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zoom RSS 東京国立近代美術館(千代田区)「楽家一子相伝の芸術」展他見学【1】+私の毎日新聞社についての思い出

<<   作成日時 : 2017/04/30 22:44   >>

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[第287回]
   東京都千代田区の「北の丸」にある 東京国立近代美術館で開催されている「茶碗の中の宇宙−楽家一子相伝の芸術」展「MOMATコレクション ブロイヤーの家具」展、東京国立近代美術館の少し西にある東京国立近代美術館工芸館「動物集合」展を見学してきました。「動物習合」展は、動物を展示しているのではなく、動物を題材とした工芸品の展示です。
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(↑ 「東京国立近代美術館」。 住所としては、東京都千代田区北の丸公園3−1 らしい。)
    国立の美術館は、東京に「東京国立近代美術館」とル=コルビュジェ設計で「ユネスコ世界遺産」に指定された上野の「国立西洋美術館」と、最近、黒川紀章設計で六本木に作られた「国立新美術館」の3つがあり、京都に「京都国立近代美術館」、大阪に「国立国際美術館」と5つあるようだ。
   黒川紀章設計の「国立新美術館」というものが六本木に作られたということは、「新」でない「国立美術館」が東京のどこかにありそうな感じがするが、上野の北の方に渡辺仁設計の鉄筋コンクリート造の建物の上に入母屋屋根を載せた軍国主義の時代に建てられた「戴冠様式」の建物があるが、あれか? というと、あれは「美術館」ではなく、「東京国立博物館」だそうだ。 しかし、「博物館」といっても、仏像とかいっぱい置いてあるが・・・・とも思うが、ともかく、「博物館」らしい。 東京にある国立の美術館は、上野の「国立西洋美術館」と北の丸の「国立近代美術館」と、最近できた六本木の「国立新美術館」の3つで、 「西洋」も「近代」も「新」もつかない「国立美術館」というのは東京にないらしい。
   東京に「近代美術館」と「西洋美術館」があるのは、「西洋美術館」の方は、もともと、松方正義の三男の松方幸次郎という人が、日本人でも西洋画を描こうという者がでてきているが、そのためには、本当に優れた西洋画を見る機会がないといけないと考えて、ヨーロッパの名作絵画を購入したものの、敗戦後、フランスからそれをフランスに持ち帰られ、敗戦国とはいえ、それらは侵略して奪い取ったものではなく、おカネを出して買ったものであり、又、国の所有ではなく個人の所有のものであるから返してもらいたいと言い、「永久貸与」だか「寄贈返還」だかよくわからん方式で日本に渡されたが、その際の条件として、それを展示するために美術館を造るというものがあってできたものらしく、「国立西洋美術館」というのは『国立西洋美術館を遊びつくす』(2017.6.1.セブン&アイ出版)によると、「フランス美術松方コレクション」という別名を持つらしい。 だから、「フランス美術松方コレクション」を展示するための美術館が、フランス人建築家のル=コルビュジェ設計の「国立西洋美術館」で、それと別に「東京国立近代博物館」があった、ということのようだ。
   国立の博物館はというと、東京国立博物館京都国立博物館奈良国立博物館と福岡県の大宰府天満宮の東側にある九州国立博物館の4つ。他に「国立・・・博物館」という名称のもので、
国立科学博物館(東京都。 上野)
国立民族学博物館(大阪府吹田市)
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)があるようだ。
   「近代博物館」と言われると、東大の駒場キャンパスの北西のあたりにあったやつじゃなかったのか? というと、それは「日本近代文学館」
   さらに、「東京近代美術館」の北のあたりに「科学技術館」というのがあるが、上野の国立西洋美術館の北隣にあったのとは違うのか? というと、あれは「国立科学博物館」らしい。 なんとも、ややこしい。
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   東京国立近代美術館では「MOMATコレクション」と、あちらこちらに書かれているのだが↑ 「MOMAT]て何だ? とずいぶんと悩んだのだが、たぶん、
The National useum f odern rt,okyo
の後半から、M、M、A、Tをとり、MMATでは書けても読めないので、of のOも入れて、MOMAT にした、ということではないかな。 京都国立近代美術館のホームページ http://www.momak.go.jp/ を見ると、MOMAK と出ているので、そういうことでしょう。 国立国際美術館は、NMAO と出ていますが、これは、the National Museum of Art Osaka から NMAO のようです。

   ちなみに、上の方の写真の手前のあたりを見ていただくと、鉄柱に「警視庁第一機動隊」と書かれている。 東京国立近代美術館の東(写真では手前)の道を東(写真では右)に行くと、「警視庁第一機動隊」があるらしい。おおこわ〜・・・・!
   東京国立近代美術館の北側、警視庁第一機動隊の西隣あたりにある科学技術館は、機動隊の隣にあるだけあって、放射状の刑務所みたいな平面をした建物! 〔《科学技術館HP 施設案内》http://www.jsf.or.jp/guide/floor/outline/ 〕・・・・↓。 こわそう、こわそう、こわそ〜お!!!


