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zoom RSS 紺野美沙子に足踏まれた話+紺野美沙子に心を踏みつけられた話。 「教育」する側の論理・される側の論理

<<   作成日時 : 2017/02/25 20:41   >>

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[第272回]
    今は昔、1970年代後半、NHKの朝のテレビドラマに、紺野美沙子という慶應女子高から慶應大文学部に行った女が何の役だったか忘れたが、太もも丸出し で出ていた。私が高校生の時だったか浪人中だったか。私が高校の時であったなら、紺野美沙子は、たしか、私より1つほど年下だったはずなので、紺野美沙子が慶應女子高の時のはずだ。 母が「この子、慶應行ってるんだってえ」と、「慶應」の部分をプラスに評価して言ったことがあったが、「そう」と言っただけだった。 慶應なんて、旧帝大系国立大学に行こうとして落ちて浪人してまた落ちた人間が行くすべり止めか、そうでなければ、こういう言い方をすると怒る人もいるかもしれないが、実際のところ、各地域の一番手校ではない、進学校でない高校、三番手校か四番手校、もしくはそれより下の不良高校から、東大・京大より科目数も少なく、それぞれの試験の問題も易しい、そういう少ない科目数だけを勉強してなんとか合格して行くようなその程度の人の行く大学と思っていたので、「慶應に行ってるなんてエライ」なんてそんなこと思うわけなかった。 かつ、「お嬢さんなんだって」などと母はどこから聞いたかわからない「情報」をもとに口にしていたが、「お嬢さん」が太もも丸出しでテレビに出るかあ〜あ??? おもろい「お嬢さん」もあったもんだと思ったものだ。(かつ、肌を露出しているわりに、あんまり魅力的ではなかった。)
    その頃、私は自分が慶應大に行くなんて、ないと思っていた。 浪人までして、それでも、国立大学に落ちるとは思っていなかった。 今から考えると、そのあたり、認識が甘かったのは事実である。 で、実際に慶應大に行って、そこにいる慶應大学の男子学生、特に、内部進学の男子学生と口をきくと、彼ら、内部進学の男子学生、及び、大学から慶應に入った人間でも、「アタマが内部進学」の学生というのがいるのだが、そういう人というのは、いったい、その発想はどこからでてきたのかと思うのだが、なぜか、「お嬢さま」というのが好きだった。 その気色悪い発想はどこから出てくるのか、と奇妙に思ったのだが、なぜか、「お嬢さま」というのが好きだった。 私のような公立進学校出身の人間、公立小学校→公立中学校→公立高校 と歩んできた人間にはそんな発想はない。 小学校から高校まで、家が金持ちであろうが貧乏であろうが、関係なくつきあってきたし、男性としてた魅力的な女性とは、どう考えても、「お嬢様」などというものが魅力的なものだとは思えなかった。 そもそも、私の親は「私立高校に行かすなんてとんでもない」という親だったし、また、東京もんの発想では、特に慶應の教授の発想では「私学だってことは、いいってことじゃないか。こんなこともわからんのか」という思想があったようだが、私は関西人であり、「どうして、私学だったらいいんですか」と言いたい人間だったので、その点で、慶應の教授からすればむかつく存在だったようだ。私は、いいか悪いかは国公立か私立かは関係ないはずで、もしも、同じ内容のものなら、国公立の方が費用が安いのだから、一生懸命、勉強した人間がわざわざ高い学費の所に行かされるというのはおかしいではないかと思っていたのだが、それは関西人の発想のようで、東京もんの発想、特に慶應の教授の発想は逆、「私学だってことはいいってことじゃないか。そんな常識がわからんのか」という観念を彼らは持っているらしかった。 かつ、私は公立の男女共学の進学校の出身だったので、女性で東大とか京大とかに行こうという人は嫌いではなかったし、大いに行けばいいじゃないかと思っていた。それに対して、自分が、親から「高校は義務教育じゃないのに、おまえが高校に行ったのは余計じゃ」と毎日毎日言われてきてそれが耳鳴りしている人間だったので、小学校から高校までちっとも勉強してきてないくせに、しょーもない私立の女子大なんか行くようなねーちゃんというのは、その点であんまり好感が持てなかった。 そのあたり、慶應の内部進学の人と私とは、思想が正反対だったのだ。 そして、慶應の内部進学の人というのは、人を学校の名前で判断する思考が強い。 私なんかは、その人を判断する材料の1つとしては考えるかもしれないが、どの学校の人間だからいいとか悪いとかいう判断はしない。 それが、慶應の内部進学の人間というのは思考が違うのだ。 そして、慶應の内部進学の人や「アタマが内部進学」の男子学生が「お嬢さま」とかいうなんか気色悪い志向も、「お嬢さま」とは何を言うのかというものがなく、学校の名前で決めつけて言っている場合が多かった。 かつ、その「お嬢さま」と認定される女子大・短大も、そんな学校、聞いたことないでえ〜え、そんな学校、知らんでえ〜え!・・・・という学校をなぜかありがたがっている、なんか、変なヤツが多かった。 なんか、思考がビョーキに陥っているように思えたのだが、内部進学の人たち、及び、アタマが内部進学の人たちからすれば、彼らが「正常」であり、そういうのはおかしいと指摘すると指摘するような人間の方が「異常」「病気」だと「診断」される危険があった。 いったい、どちらが「ビョーキ」なのか。 私は途中でそのあたりに気づいたので、彼ら、内部進学の人たち、及び、「アタマが内部進学」の人たちと口きくときには、そのあたりを認識して、また、「ほとんどビョーキ」が口きいとるなと思って、真剣に相手にしないようにした。 いわば、ボクシングでいうところの、アウトボクシングとでもいうのか、距離を置いて、真剣に打ち合わないように、つきあうにしても失敗しても致命傷にならない距離でつきあうようにした。 もっとも、大学から慶應に入った人の中には、親がそういうあたりをあらかじめ了解していて教えていたのではないかと思える人もいたと思う。我が家の親はそういう知恵はない人間だったので、私は痛い目にあっておのれの骨と肉のきしみとともに学ぶことになった。
   慶應の内部進学の人と、私のような公立進学校出身の人間とで、思想が違うのは、彼らの、なんかようわからん気色の悪い「お嬢さま」信仰と、もう1つ、慶應の内部進学の人というのは、芸能人を喜ぶという点があった。 私のような公立進学校の人間にとっては、芸能人なんて特にありがたくもなんともない。 だいたい、芸能人なんて知らんもんな。 そもそも、小学校から高校まで、テレビやら何やらで芸能人を追いかけていたような人間は公立進学校には行ってないはずなのだ。 公立進学校から旧帝大系国立大学に行くような人間が芸能人なんか知ってるわけないだろうが。 知っていても、それは、コンパの時の芸としてやるために習得したか。 そんなもので、ましてや、芸能人がエライとかありがたいなんてちっとも思っていない。 そのあたりが、慶應の内部進学の人と公立進学校出身の人間とでは大きな違いがあった。そして、私立6年制受験校出身の人間には、大学受験にある科目はそれなりに学習しても、入試にない科目は底辺の高校の人間並みにすら学習していないという人が少なくないが、公立進学校の人間はそうではない。入試にない科目は入試にある科目と同様には学習していないとしても、芸大に行った人間と同じわけにはいかないとしても、音楽でも美術でも世間一般のレベルからすれば上の方の知識も能力もあるはずだったのだ。 ハンス=ホッターやディートリッヒ=フィッシャーディスカウなんて、内部進学の人間は知らない〔⇒《YouTube-ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ 歌曲集 「冬の旅」 から ”おやすみ” 》https://www.youtube.com/watch?v=dKdiPutcGM4 〕。それでいて、早見優は知っているのだ〔⇒《YouTube-早見優 夏色のナンシー》https://www.youtube.com/watch?v=HvMXNEAX-wQ 〕。 そして、それを「慶大生らしい思考の柔軟さ」などと言うのだ。 なぜ、ハンス=ホッターやディートリッヒ=フィッシャウディスカウが「思考が堅い」で早見優が「思考の柔軟さ」なのか、その理由がわからないのだが、「理由がわからない」と言うと、内部進学の人から「思考が堅い」とか「受験勉強の悪影響だ」と「診断」されるので怖い。 そもそも、ハンス=ホッターやディートリッヒ=フィッシャウディスカウなんて入学試験に出ないし、入学試験に出ようが出まいが、早見優とハンス=ホッターならハンス=ホッターの方が価値があると私などは思うのだが、内部進学の学生や教授にとっては違うのだ。 彼らにとっては早見優の方が価値があるのだ。そういう教育を彼らは受けてきているらしいのだ。 そして、芸能人のいる大学なんて、それだけ、程度の低い大学だと思っていたのだが、慶應の内部進学の人の思想は違った。実際、話すと疲れるので、彼らと話をするのは嫌だった。(ついでに、慶應の政治学科に速水融という教授先生がおられて、講義の最中に、「恋かな、イェイ、恋じゃない、イエィ♪」と歌い出すという噂があったが・・・・、たぶん、それは違うだろう・・・。)

