後は用なし。 外にすてられて人に踏まるるのみ。 汝らは世の光なり。山の上にある町は隠るることなし。 また人は燈火(ともしび)をともして升(ます)の下におかず、燈台の上におく。斯て(かくて)燈火は家にある凡て(すべて)の物を照すなり。 斯のごとく汝らの光を人の前にかがやかせ。 これ人の汝らが善き行為(おこなひ)を見て、天にいます汝らの崇めん(あがめん)為なり。≫
( 『新約聖書 マタイ伝』5章13節―16節 日本聖書協会文語訳。 日本聖書協会発行)
   そもそも、化学物質としての塩化ナトリウムにしても、塩化ナトリウム以外のミネラルを多く含んだ「食塩」にしても、「馬鹿になる」「効力を失う」などということがあるのか?
   これは、どういう意味かといいますと、今となっては何十年か前、東京都大田区の日本基督教団D教会の牧師Tさんに同教会の聖書研究会で教えてもらった話によりますと、イエスが生きた時代のイスラエル地方においては、塩にそれ以外のものを混ぜた粗悪品が売られていたらしいのです。 食塩自体は賞味期限みたいなものがあって「馬鹿になる」「効力を失う」ということはないのですが、まぜものが入った粗悪品の塩が売られていて、そういうもののことを、「馬鹿になる」「効力を失う」と言ったのではないか、と。
・・・・・なるほど、今晩、寝られなくならなくてよかった、よかった、よかったね・・・・・。

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↑ 京都大学YMCA会館 南西から見たもの。
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↑ 北西側から見たもの。
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↑ 北東側から見たもの。

   まがりなりにも、人さまの住居ですから、写真を撮らせてもらうにしても、このくらいが限度であって、それ以上は入居者に失礼かとも思い、また・・・・・、「目に前にあるわあるわ、おなごの下着」とでもいうならまだしも、男の洗濯ものなんぞ写真に撮っても実際のところしかたがないので、このくらいにして帰りましたが、帰ってから京大YMCA会館・地塩寮のHPを見ると、男子寮というわけでもないらしい。
   こういうの、見ると、もう一度、生まれてきて、その時は京大に行ってここに住みたい〜い・・・とか思いそうになりますが、もう一度生まれてくるということはないので、考えてもしかたがない話です。

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↑ 京都府立医科大学 基督教青年会 橘井寮。 北西側から見たもの。

   よくわからないのは、この敷地の東寄りの南側にヴォーリズ設計の窓枠がエンジ色に塗られた京都大学YMCA会館があり、その後ろ(北側)に白い鉄筋コンクリート造らしい4階建ての建物があって、それが「地塩寮」らしく、西よりに、窓枠がエンジ色などに塗られていないが、ヴォーリズ設計の京大YMCA会館の建物と似た感じで、やはり、ヴォーリズ設計であろうと思われる建物が2つ、南北に並んでいるのですが、その南側が「京都府立医科大学基督教青年会 橘井寮」らしく、そう表札に書かれているのですが、そうなると、その北側の似たデザインの建物↓というのは、これは何なのか?
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   《京都検定合格を目指す京都案内 京都府立医科大学基督青年会橘井寮および日本基督教青年会同盟学生部関西駐在主事宅 》https://blogs.yahoo.co.jp/yamaibaaosainaikyo/44346167.html?__ysp=5Lqs6YO95bqc56uL5Yy756eR5aSn5a2m5Z%2B6552j5pWZ6Z2S5bm05Lya5qmY5LqV5a%2Bu、及び、《ヴォーリズを訪ねて 京都府立医科大学基督教青年会橘井寮 (前)》http://gipsymania.exblog.jp/4435641/ によると、「旧 日本基督教青年会同盟学生部 関西駐在主事宅」というものらしい。↑

   京都大学YMCA会館・地塩寮、京都府立医科大学橘井寮の前の東一条通りを東に進み、東大路通りを越えると、左側に京大の正門時計台(百周年時計台記念館)がある。↓
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↑ 門の内側、時計台記念館の手前の大きな木はクスノキで、この木は京大では有名な木らしい。
   「百周年時計台記念館」の1階に、「歴史展示室」があり、誰でも(京大生や京大OBでなくても)無料で見学できる。
   で・・・・・、「本部」地区の南西側、東一条通りと東大路通りが交差する交差点付近、↓なタテカンがあるわけです・・・・・
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↑  さすが、京大! というのか、京大はすげえな! て感じ。 「公安警察の立入禁止」「京大生4名への無期停学処分撤回・・・・」と。 「川添信介」て誰やねん? というと、京大の副学長だそうだ。
  なにしろ、慶應なんて「学生ほとんどが公安みたいな大学」に何の因果か行って卒業した者としては、まず、タテカンがある♪ てこと自体、「なんか、大学やってる♪」て感じ。慶應にはそんなものなかったものなあ〜あ・・・・・。
   それで、私だって、「公安」なんてのににらまれたくないけれども、だ。 女子学生に酒を飲ませて輪姦(まわし)やって無期停学になったヤツの大学=慶應と、公安ににらまれても、公安がなんじゃい!てヤツの大学=京大では、なんか、大学は大学でも大学が違うて感じがする!
