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zoom RSS 東京国立近代美術館「楽家一子相伝の芸術」展他見学【3】+パブロフの犬みたいな「デザイナー」「建築家」

<<   作成日時 : 2017/04/30 23:03   >>

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[第289回]
  東京国立近代美術館 の 「茶碗の中の宇宙−楽家一子相伝の芸術」展を見て行くと、初代 長五郎の作品は、まっくろの茶碗であったのが、後の代になると、はなやかな色のものがあったり、黒の地でも模様があったり、他の色がまじったりというものが出てくる。
   人が何と言おうが、これは、自分の感性と合いそうだと思うものがあったりもする。 しかし、ここで、「ちょっと待てよ」と感じたのだ。 仏像はお寺にあるのが本来であって美術館・博物館にあるべきものではないのと同じく、茶道の茶碗というものは、本来、美術館にあるものではないのではないか。 もちろん、それは美術館もこの展示の開催者も理解した上で展示をおこなっていると思う。 しかし、こうやって展示されて茶碗を並べられてしまうと、茶碗だけで見てしまうことになりがちだ。
   もしも、この茶碗に抹茶が入っていたとすると・・・・・。 茶器というものは、そこに入っている抹茶と茶器とどちらが主役かというと、茶器ではなく抹茶の方が主役ではないのか・・・・。 そう考えた時、結局、模様が入ったり他の色がちりばめられたり、はなやかな色のものだったりする茶碗よりも、無骨なようでまっくろけの初代 長次郎のものが最も茶器としてふさわしいのではないか・・・・。 しかし、それでは、面白味もないような気もするし、工夫して模様をつけるというのは害悪なのか?

   東京国立近代美術館は、1階が企画展の展示スペース。 4階から2階まで、企画展の隣に入口があって、エレベータ―で4階まで上がり、1階ずつ下に降りて2階までが常設展の展示で、東京国立近代美術館の所蔵品はけっこうあるらしく、常設展といっても、常に同じものが展示されているわけではなく、入れ替えがされるらしい。 そして、西に少し行った所に、重要文化財に指定されている陸軍近衛師団司令部庁舎であった建物を使用した東京国立近代美術館の工芸館があり、そこでも東京国立近代博物館の所蔵品が展示されており、今回は「動物集合」として動物を題材として工芸品が展示されていたの。
   その東京国立近代博物館の工芸館に展示されていた茶碗、これは、茶道でお茶をたてる茶碗ではなく、一般の緑茶を入れる方の茶碗だが、北大路魯山人という雁屋哲 作・花咲アキラ 画『美味しんぼ』によく登場する美食家にして工芸家の作品が展示されていたのだが↓、
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(↑ 常設展の方は、特に禁止されている物以外は、フラッシュ等の使用はしないという条件で、撮影させてもらってもいいらしいので、「発光禁止」に設定して撮らせてもらった。)
↑ 雁屋哲が称賛するだけに、又、単なる陶芸家ではなく「食」を極めたという人間だけあって北大路魯山人の作品の茶碗は、それだけで見ても工芸品としてよいが、そこにお茶が注がれたとするとさらに良いと思え、その際、相当こった意匠がなされているとともに、お茶が注がれればお茶の方が主役になる茶碗ではないか、と思えたのだ。
   今回、東京国立美術館と東京国立美術館工芸館の展示を見て、もし、抹茶であれ緑茶であれ、そこにお茶が入っていたならば、もっとも、茶碗として実用性があり、実用性があるという前提で工芸品としても悪くないものとすると、初代 長次郎のまっくろけのものと、北大路魯山人の茶碗・・・・という気がしたのだ。 茶器について、よくわかっていない者が勝手なことを言うものではないかもしれないが、今回、一通り見てまわった上ではそういう感想だった。 工夫をして模様をつけたりはなやかな色のものを作ったりするのは悪いわけではないが、抹茶であれ緑茶であれ、そこに入っていた場合を考えた上で、茶器の方が出しゃばり過ぎないで、かつ、茶器の工芸品として芸術性も発揮した上で、そこに入れられた抹茶なり緑茶なりと調和することができるかどうか・・・・というのが、茶器の課題なのかもしれませんね。