[A] 紺野美沙子に足を踏まれた話
  「紺野美沙子に足を踏まれた話」とは何かというと、私自身の経験ではないのだが、慶應の男子学生、内部進学の男子学生から聞いた話である。  どういうことかというと、慶應は横浜市港北区の東急東横線「日吉」駅の前の日吉キャンパスに教養課程があり、東京都港区の三田キャンパス、怪人21面相の友達 森永の本社がある三田、JR「田町」駅、都営三田線・浅草線「三田」駅が最寄り駅の三田キャンパスに法学部・経済学部・商学部と文学部の専門課程があるのだが、その三田キャンパスの学生部の所で、何かの手続きのために並んでいたところ、女性のハイヒールのかかとのとんがった槍みたいな先で、足の甲の部分をぐぅさあ〜あっと刺されたということがあったというのだ。 いてええ〜え! と思って踏んづけたヤツを見ると、それが紺野美沙子だったそうだ。 「なんだ、こいつ」と思って睨みつけたところ、「あ〜ら、ごめんなさあ〜い」と言っただけで、激痛にあえぐ男をそのまま放置して行ってしまったというのだ。 いてえよお、いてえよお〜おとあえぎ苦しむ男なんかさっさと見捨てて・・・・・というお話。 これは私が体験した話ではない。 ひとから聞いた話なのだが、それが「紺野美沙子に足を踏まれた話」である。 「お嬢さん」というのはそういうことをするらしい。 そういう対応をするらしい。 なるほどなあ〜あ・・・・・・・。