※ 
[東京都・上野]
東京国立博物館 http://www.tnm.jp/
国立西洋美術館 http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html
国立科学博物館 http://www.kahaku.go.jp/
東京都美術館 http://www.tobikan.jp/

[東京都・北の丸]
東京国立近代美術館 http://www.momat.go.jp/
東京国立近代美術館 工芸館
国立公文書館
科学技術館 http://www.jsf.or.jp/

[東京都・京橋]
国立近代美術館 フィルムセンター

[東京都・六本木]
国立新美術館 http://www.nact.jp/

[東京都・駒場]
日本近代文学館 http://www.bungakukan.or.jp/

[京都府]
京都国立近代美術館 http://www.momak.go.jp/
京都国立博物館 http://www.kyohaku.go.jp/jp/

[奈良県]
奈良国立博物館 http://www.narahaku.go.jp/

[大阪府]
国立国際美術館 http://www.nmao.go.jp/

[福岡県]
九州国立博物館 http://www.kyuhaku.jp/

   東京国立近代美術館は、住所としては、東京都千代田区北の丸公園3−1 にあり、地図を見ると、かつての江戸城の中、もしかして、皇居の中にあるのかあ〜あ? て感じがしますが、皇居の中にあるわけではありません。 皇居より外にあります。 但し、南側の道路の南側は皇居の敷地で、ポリさんがいっぱいいますし、東側の道を北に行った所が「警視庁第一機動隊」だそうですから・・・こわいこわい!!!