   「ブロイヤーの家具展+MOMAT(The National Muxiam of Modern Art,Tokyo)コレクション」は、「茶碗の中の宇宙−楽家一子相伝の芸術」展の入口のすぐ左に入口があり、そこから入り、エレベーターで4階まで上がり、4階〜3階が、「MOMAT(The National Muxiam of Modern Art,Tokyo)コレクション」の展示、2階は「ブロイヤーの家具」展と「MOMAT(The National Muxiam of Modern Art,Tokyo)コレクション」の展示。
   2階のテラスに、飲食コーナーがあるが、最初から食堂として作られたものではないので、簡易的な出店であり、毎日新聞社のビルの地下の方が普通の食堂で食べることができる。 飲み物くらいなら、一般世間よりも高いが美術館の途中での休憩としては悪くないかもしれない。
   2階のテラスに出る部分で、イサム=ノグチ作の「門」という作品があると表示があったのだが、どれかよくわからなかったのだが、要するに、↓ だ。
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↑ イサム=ノグチの作品・・・・と言われるから、はあん、そうかいなあと思うが、最初は、これは建物の方に付随するものかと思った。
   建物はというと、↓
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↑ 基本設計・・・・谷口吉郎。   施工・・・・鹿島建設(株)。  
  1967年(東京オリンピック1964年の3年後)起工。  1969年(大阪万博1970年の前の年)竣工で、
  1999年〜2001年にかけて、増改築 したものだそうだ。

   それで。 イサム=ノグチ作・・・と言われるから、はあん、そうかいなあ〜あ、と思うのだが、そう言われなければ、「単なる角形鋼の太めの柱」でしかないともとれるような・・・・。 どこが「門」かもようわからんし・・・・・。 
   そもそも、ピカソの作品て、あれは「ピカソ作」と言われるから、なんか、すごいんかいなあ・・・て感じがするが、そうでなければ、単なる落書きと違うんかい? て感じがしないでもない・・・・なんて言うと怒られるかと思うと、実は同じようなことを思う人は他にもあるようで、『国立西洋美術館を遊びつくす』(2017.6.1.発行・・・て、4月にもう発売されとるがな。 セブン&アイ出版)では、「20世紀の絵画」として、「らくがき? それとも、アート?」として、パブロ=ピカソ「男と女」、ジョアン=ミロ「絵画」、ジャン=デュビュッフェ「美しい尾の牝牛」などが出ている。 実際、これは、単なる落書きなのか、芸術なのか、なんか、ようわからんところがある・・・・。 今となっては30年近く前、コジローという漫画家が書いていた4コマ漫画で、巨人に入団直後の桑田が「いやあ。プロ野球ってすごいですねえ」と驚いたと言い、どこが「すごい」かというと、単なる野球のボールにマジックインキで「巨人軍 誰それ」と書くだけで、値段が倍にも3倍にもなるというのですから、すごいですねえ〜え・・・と、実際の桑田が言ったわけではないが、コジローの漫画の中での桑田が言っていたというものがあった。 で、単なる角形鋼管がつったってるだけで、それを定期的に色を塗り替えているらしいが、それに、「イサム=ノグチ」とサインした標識をつけると「芸術作品」になる!・・・・というのは、なんか、すっごいですねえ〜え・・・・・! なんて言うと怒られるか・・・・・。 な〜んかこう、単なる野球のボールにマジックインキで「巨人軍 誰それ」と書くだけで値段が倍にも3倍にもなるというのと、あんまり、変わらんような気がしないでもないのだが・・・・。
   今となっては45年ほど前になるか、小学校の6年の時、「図画工作」という時間で、卒業の記念に、ともかく、自分が描きたいと思う絵を描けということだったと思うのだが、ある同級生が、画用紙に、筆で、水っぽい絵の具を飛ばし続けて、一面に、はじけた絵具の痕跡で埋めていたのだが、彼はいったい何をやっているのかと不思議に思っていたところ、彼が言うには、それは「ピカソ」だというのだった。 彼の作品「ピカソ」は完成後、担任の教師(小学校だから「図画工作」も担任の教師が担当)から酷評された。 「な〜にをわけのわからんことやってんのかと思ったら。バカか、おまえは。何、考えてんだ」・・・・と。 彼の試みは成功はしなかった。しかし、その時の担任の教師の評価は適切だろうか?  たとえ、成功しなかったとしても、どこかでピカソの絵を見て、自分もあんなものを作ってみようと思って、試みた・・・・というものを、「バカか、おまえは」とか「何、考えてんだ」とか言うものだろうか・・・・。 成功するかしないかにかかわらず、自分もあんなものを作ってみたいと思って試みたのなら、その試み自体は否定されるものではないのではないか・・・・・。で、彼がやると、「何をわけのわからんことやってんだ。バカか、おまえは」で、ピカソの絵とか、イサム=ノグチの角形鋼管とかだと、「芸術作品」「名作」になるのか・・・・? 