[B] 紺野美沙子に心を踏みつけられた話
   1980年のことだったように思うのだが、「慶應義塾大学新聞」だったか、正確な名称は忘れたが、大学が出版している「新聞」があって、日吉の構内、ロビーみたいな所に、「ご自由にお取りください」て感じで置いてあったものがあった。 そこに、内部進学の芸能人の女子学生、その頃、それに該当するのは紺野美沙子しかいなかったので、紺野美沙子のはずである。 その「新聞」は、今、私の手元にないので、記憶をもとに書くが、あくまで、記憶をもとに書くものなので、そこに書かれていた内容について、細部の表現が微妙に違うという可能性はあるので、そこは了解いただきたい。
   そこで、紺野美沙子は何と言っていたか。 「慶應の学生は、やっぱり、スマートでしょうか」と質問されて、「そうですね。やっぱり、内部進学の人はスマートですね。 『途中から入って来た人』も、内部の人に教育してもらって、だんだんと、スマートになるみたいですね」。 紺野美沙子はそう言っていたのだ。
   ここで、「内部の人」というのは、男子校の慶應義塾高校(横浜市港北区)・慶應志木高校(埼玉県志木市)と女子高の慶應女子高校(東京都港区)の3つの高校から内部進学で慶應義塾大学に入学した人のことである。 今は、神奈川県藤沢市にも内部進学の学校ができたようだが、その頃は藤沢にはまだない。 「内部の人」という表現は、まあ、いいだろう。 しかし、「途中から入ってきた人」とは、どういう人間のことを言っているのか。紺野美沙子は、大学の一般入試を受けて合格して入学した人間のことを「途中から入って来た人」などと言っているのである。それを、慶應義塾大学が出版している「新聞」が掲載していたのだ。
   「途中から入ってきた人」とは、その言いぐさはなんだあ?!? ・・・・と不快感を覚えるのが普通だと思うのだが、彼ら、「内部進学の人」からすると、それが「正常」「常識」であり、「途中から入ってきた人」とは、その言いぐさはなんだあ〜あ!と不快感を覚える人間というのは、「受験勉強の悪影響だ」とかいう「診断」をされることになるようだ。そういう人間は「教育」して「正常」にしてやらないといけない、「常識」を教えてやらないといけないという発想のようだ。
   そして、「内部進学の人に教育してもらって」とは何だあ〜あ!?! おまえら、いったい、何さまだと思ってるんだあ〜あ?!? ・・・・太もも丸出しでテレビに出てたバカ女が、何さまだと思ってるんだあ〜あ!?!と私はそれを見た時には思ったのだが、彼ら、内部進学の人間にとってはそうではなかったようだ。 「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」という発言を、私は、慶應の内部進学の人間、何人もから聞かされた。 「おまえら、いったい、何さまだと思ってるんだあ!?!」と思うこと自体がけしからんと彼らは思っていたようだ。

   1984年、慶應大学の商学部の「会計学総論」という講義で、助教授であった黒川なんとかいうおっさん(男。当時、30歳)が、「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。 おまえら外部の者とは違うんだあ。
わかってんのかあ。 おまえらは、自分たちは偏差値が高い優秀な人間だとか思ってるんだろお。そんなものは何の価値もないんだあ。 小学校から高校までの勉強は害があるんだあ。 その点、我々内部進学の人間には“ 塾風 ”というものがあるんだあ。おまえらとは違うんだあ。 中等部から慶應にこのぼくが、おまえら外部の人間に話をしてやってるんだぞお。 もっと畏まって聞きなさい。わかってんのかあ」と絶叫されたことがあった。
   この発言で、間違いがいくつかある。 まず、「おまえらは、自分たちは偏差値が高い優秀な人間だと思ってるんだろお」という部分だが、私は、大学受験の際、「偏差値」などというものは、考えたことなんか一度もない。もとより、偏差値というのは、戦中に、銃を撃った時に、狙いとどれだけずれるかというものを見るために考えられたもので、模擬試験をして、その平均値から上なり下なりにどれだけ離れているかという数値である。 受験生のレベルが低い模擬試験を受ければ、「偏差値」は高くなるはずだが、受験生がレベルが低い模擬試験なんか受けてもしかたがない。 東大に行きたいと思えば、東大に行こうとする人間が受ける模擬試験、京大に行こうと思えば、京大に行こうとする人間が受ける模擬試験を受けないと意味がない。 東大や京大の受験生の中では、もしも、「偏差値」というものを算出したとすると、あまり高い数値は出ないかもしれないが、そんなことは関係ない。東大に行きたいと思えば、東大の行きたい科の試験で合格最低点を上回る点数を取ればそれでよろしい。 京大に行きたいと思えば、京大の行きたいと思う学部の入試で合格最低点を上回る点数を取ればそれでよろしい。 