   1970年代後半、北野高校の1年の時、体育で剣道の授業があった時、体育の先生が「昔、北野高校の生徒で熱田神宮に草薙の剣を盗みに行ったやつがおった」という話を教えてくれた。「北野のOBには連合赤軍もおれば、大泥棒もおる」と。「何をやるにしても、大きなことを思いっきりやれ」と。別に、連合赤軍やれというわけでもなく、大泥棒やれというわけでもないけれども、しょーもない万引きなんかするのと、熱田神宮にあるという草薙の剣っちゅうやつを、いっちょ、盗み出して検分してこましたろか! というのと、どっちがいいか? しょーもない万引きなんぞ、するなっちゅうんじゃい! やるならやるで、江崎の社長を自宅浴室から拉致したうえで、「グリコ、つぶしたる!」というのと、ケーサツ漢がよくやるような犯罪、「女子中学生にカッターナイフをつきつけて」とか「交番を訪ねた女性のスカートの中をミニカメラで盗撮」とか、「聞いてるだけであほくそなってくるやろ」「これやと、ポリ、うち帰ってガキの顔みられへ〜ん」て犯罪とどっちがいいか? 「何をやるにしても、大きなことを思いっきりやる」方がいいと思ってきたけれども、しかし、「草薙の剣」ちゅうやつを、いっちょ、盗み出して検分してこましたろか! というのは、その実証的態度と冒険家精神は評価できるとしても、そうはいっても、やっぱり、犯罪であり、無条件に賞賛するわけにもいかないわなあ・・・・なんて思っていたところ、「新聞によりますと」、慶應義塾高校の生徒が東京都内の女子高に忍び込んで女子生徒のブルマーを盗もうとして捕まった!!! というのが載っておった。 さすがに慶應義塾高校だなあ〜あ!!!と思った。 やっぱり、「熱田神宮に草薙の剣」型=北野高校型と、「女子高にブルマー」型=慶應義塾高校型 とでは、慶應の教授はもちろん何のためらいもなく「女子高にブルマ―」型=慶應義塾高校型を支持し称賛なさるであろうけれども、私ら北野高校の卒業生にして北野精神・六稜魂を身に着けてきた者としては、少なくとも、「女子高にブルマ―」と「熱田神宮に草薙の剣」であれば、「熱田神宮に草薙の剣」の方に親近感を覚える、「女子中学生にカッターナイフをつきつけて」だの「交番を訪ねた女性のスカートの中をミニカメラで盗撮」だのと、江崎の社長を自宅浴室から拉致した上で「グリコ、つぶしたる!」とでなら「グリコ、つぶしたる」の方が「ワルでもええ。怪人21面相のように育ってくれたら」て感じでまだしも評価できると感じるのだが、「慶應内部進学独善主義」の人たち・「慶應ボーイ」の皆さんはそうではなく、輪姦ボーイや「女子中学生にカッターナイフつきつけて」だの「交番を訪ねた女性のスカートの中を盗撮」だのの方を志向するらしいのだ。
   こういうことを述べると、「慶應の学生全員が強姦しているわけではない」とか「ぼくはやってません」とか言うヤツが出てきたりするのだ。 それはたしかにそうだろう。「ぼく」はやってないのだろう、さすがに、「強姦」「準強姦」「輪姦」てのまでは。 私だって、別に「聖人」でも何でもないが、さすがに「強姦」「準強姦」「輪姦」なんてやったことないし、たぶん、死ぬまでやることはないと思う・・・・けれども、だ。 それはそうなのだけれども、しかし、京大に公安からにらまれる学生がいて、慶應に輪姦で逮捕されて無期停学になるヤツがいたというのは、これは、「たまたま」だろうか?  「たまたま」「そいつだけが」だろうか?  そうではあるまい! そうではなく、慶應には、女子学生に酒を飲ませた上で輪姦(「まわし」)やる男というのが、「慶大生らしいスマートさ」「慶應ボーイらしい思考の柔軟さ」「独立自尊の精神を身に着けている」「福沢精神を身に着けているだけのことはある」「そういう人間が社会で役に立つ」とか「自我が確立されているだけあって思考が柔軟」とか何たらかんたら言ってそういう人間を正当化しようという思想・伝統がある。 それに対して、京大には「公安は立入禁止」と公安警察による大学の思想調査を阻止しようという伝統がある。 そのあたり、公安による大学へ立入、思想調査の阻止が「独立自尊」「自我の確立」なのか、それとも、女子学生に酒を飲ませて輪姦するのが「独立自尊」「自我の確立」なのか。 どちらととらえるのか、京大と慶應とには正反対の思想があり、正反対の伝統がある。