   これ、「建築家」というものにも同じことが言えるように思うのだ。 「世界の丹下」とか言われると、「はあ、はあ〜あ」と水戸黄門の印籠みたいにありがたがる自称「建築家」「デザイナー」とかいるでしょ。 「いっきゅうけんちくしい〜い」とかいるでしょ。 一級建築士が悪いわけではないのだが、「いっきゅうけんちくしい〜い」と言えばひとは言うことをきく、みたいに思っているヤカラがゴマンといるし、そして、「いっきゅうけんちくしい〜い」と名のってひとを言うことをきかすという技を使ってやりたいやりたいと思いながらも、その「いっきゅうけんちくしい〜い」という資格試験に合格できないものだから、かわりに「建築家」とか「デザイナー」とか「エグゼクティブアーキテクト」とか名のっているできそこないがいますでしょ。
   居酒屋の「はなの舞」「花の舞」「炎」「チムニー」「知夢仁(ちむにい)」などをチェーン展開しているチムニー(株)https://www.chimney.co.jp/ の建設部にいた時〔同社は、居酒屋のチェーン店だが、新店舗を出店する際、建設会社・工務店にすべてをまとめて依頼するのではなく、自社で「建設部」を持ち、自社で個々の業者に手配して工事をおこなっていた〕、「デザイナー」と称するおっさんと話をしていて、私が慶應大日吉新図書館について、有名建築家 槇文彦設計というがあんまり良いとは思わなかったという話をしかけて、「慶應の日吉新図書館にしても」とそこまで言いかけたところ、その「デザイナー」と称するおっさんは「ああ〜あ、槇文彦設計の慶應日吉図書館ですねえ〜え」と声まで変わったのだ。 アホか、こいつ! と思ったのだ。 彼の頭の中では、槇文彦と言う人の名前が、丹下健三・黒川紀章・磯崎新・安藤忠雄とかいった人と同じく「現代の名建築家」としてインプットされていて、パブロフの犬みたいに、その名前を聞くと、「ああ〜あ、◇◇の設計の・・・ですねえ〜え」と言って、ともかく、ほめにゃならん・・・という反応をするらしかった。 バッカじゃねえの・・・と思ったのだ。 私が慶應大に在籍していた時に、日吉キャンパスに新図書館が(財界からの寄付によって)作られた。 私は、新図書館ができる前・建築中・竣工後の3つの時期にその前を通ってきて、中にも入って利用してきたが、それまで、日吉にあった藤山記念図書館と比べても藤山記念図書館の方が「図書館らしい図書館」という印象を受けたし、その付近にある横浜市港北区立図書館・川崎市幸区立図書館・神奈川県立川崎図書館とか神奈川県立図書館、東京都立図書館・東京都立日比谷図書館とかと比較しても、あんまりいいとは思わなかった。 まず、デザインにばっかり凝って、図書館としての使い勝手とかはどっちでもいいみたいな感じがしたし、一番気に食わなかったのは、トイレの壁面をツルツルして落書きしようとしても書けない素材で作られていたという点がある。 大学の壁・机・トイレというものは、けっこうおもしろい落書きがあるもので、青春もの・政治もの・猥褻もの、いずれも、読むと、これはなかなか♪ と思えるものが多い・・・のだが、そうは言っても落書きである以上、積極的に奨励するものではないかとは思う。 しかし、もしも、落書きはやめてもらいたいと思う人がいたとしても、書こうと思っても書けない素材で壁面を作ることによって書かさないというのは、これは大学という所においてはもってのほかである! けしからん! と私は思ったのだ。 ↑にあげた図書館のうち、神奈川県立図書館は前川國男設計らしい。これは、卒業後、何の因果か建築業界に勤めて、それから建築史の勉強もして知ったのだが、港北区立図書館とか幸区立図書館とかは「フツーの図書館」でしかなく設計者も「フツーの人」ではないかと思う。慶應大日吉新図書館が建設された頃、私は槇文彦などという人の名前は知らなかった。 だから、財界からもらったカネで建てる建物の設計やるというくらいだから同じ穴のむじなか? ・・・くらいにしか思わなかったし、図書館員による新図書館案内ツアーというのに参加させてもらい、図書館員のおねえさんから、「東大の建築学科を卒業されて、慶應で教えておられる槇文彦先生が設計された」と聞いた時も、「おえらい先生なんですねえ。えらい、えらい」くらいにしか思わなかった。 そして、私は、港北区立図書館とか幸区立図書館とか、あるいは、慶應大の日吉キャンパスの4号館・5号館とかいった「設計者」が誰それと知られていない建物と比較してみて、あんまり、いいとは思わないなあという感想を持ったのだ。 ところが、チムニー(株)の「デザイナー」のおっさんは違うのだ。あらかじめ、槇文彦という名前が頭にインプットされていて、その名前を聞くとパブロフの犬みたいに、「ああ〜あ、槇文彦設計のお〜お・・・・」と反応して、一生懸命、ほめようとするのだ。 この「パブロフの犬」が「正しい建築家」「正しいデザイナー」だろうか?  そうではないのではないか、あんまりいいとは思わなかったのなら、それはそれで、その人の感想としていいのではないのか。 別の人はいいと思うかもしれないが、いいと思わなかったのなら、それはそれでいいのではないのか。 私は、日本の大学の建築学科とか建築の専門学校とかいうのは、「パブロフの犬」を一生懸命そだてているのではないのか? という印象を受けているのだが、そんなことないか?
   法隆寺の西岡常一棟梁の弟子の小川三夫さんが『宮大工と歩く奈良の古寺』(文春新書)で述べておられたことだが、東大寺にいると修学旅行で来る高校生を見ることがある。 ある時、茶髪で悪そうな高校生が来て、それが、東大寺の太い柱を見て、感激してその柱に抱きついたということがあったというのだ。 それを見て、小川棟梁は、もし、彼が鵤工舎に入りたいと言うなら私は採用します、と言うのだ。 運慶がどうのとかそんな知識を頭につめこんで、東大寺に来るとそれを確認してまわっているだけという人間と、実際にその場に来て、ものすごい柱を見て感激して抱きつく男なら、後者の方が宮大工としては見込があると言う。 実際、そういうことはあるのではないか。 日本の建築学科というのは、槇文彦という名前を出されるとパブロフの犬みたいによだれをたらすように調教されたバカを意図的に育成しているなんてことはないか? 丹下健三を一生懸命ほめれば丹下健三のエピゴウネンである自分の評価も上がるだろうとあさはかなことを考えているアホを育成しているなんてことないか? 「槇文彦」という名前で特殊な反応をするチムニー(株)の「デザイナー」のおっさんというのは、「運慶がどうの」といった知識を詰め込んで、それを確認してまわっているだけのタイプに似ているのではないか。 慶應大に在籍した時の私は建築学科ではなかったので槇文彦という人のことも知らなかったし、建築の良し悪しを考えるのに他のものと比較するならば、普通に他の図書館と比較するか、教室などに使われている周囲の他の建物と比較して考えるものと思っていたが、 「デザイナー」を名のった人間というのは、無名の設計者が設計した図書館とか大学の他の建物というのは目に入らないらしいのだ。 慶應大の建物で有名人の設計によるものというと、三田の重要文化財に指定されている旧図書館が曾根・中條設計事務所という曾根なんとかさんと中條なんとかさんの設計によるもので、三田新図書館も日吉新図書館と同じく槇文彦設計で、日吉のYMCA会館はウィリアム=メレル=ヴォーリズの設計によるものだが、 《 名前が特に知られていない「フツーの人」の設計によるものは価値がない、「有名建築家」と指定されている人の設計の建物はすばらしい 》という「権威主義的人格」というのか「パブロフの犬」というのかのその「デザイナー」の思考というのは、どう〜も、建築業界で「建築家」とか「デザイナー」とか「設計士(さま)」とか名のりだした人間のもつビョーキのように思えるのだ。