高校3年生及び浪人生全体の中で「偏差値」などというものが高くても低くても、そんなことはどっちでもいいことだ。 私が受験生の時に受けた模擬試験でも「偏差値」などというものは出ていなかった、もしくは、出ていたとしてもほとんど気にしなかった。 さらに言うならば、1973年、前後期制をとったパリーグで、前期優勝の南海は後期優勝で年間通しての成績でも1位の阪急を、プレーオフで3勝2敗で破って優勝した。前期優勝の南海は、後期は阪急には、なんと、1分け12敗。 ところが、阪急有利と見られたプレーオフでは、南海は3勝2敗で勝ち越して優勝した。この時のことを、南海の監督の野村は「後期は、阪急には3つ勝てば他は全敗したっていい」と考えたと述べているが、この場合、「3つ勝てば」というのは、5試合のうち先に3つ勝った方が優勝というプレーオフで3つ勝てばそれ以外は全敗したっていい、後期のパリーグの公式戦では全敗しても、ともかく、プレーオフで3つ勝てればそれでいいという意味である。 大学入試にしても、すべての大学の入学試験の問題をしらみつぶしてにして、どこの大学のどの学部でも合格できるようになどする必要はない。 かの「あくびの松嶋みどり」さんにしても、東大には通ったが早稲田大には落ちたと『東大入試合格作戦』に正直にお書きになっていたと「フライデー」に出ていたように、東大に行きたければ東大の入試に通れば、極端な話、「ほかは全敗したっていい」、京大に行きたければ、京大の入試に通れば、極端な話、「ほかは全敗したっていい」のだ。 行きたくもない大学の模擬試験で「偏差値」などというものが高かろうが低かろうが、そんなことは「どうだっていい」のであり、この重要性が低いものについては「どうだっていい」という思考ができる人間というのは、その分だけ合格に近い、この思考ができない人は、その分だけ不合格になる要素がある、ということである。 「おまえらは、自分たちは偏差値が高い優秀な人間だとか思ってるんだろお」などと「中等部から慶應に行っている」黒川先生はおっしゃったのだが、私なんかは大学入試において、「偏差値」なんて考えたこともないし、「偏差値」なんて最初から相手にしていない。 何をわけのわからんことを大威張りで教壇で絶叫しているのか。 「中等部から慶應に行ってるんだぞお」というお方って、発想がなんともユニークですこと、おほほほほお〜お・・・・。
   そして、「小学校から高校までの勉強は害があるんだ。わかってんのかあ」と黒川先生はおっしゃるのですが、私はそうは思わない。「小学校から高校までの勉強は価値がある」と思っている。 そのあたり、「外部の者」「外部の連中」と「中等部から慶應に行ってる」お方とは学問についての認識が正反対のようである。 私は「大学というものは勉強する者の行く所であって勉強しない者の行く所と違う」と親からずっと言われてきた。 だから、大学に行きたいなら小学校から高校までの勉強をするものであり、小学校から高校までの勉強を十分にしていないのに大学に行きたいと言って私立大学に行く者というのは、裏口でなくても裏口に準ずるようなものだと認識していた。 大学に行きたければ、小学校から高校までの勉強を少なくとも国立大学の正規の入学試験に合格できるレベルまでやるものだ、そのレベルくらいまでの勉強もしない人間が大学に行くことはないと言われて育ってきた者としては、「小学校から高校までの勉強は害があるんだ」などと大声で叫ぶようなアホは大学行くな、と思える。 「小学校から高校までの勉強は害があるんだ」などと言うような人間が大学に行く必要はないはずだ。
   「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。わかってんのかあ」とおっしゃいますが、だいたい、黒川先生が「中等部から慶應に行ってる」というお話はその時に初めてうかがったことであって、そんなもん、「わかってる」わけないだろうが。
   「中等部から慶應に行っているこのぼくが、おまえら外部の者に話をしてやってるんだぞお」とおっしゃいますが、嫌ならやめろよ。  あんた、慶應義塾大学から助教授としての給料もらって講義やってるんだろうが。 嫌なら、助教授やめろよ。 嫌なら退職しろよ。 違うのか。 給料もらわずに講義やってるわけじゃないだろうが。 給料もらってやってるんだろうが。 
   「経済学部なら、内部進学の人間が多いから、内部進学の人に、おまえら外部の者を教育してもらうことができるのだけれども、商学部は内部進学の人間の割合が少ないから、だから、中等部から慶應に行っているこのぼくがおまえら外部の者を教育してやろうとして話をしているんだ」と御発言なさったのですが、内部進学のお方というのは、まったくつくづく、いったい、自分たちを何さまだと思っていらっしゃるのでしょうねえ。 