   最寄駅は東京メトロ東西線の「竹橋」駅です。 「竹橋」というと・・・、毎日新聞社の本社があるところ。
   そういえば、もう、何十年も前、毎日新聞社に応募して願書を持って行きました。 なんか、担当のおねえさんが、「色目使い」みたいな人で、色っぽい女性というのは別に嫌いというわけでもないけれども、それにしても、フジテレビとかならともかく、「お堅い」という方の新聞社で、この人、なんだろうなと思ったのを覚えています。 で、落とされました。学科試験で。学科試験は御茶ノ水の明治大学でありました。 
   「毎日新聞」は、俺を落とすわりには、すんばらしい人間ばっかり採用しているのかというと、なんだかなあ〜あ・・・という記事もあります・・・・が、我が家は「大学ちゅうところは勉強する所と違うんじゃ。甘ったれるな!」という父親の家庭で、「アルバイト、あるばいと、アルバイトォ〜お!」と年中、叫んでいる父親で、「ぼけ〜っとしてたってしかたがないんじゃ。ぼけっとしてたらいかん」と父親が言うので、「ぼけっと、なんてしてないけれども」と言いましたが、「してないか?」と父は言い、「してませんよ」と言ったものの、「そうか。ボケっとしてないか。そうか。 そやけど、ボケっとしてたってしゃーないで。アルバイトせんといかん。アルバイト、あるばいと、アルバイト、あるばいとお〜お!」と年中、言っていました。 そして、「アルバイトするのを嫌がるというのは、モラトリアム人間(病)という病気にかかっているということや! 病気は治さんといかん。アルバイトせえ、アルバイトぉ。アルバイト、あるばいと、アルバイト、あるばいとぉ〜お! とってちってたあ〜あ!」 と言っていました。 私が慶應義塾大学に入学した年の夏休み、父が「明日から、あんた、うちの会社の工場でアルバイトすることに決めてきた!」と、突然、言いだしたので、ええ?!? と驚いたことがありました。 普通、自分が勤める会社の工場でアルバイトを募集しているから、行きたければ話をするけれどもと思ったならば、先に本人にそれを話すものだと思っていました。ところが、父にはそういう認識・そういう思想はなかったようです。「決めてきた」と私に無断で決めてくるのです。 父は、「世の中にはやなあ、自分ではやらずにひとがやることを決めるのが向いている動物と自分で自分のやることを決めずに自分がやることをひとに決めてもらって、そのとお〜り、せっせせっせとやるのを喜ぶ動物とがおるわけや。 わしいとかM川先生(父の親友の医者屋)とかは、自分ではやらずにひとのやることを決めて、ひとに何でもやらせるのがふさわしい、それを喜ぶ動物でやなあ、あんたあは、自分では自分のことを決めずにひとに決められてそれをせえっせせえっせとやることを喜ぶ動物やねん。 わしいとあんたあは別の動物やねん。 これは、生まれる時点で神さまがお決めになったことでやなあ、決して変えようなどとは思ってはならないことやねん。 “適材適所”というように、それぞれ、ふさわしい役割というものを神さまはお決めになっておるわけや」と、毎日毎日、言っていました。「私は、自分のやることをひとに決められるというのを喜びませんけれども」と言ったのだが、父は「何を言うとるんじゃ、何をお! あんたあはやなあ、自分がやることを自分で決めずにひとに何でも決めてもろうて、それを、せえっせせえっせとやるのを喜ぶ動物やねんがな。そう教えてやってやってやってやあってやってあげてやってあげてやってやっとるんじゃ。わからんのか」と言うのでした。 だから、夏休みに、アルバイトというものをやるかどうか、どこに行くかということは、「えっらいえっらいえっらいえっらい」という父が決めるものであって、私が決めるものではないそうでした。私は「夏休みというのは学校は休みであっても勉強は休みではないんです」と言ったのだが、父は「何を言うとるんじゃ。何を! 大学ちゅうところは勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるな! そんなもん、大学は勉強せんでもええんじゃ、大学はあ」と言ってきかないのです。 私の大学の時間割を見て、「あんたの時間割を見ると、あんたが週に最も授業が少ない曜日と、わしいが月に1回ある夜おそうまである会議の日と比べてみい。あんた、ものごっつい、暇!」と言うので、「会社というものは、基本的には会社に勤務している時間に働くものですが、学校というのは授業時間に出ておればいいというものではなく、その授業の倍から3倍は予習復習に時間をかけないといけないと言われるものなんです」と言ったところ、「何を甘ったれたこと言うとるんじゃ。大学は勉強なんてせんでもええんじゃ。大学っちゅうところは。学生みたいなもん、みんな、遊んどるわ。そんなもん、予習復習なんてそんなもん、いるわけないだろうが。甘ったれるなよ、チャンコロ、甘ったれて甘ったれてしてはならんぞ、チャンコロ。大学はアルバイトするもんじゃ。とってちってたあ〜あ」と言いました。「夏休みでも、課題があってやらないといけないものもあるんです」と言っても、「そんなもん、適当にちょろちょろと書いて適当に出しておけばええんじゃ。大学はそういう所じゃ。甘ったれるな!」と言ってきかないのです。私は「年にどれだけの金額を自分で稼いでもらいたいのか、言ってもらえませんか」と言いました。あらかじめ、1年を通じてこれだけは自分でアルバイトをして稼がないといけないということなら、計画を立てて、学業にできるだけ妨げにならない時間、勤務のしかたでアルバイトをすることができます。「決めてきた」と父に突然決められたのでは、学業に妨げになります。特に、私は2浪しましたので、その間に学んだものは、数学とか日本史・世界史とかは大学受験には役立っても受験以外には直接にはそれほど役立ちませんが、英語は同じものを現役で大学に入った人間より2年長く学んだわけですから、その分だけ身についているところがあり、英語は受験の英語であれ何の英語であれ英語は英語であり、それを忘れてしまわないうちに、英語検定1級を取得しておきたいと私は思ったのですが、夏休みの最初から最後まで1日中のアルバイトをさせられたのでは、せっかく学んだ英語力は忘れてしまうことになり低下してしまいますが、父はそんなこと知ったことではないようでした。