   1990年代の終わり、(株)一条工務店http://ichijo.jp/ の栃木県佐野市の営業所に在籍した時のことだが、同営業所にいた「設計」担当者宛てに、本社の第一設計部から「『客をうならせるトーク』を考えて、○月◇日までに本社第一設計部までFAXで送信してください」と書かれた「課題」がきていた。 バカじゃなかろか!と思った。 そう思いませんか?
まがりなりにも、「設計」担当者であるならば、「客をうならせるトーク」ではなく、「客をうならせる図面」を考えるべきではないのか?!?!?!  そう思いませんか?
その頃、栃木県地域の営業所長であった○十嵐さんは、栃木県の営業所(住宅展示場)の営業担当に、その日の終わりに、栃木県の石橋町にあった営業所(住宅展示場)にいた所長の〇十嵐さんに、日報を送るように言っていたので、私は日報の後の余白に、それはおかしいのではないかと、即ち、「まがりなりにも、『設計』であるならば、『客をうならせるトーク』を考えるのではなく、『客をうならせる図面』を考えるべきではないのか?  (株)一条工務店の第一設計部というのは、『客をあきれさせるヘボ図面』を『客をうならせるトーク』でごまかすヘボ設計をわざわざ育成したいのだろうか? 」と書いて送信した。 〇十嵐さんは、このあたりについては、私と同じことを思ったのではないかと思う・・・・が、残念ながら、この会社の営業本部長の天野隆夫は、「営業は設計の言うことにはどんなことでも服従しろ」などと暴言を吐いたことがある人間であり、そんなことを言っているようでは、まともな家はできないし、まともな設計は育たない。 〇十嵐さんは、このあたりについては私と同感だったと思うが、「営業本部長の腰巾着」と「社長の腰巾着」と従業員の間で言われていた福島県中通り地区の所長だった片山から言われていた人だったのだが、「腰巾着」であるのかないのかわからんが、その営業本部長に意見を言うことができる人ではなかったので、私とはけっこう見解が共通する人だったのだが、だからと言って、上役に「これはおかしいのと違いますか」と言うことはできない人だったから、どうもならなかったと思う。 私が入社した時、営業本部長の天野隆夫は「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかあと思った」と言ったのだが、それなら、そういう人間を生かすべきであり、飼い殺し・塩漬けにするべきではないと思うのだが、生かすことができない経営者の会社だった。 そういう会社というのは、けっこう日本にあるかもしれないが、残念ながら、(株)一条工務店は、慶應大学卒の人間をなかなか採用できないところを採用しても、生かすことができない方の会社だったのだ。・・・で、「客をうならせる図面」ではなく「客をうならせるトーク」を考えろと「設計」担当者に課題を出すようなヘボは大事にする会社だったのだ!!!  やんぬるかな!

