哲建ルンバ

アクセスカウンタ

zoom RSS 大覚寺【5】大沢池・「耳をすませば滝の音♪」名古曾滝跡。「君が代」は音楽的に良い歌と言えない理由 

<<   作成日時 : 2017/04/15 20:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第285回]
   五大堂の前から大沢池の方にでますと、そこは桜が満開。↓
画像

   そこを北に進むと、「五社明神」があり、右手(東側)に「放生池」がある。↓
画像


   放生池の北に朱塗りの塔があるが、それが「心経宝塔」 ↓
画像

画像

大覚寺HP 「境内のご案内」には、
≪ 昭和42年(1967)、嵯峨天皇心経写経1150年を記念して建立される。≫
≪ 基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置する。宝塔内部には秘鍵(弘法)大師尊像を祀る。 ≫
と出ている。 1967年(昭和42年)というと、大阪万博1970年(昭和45年)の3年前、東京オリンピック1964年(昭和39年)の3年後。東京オリンピックと大阪万博のまん中。

   心経宝塔の前を東に進むと、天神島と天神島にかかる朱塗りの橋が見える。↓
画像

   天神島の北側には、梅と桜の木が交互に植わっているというが、今は梅の開花は終わり、桜のみが咲いている。

   そこを北に行くと、そこにあるのが、「名古曾(なこそ)の滝跡」↓
「京都、嵐山(らんざん) 大覚寺、恋に疲れた女がひとり、塩沢がすりに名古屋帯び、耳をすませば滝の音♪」
と、デュークエイセスが歌っていた永六輔作詞・いずみ たく作曲「女ひとり」で歌われていたので、大覚寺、もしくは大覚寺の近くに実際に音が聴こえる滝があるのか・・・・と思うとそうではない。嵐山 大覚寺には実際に滝の音が聴こえる滝はなく、むしろ、大原 三千院の方が、「音無の滝」というのが北側にある。
   藤原公任の
「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなお聞こえけれ」
という「名古曾の滝」についての歌を踏まえたもので、今現在、滝が流れているわけではなく、実際にはいくら耳をすましても滝の音は聴こえないが、それでも、大覚寺・大沢池の付近に来ると、滝の音が聴こえるように思えてくる・・・・という歌詞らしい。 よく考えて作られたものだと思う・・・・が、今、インターネットに入っているデュークエイセスの歌を聴くと、へたくそ! であるのがなんとも残念。あれではなあ・・・。
画像

画像

※ 《女ひとり》http://takurou.co-site.jp/natumero/41-45/onnahitori.html
《YouTube-デューク・エイセス 女ひとり 2013》https://www.youtube.com/watch?v=6HulES_jqtM
《YouTube-女ひとり  石川さゆり 》https://www.youtube.com/watch?v=DzmKeb5veS4
今、インターネットで検索すると、デュークエイセスの歌よりも、石川さゆり の方がうまいし、聴いてられるというのは、デュークエイセスとしては、なんとも、情けないことだ・・・・。
画像