私が「1年にどれだけの金額を自分で稼いでほしいのか、それを言ってもらえませんか」と言いましたが、父は「わしいはやなあ、あんたあに、どれだけ自分で稼げなんて、そういうことは言わん人間やねん。 わしいは、あんたの学費も生活費もすべて出してやってやってやあってやってやってやったってんねん。世の中にはやなあ、ダメ父もおればカス親もおるわけやねんけれどもやなあ。 それに対して、このわしいは聖人のお父さんやねん、キリストのお父さん、ヒットラー総統のようにえらいえらいお父さんやねん。あんた、恵まれてるねえ〜え。そう思うやろ。 わしは、あんたにいくら稼いでくれなんて、まったく考えてないねん」と言うのでした。 「それなら、アルバイトに行かなくてもいいのと違うのですか」と言うと、父は「何を言うとるんじゃ。甘ったれるなよ、チャンコロ。甘ったれてはならんぞ、チャンコロ。 ボケっとしてたってしゃあないやろ、ボケっとしてたってえ」と言うので、「ボケっとなんてしてませんけれども」と言ったのですが、「ボケっとしてたらいかんぞ、ボケっとしてたら。とってちってたあ〜あ。 アルバイトせんといかん、アルバイト、あるばいと、アルバイト、あるばいとお。とってちってたあ〜あ! どんがんどんがらがったちゃちゃちゃちゃちゃ〜ん♪ じゃあ」〔⇒《YouTube-<軍歌>軍艦行進曲(軍艦マーチ) 》https://www.youtube.com/watch?v=mTwUiUCO7l0&list=RDmTwUiUCO7l0 〕と言ってききませんでした。 私は「えっらいえっらいえっらいえっらい」という「民族」で「人種」である父が決めたとお〜りやるのが、それが私のような「服従することを喜ぶ民族」「チャンコロの民族」には好ましいことだそうです。「え?」とびっくりしていると、父は「もしも、どうしても、明日からは嫌やとかいうことがあるのならば、あさってからにしてもらえませんか、とか頼んでやらんこともないで」とか言うのでした。 2年も浪人して、実際のところ、疲れました。私が親なら、大学に入学した最初の夏休みくらい、ゆっくりさせてやってもいいと思うところですが、父にはそういう考え・思想はなかったようです。 「大学は勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるなよ、チャンコロ」と何度も何度も言っていました。
    同じ中学校から同じ北野高校に行き、大阪大学の法学部に進学した男Kと、阪急電鉄の駅で会ったことがあり、Kが「どこ、行ってきたん?」ときくので、「父の勤め先の工場でアルバイトに雇ってもらって・・・」と正直に話したところ、彼は「へえ〜え。 そんなもん、やってんのおん」とバカにしたような口調で言いました。もしかすると、彼としては、バカにしたつもりはなかったのかもしれません。しかし、そんな感じでした。彼が「どこ、行ってきたん?」と尋ねたので、同じように、「どこ、行ってきたん?」と言うと、「阪大の図書館に行って、法律の勉強してきたんや」ということでした。 それだけ、違うんだなと思いました。 父は「甘ったれておってはならんぞ、チャンコロ! 大学は勉強する所とは違うんやぞ、チャンコロ」と何度も何度も毎日毎日、言っていました。 大学に入れば、やりたい勉強をできると思って、小学校の1年から、他の同級生が遊んでいる時も勉強してきましたが、今から考えると、ない夢を追っていたようなものでした。
    Kは大学を「浪人・留年をせずに卒業したならば大学を卒業した次の年」に司法試験に通って弁護士になったようです。 Kのお母さんは、「現役で司法試験に通りました」と近所に行ってまわっていたようでしたが、ウソです。 どうも、「お母さん」というのは、そういうしょーもないウソを言って回りたい人というのがいるようですが、しょーもないウソは言わない方がよろしい。 他の仕事ならともかく、弁護士というのは「弁護士名簿」という本が発行されていて、ある程度、大きな図書館に行くとそれを閲覧できるのです。そこに、どこの大学を何年に卒業、司法試験には何年に合格というのが記載されているのです。大学入学して5年目に通ったのに、3年目か4年目に通ったみたいに近所に行ってまわると、ばれます! あいつのお母さんも、“しょーもないこと言い”やな! と思ったものです・・・・が、留年・休学することなく卒業したとして卒業した次の年(実際は、意図的に1年留年して、大学4年として在籍したのかもしれませんが)に合格したということなら、旧型司法試験というのは何回も落ちてやっと通る人もおり、それでも合格できない人もいる試験ですから、それでもけっこう優秀な方ですが、まあ、ウソは言わない方がよろしい。 慶應の司法研究室の講座で、民法の助教授から聞いた話で、慶應には内部進学の学校があり、慶應義塾高校から慶應大学の法学部法律学科に進んだ人で、慶應の内部進学というのは内部進学でない高校から京大・東大に行ったり慶應大・早稲田大などに行く場合に比べれば大学に進学するための勉強というものをそれほどしなくても慶應大学に進学できるので、高校の1年から司法試験の勉強を始めて、慶應大4年の時に司法試験に合格したという人があったという話を聞かせてもらったことがあります。 「大学に現役で通る」というのは、試験は1月から3月にかけてありますから、高校1年から勉強を始めたと考えても3年あるのですが、今はなくなった旧型司法試験は、5月に短答式試験があり、それに合格すると7月だったかに論述式試験があり、さらにそれに合格すると、10月だったかに口述式試験があって、12月頃に合格発表だったように思いますが、「(旧型)司法試験に大学在学中に通る」ようにしようとすると、4年の初めには一通り学習がすんでいないといけないということになりますから、慶應義塾高校など慶應の内部進学で高校1年から(旧型)司法試験の勉強を始めたという人なら大学4年の初めの時点では6年間の学習期間があるのに対し、北野高校のような公立高校から京大なり阪大なり、あるいは慶應大・早稲田大にでも行った人間が大学1年から司法試験の学習を始めたとすると、学習期間は4年の初めまででは3年間ですから、3年の学習期間の者と6年の学習期間の者とでは、これは、6年の学習期間の者の方が有利であるとい点は否定できません。