   私は、結局、慶應大の商学部を卒業して建築業界に入ったが、商学部出身者というのは、商品として成り立つかどうかという視点を持っており、営業の仕事をしたので、顧客に受け入れられるかどうかという視点を嫌でも持つことになる、というのか、本来、そういう視点がないのはおかしいのだが、建築学科卒の人間には、なんだか、勝手に「芸術家の先生」気取りになってしまって、「誰も聞いたことない名前と受験番号さえ書けば合格できる五流大学の建築学科でてます。建築士の資格は一級建築士も二級建築士も通りません」と言えば、ひとはありがたがって言うことをきく、みたいに思っているアホが建築業界にはゴマンといるのだ。 フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区〕http://www.freedom.co.jp/ などはもっとひどい。建築の専門学校でてきただけという、実際問題として「しろうと以下」を「エグゼクティブアーキテクト」とかなんとかそういう名称を名のらせてもちあげ、「設計士(さま)」と呼び、「設計士(さま)」扱いすることで、ものすごい人間なんだろうとだまして、その「実質、しろうと以下」に無茶苦茶なものを作らせている。 よくやるなあとあきれた! が、それが同社のやり方、それが「フリーダム」なやり方だという認識なのだろう。 私はそれは間違っていると思うけれども。 建築は、まず、構造についても、使い勝手についても、基本的なものは押さえて、その上で、それを崩してもいいのかといったことを考えてやるものだ。 最初から基本をわかっていない人間が、「普通、こんなことせんぞお〜お」「こんなことやる人、あんまりないと思うがなあ〜あ」ということをやるのが「フリーダムな発想」ではないはずだ。 そのあたりを、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の経営者は基本的なところを根本的に理解できていない。その結果、構造においても機能においてもデザインにおいても欠陥住宅を量産している。
〔 「設計士(さま)」と表現したのは、フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪が、しろうと以下の設計担当のことを「設計士なんだから」と「設計士さま」のニュアンスで言って、一生懸命、バカを持ち上げようとしたことがあり、それを「設計士さまなどという扱いをするのはおかしい」と私が言うと、「設計士さまとは言ってません」としらばっくれたことがあったので、「『設計士さま』とは言わなかった。『設計士なんだから』と言いましたね」と私は言ったことがあったのだ。彼は「設計士なんだから」と言っても「設計士さま」とは言わなかったが、「設計士さま」扱いしてアホを持ち上げて増長させようとしたのは間違いないことであり、彼は間違いなく「設計士さま」というニュアンスで「設計士」と言っていたのであり、「設計士さまとは言ってません」などと些末なことにこだわっても意味はない。 彼は、高校を卒業した後、新設の建築専門学校に行き、そこを出た後、設計事務所に勤めて、その後、独立して設計事務所を持ったがうまくいかなかったので、フリーダムアーキテクツデザイン(株)に勤めたらしいが、その建築の専門学校の教育とそれを出て勤めたという建築設計事務所の教育が悪いのではないかと思う。バカに社員教育されるとバカの拡大再生産になる。 「設計」を名のる者には殿さまみたいな認識を持たせるべきだという認識は間違いである。 また、「設計士(さま)」と名のれば客は言うことをきくという思いあがった認識は間違いであり、そういう思い上がりを育成してはならないはずであるが、設計事務所という所では、わざわざそういうアホを育成している。 また、そういうアホを育成している世のためにならない建築の専門学校というものがけっこうあるらしい。「設計士(さま)」と表記したのは、フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪のように、「設計」という職種についている人間を、本来、「一級建築士」「二級建築士」「木造建築士」という国家資格はあっても「設計士」などという資格は国家資格にも民間資格にもないし、フリーダムアーキテクツデザイン(株)にも「設計士」などという職種はないにもかかわらず、「設計士」と「設計士(さま)」のニュアンスで言いたがるアホがいるので、それで、この表記をした。〕
   「設計士(さま)」とか「エグゼクティブアーキテクト」とかわけのわからん舌をかみそうなへんてこりんな名称をでっちあげて名のるというのは、それは、「いっきゅうけんちくしい〜い」と言ってけむに巻くということをやりたいやりたいやりたいやりたいという強い意志の持ち主であるが、ところが、その一級建築士という資格試験に合格できないものだから、だから、「設計士(さま)」だの「エグゼクティブアーキテクト」だの「デザイナー」だのと、日本にありもしない“資格もどき”を名のるのである。