↑ 「瀧の音は
    絶えて久しく
     なりぬれど
    名こそ流れて
     なほ聞こえけれ
      藤原 公任 」

   「大原 三千院」「栂ノ尾 高山寺」に続いて、「嵐山(らんざん) 大覚寺」を、「恋に疲れた女」はひとり訪ねたわけですが、「大原 三千院」では「結城に塩瀬の素描の帯」、「栂ノ尾 高山寺」では「大島紬につづれの帯」、そして、「嵐山 大覚寺」では「塩沢絣に名古屋帯」と、なんかようわからんけど、高そうなものを着ておるわけです。「恋に疲れた女」にしては。
   「塩沢絣(しおざわがすり)」とは何ぞや? ・・・・・《やまだ織株式会社HP 本場塩沢絣 やまだ織》http://www.yamadaori.jp/  ≪ 豊かな自然に恵まれた新潟県南魚沼市塩沢。上越新幹線越後湯沢駅より車で約20分の豪雪地帯。本塩沢のルーツとなる絣の技術が誕生したのは西暦800年頃。もともと大切な家族の為に織る麻の着物でありました。国の重要無形文化財『越後上布』の技術を応用し絹織物が誕生。また、上杉家により、山形県や福島県の織物へ当地の織物技術が受け継がれていると言われております。≫と出ている。
   「名古屋帯」とは何ぞや? ・・・・・《ウィキペディア-名古屋帯》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%B8%AF には、≪ 名古屋帯(なごやおび)とは日本の女帯の一種。名古屋で考案されたことに由来する。 ≫ ≪ 袋帯より長さが短く一重太鼓結びにする長さの帯で、軽く締めやすい帯である。 当初は染め帯であったが、織り帯も作られるようになり、金糸銀糸を使用したものは付け下げ、色無地に合わせて準礼装に、その他のものは小紋や紬などのお洒落着に合わせる。 ≫と出ているが・・・・・・、実際のところ、そう言われても、なんかようわからん。
   ついでに、「大原 三千院」で女が着ていた「結城に塩瀬の素描の帯」の
   「結城」とは・・・・結城紬(ゆうきつむぎ)の略称で、《ウィキペディア-結城紬》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%90%E5%9F%8E%E7%B4%AC には、≪ 茨城県・栃木県を主な生産の場とする絹織物 ≫ ≪ 近現代の技術革新による細かい縞・絣を特色とした最高級品が主流である。元来は堅くて丈夫な織物であったが、絣の精緻化に伴い糸が細くなってきたため、現在は「軽くて柔らかい」と形容されることが多い。奈良時代から続く高級織物で結城市・小山市などで作られている[1]。絹のきらびやかさを抑えた、渋みのある味わいと、嵩高な生地のぬくもりが特徴で、全工程が手作業で作られるため、非常に高価な織物となっている。 ≫と出ている。
  国道50号のバイパス沿いに「旅の駅 結城紬センター」http://www.ibarakiguide.jp/db-kanko/tsumugi-center.html というけっこう広い駐車場を備えた施設があります。今は国道50号のバイパス沿いにありますが、かつて、バイパスができる前はバイパスでない国道50号沿いにあったはずで、戸建住宅建築業の(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の福島県いわき市の営業所にいた時、栃木県の石橋町にあった栃木工場まで、いわき市からバスで工場見学会に行く際、行きに結城紬センターで昼食をとり、帰りも結城紬センターに立ち寄ったものです。 結城紬は高級品でも、国道をクルマで通る際に立ち寄った人間が「お土産」に買えるくらいの値段のものもあったと記憶しています。
   「塩瀬(しおぜ)」とは・・・《コトバンク 塩瀬 世界大百科事典第2版の解説》https://kotobank.jp/word/%E5%A1%A9%E7%80%AC-72261 には、≪ 絹織物の一種で厚地の羽二重風生織物。塩瀬羽二重ともいう。経糸は生糸を細密にし,太い緯(ぬき)糸を湿して用い,しっかりと織り込んだもの。織り上げた後,精練,染色をほどこして使う。緯畝(よこうね)の目だつ高級織物で,薄地のものは男子羽織地,厚地のものは女帯地,半襟,ふくさ,旗地などに用いる。新潟県五泉地方で多くつくられる。別に塩瀬御召(おめし)と呼ばれる織物は,先染で琥珀織に似た緯畝をもち,シボがあまり目だたずやわらかい。  ≫
   「栂ノ尾 高山寺」で女が着ていた「大島紬につづれの帯」の
   「大島紬」とは・・・《ウィキペディア-大島紬》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E7%B4%AC には、≪ 鹿児島県南方の奄美群島の主島である奄美大島の特産品で手で紡いだ絹糸を泥染めしたものを手織りした平織りの絹布、若しくは絹布で縫製した和服である。≫ ≪ 現在では撚糸を使い紬とは言えなくなっている。名称を付けるなら「大島絣」である。それまでの大島製作法は現在の結城紬とまったく同じものであり、ただ製糸するときに使う糊が結城では米糊、大島では海苔(ふのり)の違いのみである。 ≫と出ている。
   「つづれの帯」とは・・・《株式会社浅田HP 京都 西陣 浅田綴 つづれ織とは》http://kk-asada.co.jp/guide-2/ には、≪ つづれ織りは、約四千年前のエジプトに生まれたコプト織が起源とされています。その技法は奈良時代、大陸文化の渡来を機に、中国から日本へ伝わってきました。≫ ≪ 職人たちは常に「ヤスリ」を中指と、くすり指の爪にあて、のこぎりの歯状に刻んでおき、緯糸を織り込み、多彩な模様の色糸を一本ずつ越し、その都度「筋立てしという櫛で織り寄せます。他の帯に比べると太めの撚糸(経系二十一中、十五本撚り二本駒撚、緯糸十八本撚り二本駒撚)を経・緯糸に使用します。つづれ帯の経系3、3センチメートル間に40本が普通です。経糸の下に「織り下絵」を置き、緯糸で柄を織ってゆく・・・つまり糸で画を描くようなものです。 一日数センチより織れない複雑な模様もあり、一本織り上げるのに数ヶ月もかかるものもあります。  ≫
※ 《 着付入門講座 703.紬のきものT(大島紬・結城紬・塩沢紬)》http://www.kimonoculture.com/07_Osharegi/703_Tsumugi1/
    結論として・・・・、なんか高そう! て感じはするけれども、もうひとつ、ようわからん。