   この黒川助教授のような発言をする人間というのは、慶應義塾大学の教員だけでなく、学生でも何人もいました。 「外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」と言うのです。 内部進学のお方が。
   そもそも、「外部の者」とか「外部のやつら」とか「外部の連中」とか。 その表現、失礼だと思いませんか? ・・・・内部進学の教授・助教授とか内部進学の学生は、失礼だとはまったく考えていないようです。 むしろ、それは失礼だろうがと思う人間の方が「常識がない」とか思っているようなのです。

   私が、慶應のあるサークルの合宿に行った時、「幼稚舎から慶應」だという危なそうな男が、この文句を口にしました。 「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」と。 おまえ、いったい、何様なんだ!?! と思いました。
   その男Tはどういう人間かというと、どうも右翼系の会社の社長の息子らしい。卒業後、東京都大田区に住んでいた時、大田区の久が原図書館に行った際、偶然、その近くでその男の家を見かけました。不動産屋が言うには、田園調布・山王・久が原が大田区の三大高級住宅地だそうですが、けっこう大きな家でした。私なんかが暮らしてきたような「フツーの家」ではなく「豪勢な家」でした。
   私なんかが、ミカンを皮をむいて食べていると、「よく、そんなももの、食うなあ〜あ」と言うのです。 雁屋哲原作の『美味しんぼ』を読むと、ベトナムでは孵化しかけている卵を食べるそうで、なれるとおいしいというのですが、多くの日本人は、ぎょええ〜えと驚くらしい。 日本の食べ物でも、くさや なんてのは、好きな人は好きでも、食べなれない人は抵抗がある。 他にも食べなれないと、最初は抵抗があるものはあると思います。 『美味しんぼ』では、宮城県にはサンショウウオの寿司があるとでていましたが、これなども、その地域の出身でない人間には抵抗があるのではないでしょうか。 しかし、「ミカン」て、「よく、そんなもの食うなあ〜あ」というような物でしょうか。 彼は「ひとに皮をむいてもらって、カラスにしてもらってなら食べるけれども、そんなもん、自分で皮をむいてたべるなんて、そんなめんどうくさいことできるかあ」と言うのです。 そして、「種なしブドウ(デラウエア)でもそうだ。 ひとに皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくってなら食うけれども、自分でひとつひとつ皮をむいて食べるなんて、そんなめんどうくさいこと、そんなおかしなことできるかあ」と。 ひとに皮をむいてもらってカラスにしてもらって蜜柑を食べる、ひとに皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって種なしブドウ(デラウエア)を食べる、それが「幼稚舎流ミカンの食べ方」「幼稚舎流種無しブドウの食べ方」、「内部進学流ミカンの食べ方」「内部進学流種無しブドウの食べ方」らしいのです。 そう言えば、彼は、食事が出ても、残すものが多かった、偏食が多いようでした。 どうも、そういう人のことを「スマートな慶大生」とか「ギャルにもてもての慶應ボーイ」とか「塾風を身につけている」とか「福沢精神を身に着けている」とか「独立自尊の精神を身に着けている」とか言うらしいのです。 紺野美沙子は「途中から入ってきた人も、内部進学の人から教育してもらって、だんだんとスマートになっていくみたい」などと書いていたのですが、「幼稚舎流ミカンの食べ方」とか「内部進学流種無しブドウの食べ方」とかすると、「スマート」と紺野美沙子に評価してもらえるのかもしれませんが、残念ながら、「受験勉強の悪影響だ」と黒川先生なんかは言われる教育、幼稚園に行く前から、ミカンはおのれの手で向いて食べるもの、種無しブドウというものはおのれの手でひとつひとつ房からちぎっておのれの口に運んで食べるものと親に教えられて育った者には、また、幼稚園も小学校も中学校も高校も、ミカンはおのれの手で皮をむいて食べるもの、種無しブドウはおのれの手で房からひとつひとつちぎって口にいれるものという思想の学校に行ってきた者としては、自分の手で皮をむいてミカンを食べるなどということはするべきものではない、自分の手で種無しブドウを房からちぎって口に運んで食べるようなことはするべきではない、と「教育」されたとしても、それはその「教育」が間違っているのではないのか、と思ってしまうのです。 そうすると、「思考の柔軟さがない」とか言われるのですが、なんで、ミカンを自分で皮をむいて食べる、種無しブドウを自分で房からちぎって口に運んで食べるのが「思考の堅さ」で「受験勉強の悪影響」で、ひとに皮をむいてもらってカラスにして蜜柑を食べるとか、ひとに皮をむいてもらってお皿にもってもらってスプーンですくって種無しブドウ(デラウエア)を食べるとかが「福沢精神」なのか「独立自尊」なのか、ぼく、頭わるいからなんか、さっぱりわからへん。 だいたい、私ら、ミカンの皮をむいてもらおうとしても、むいてくれる人なんていてないし。 種無しブドウの皮をむいてお皿に盛ってもらおうとしたとしても、そんなことしてくれる人なんて、いてないし。
    そして、そういう人が言うのです。 「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」と。 嫌なんだよねえ、そんな「教育」されるの。 ビョーキ移りそうで、嫌なんだよねえ、そんなひととつきあうの。

    それに、慶應の内部進学の人って、 agriculture を、 agriculture と読むでしょ。agriculture は、 agriculture と発音するもので、「英語の名詞で語尾に -ure がつくと、アクセントはアタマにあるのが原則」というのは、まがりなりにも大学という所に進学しようという人間なら常識ではないかと思いますし、私なんかは、高校卒業する時に東大を落ちて以来、「高校は義務教育ではないのだから、行く必要はないのに、おまえは高校に行きおってからに、このチャンコロめがあ。 このチャンコロ、おまえは高校行ったのは余計じゃ。甘ったれるな、チャンコロ」と父から毎日毎日言われて来てその文句が今も耳鳴りのように耳元で鳴っているのですが、 を、 agriculture  などと発音するような人間が、なんで、大学に行くのか。 というよりも、小学校や中学校が義務教育というのは、それはあくまでも公立の小学校・中学校のことであって、私立の小学校・中学校に行かすのは義務ではないわけであり、それを考えると、慶應の幼稚舎に行った人間だの、「中等部から慶應に行ってるんだぞお」のおっさんとかは、小学校行ったのは余計、中学校に行ったのは余計であるはずなのです。 そもそも、「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお」とか教壇で絶叫するおっさんというのは、あれは、絶対に中学校行ったのは余計だと思う。 余計なものに行った男が何を威張ってるのか。
    私は小学校の1年から真面目に努力してきたつもりなのに、なんで、agriculture  などと発音する連中に、「教育してやらんといかんからなあ」などと言われなければならないのか。