そういったことを考えても、大学入学から4年目ではなく5年目に合格でも優秀な方だと思いますが、しかし、 「司法試験に現役で通る」「司法試験に司法試験浪人せずに通る」というのは大学入学から4年目の時に合格することを言うのであり、「司法試験には現役で通りました」とKのお母さんが近所に行ってまわっていた内容は、そりぁ、ウソでんな! Kのような大学入学から5年目に通ったというのをそういうのを「司法試験に現役で通りました」とは言いません。
   それにしても、「大学っちゅうところは勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるな!」と言われ、「アルバイトを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間(病)という病気にかかっとるんじゃ。慶應大学の小此木啓吾先生がそうおっしゃってる」と父から言われて、「アルバイトォ、あるばいとぉ、アルバイトォ、あるばいとぉ〜お」と、只管、アルバイト、あるばいと、アルバイト、あるばいととさせられてきた者としては、うらやましい限りでした。  Kを見て、「なにくそお。俺が暑い中、肉体労働をしている最中に、冷房の効いた図書館で法律の本を読んでいるようなヤツになんか、負けてたまるか」とも思ったものですが、根本的に条件が違いました。 司法試験というのは合格すると新聞に名前が出たようです。(今もそうかどうかはわかりませんが、Kが合格した頃は出ていました。) 父は、Kの名前が合格者として出ている新聞を切り抜いて郵便で送って来た上で、電話をしてきて、「送ったん、見たかあ〜あ」と言い、「Kくんの爪の垢を煎じて飲みなさい」と言ってきました。 実際、Kの爪の垢を煎じて飲みたかった。Kの爪の垢を煎じて飲んだら、私もKみたいな生活をさせてもらえるのなら、爪の垢でもチ○ポの垢でも喜んで飲むわ! と思いました。 むしろ、Kみたいな生活、週に2回、知り合いの高校生の家庭教師をやるだけで、それ以外、アルバイトなんか何もせずに、法律の学習に没頭できる生活を送ることができたなら、そんなけっこうな生活をさせてもらって、それでも合格できないなら、眼えかんで死ね! とでも言ってやるしかありません。 父は、その後も、何度も何度も電話してきて、「Kくんの所に行って、爪の垢をください、と言ってお願いして来いよ」と言い、「爪の垢、くださいとお願いしてきたかあ〜」とも何度も何度も言ってきました。 爪の垢でもチ○ポの垢でも、煎じて飲めばKみたいなけっこうな生活させてもらえるのなら、爪の垢でもチ○ポの垢でも飲みたいものでした。 「肉体労働、肉体労働!」と言われて行ったアルバイト先では、行った先、行った先で、「なんで、こんな所にアルバイトに来るのお〜お?」 「慶應の学生が、普通、こんなアルバイトなんかしないのじゃない〜い?」とあちらこちらで言われました。 ある年、夏休みに箱根の保養所で泊まりこみの「雑務」のアルバイトを夏休み2カ月間おこなった後、後期の最初、少人数の授業の時、助教授から「夏休みはどうしていたか」ときかれ、「箱根の保養所で『雑務』のアルバイトを2か月間、ずっとしていました」と答えると、「きみ、そんな『保養所の下男』みたいなもの、そんなアルバイトなんかしていたのでは、勉強できんだろお」と言われたことがありましたが、実際、そうでした。 父は、「甘ったれておってはならんぞ、チャンコロ」と言い、「てってこっこ、てっててって、らったらったらったらあ〜あ♪ 撃ちてしやまん!一億火の玉!欲しがりません、勝つまでは! 木口小平は死んでもラッパをはなちまちぇんでちたあ〜あ! とってちってたあ〜あ!」とか毎日毎日言っていましたが、今、考えると、あんなしょーもないアルバイトをそこでやるよりも、その時間に何なりと学習すれば、その結果として、卒業後、もっとよい仕事、もっとよい勤め先に勤めることができて、人生全体では、ずっと年収は多くなったはずであり、どう考えてもバカげたことをやっていました・・・・が、父としては「大学は勉強するところとは違うんじゃ。甘ったれるなあ!」ということでしたので、どうしようもありませんでした。 父は私には「アルバイトを嫌がる人間は、モラトリアム人間病という病気にかかっとるんじゃ。慶應大学の小此木啓吾先生がそうおっしゃってる。病気は治さんといかん!」と言いましたが、私にはそう言っても、よその息子・よその娘には絶対にそんなことは言いませんでした。 そこが親なのでしょうね。 その理屈からいけば、何より、小此木啓吾という男、あの男、絶対に「モラトリアム人間病」の「患者」であり「病人」であり、「治療」される必要があるはずですが、ところが、小此木はおのれについては「モラトリアム人間病」だとは「診断」しないのです。 勝手な男です。
   今から考えると、我が家の場合は、公務員とか新聞社とかは最初から無理ですね。なぜなら、公務員や新聞社の場合、面接を受ける前に学科試験がありますから、その学科試験に合格できるように大学在学中も勉強しないといけないわけです。 ところが、我が家の場合は、「大学は勉強する所とは違うんじゃ。心得違いを起こすなよ、チャンコロ。 甘ったれてはならんぞ、チャンコロ」ということで、「あるばいとぉ、アルバイトォ、あるばいとぉ、アルバイトォ!」という家庭でしたので、学科試験がまずあって、それ自体、けっこう難関で、人気企業でもあった毎日新聞社とか朝日新聞社とかは、「最初から無理」だったわけです。 4年の時、ともかく受けたのは、毎日新聞社・朝日新聞社は、卒業時、3年以上遅れであっても受験可であったので、受けましたが、大学入学時においては自分よりもずっと成績が悪かったであろうと思える人間でも、大学4年間、マスコミに就職したいと思って、そういった学習をしてきた人間は学科試験はできて、私は、逆に、高校卒業時、あるいは、大学入学時なら回答できたような問題を、その後、アルバイトォ、あるばいとぉ、アルバイトォという生活をしてきた間に忘れてしまって答えることができませんでした。20代前半の頃は、条件が多少違ってもそれを挽回して・・・とか思っていたのですが、30代も後半になってから振り返ってみると、いくらなんでも、あれだけ、条件が違えば通るわけないわなあと思いました。