    「女ひとり」なんて、こういう歌を聴くと、男の人は、その女を見て、なぐさめてあげたい〜い・・・なんて気持ちになるでしょ・・・なんて言う女性がいるのですが・・・、思うか???   ひとにもよるのかもしれんが、私なら、あんまり思わんな・・・。 そもそも、「恋に疲れた女」が傷ついた心で旅に出るのに、「大島紬につづれの帯」だか「結城に塩瀬の素描の帯」だか「塩沢絣に名古屋帯」だか、なんか、そういう「高そう!」な着物をわざわざ着て行くかあ〜あ・・・・?
    だいたいやねえ、嵐山 大覚寺は、JR「嵯峨嵐山」駅からでも、まあまあ距離はあるものの比較的平坦な道で名古曾の滝の付近までも階段なしで行くことができるし、大覚寺門前までJR「京都」駅からバスもあるみたいやけどや。 大原 三千院となると、JR「京都」、京阪「三条」、阪急「四条河原町」からバスはあるが、バス停から三千院まではけっこう坂道で、三千院に入るにも階段はあるし。 さらに、栂ノ尾 高山寺に至っては、高山寺は、バス停からは、はっきり、「山」。 そんな所に、歩きにくい「和服」なんてもの、着て行くアホないやろ。 もうちょっと、歩きやすい格好で行くもんちゃうか。
    男の人はこういう女を見て、ほろろっ、およよっとなるのと違いますか・・・・なんて言う女性がいるのだが、なるか?  「なんか、高そうなもん、着とるなあ」とか、私なら、まず、思と思う。 なにしろ、わしぁ、び〜んぼうやからな。わしぁ、日陰の月見草!
    今は昔、慶應大に在学していた時、父が「仕送りを送っても礼を言って来ないから、送るのやめたってん」ということだったらしいが、突然、仕送りを送るのをやめたことがあり、食べるものもなく、1週間ほど水だけ飲んで暮らしたことがあり、横浜市港北区の日吉の街を、自動販売機の脇に硬貨でも落ちてないかと思って歩いた時、日吉で一番高いレストランから、同じ日吉台学生ハイツに住んでいた、甲陽学院から東大の法学部に1浪で行ったという男Kが出てきたのを見た。 「着付け」とか「お茶」とか「お花」とか「習ってる」女、「フランス文学科」とか行くような女というのは、たぶん、ああいう男と結婚するのじゃないか・・・・と思った。 食べるものもなく、水だけ飲んで暮らして、自動販売機の脇に50円玉が落ちているのを見つけて、それと財布に残っていたお金と合わせて食べたメロンパンのおいしかったこと、おいしかったこと。 「着付け」だの「お茶」だの「お花」だのやってるような女、「玉の輿のために、その1、その2、その3」として、「(その1)フランス文学科」、「(その2)着付け」、「(その3)お茶」、「(その4)お花」とか、そんな不毛なもの、人民の精神を目覚めさせるのではなく眠らせるためのエセ文化ばっかりやっているような女などというものは、私ら「日陰の月見草」には関係ない女だ。 私ら、日吉の街を1週間ほど水を飲むだけで空腹をかかえて歩いた者とは関係ない、高いレストランで当たり前のように食事するような男とつきあう女だ。
    ロシア民謡で「トロイカ」という歌がある。 「雪の道をトロイカは進む。 客の男は沈んだ顔。 聞いてくださるか、きょう、私が恋した女は嫁に行く。金持ちの地主の嫁に行く」という歌詞だが、いわば、そんなものだ。 金持ちの医者屋かなんかと恋をして、そして、その恋に疲れたか破れたかした女は、疲れようが破れようが、次につきあう男も、そんなものじゃないか?  私が空腹をかかえて歩いていた時に高いレストランから出てきた、私が父親から「大学は勉強する所とは違うんじゃ、甘ったれるな。アルバイトせんか、アルバイト。アルバイトォ、アルバイトォ、アルバイトォ〜オ」とアルバイト漬けにされていた時に、アルバイトなんか何ひとつしないで国家公務員1種試験の勉強をして通り、外務省だかに入省したKみたいな男とか、「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしたカネで金権裏口入学で私立医大に行き、親と同じくまたもや「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りしてドカンと一発もうける男とか、そういうのとつきあう、そういうのと結婚するのだろう。 「トロイカ」の歌が似合う男には縁がない女だ。〔⇒《YouTube−トロイカ Людмила Зыкина: Вот мчится ТРОЙКА почтовая 》https://www.youtube.com/watch?v=ODrd6jSYwHQ 〕 日吉の街を空腹をかかえて歩いていた時、私の耳元で「名古曾の滝」の音のごとく聴こえていた音楽は、ロシア民謡の「ドビヌーシカ」だった。 「ドビヌーシカ」とはロシア語で棍棒という意味で、ヴォルガ川の船曳人夫が船を曳く際に樫の木の棍棒に縄を結び付けて曳いたその棍棒のことであるが、労働争議が実力行使に至った時には、その棍棒が労働者の武器となったというものである。〔⇒《YouTube-SHALYAPIN Folk Song 1910 & 1924 Дубинушка(ドゥビヌーシカ)  ШАЛЯПИН(シャリアピン) 》https://www.youtube.com/watch?v=xeLxsBpzYDg&index=3&list=PL6BD5C1249C6F676B 〕