   今は昔、私が慶應大商学部に在籍していた時、「会計学総論」という講義の最中、黒川行治せんせいとおっしゃる助教授(今は教授になられたらしい)が、「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。わかってんのかあ!」「我々内部進学の者は、おまえら(慶應義塾の)外部の者〔大学から慶應大に入った人間のことを慶應の内部進学の人たちは「(慶應義塾の)外部の者」とか「(慶應義塾の)外部の連中」とか言う〕とは違うんだ。わかってんのかあ!」と絶叫されたことがあった。「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。中等部から慶應に行っているこのぼくがおまえら(慶應義塾の)外部の者に話をしてやってるんだぞお」と。(タダで話をしているのではなく、助教授の給料もらって話をしているはずで、「話をしてやってるんだぞお」だのとおっしゃるくらい、話すのが嫌なら助教授を辞めればいいのではないかという気もしたのですが) そして、「経済学部の場合、内部進学の人間の割合が大きいから、外部の者は内部進学の人間に『教育』してもらうことができるけれども、商学部の場合、内部進学の人間が少ないから、内部進学の人間に(慶應義塾の)外部の人間が『教育』してもらうことができないから、だから、中等部から慶應に行っているこのぼくが、おまえら外部の者を『教育』してやろうとして話をしてやってるんだ。もっと、畏まってききまさい。わかってんのかあ!」と怒鳴られたことがあった。何だ、こいつ! この内部進学の「ほとんどビョーキ」は! なんか、投げたろか・・・て感じがしたが、あいにく、ファーストベースはそのへんになかったので投げることはできなかった。〔⇒《YouTube−【ブラウン監督退場!】ベース投げ!ベース埋め! 》https://www.youtube.com/watch?v=QBvG_1qkK-w 〕 要するに、「女子学生に酒を飲ませて輪姦」とか「女子高にブルマー盗みに行く」とか、そういうもののことを「慶大生らしいスマートさ」「慶應ボーイらしい思考の柔軟さ」「自我が確立されている」「独立自尊の精神を身に着けている」と言うのだと「教育」してやろうとおっしゃっていたらしい。毎度毎度のことながら、慶應の教授というのは、特に内部進学の教授というのは、どいつもこいつも「ほとんどビョーキ!」で“この「病気」は簡単には治らない” と思われる。
   慶應大のあるサークルの合宿に行った際、「幼稚舎から慶應」という男Tが、「種無しブドウ(デラウエア)なんて、よくそんなもの食うなあ〜あ」と言ったのだ。何、言ってんだろうな、こいつ? と思っていたら、さらに、「ミカンでもそうだ。皮をむいてもらってカラスにしてもらってなら食うけれども。そんなもん、自分で皮をむいて食うなんて、そんな面倒くさい、そんなおかしなことできるかあ! よく、そんなもの食うなあ」と言うのだ。 「種無しブドウ(デラウエア)にしても、皮をむいてもらってお皿に入れてもらってスプーンですくってなら食うけれども、そんなもん、ひとつひとつ、自分でちぎって皮をむいて食うなんて、そんなおかしなことできるかあ」と。 そう言ったのだ。 