   その年、毎日新聞社の学科試験は御茶ノ水の明治大学であり、朝日新聞社の学科試験は大田区の東京モノレールの「流通センター」駅だったかの近くのビルでありました。帰り、高校卒業時、もしくは、大学入学時ならできた問題ができなかったなあと思い、高校卒業時、あるいは、大学入学時においては私よりずっと学力が下だった人間が、大学4年間の間に学力をつけて回答しているのに、私は逆に、「あるばいとお、アルバイトォ、あるばいとぉ」とされてきて、新聞社の学科試験に回答するような学力は下がってしまったようだと実感して、なんとも、情けない思いがしました。朝日新聞社の学科試験を受けに行った時は、川崎市幸区の「サークルK」というコンビニでお弁当を買って行ったのですが、コンビニの店員が割りばしを入れてくれなかったようで、学科試験の会場で、昼の休みの時間に手でつかんで食べましたが、なんとも情けなかった。後日、その「サークルK」に行った際、「この間、お弁当を買った時、割りばしが入ってなかったんですよ」と言うと、「そうですか」と言って、その時、2組、割りばしを入れてくれましたが、後から割りばしをもらってもどうもなりません。父は「神さまは大変賢明なお方であって、常に支配する民族と常に支配されるのが好ましい民族に人間を2つに分けてお造りになっておるんや。わしいはドイツ人で人を支配する民族、あんたあはチャンコロでひとに支配されるのが好ましい民族」とか言っていましたが、「ひとに支配されるのが好ましい民族」とかいうのは、コンビニの弁当も手でつかんで食べるのがふさわしいということなのかもしれません。
   父は、「わしはやなあ。あんたにどういう仕事につかないかんなんて、一言として言うたことないやろ」と言っていたのですが、たしかに、「どういう仕事につかないかん」とは言いませんでしたが、「うちは文学部なんか行かすような金持とは違います」「うちは学校の先生になんかならすような金持とは違います」「たとえ、学校の先生になるにしても、数学か英語の先生でなければなってはいかん。数学か英語でないと家庭教師のアルバイトはできません。理科や社会科や国語の先生は絶対になってはいけません」「うちは大学院になんか行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな」「うちは工学部になんか行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな」「医学部みたいな六年間も行かないといけない学部はやめなさい。4年で卒業できる学部にしなさい」「国家公務員は転勤が多いからなってはいかん」「うちは司法試験なんか受けさせるような金持とは違います。甘ったれなさんな」・・・・と、はてしなく言い続け、結局、「会社のために、すべてをささげ尽く〜す! とってちってたあ〜あ!」しか残らないのでした。 そして、「マスコミに勤めるのならば、産経新聞にしなさい。 朝日はアカやから勤めてはいかん! 毎日もアカやからいかん!」と言うので、「産経なんか絶対に嫌や。 マスコミに勤めるなら、朝日か毎日に勤めたい」と言うと、「甘ったれるなよ。増長するなよ。つっけあがるなよ、チャンコロ! わしが朝日はいかんと言うとるんじゃ、チャンコロ!」と言うので、「私が朝日はいいと言ってるんです」と言ったのですが、「のぼせあがるなよ、チャンコロ! つけあがるなよ、チャンコロ! 世の中は決める人間とひとに決められたことを言われたようにやる人間の2つに分かれておってやなあ、わしは決める人間であんたはわしに決められたことをせっせせっせとやる人間やねん。神さまがそうお決めになったんや。神さまに逆らってはならんぞ、チャンコロ」と言いました。「何をのぼせあがっとるんじゃ、チャンコロ! 増長して増長してのぼせあがりおってからに、このチャンコロめが、このチャンコロ! よもや、このわしのことを普通の人間であるなんぞと心得違いを起こしてはおらんやろうなあ! このわしは普通の人間とは違うんやぞ、チャンコロ! このわしはスーパーマンやねんぞ。わかっとったか?」と言うので、「さあ、知りませんでしたけれども」と言ったのです。実際、知らんかった。パーマンかと思うとった。すると、「それなら、今すぐ、認識を改めなさい。このわしはなあ、このわしはキリストで聖徳太子でヒットラー総統やねんぞ。このわしは。わかっとったか」と言うのです。「さあ、知りませんでしたねえ」と言いましたが、「このわしはキリストやぞお。このわしは聖徳太子やぞお。このわしは英雄ヒットラー総統やねんぞお。 おまえみたいなチャンコロとは人種が違うんやぞ、チャンコロ、おまえとはこのわしは民族が違うんやぞ、チャンコロ。 わしはドイツ人やねんぞお。〔⇒《YouTube-楽劇「ワルキューレ」第3幕より「ワルキューレの騎行」 ゲルギエフ》https://www.youtube.com/watch?v=ONfSjfTWJJU  ・・・ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』でワグナーを批判していたが、しかし、ワグナーというのは人種差別主義者であったというだけあって、つくづく趣味わるいな!〕 このわしはドイツ人やねんぞ、チャンコロ。このわしはドイツ人でアメリカ人やねんぞ。 おまえはロスケでイタコでチャンコロじゃ。おまえはチャンコロじゃ、おまえはイタコじゃ、おまえはロスケじゃ!