   中央公論社から発行された「世界の名著」シリーズの『世界の名著 聖書』で、新約聖書の方の翻訳者の前田護郎氏が大学に進学する時のことを述べていたが、前田護郎氏は文学部に行って聖書の研究をしたかったが、親は認めてくれず、最初の年、入学試験では、もし、合格すると気が進まない学部に行かされてしまうと思って白紙で提出してきたそうで、翌年、東大の文学部に行かせてもらえて聖書の研究者になることができたらしいが、私は、同じようなことをしたこともあるが、結局、日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくない学部に暴力と脅迫で行かされてしまった。小学校の1年から高校まで努力してきたものをすべてドブ中にドボンと捨てさせられたようなものだ。 行きたいと思う所に行かせてもらえる者が本当にうらやましかった。父は「世の中にはやなあ。自分ではやらずにひとのことを決める人間、ひとに命令する人間とやなあ、自分のことを自分で決めずにひとに決められて決められたことをせっせせっせとする人間の2種類の人間がおらんといかんのや。神さまというものは大変賢明なお方であってやなあ。その2種類に人間を分けてお造りになっているわけや。わしいとかM川先生(父の親友の医者屋)とかT子さん(家族において常に父につく父のお気に入りの上の姉)とかM尾さん(父の部下で父の言うことを何でもきくことで昇進させてもらったらしい人)とかは『ひとのやることを決めて、ひとに命令する階級』『ひとに命令する民族』でやなあ、あんたあは『自分のことを自分で決めずにひとに決めてもらって決められたよお〜にやるのを喜ぶ階級』『自分で自分のことを決めるよりもひとに決めてもらってひとに決められたことを決められたようにせっせせっせとやるのが仕合せな民族』やねん。 即ち、わしとかM川先生とかT子さんとかM尾さんとかはドイツ人でやなあ、あんたあはチャンコロやねん。 チャンコロはチャンコロらしくしろよ。それがチャンコロにとっては仕合せなんやからなあ。わかっとんねんなあ、チャンコロ。わかっとんねんなあ、チャンコロ。階級の違いを忘れてはいかんぞ。民族の違いを忘れるなよ、チャンコロ」と、毎日毎日、私の鼻の頭を指さして言っていた。「わしいとかM川先生とかはドイツ人でアメリカ人やねん。そんで、あんたあはロスケでイタコでチャンコロじゃ。わかっとんねんなあ、チャンコロ。わかっとんねんなあ、イタコ。わかっとんねんなあ、ロスケ!」と毎日毎日、私に言っていた。〔⇒《YouTube−Эй, ухнем!(エイ、ウーニェム)  Шаляпин Фёдор Иванович(フョードル=イバノビッチ=シャリアピン).wmv 》https://www.youtube.com/watch?v=lBLlJb9tOJY&spfreload=10 )》 〕 「慶應タイプの女たらし」になりたいなりたいなりたいなりたいと思って慶應に行くヤツ、それすらも行けないヤツとかいうのも周囲にいた。私はあんなヤツ、大学に行くことないのじゃないかと思ったが、そういう人間はそれを自慢にしており、そして、「そういう人間の方が社会で役に立つんやぞお」とか口にしたが、「慶應タイプの女たらし」が「社会で役に立つ」のかどうかはよくわからないが、役に立っても立たなくても、たとえ、無理して無理して無理しまくっても私には「慶應タイプの女たらし」なんてなれないものだったので、私には関係ないものだった。
   「結城に塩瀬の素描の帯」だの「大島紬につづれの帯」だの「塩沢絣に名古屋帯」だの高いばかりで歩きにくい服を着て、わざわざ、名所旧跡にタクシーで来てタクシーで帰る女なんて、私には関係のない女だ。 寺社の参拝は、できれば、最寄りの駅くらいからは歩くべきで、「お遍路さん」は「同行二人」と言って弘法大師とともに歩くことで自分の心を整理するというものらしいが、「お遍路さん」でなくても寺社の参拝は、自宅を出てから自宅に戻るまでの間が参拝であり、足が悪い人とかでない限り、その寺社の目の前までタクシーで行くものではなく、ある程度は歩くもので、わざわざ歩きにくい「和服」と賞する江戸時代の大名や豪商の大奥の女が男の性の対象としてのみ生きていた纏足みたいな意味合いの服装来てタクシーで来てタクシーで帰るものではない。