    慶應の幼稚舎(小学校)をとりあげた週刊誌に書いてあったことですが、慶應の幼稚舎(小学校)というのは、1年から6年までクラス替えはなく、1年から6年まで同じクラスらしい。 それには理由があって、慶應幼稚舎に子供を行かす人は3種類に分かれるそうで、親によってクラスが別れていて、1つは、「先祖代々、ゆりかごから墓場まで慶應」という人のクラスで、いわば、名門中の名門・・・・というのか、なんか気持ち悪いというのか・・・というクラス。 もう1つは「医者の息子・娘のクラス」だそうで、この人たちは、すべての人が大学は慶應の医学部に進学するのかというと、そういうわけでもなく、小学校から高校まで慶應でも、大学は、私立金権医学部に行くという人が少なくないらしい。 そして、もう1つは運動選手とか芸能人とか成り上がりのオーナー社長とかの息子・娘のクラスだそうだ。 「先祖代々、ゆりかごから墓場まで慶應」という人からすれば、成り上がり者だの芸能人だの運動選手だのの息子・娘と同じクラスにされたくないらしい。
    小学校をそうするのであれば、いっそ、大学も同じように、「内部進学のクラス」と「外部の連中のクラス」に分けたらどうか。 クラスを分けるだけでなく、「内部進学慶應義塾大学」と「外部の連中慶應義塾大学」に大学を2つに分けたらどうかという気もするのです。 その方がすっきりするのではないのか。
    実際には、経済学部と商学部はそうなっているところもあるようです。  そもそも、経済学部と商学部がどう違うか知らない人が多いと思いますが、 慶應は、理財科として作られた学部が、国立大学と学部名を合わさないと大学と認められないという時期があって、その時に経済学部と改めた。 戦後、学部の定員を増やそうという話が出た時に、学部の定員を増やすのであれば、いっそ、2つに分けてはどうかということになって、経済学以外も学ぶが主として経済学を学ぶ学部が経済学部、経済学も学ぶが商業学・会計学・経営学といって経済学以外の分野に比重を置いて学ぶのが商学部として2つの学部に分かれた、らしい。  一橋大も経済学部と商学部の2つがありますが、同様かなと思います。神戸大は経済学部と経営学部がありますが、慶應・一橋で言う「商学部」が神戸大では「経営学部」ではないでしょうか。 大阪市大は経済学部と経営学部と商学部があったと思いますが、慶應・一橋の「商学部」のうち、商業学が中心の学部と経営学が中心の学部に分かれているということでしょうか。
    内容から見るとそうなのですが、慶應の場合、実質的な違いとして、私が入学した1980年代前半においては、入試の科目が数学と英語のみが経済学部、数学と英語と社会科が世界史か日本史のどちらか1科目選択と試験科目が多いのが商学部だったのです。 だから、大学から入った人間では、国立大学を落ちて慶應に入った人間が多いのが商学部で、慶應が第一志望の人が多いのが経済学部。 もう1つ、内部進学の人の割合が多いのが経済学部で、内部進学の人の割合が経済学部などに比べると少ないのが商学部だったのです。 経済学部に行った内部進学の人というのは、自分たちが世界で一番えらいみたいに思っている人が少なくなかったのに対し、商学部に行った内部進学の人にはそうでもない人もいた、という点もあるかもしれません。
    6年制私立受験校でも、灘高校とか開成高校は中学校からも高校からもとるようで一般に高校から入った人間の方が成績はいい場合が多いと聞きますが、麻布高校は中学校からのみで高校からはとらないようです。 慶應も、いっそのこと、経済学部は内部進学でしかとらない、商学部は大学の一般入試でしかとらない、内部進学では経済学部には行けるが商学部には行けない、というように、分けた方がいいかもしれません。 どのみち、経済学部でも商業学や経営学や簿記論はやるわけですし、商学部でも経済学はやるのですから、それほど、大きく違うわけでもないのです。 いっそ、内部進学の人は経済学部、「外部の連中」は商学部と分けた方がいいかもしれません。 税理士でも、税理士の国家試験に合格して税理士になった人と、税務署に何年か勤めたことから税理士の資格を得たという人があるらしく、税理士の中では試験に合格してなった人に比べて税務署の経験からなった人はいくらか低い評価がされていると、『司法試験機械的合格法』だったか『司法試験一発合格の秘訣』だったかで柴田孝之が述べていましたが、はっきりと、内部進学の人が経済学部、「外部の連中」が商学部と分けると、今は、もともと、「経済学部」という名前だったものを2つに分けて、分けた片方にもとからの名前をそのままつけて、片方に新しく「商学部」とつけると、なんか、昔からの名前を名のっている方が正統みたいな感じがしてしまって、経済学部の方が「名前」でいくらか高い評価を受けているみたいなところがありますが、はっきりと、内部進学が経済学部で「外部の連中」が商学部と決めたなら、状況は変わっていくかもしれません。

   もう一度、もとに戻って、紺野美沙子の発言を見てみましょう。「途中から入ってきた人」て、そういう表現は、内部進学の人たちばかりが集まった場で、居酒屋でもファミリーレストランでも、そういう場所に内部進学の人ばかりが集まった場で言うのなら、まだいいと思いますが、「慶應義塾新聞」だったか「慶應義塾大学新聞」だったかに掲載するのであれば、たとえ、「インタビュー」の時にそういう内部進学用語を使用してしまったとしても、「新聞」に掲載する時には、「大学から慶應に入学した方」とかそういう表現に改めるべきで、「途中から入ってきた人」などという「内部進学用語」をそのまま掲載するというのは不適切でしょう。
   これを言うと内部進学の人は怒るでしょうけれども、私は、今でも、その時の「慶應義塾新聞」だか「慶應義塾大学新聞」だかに掲載されていた紺野美沙子のインタビューでの発言に対して不快感を覚えています。
   「途中から入ってきた人も、内部進学の人たちに教育してもらって」だのという表現が自然と口に出てくるというあたり、慶應女子高という学校は、教育を間違っていると評価するべきではないでしょうか。 ミカンは食べるのならば人に皮をむいてもらってカラスにして食べる、種無しブドウは食べるのならば人に皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食べる、というそういう教育をした親も、教育を間違っていると私は思います。 言うと怒るでしょうけれども。 殴りかかってくるでしょうから怖いので面と向かって言わない方がいいでしょうけれども。 なにしろ、私は大学卒業後、何の因果か建築屋に勤めることになりまして、建築屋はやっぱり「安全第一」ですから。