〔⇒《YouTube-【ロシア音楽】ヴォルガの舟歌 (Эй, ухнем) (日本語字幕) レオニード・ハリトノフ(Леонид М. Харитонов)と赤軍合唱団(Ансамбль Александрова)》https://www.youtube.com/watch?v=b4jxCRfHwd4 〕 おまえはニグロでプエルッとりこじゃ! わかっとんのんか、ロスケ! わかっとんのんか、ニグロ!わかっとんのんか、プエルッとりこ! おまえはプエルッとりこじゃ!〔⇒《YouTube-ウエストサイド物語〜アメリカ(America) 》 https://www.youtube.com/watch?v=qFw6yyZD_i4 〕 おまえはロスケじゃ! おまえはイタコじゃ! おまえはチャンコロじゃ! このわしはドイツ人でアメリカ人でR(アール)! おまえはロスケでイタコでチャンコロでR(アール)! 即ち、このわしは、いついかなる時も命令する民族であり、おまえはいついかなる時も服従する民族でR(アール)! 」と何度も何度も言いました。 で、その「ドイツ人でアメリカ人」から、いったい、どうやって、「ロスケでイタコでチャンコロ」かつ「ニグロでプエルッとりこ」の「民族」が生まれてきたのかというと、それは「生物学上の突然変異学説」だそうです。 「わしいみたいな有能で人格者で、なによりも謙虚な人間に、あんたあみたいな人間が生まれたというのは、これは『生物学上の突然変異学説』というものなんや」ということでした。 その「突然変異学説」で私は生まれたそうでしたが、「突然変異学説」によって、「ドイツ人でアメリカ人」の子供に「ロスケでイタコでチャンコロ」として生まれたらしい私は、「いついかなる時も、ドイツ人におうかがいをたてて、只管、ドイツ人の命令をきいて、言われるとお〜りやるのが、それがあんたあみたいなチャンコロにとっては仕合せというものなんや。わかっとんねんな、チャンコロ、わかっとんねんな、チャンコロ。おまえはチャンコロとして生まれた人間やねんぞ。 心得違いを起こすなよ、チャンコロ。 チャンコロはチャンコロらしく、ドイツ人はドイツ人らしく。それが誰にとっても一番の仕合せであり人類のためであり、神さまがお決めになったことなんや。 神さまというお方は大変賢明なお方であってやなあ、世の中には、自分ではやらずにひとのやることを決める人間ばっかしでもいかんし、自分で自分のことを決めずにひとに決められてその命令通りやる人間ばっかしでもいかん。両方の人間がおらんといかんからやなあ、神さまは、ドイツ人とかアメリカ人とか、ひとに命令するための民族をお造りになるとともに、チャンコロのようにひとに命令されて服従するための民族というものもお造りになったわけや。そんでやなあ、さらに、神さまは大変哀れみ深いお方であってやなあ。チャンコロにもまた、チャンコロとしての人生を用意してくださっているわけや。 即ち、いついかなる時も服従する人生というものを神さまはチャンコロには用意してくださっているのでアール! 神さまに感謝しろお! チャンコロ! ちゃんちゃんころころちゃんころころ、ちゃんちゃんころころちゃんこ〜ろころ!」と、私の鼻の頭を指さして何度も何度も言うのでした。〔⇒《YouTube-Когда над Сибирью займётся заря Russian Folk Song》(流刑人の歌)http://www.youtube.com/watch?v=RQzrBou5lZE&list=PLCE12705E14D07CB8  〕 この「神さまに感謝しろ」という文句、ヴィットリオ=デ=シーカ監督のイタリア映画『自転車泥棒』で、失業していた男が、やっと、自転車が必要な仕事につくことができて仕事を始めたばかりの時、その自転車を泥棒され、警察に訴えてもどうもしてもらえず、自分で犯人を捜してつかまえてもしらばっくれられて、最後、それなら自分もひとの自転車を奪っても・・と考えて自転車を奪おうとしたところ周囲の人間につかまえられ、そこで、被害者から警察につきださなくてもいいと言われて、群衆から言われる文句が「神さまに感謝しろ」でしたね。ちょうど、そんな感じ。 〔⇒《YouTube-Bicycle thief(自転車泥棒) Last Scene》https://www.youtube.com/watch?v=C_lJbSJoIuw 〕。 「わしは服従させる階級、服従させる民族で、おまえは服従する階級。服従するのがふさわしい民族と神さまがお決めになったんや。決して決して神さまに逆らってはならぬぞ、チャンコロ」と。 そういう家庭でしたので、もしも、4年で大学を卒業したならば、朝日新聞社や毎日新聞社は受けたいと思っても、「朝日はアカやからいかん。毎日もアカやからいかん」ということになったでしょうけれども、結果として、ひとよりも年齢をいって卒業しましたので、「会社名の一部分に、三井・三菱・住友・安田という名前がはいっている会社」とか「誰もが行きたいと思うような有名・一部上場・大企業」というようなものは応募できないか、応募しても採用される見通しはなく、逆に、朝日新聞社・毎日新聞社は年齢制限は緩く、父の好きな産経新聞社は朝日・毎日よりも年齢制限は厳しかったことから、ともかく、朝日新聞社と毎日新聞社は受けるだけ受けることはできましたが、学科試験で落とされました。 その「なつかしい」といえばなつかしいが、気分悪いといえば気分悪い毎日新聞社の本社が東京メトロ「竹橋」駅の真上にあります。 ↓
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(↑ 竹橋の西側から見た 毎日新聞社ビル。 手前の橋は「竹橋」。 竹橋といっても、竹でできているわけではない。)
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(↑ 東京近代美術館の2階のテラスから見た 毎日新聞社のビル。 もっとも、このビルすべてを毎日新聞社で使っているわけではないらしい。)