    そして、何度も同じことを述べるのはどうかとも思うが、桜という花は、「恋に疲れた女」には華やか過ぎる。 「女」でなくても、疲れたのが「恋に」でなくても、桜はきれいではあるが、やっぱり、華やか過ぎる。 菅原道真を大宰府まで追って飛んで行ったのは梅であって桜ではなかったというのは、菅原道真が梅を好んだということもあったのかもしれないが、やはり、桜は華やか過ぎたのではないか。 遠藤周作の小説に『あまりに碧い空』というものがあったが、桜は華やか過ぎて、何かに疲れた女だか男だかには、かえってつらさが増すような時もある・・・・ような気がする・・・。

    「旅情もの」の推理小説を多く描いている西村京太郎という推理作家がいるが、内田康夫が「浅見光彦シリーズ」では警察の問題点もいくらか指摘して書いているのに対して、西村京太郎というのはケーサツをいいように思いすぎているきらいがある点と(『名探偵コナン』はもっとひどいが)、もうひとつ、「旅情もの」を書いているけれども、実際問題として、西村京太郎は、その場所に足を運ばずに時刻表だけ見て小説を書いているのではないかという印象を受けるところがある。 私自身がはっきりと気づいたものでは、紀勢線の特急「くろしお」に乗っていて、「上り」と「下り」を逆に行っていた被害者の発言に、「名刑事」十津川がなかなか気づかなかったという話があったが、今は新大阪か京都から出ているが、かつては天王寺駅始発であった特急「くろしお」は、天王寺から和歌山までは阪和線で、阪和線は天王寺から和歌山に向かう方が「下り」、和歌山から天王寺に向かう方が「上り」であり、天王寺駅では紀勢線に乗り入れる特急も「下り」と表示されており、和歌山から御坊・白浜・新宮方面へ行く特急も、和歌山県では県庁所在地の和歌山市から南下する方が「下り」の感覚がある為、紀勢線は三重県の亀山から和歌山県の和歌山に向かう方を「下り」と言っているかもしれないが、それは東京もんが決めた「下り」「上り」であり、大阪府や和歌山県の人間の感覚とは異なるものであり、その土地に行ってみれば、紀勢線が和歌山から御坊・白浜・新宮方面に行く方を「上り」と言っていることは多くの人間が知っていても、感覚としては逆であり、逆に言う人間はいくらでもいておかしくないというくらいのことは、阪和線・紀勢線の沿線に住んでいる人間ならすぐにわかることだ。 私は小学生の途中まで阪和線の沿線に住み、「どうして、和歌山から海南・御坊・白浜の方へ行く列車が『上り』なの? 『下り』じゃないの?」と親にきいたことがある。東京を中心にして東京から遠ざかる方を「下り」、東京に向かう方を「上り」に決めた結果、和歌山県では紀勢線で県庁所在地の和歌山から遠ざかる方が「上り」になってしまっているのを知識として知ったが、阪和線・紀勢線の沿線に住んでいる人間なら、県庁所在地の和歌山から遠ざかる方がなんで「上り」なの? と一度は思った経験はあるはずだ。 それを、「名刑事」だというふれこみの十津川がなかなか理解できず、考えて考えてやっと気づくなどという話があったが、西村京太郎が現地に足を運んで現地の人間と話をした上で書いていないからそういう話になるのである。福島県のいわき市での事件を書いた推理小説があったらしく、「福島民報」の日曜版だったと思うが、それをとりあげていたが、「福島民報」の記者もまた、「いわき市を場所としてとりあげてもらったのはうれしいが、その土地のことがまったく出てこない現地に足を運んで取材したとは思えない時刻表を見て書いただけでしかないような小説なのが残念」と述べていた。
   それに対して、永六輔は「女ひとり」を、現地に足を運んで作詞したのではないだろうか。 「耳をすませば滝の音」という文句は、やはり、現地に足を運び、そこで思ったことではないかと思うのだ。 実際にそうかどうかはわからないが、現実に滝がある大原 三千院にではなく、「名古曾の滝」と呼ばれた滝がかつてはあったらしいが相当前に水が枯れて滝の音はしないけれども、和歌に「名こそ流れてなほ聞こえけれ」と詠まれた場所を思う神経があって作られた歌詞ではないかと思う。
    「君が代」を「国家」に制定しようという話が出た際、永六輔は作詞家の立場から、「君が代」は歌として考えると良い歌とは言えないという理由で反対の意見を新聞に述べていたのを見た。 どこが、歌として音楽的に良い歌とは言えないかというと、 歌というものは、その歌の節と歌詞との音程・アクセントの上がり下がりをできるだけ一致させるべきものであり、普通の話し言葉でアクセントが上がるところは歌でも音程が上がるようにするべきで、普通の話し言葉でアクセントが下がるところは歌でも音程は下がるようにするべきであるが、「君が代」はそうなっていない。
  「 きみがあ よおわ・・・・ 」
       ⤴    ⤵