   私は、紺野美沙子が言うところの「途中から入ってきた人」としては、「内部進学の人たちに教育してもらって」などと、そういう傲慢な人間どもに、「教育」される筋合いはありません。
   東大・京大・阪大と慶應の違いとして、東大・京大・阪大のOBはあくまでも東大・京大・阪大のOBであり、東大・京大・阪大に多くの入学者を出している高校といえども、「多い」というだけであるのに対し、慶應は内部進学の人の大学であり、大学から入った人間は、いわば、軒の先っぽの下に入れてもらっている立場であって、座敷に入らせてもらおうなどとは畏れ多い、座敷は内部進学のお方がいる場所であり、慶應のOBというのは、あくまでも内部進学の人のOBである・・・・みたいです。 そこが、東大・京大・阪大と慶應の違いのようです。 そうである以上、ともかくも、慶應大を卒業した「外部の者」、この場合、「外部の者」とは、どこの外部なのかというと、「慶應義塾の外部の者」という意味で、「慶應義塾の内部の者」とは「少なくとも高校から慶應に行った人間」を指すようですが、「このぼくは中等部から慶應に行ってるんだぞお。 われわれ内部進学の者はおまえら外部の者とは違うんだ。わかってんのかあ」と講義の最中に助教授が教壇で絶叫されるように、大学だけ慶應に行った人間というのは、慶應義塾というものにおいては、「慶應義塾の内部の者」か「外部の者」かというと、「常識」で考えて「外部の者」であるわけです。 なんか、慶應という大学はあほくさい大学だなあと思いました。
   「就職する際には、OBの世話になって就職するんだからなあ」と言う人がありました。だから、慶應のOBの世話になろうと思ったならば、「慶應のOB」というのは内部進学の人のOBなのだから、内部進学の人には下男・はしためになって仕えなければならないのだ、と。 公立高校出身の人間はドジンであり、ドジンは強姦してもいいのだという意識でいる内部進学の人に仕えて、いわば、有色人種でありながら白人の手下となる「良いインディアン」みたいになって内部進学の強姦魔どもにお仕えしないと、就職できないぞおと、そういうことのようでした。
   なるほど、就職できないとなると困りますね。・・・・・でもね。そういうことは、いい勤め口を紹介してから言っていただけないでしょうか。 私なんか、いい思いさせてもらったことなんか、ないもの。 そして、ふと気づくと、いわゆる「定年」まで、もう、それほどないわけです。 「就職の際などに世話になるんだから」とか言うのなら、とりあえず、年収1000万円以上の職に5年以上継続して雇ってもらいたい。 年収1000万円以上の職に5年以上雇ってもらえるようにしてもらえるのなら、「途中から入ってきた人」だのと言われても、少々のことは我慢もしようではないか。 しかし、紺野美沙子は私に年収1000万円以上の職で5年以上継続して雇ってくれるような職を紹介してくれたか? な〜んも紹介してないだろうが。 紺野美沙子も紺野美沙子の親もな〜んも紹介してくれてないだろうが。 もし、年収1000万円以上の職に5年以上継続して雇ってくれるような職を紹介してくれたというのなら、「内部進学の人たちに教育してもらって」だのという失礼な口のきき方も、少々のことは我慢もしようではないか。 紺野美沙子も紺野美沙子の親もな〜んも紹介してくれてないだろうが。 傲慢不遜な口のきき方だけしているだけだろうが。違うか!?!

   「紺野美沙子に足を踏まれた話」は、「踏まれた」のは私ではないし、あくまで聞いた話であるが、「慶應義塾新聞」だか「慶應義塾大学新聞」だかで、紺野美沙子がインタビューに答えるという形式で述べていたものは、私の心を踏みつけにしたものだ。 私は紺野美沙子に心を踏みつけにされる筋合いはないが、彼らは踏みつけにする権利があると認識しており、踏みつけられる方が悪いと思っているらしい。
   
   「外部の連中を教育してやらんといかんからな」だの「途中から入ってきた人も、内部進学の人に教育してもらって」だのという「教育」はそれは暴力である。 《 「教育」する側の論理 》としては、それが「スマート」だと思っているのかもしれないが、《 「教育」される側の論理 》としては、こんな理不尽なことはない。  それが理不尽であるということは、「『教育』する側」「殺す側」の人間には簡単には理解できないことのようであるが、「『教育』される側」「殺される側」に立てば、理解するのが難しいという方がおかしいのである。

   今から考えると、「途中から入ってきた人」だのという物言い。 「内部進学の人に教育してもらってスマートになっていくみたい」だのという言い方など、そのあたりの紺野美沙子の言動は、どう考えても、スマートではない。

   慶應の内部進学の高校は、慶應志木高校は元農業高校で埼玉県にあるが、男子校の慶應義塾高校は日吉の慶應日吉キャンパスの中にあり、女子校の慶應女子高は三田の慶応三田キャンパスの近くにある。 三田の専門課程に通っていた時、近くを慶應女子高の生徒が歩いているのを見かけることがあったが、最近は女子高生のスカート丈がずいぶんと短くなったものだが、かつては、「膝下まで」というのが普通だったのだが、慶應女子高だけが「膝上まで」でハイソックスが制服だったようだ。 その慶應女子高の生徒を見て、「かわいくないなあ〜あ」と思ったものだ。 普通、高校生くらいの女の子というのは、もうちょっとかわいらしいものではないかと思うのだが、本当にかわいくない、つくづくかわいくない、徹底的にかわいくない。天より高くにくたらしい。海より深くにくたらしい。 いったい、どういう教育をするとああいうかわいくない娘ができるのかと不思議に思ったものだ・・・・が、ある時、3人づれで歩いている慶應女子高の生徒がいたのだが、「私たちの学年って、よくまとまってるじゃない」とそのうちの1人が話しているのが聞こえた。やっぱり!慶應の内部進学の人間というのは、 何かと、まとまったりまとめられたりするのが好きなのだ。そして、そういうのを「独立自尊」と言うのだ。なんでそれが独立自尊?・・という気がするが、私が「気色わる〜う」と感じたものが、彼らにとってはそれが「独立自尊」なのだ。私のような公立進学校から大学に進んだ人間にとっては、「福沢精神」というと、それは福沢諭吉の著作や伝記を読んだ上で、福澤の主張・福沢の生きざまを考えた上で、こういうものを「福沢精神」と言うべきではないか、これを「福沢精神」と呼ぶのは不適切ではないかといったことを考えて述べるものだが、内部進学の人にとってはそうではない。そもそも、彼らは福沢諭吉の著作や伝記など読みもしない。福沢諭吉の主張や生きざまと関係がなかろうが逆行するものであろうが内部進学の人間のすることは「福沢精神」なのだ。慶應の内部進学の人というのはそういう思想信条の持主なのだ。だから、「何かとまとまったりまとめられたりするのが好き」というのが「独立自尊」なのか、そんなものが「福澤精神」なのかなど、彼らにとっては、そういう疑問を呈することがけしからんのである。そういう疑問を感じたりしない精神が「正常」で「常識」であり「福沢精神」で「独立自尊」であり「慶大生らしいスマートさ」「慶大生らしい思考の柔軟さ」なのであり「自我が確立されている」であり、そういう点に疑問を感じる者というのは「異常」か「非常識」か「未成熟」か「受験勉強の悪影響」か「モラトリアム人間(病)」か「ピーターパンシンドローム」か何かそういうものだと「診断」されることになる。 まったく、怖い、怖い!!!  こういうことを言うと何かと怖いから、今回はここまで・・・・。
  (2017.2.25.) 