↑の白いでっかい煙突みたいなというのか土管みたいなというのか、あれは何だと思いますか? 単なるデザイン上のものか?・・・・ 解答は[第292回]《東京国立近代美術館「楽家一子相伝の芸術」展他見学【6】毎日新聞社ビルの「でっかい土管」の中身は何?》 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_12.html

   毎日新聞社の前で地上に出て西を見ると、↓
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↑ 手前の橋が「竹橋」。 その右向こうに見える建物が「東京国立近代博物館」。
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↑ 左の橋が「竹橋」。 右向こうの建物が「東京国立近代博物館」。竹橋の右側の堀が「清水堀」。 右手の高速道路が首都高速道路「竹橋ジャンクション」。

   竹橋を西に渡るとすぐ、右に行くと「警視庁第一機動隊」という怖そうなのがいるという道を過ぎると、そこに「東京国立近代美術館」の入口です。↓
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   (2017.4.30.)

   次回、 東京国立美術館「楽家一子相伝の芸術」展【2】竹橋について。企画展を追いかける弊害。「茶道」と相性が合わない理由。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_8.html


☆ 東京国立近代美術館「茶碗の中の宇宙‐楽家一子相伝の芸術」展他見学
1. 国立美術館・国立博物館とは。私の毎日新聞社への思い出 〔今回〕
2. 竹橋。企画展を追いかける弊害。「茶道」と相性が合わない理由。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_8.html
3. 抹茶・緑茶と茶碗の調和。パブロフの犬みたいな「デザイナー」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_9.html
4. 東京国立近代美術館内部、皇居への見晴らし http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_10.html
5. 東京国立近代美術館 工芸館(近衛師団司令部庁舎)、乾門 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_11.html
6・ 毎日新聞社ビルのでっかい土管の中は何? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_12.html

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