という節は、話し言葉と逆になっており、その点で、歌として音楽的に良いとは言えない、ということを指摘していた。 だから、作詞家としての立場で、その点で「君が代」は「国家」にふさわしい歌ではない、と言っていたのだ。

    北野高校の1年・2年の時、芸術科目は「音楽」「美術」「書道」の3科目から選択で、私は「音楽」を選択したが、音楽のN先生は、外国の歌は、その歌詞を、その外国語の辞書を引いて、単語の意味をひとつひとつ説明した上で、歌わせていた。 私は小学生の頃、外国の歌は、「〇〇作曲 ◇◇▽▽訳詞」とかかれた歌というのは、専門の翻訳者が訳してくれているのだから、そのまま歌えばいいのではないかと思っていたのだが、実は、翻訳でも、小説の翻訳と歌の翻訳は意味が違ったのだ。 小説の場合、翻訳は、いかに意味を正確に訳すかが問われるものだが(その上で、原語の文章の調子を日本語訳にも生かすことができればその方が好ましいが)、歌の場合はそれだけではなく、「歌えないといけない」という条件があるのだ。 正確な訳であっても、その日本語では、その曲の節で歌えないものは歌にならないのだ。 それで、歌の訳詞では、やむなく、歌詞の意味を、「まったく違うものではないが、同じとは言い難い」ものに変えている訳詞が多いのだ。 だから、本当にその歌を歌おうと思えば、もとの言語の歌詞を辞書を引きながらその意味を理解して、その上で、原曲で歌うか、たとえ、日本語になった「訳詞」の歌詞で歌うとしても、もとの言語での歌詞はどういうものかは理解した上で歌うものだ。
    ときどき、合唱団・コーラス部の「指導者」で、自分自身もその外国語の歌詞の意味をわからずに合唱団員・コーラス部員に歌わせようとする人がいるし、それが「合唱」「コーラス」だと思っている人がいるが、それは間違いである。
    今となっては10年程前になったかと思うが、千葉県市川市の市川市文化会館http://www.tekona.net/bunkakaikan/ で、テノールの歌手 錦織健のコンサートを聴きに行ったのだが、そこで、彼はイタリア語の歌の歌詞を間違えたのだ。 その後で、正直に「間違えました」と告白して述べたのはよしとして、笑いながら言っていたが、笑えるものと違うだろうがと私は思ったのだが、彼は涼しい顔をしていたので、この野郎、カタカナで歌っていやがったな!・・・と思ったのだ。錦織健は「歌詞を間違える」ということを、へらへら笑いながら告白していたように、軽く考えすぎなのだ。 昔から、クラシックの歌手は、東京芸大・国立音大・武蔵野音大・桐朋学園のいずれかを卒業して、「知名度の高い先生」に「師事」すれば、そして、できれば、ヨーロッパのイタリアかドイツあたりに「留学」の経験をすれば、クラシックの歌手として、「こうきゅー(高級)」だか「こーしょお(高尚)」だかと評価してもらえて、「エライ人の演奏」だとして聴きに来てもらえて、カッコつけて男なら燕尾服かタキシードかなんかそんな感じの服、女ならイブニングドレスとかいう服を着て出れば、それで「食っていける」みたいなところがあって、それゆえ、何年か前、橋下徹が「クラシック音楽が好きだと言う人間は、インテリぶりたい俗物だ」と発言したことがあったが、それは正しいかというと結論としては正しいわけではなく、「クラシック音楽が好き」な人間は、誰もが「インテリぶりたい俗物」ということではなく、自分自身がその音楽を聴いて、いいと思って聴いている人がいるのだが、現実に「インテリぶりたい俗物」でしかない人間もおり、そういう人を見てクラシック音楽を嫌いになる人もおり、そして、聴く側の人間だけではなく、演奏者の側にも「インテリぶりたい俗物」、もしくは、「インテリぶりたい俗物」に受けることをねらって演技をしている俗物というものもいるのだ。