どうやら、それが、「幼稚舎流 種無しブドウの食べ方」「幼稚舎流 ミカンの食べ方」というものらしい。そういう食べ方をする人のことを「本物の慶應ボーイ」とか「独立自尊の精神を身につけている」とか「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「思考が柔軟な本物の慶大生」とか「ギャルにもてもて」とか言うらしいのだ。(そういう男性が好き♡ というようなそんな「変態ちゃうかあ」みたいな「ギャル」なんてのに、もてたくないけどな、俺なら。) そういう男が、こう言ったのだ。「外部のやつらを『教育』してやらんといかんからなあ」と。 こいつ、異常じゃないのか? と思ったのだが、彼ら内部進学の方々としてはそうではなく、それが「正常」であり、それはおかしいと思う人間の方が「異常」らしく、「教育してやらんといかんからなあ」ということらしいのだ。
   私が行ったような公立小学校(慶應の教授が言うところの「受験勉強の悪影響」の学校)では、種無しブドウを自分で房からちぎって口に運ぶのではなく、ひとに皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食べる子供、ミカンを自分で皮をむいて自分で自分の口に入れるのではなく、ひとに皮をむいてカラスにしてもらって食べる子供がいたならば、「かわいそうに」と思い、そして、なんとか、種無しブドウは自分で房からちぎって自分の口に運んで食べることができるように、ミカンは自分で皮をむいて自分の口に入れて食べることができるように「教育」してあげようと、小学校の低学年の担当の先生は努力するものだ。私の担任の先生はそういう人だった。常に正解というわけでもなく、小学校の3年の担任は、同じクラスで牛乳を飲めない男がいて、なんとか飲まそうと努力していたが、今から考えると、あの男は「食べ物の好き嫌い」というものではなく「牛乳アレルギー」だったのではないかとも思うが、そういう間違いは時としてあったとしても、「(種無しブドウは)ひとに皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食べるのならともかく、自分でひとつひとつちぎって食べるなんてそんなおかしなことできるかあ」などと教えるのが「教育」だとは考える人はいなかったはずだ。 私の母の叔父(正確には叔母のだんな)が小学校の先生をしていたが、私からすると叔父ではなし何というのかよくわからないがその人だって、自分の子供にも学校で受け持っている子供にも、種無しブドウは自分で房からちぎって自分の口に運んで食べるものだ、ミカンは自分で皮をむいて自分の口に運んで食べるものだと教育していたと思う。 そのあたり、慶應幼稚舎という所の「教育」は公立小学校の「教育」とは、教育は教育でもその「教育」の内容が正反対なのだ。そして、公立小学校・公立中学校・公立高校とは正反対の「教育」を受けてきた「おまえら外部の者とは違うんだ。わかってんのかあ」という内部進学者様が「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」とかおっしゃるのだ、慶應義塾大学という学校では。なんで、おまえらに「教育」されんといかんのじゃ! 種無しブドウをひとに皮をむいてもらってスプーンですくって食うヤツに! agriculture を agriculture と発音するヤツに! 公立高校出身者は「ドジン」だという思想を持っていて、慶應の内部進学という「我々はおまえらとは違うんだ。わかってんのかあ」と叫ぶ黒川助教授(今現在は「教授」らしい)みたいな思考で(=「白人はドジンを強姦してもよいのは当然」みたいなそんな感覚で)、女子学生を誘って強制わいせつを繰り返している連中に!
   慶應の学生で、女性学生に酒を飲ませて輪姦した、準強姦罪犯人、無期停学処分を受けた人間が表に出たというのは「たまたま」ではない。慶應義塾という学校にそういうものを許容する素地があったのである。そういうものを「慶大生らしい思考の柔軟さ」だの「そういう人間が社会で役に立つ」だのと勝手なことを言いまくる伝統があったのだ。そういうヤカラには「公安警察は立入禁止」というタテカンを作って立ててやろうという気概なんぞは存在しない。そういうことはやらない、準強姦には尽力するが「公安警察は立入禁止」という問題に尽力なんか絶対にしないというあたりが「独立自尊」で「自我が確立されている」「慶大生としてのアイディティーを持っている」とか何たらかんたら勝手な認識をしている、それが慶應義塾の伝統である。 そのあたりについては、私は京大型の方がまともであると思うし、大学らしいと思う。 慶應の広告研究会が女子学生を輪姦した時に、清家塾長が広告研究会に解散を命じた際、広告研究会のOBというのが何と言ったかというと、そういう行為をはたらいた不心得者に苦情を言ったのではなく、解散を命じた清家塾長の方に「いきなり、解散させなくても」と、そちらに文句を言ったようで、それがインターネットのニュースに出ていた。 慶應らしいな! と思った。 文句を言う相手が違うだろうが!!! 本末転倒である。
  「溺れかけたイヌに手を差し伸べてはならない。 むしろ、ぶん殴って沈めてしまう必要がある」。 輪姦サークルたる広告研究会には、決して手を差し伸べてはならない。 むしろ、ぶん殴って沈めてしまう必要がある。そして、慶應には他にも沈めてしまう必要があるサークルがあると思われる。

  京大の構内を歩いてみると、京大っていいなあと思う。もし、京大に行っておけば、「御三家」「親藩」になったかどうかはともかく、「譜代」くらいにはなれたはずで、慶應なんて大学に行かされてしまったために「筋金入りの外様」にならされて、「御三家」「親藩」の内部進学の「ほとんどビョーキ」みたいな助教授や白痴学生にえらそうな口をきかれて嫌な思いをすることになったわけで、京大に行っておけば少なくともそんなことはなかっただろう。何十年か前、もし、京大を受けていたら・・・通ったかどうか・・・。 受けなかった以上、「もし」はないが、ここに行っていたならば、今よりもいい人生を送ったかもしれない・・・などと思ったりもするが、今から過去に戻れないからどうしようもない。 もし、京大に行っていたならば、今よりも立派な人間になったか・・・・、もしかすると、マック=赤坂さんみたいになったか・・・・。 あれが悪いとは言わんが、いいか? というと・・・・・。 いいかな???・・・。

  但し・・・。
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↑ 京都大学 本部構内 時計台(「百周年時計台記念館」)の左手前(南西)に安置されているこの胸像は誰かというと、木下廣次 初代総長らしい。 現地には誰ともどこにも書かれておらず、「京都大学 散策マップ」に記載されていたのでわかったが、そうでなければ、わからない。
   人間の顔は正面から上と正面から下なら、下を向くのは苦労しないが、正面から上はあまり上の方は継続的に向きにくい。下は苦労しなくても見ることはできるが、正面から上は見にくいように人間の体はできている。『インテリアコーディネーターハンドブック』(インテリア産業協会)にも出ている。そうであるにもかかわらず、ここまで高い、ひとの背よりも高い台座の上に胸像が安置されているというのは、それだけ「エライ人」だということなのかもしれないが、実際のところ、「祀り上げの大技」というのか、「邪魔だから上の方にあげている」という感じすらする。
   1980年前後、私が慶應大学に在籍した頃、三田の槇文彦設計の三田新図書館の北側の脇に福沢諭吉の胸像が配置されていた。 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと言えり・・・・」と『学問のすすめ』の冒頭で述べた福沢諭吉の像であるからということで、「普通の人間と同じ大きさ」で「普通の人間と同じくらいの高さ」に配置された像であった。 その福沢諭吉像を見てきた者からすると、↑の初代総長の胸像というのは、どう見ても、異様に見える。 もともと、人の像というものは、たいしたことない人間の像の方が高い台座の上にのっかっていたりすることが多く、「普通の人間と同じ大きさ」で「普通の人間と同じ高さ」で立つ像が建てられる人の方が偉大な人間であることが多い。 私が今まで見たものとしては、栃木県佐野市の郷土博物館の前に立つ田中正造翁の像もまた、三田の福澤諭吉像と同じく、「普通の人間と同じ大きさ」で「普通の人間と同じ高さ」で立っていた。 ロシア連邦のイルクーツクには、遠くからも見えるように作られた大きな台座の上にのる巨大なレーニン像も立っていたが、公園内に、「普通の人間と同じ大きさ」で「普通の人間と同じ高さ」に配置されたマルクス像もあった。