   私は、「モネの睡蓮」とか、東京都美術館で「バベルの塔」の展示がおこなわれるらしいブリューゲルの絵画なんかは、いいなあ〜あと思うのだが、ピカソというのは、実際問題として、「なんか、よくわからん」のだが、「よくわからん」けれども、価値がないとまで言うつもりはない。 そこまでは「よくわからん」のだ。 だから、正直に「よくわからん」と言っている。 あくまで、「有名画家」の作だと一生懸命ほめなきゃいかんみたいに思う思考というのはどんなものかということであって、ピカソは「よくわからん」のだが、価値がないとまで言う自信があるわけでもない。 問題は「ピカソ作」とか「イサム=ノグチ作」とか言われるとパブロフの犬みたいにありがたがるが、無名の人間が同じことをするとバカにする根性の人間の方である。
   それで、建築業界で「設計」という職種をやりたがる人間全般に蔓延しているビョーキだが、「設計士(さま)」を名のると「ひとは言うことをきく」という間違った認識を持っているところがあるのだ。 その認識は早めに改めた方がいいし、フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪のようにそのビョーキを若い「設計」担当者に持たそうとする者もいるが、そういう者の認識に乗らないようにしないといけない。 「『設計士(さま)』だの『エグゼクティブアーキテクト』だのを名のればひとは言うことをきく」という思想・認識は、それは「画家を名のると女は言うことをきく」として若いおねーちゃんをだまして強姦殺人を繰り返した大久保清とちっとも変わらん!  そういう愚かな考えは早めに捨てた方がよいだろう。 そのやり口が通じる時も時としてあるのは事実であるが、そうであったとしても、若い人はそういうアホは早めにやめた方がよいと思う。 一生、そのやり口で生きていきたいと思っているのなら、しかたがないけれども。
   フリーダムアーキテクツデザイン(株)の「設計士(さま)」と名のるにーちゃんには、ヒゲはやしている男が多かったのだが、あれもどうかと思ったな。 「ヒゲはやすとラーメン屋」みたいに、「ヒゲはやすと建築家」みたいに思っていたのか、単に無精だっただけなのかわからんが、そのラーメン屋みたいなヒゲはあんまりいい印象は受けないのでやめた方がいいと思う・・・・が、名前と受験番号さえ書けば合格できる大学の建築学科とか建築の専門学校とか出てきた男には、「ヒゲはやすと建築家」みたいな変な思想をどこかで身に着けさせられたという人間が少なくないようだ・・・・・が、愚かなことだと思う。    

  次回、東京国立近代美術館内部、皇居への見晴らし http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_10.html

  (2017.4.30.)

☆ 東京国立近代美術館「茶碗の中の宇宙‐楽家一子相伝の芸術」展他見学
1. 国立美術館・国立博物館とは。私の毎日新聞社への思い出 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_7.html
2. 竹橋。企画展を追いかける弊害。「茶道」と相性が合わない理由。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_8.html
3. 抹茶・緑茶と茶碗の調和。パブロフの犬みたいな「デザイナー」 〔今回〕
4. 東京国立近代美術館内部、皇居への見晴らし http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_10.html
5. 東京国立近代美術館 工芸館(近衛師団司令部庁舎)、乾門 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_11.html
6・ 毎日新聞社ビルのでっかい土管の中は何? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_12.html

☆ 東京圏の美術館・博物館
東京都
根津美術館(港区)(隈 研吾) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201603/article_1.html
新国立美術館(港区)(黒川紀章+日本設計共同体)
1.http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_1.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_2.html
3.http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_3.html
サントリー美術館(港区)(「東京ミッドタウン ガレリア」内。 サントリー美術館の設計は隈研吾)
上 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_6.html
下 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_7.html
畠山記念館(港区)
1. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_4.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_5.html
3. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_6.html
パナソニック汐留ミュージアム(港区)
http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_4.html
http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_5.html

千葉県
千葉市立美術館(千葉市中央区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201307/article_2.html

神奈川県
三渓園内 三渓記念館(横浜市中区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201606/article_4.html



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