    「言葉は言霊(ことだま)。 歌は祈り。」
歌詞の意味をきっちりと理解しないで、外国語の歌を楽譜に書いてあるカタカナで歌うようなヤツは、「有名歌手」としての立場を得た人間であっても、そんな人間の歌は二束三文である。
   「祈り」という歌というと、とりあえず、私が思い浮かぶものとしては、たとえば、ベルディのオペラ『ラ・トラビアータ(道を踏み外した女)』(日本では「椿姫」と訳されてきたが、お姫様の話ではないので、「椿姫」という訳は良いとは言えないと思う。)で、ヴィオレッタが「一度、道を踏み外してしまった女は、どんなに努力しても仕合せになることを神様は決してお許しにならないのでしょうか」と祈りのように歌うアリアがある。 合唱曲としては、やはり、ベルディのオペラ『ナブッコ』で、バビロン捕囚でバビロンに連れていかれたイスラエルの民がエルサレムを思って歌う「行け、黄金の翼にのって」は、祈りのような歌だと思う。
※ 《nicozon 歌劇「椿姫」:第2幕ヴィオレッタとジェルモンのシェーナと二重唱・・》http://www.nicozon.net/player.html?video_id=sm5783055&k=1457860231.0.1.bGYn0uYWqLueByhryLE0bR3FJ2Y
( もっとも、『ラ・トラビアータ』の話は、父親が息子を飛ばして、息子がつきあっている「高級娼婦」に息子と別れてくれと言いに行くとか、どんなにエライ父親か知らんが、父親が息子を飛ばして相手に言いに行くあたりは、話として、いいとは思えないところがあるし、なんか、勝手な父親だなと思えるところもあるが。)
《YouTube−ヴェルディ《ナブッコ》行けわが想いよ黄金の翼に乗って/トスカニーニ 》https://www.youtube.com/watch?v=ihjhGYGtH6Y
   外国の歌は、決してカタカナで歌うものではない。 イタリア語をイタリア人と同じだけの語学力を身に着けるのは簡単ではないかもしれないし、ドイツ語をドイツ人と同じだけの能力を身に着けるのは簡単ではないかもしれないが、自分が歌おうと思うなら、特に、趣味で歌うのではなく、ひとさまにそれを聴いてもらおうとするのであれば、元の歌詞を自分自身で訳して、もとの言葉の歌詞の意味を十分に理解し、そして、その歌詞の意味と節について、自分自身が感銘を受けて、自分がその歌について何らかの思い入れを持つようになったものでなければ、ひとさまに聴いてもらう値打ちはないはずだ。 それを、「クラシックの歌手」だとして、東京芸大・国立音大・武蔵野音大・桐朋学園のいずれかを卒業して、「有名音楽家」に「師事」して、イタリアかドイツかオーストリアかに「留学」の経験をして「ハク」をつければ、カタカナで適当に(この場合、「適当に」は「しかるべく」ではなく「いいかげんに」という意味)歌えば、それで、「インテリぶりたい俗物」は喜ぶだろうというあさましい根性で歌うヤツの歌などというものは、二束三文でしかない。