   ↑ の初代総長の胸像は、なにゆえ、ここまで高い台座の上に載せないといけないのか? 疑問を感じる。特に、三田の新図書館の脇に配置されていた、「普通の人間と同じ大きさ」で「普通の人間と同じ高さ」で、「誰もがすぐそばまで行くことができる」福沢諭吉像を見てきた者としては、なんで、こんな下品なことをするのだろうか・・・・という思いがする。 三田の慶應義塾に最近行って見ると、かつては新図書館の脇に「普通の人間と同じ高さ」で「誰もがすぐそばまで行くことができる位置」にあった福沢諭吉像が、旧図書館の前、ひとが通行する通路より少し高い場所、生垣の内側に移されてしまっていた。 創立者の像というものは、「普通の人間よりも高い位置」にあるべきで、「普通の人間が通行する場所とは生垣で区画されたような場所」に設置する方が望ましいと考えて移動させた人がいたということだろう。 さらに馬鹿げているのは、日吉に「普通の人間よりひと回り大きい」福沢諭吉像が新図書館に入るにはその前を2礼2拍手1礼して通らないと入れないという位置に作られ、さらに、「この福沢諭吉像に肘をついたり足をかけたりすると留年すると言われています」などという話まで捏造した痴れ者がいたようで、「塾」だったか慶應義塾発行の無料冊子に書かれていたが、福澤諭吉という人が自分の像に肘をつかれたとか足をかけられたとかそんなことで留年させてやろうなどと考えるようなみみっちい人間であったかどうか、よく考えてみた方がよいと思うが、そういう話を捏造するアホウがいるということのようだ。

   『新約聖書 マタイ伝』には、
≪ それから、イエスに手をのせて祈っていただこうとして、人々が子供たちをつれて来ると、弟子たちが咎めた。 イエスは言われた、「子供たちを放っておけ、わたしの所に来るのを邪魔するな。 天の国はこんな小さな人たちのものである。」 それから子供たちの頭に手をのせて祝福したのち、そこを去られた。 ≫
( 『新約聖書 マタイ伝』19章13−15節。 『新約聖書 福音書』塚本虎二訳。岩波文庫 所収)
福澤諭吉もまた、普通の学生が自分の所に来るのを嫌がる人ではなかったと思う。 自分と学生との間に生垣を作ってもらいたいと思うような人ではなかったと私は思うが、そのあたりを理解できていない人がいるということだろう。 京大の初代総長がどういう人だったのかは、会ったこともないから、それは、知らん・・・・・が、↑の胸像は、なんか下品な台座の像だという印象を受ける。 住宅の神棚でも、高い位置に作ればいいのかというとそうとも限らないらしく、高すぎる位置の神棚というのは、それは「邪魔だから上に上げている」のであり、むしろ、それは家相の上で良いとは言えないらしい。 ↑の高すぎる台座の像もまた、「家相の上で良いとは言えない」のではないかと思う。
   (2017.5.25.)

[参考]
《京都大学YMCA 地塩寮 HP》http://www.geocities.co.jp/chienryo/
《ウィキペディア−ウィリアム=メレル=ヴォーリズ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA
《ヴォーリズ 建築作品リスト》(YMCA、YWCA)https://www.omi8.com/vories/sakuhinlist.html
《ヴォーリズを訪ねて 京都大学YMCA会館》http://gipsymania.exblog.jp/8033034/
《ヴォーエズを訪ねて 京都府立医科大学基督教青年会橘井寮 (後)》http://gipsymania.exblog.jp/7982596/
《ヴォーリズを訪ねて 京都府立医科大学基督教青年会橘井寮 (前)》http://gipsymania.exblog.jp/4435641/
《関根要太郎研究室@はこだて》http://fkaidofudo.exblog.jp/15655267/
《近代建築 洋風建築 京都大学YMCA会館》http://www.suzuka.tv/all/kyoto-ymcahall.html
《W.M.ヴォーリズ建築作品紹介 旧京都帝国大学YMCA会館(京都大学YMCA館)》http://www.age.jp/~docile/vo_kyoymca.htm
《ROUR SQUARE 京都大学YMCA会館》https://ja.foursquare.com/v/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6ymca%E4%BC%9A%E9%A4%A8/52d3e4ff11d2cb1d58d4f528
《京都検定合格を目指す京都案内 京都府立医科大学基督青年会橘井寮および日本基督教青年会同盟学生部関西駐在主事宅 》https://blogs.yahoo.co.jp/yamaibaaosainaikyo/44346167.html?__ysp=5Lqs6YO95bqc56uL5Yy756eR5aSn5a2m5Z%2B6552j5pWZ6Z2S5bm05Lya5qmY5LqV5a%2Bu
《京都府立医科大学基督教青年会橘井寮・基督教青年会関西主事宅(京都府立医科大学YMCA橘井寮・YMCA関西主事宅)》http://www.age.jp/~docile/vo_huritudai.htm
京都大学HP http://www.kyoto-u.ac.jp/ja

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京都大学YMCA会館・地塩寮、京都府立医大橘井寮(ヴォーリズ)見学。及、京大と慶應。 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
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