   公立小学校→公立中学校→公立高校→国立大学 と行く人間にとっては、「途中から入ってきた人」などという概念そのものが存在しないのだが、紺野美沙子というのは大学のみ慶應義塾大学に行った人間のことを「途中から入ってきた人」などと述べているのだが、インターネットで検索して見ると、紺野美沙子自身が小学校・中学校は慶應の系列の学校ではなく、自分自身も、小学校と中学校は、慶應ではないなんかようわからん私立の学校で、自分自身も「途中から入ってきた人」のようなのだ。 慶應の高校(慶應義塾高校・慶應女子高・慶應志木高校)から入った人・中学校(慶應中等部・普通部)から入った人というのは、大学から入った人間のことを紺野美沙子が「途中から入った人」と言ってみたり、黒川助教授(インターネットで検索すると今は「教授」らしい)が「このぼくは中等部から慶應に入ってるんだぞお。おまえら外部の者とは違うんだ。わかってんのかあ!」と絶叫されたりするようなそういう意識・そういう思想(もしくは、そういうビョーキ)を持っているのですが、ひとつ、不思議に思うのは、慶應には小学校(幼稚舎)もあるわけで、幼稚舎から入った人からすれば、中学校から入った人も高校から入った人も「途中から入った人」になるのではないのかという気がするし、大学から入った人間が「(慶應義塾の)外部の者」「(慶應義塾の)外部の連中」なら、幼稚舎から入った人からすれば中学校から入った人も高校から入った人も「外部の者」にならないのかという気がするのだが、どうも、そうは考えないらしいのだ。あくまでも、、「途中から入った人」とか「(慶應義塾の)外部の者」「(慶應義塾の)外部の連中」というのは大学から入った人間のことで、中学校から入った人間や高校から入った人間は「(慶應義塾の)内部の者」らしい。 なんか、ようわからんが、そういうことらしい。けったいな学校やな・・・・。また、感じの悪い連中やな。
  私が慶應義塾大学の4年の時、向こうから電話をかけてきていただいたある会社の採用担当者の方が、「私はねえ、世の中でどういうヤツが嫌いと言って、慶應の内部進学のヤツほど嫌いなヤツはないんですよ。あなたは違いますでしょ。あなたは大阪の出身だから内部進学じゃないと思うから電話させてもらったんです。私はあの連中が世の中で一番嫌いなんですよ。甘ったれて思いあがってからに」と言われたことがあった。 だから、「途中から入ってきた人も内部進学の人たちに教育してもらってスマートになっていくみたい」などと紺野美沙子は思っている(もしくは、「嘘でも百回言えば真実」のようにそういうことを言いまくって、そう思わせたい?)かもしれないが、逆を思っている人も世の中にはいるようだ。 但し、卒業後、慶應の縁でお会いした慶應のOBの方の印象としては、内部進学で慶應大学に行って卒業した方でも、幼稚舎から慶應という方でも、すべての人が「甘ったれて思いあがって」ということでもないのではないか、また、すべての人が紺野美沙子のような内部進学独善主義というわけでもないのではないか、私のような大学だけ行ったような人間とでもつきあっていこうという人間の幅のある方もおられるように思うので、それは「人にもよる」面もあるように思う。
   
   最近、大阪府豊中市の南部に、森友学園という右翼系の学校法人が国有地を安値で購入した上で右翼教育をおこなう小学校を作ろうとしているという話がニュースにでている。慶應の内部進学の人でも、「公立の学校は左翼だ」という観念を持っていて、それで慶應の内部進学の学校に子供を行かせた親の息子らしい人がいた。(実際、公立の学校にいると「真ん中くらい」のつもりでいた私なんかが、慶應に行くとその集団の中では「左の方」みたいな感じになってしまって、えらい所に来てしもうたなあという感じがした。)(公立進学校の人間が「リベラル」と考えるものを慶應の人〔特に、内部進学の人、「アタマが内部進学」の人〕は「ラディカル」と表現し、公立進学校の人間から見ると、右翼・反動・観念的反共主義・ほとんどビョーキ・暴力的右翼を「リベラル」と呼ぶところがあった。だから、「慶應リベラル」などというものは眉唾。)そういう人を見てきた者、種無しブドウを人に皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食べる人、それで「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」などと大きな声で言う人を見てきた者としては、小学校から私立の学校になんか行かすものじゃないという気がする。
    (2017.2.27.)

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紺野美沙子に足踏まれた話+紺野美沙子に心を踏みつけられた話。 「教育」する側の論理・される側の論理 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
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