   永六輔作詞・いずみ たく作曲『女ひとり』の歌詞は、特に、3番目の「嵐山 大覚寺」で、「名こそながれて なほ聞こえけれ」の藤原公任の和歌を踏まえて作られた「耳をすませば滝の音」というくだりはすばらしいと思うし、歌というものは、歌詞と節とが一体となって歌であり、歌というものは話し言葉でのアクセントと一致するように歌詞と節をともに考えて作るものだという永六輔の指摘はもっともである。 「君が代」を「国家」に制定しようとした自民党のじいさんどもは、そのあたりについて、考えたこともない白痴であろう。 その「君が代」を強制しようとする中原徹など維新の会とかの若造もまた、そのあたりについて勉強したことがないアホウであろう。アホウが教員免許も持っていないのに「校長」になるのも変な話である。裏口入学みたいな「校長」と言うしかないであろう。

    「名古曾の滝」には、また、別の季節に来てみたいと思う。 「恋に疲れた」者には、また、「恋に」でなくても、何かに疲れてしまった者には、桜の季節というのは不似合なところがある。

☆ 今回掲載の写真は4月9日に撮影のものです。

  次回、大沢池東岸、JR「嵯峨嵐山」駅、阪急「嵐山」駅ほか http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_6.html

   (2017.4.15.) 

☆ 大覚寺・大沢池・名古曾の滝
1.大覚寺参道、覚勝院。「持明院統」と「大覚寺統」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_1.html
2.宸殿・正寝殿ほか http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_2.html
3.庭湖館・霊明殿・御影堂・心経殿・唐門。慈性親王は殺されたのか?http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_3.html
4.五大堂・安井堂(御霊殿)。五大堂と大沢池と桜。五大明王とは。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_4.html
5.大沢池、名古曾滝跡と「女ひとり」。「君が代」は音楽的に良くない理由 〔今回〕
6.大沢池東岸より。JR「嵯峨嵐山」駅、阪急「嵐山」駅他。http://tetsukenrumba.at.webry.info/201704/article_6.html

☆  「大原 三千院」と「栂ノ尾 高山寺」の写真は、[第80回]《橋下徹の君が代強制礼拝式の当日は、海外旅行へ行こう、or、そうだ 京都 行こう。》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201202/article_1.html に掲載しましたので、ご覧ください。


遠藤周作短篇名作選 (講談社文芸文庫)
講談社
遠藤 周作

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 遠藤周作短篇名作選 (講談社文芸文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
大覚寺【5】大沢池・「耳をすませば滝の音♪」名古曾滝跡。「君が代」は音楽的に良い歌と言えない理由  哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる