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zoom RSS 青山学院“参拝” 及、青山界隈《2》 ガウチャー記念礼拝堂、「学生時代」碑と蔦のからまる建物、他

<<   作成日時 : 2017/02/18 21:11   >>

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[第271回] “ 青山学院 参拝 ” の第2回。
    正門から右にウェスレー像を見ながら直進すると、左に「台に載った本に書かれた聖句」があり、さらに直進すると、右手に「ガウチャーメモリアルホール」がある。↓
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↑  「ガウチャー」とは誰なのかというと、アメリカ合衆国の宣教師で、青山学院が設立される時に、私財を提供した人だそうだ。
青山学院HPの青山学院HP《礼拝堂 チャペル案内》http://www.aoyama.ac.jp/outline/christ/chapel.html によると、1階〜2階が「ガウチャー記念礼拝堂」で、3階から上は研究室らしい。「信は知の土台なり」という教育姿勢を表しているそうな。
   青山学院HP《礼拝堂 チャペル案内》http://www.aoyama.ac.jp/outline/christ/chapel.html によると、旧大学礼拝堂跡地に、≪ 献堂: 2001年9月22日 席数: 1階560席、2階132席 設計: 日建設計 施工: 清水建設 オルガン:マティス・オルガン製作株式会社(スイス) ≫で建てられたらしい。
※《ウィキペディアージョン・F・ガウチャー》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%A6%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC
青山学院HP《礼拝堂 チャペル案内》http://www.aoyama.ac.jp/outline/christ/chapel.html
青山学院HP《青山キャンパス ガウチャーメモリアルホール》http://www.aoyama.ac.jp/outline/campus/aoyama.html#anchor_17 

↑ 「 i 」(史跡)マークにしようか、旗(その他)マークにしようか迷ったが、ともかくも、礼拝堂であるので、史跡マークの方にした。
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↑ 真正面から見ると、中央部が高くて両側に4階くらいの建物が続いているのか・・みたいに見えるが、すぐ横から見上げると、そうではなく、正門側の2号館とその逆側の8号館が続いているかのように見えたのであって、15号館(ガウチャーメモリアルホール)自体は、かなり縦長の建物である。

   その前をさらに進み、図書館の前あたりで左折して行くと左側に「ウェスレーホール」という建物があるが、↓
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↑ 青山学院HPの《青山キャンパス ウェスレーホール》http://www.aoyama.ac.jp/outline/campus/aoyama.html#anchor_16 によると、「史学科考古学資料室」だそうだ。 ウェスレーの名前はついているが、教会堂ではないらしい。

   さて、ガウチャーメモリアルホール(15号館)の奥側の隣の建物8号館の向かいに、けっこう古くからありそうな建物が建っており、よく見ると、「A.D.BERRY HALL 」登録有形文化財  この建物は貴重な国民的財産です 文化庁」と書かれている。 ↓
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↑ 全体が写るように撮るのが難しかったのだが、この建物の左側にくっついている建物の方が、要注意の建物ではないか。 手前にある石碑は何の石碑かというと、「蔦のからまるチャペルで、祈りを捧げた日・・・」という歌詞の「学生時代」という歌の歌碑で。 ↓
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↑ クリックすると大きくなるので大きくして見ていただきたい。 十字架がかかげられており、建物の左上のあたり、蔦かと思われるものが建物にへばりついている。
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  「学生時代」は、高等部を経て経済学部を1954年卒の平岡精二が青山学院をイメージして作詞作曲、女子高等部を1952年に卒業のペギー葉山が歌った旨、歌碑↑ に書かれている。
※ 《YouTubeペギー葉山 学生時代》https://www.youtube.com/watch?v=W5ALFCfqCK4
    しかし、昔、耳に馴染んだ歌だったが、今、聴くと、ペギー葉山というのは・・・、へたくそだな・・・。 なんで、こんな歌い方しなきゃならんのかという気がする。 歌も、「キャンプファイヤ」という部分、言葉のアクセントの上下と歌のアクセントの上下が一致していない。 歌というものは、言葉のアクセントの上下を考えて作曲するべきものであり、作詞家と作曲家が同一人物ならなおのこと・・・と思うが、平岡精二という人はそういうことを考えずに作曲したのか。
   子供の頃、特に変とも思わずに聴いた歌を、大人になってから聴くとがっかりすることがある。「悲しき天使」というもともとはロシア民謡であった歌を、最近になって、過去に日本で歌った歌手の歌で聴き、よくもまあ、こんなへたくそがお金を払ってもらって聴いてもらえたものだとあきれたことがあった。 「学生時代」は外国の歌を日本の歌手が歌ったのとは違うが、今、聴くと、もうちょっとうまく歌えんもんかという気がする。 クラシックの声楽家とは違うわけだから「ベルカント」の歌い方で歌えとかは無理かもしれないが、それにしても、「歌手」を仕事としてやっているのなら、ちょっとくらいまともに歌えるように練習したらどうかという気がするのだが、なんか、歌謡曲の歌手というのは変な歌手が多いな。
   ロシアの詩人で音楽家 ブラト=オクジャワは、もともと、本格的に声楽や作曲を学んだわけではなく、自分が作った詩に節をつけてギターをひきながら歌ってみせたところ好評であったところから、歌手として歩んだというが、ブラト=オクジャワの歌は、たしかに、本格的に音楽大学の声楽科で学んだ人の歌ではないという感じはするが、しかし、下手ではない。 かつて、モスクワ放送のアナウンサーが「これまで、数多くの歌手がオクジャワの歌を歌ってきましたが、ただ一人、オクジャワ本人に勝る者は誰もありませんでした」と話していたが、その通りだと思う。  映画『ティファニーで朝食を』で、オードリー=ヘプバーンが「ムーンリバー」を歌う場面がある。オードリー=ヘプバーンは俳優としてはともかく、歌はうまいわけでもなく、「ムーンリバー」は声域が広くないヘプバーンでも歌えるようにと考えらてヘンリー=マンシーニが作曲したらしいが、ヘプバーンはプロの歌手でもない「高級娼婦」が思いを歌うその場面にふさわしい歌い方をしており、そこだけ見ると、オードリー=ヘプバーンは歌が下手だという感じはしない。むしろ、オペラにおいては、もともと、歌が上手いわけでもない登場人物が、アリアの場面になると突然ものすごい歌を歌い出すということに不自然な感じがする時があるが、『ティファニーで朝食を』では自然な感じで歌われているのがいいと思う。 もともと、音楽や声楽を本格的に学んだわけでもないブラト=オクジャワが多くの人間の心をつかむ歌い方をすることができ、俳優としてはともかく歌はうまいわけでもないオードリー=ヘプバーンがその映画のその場面においてはふさわしい歌い方をすることができているのに対し、日本の歌謡曲の歌手というのは、何も、「声楽家」と言われる人なみの歌を歌えとは言わないが、なんで、あそこまで下手なのかと何度も思うが、何度私が思ってもいっこうに改善されることはない。
( 立川澄人の「六甲おろし」はいいが、唐渡なんとかいうおっさんの「六甲おろし」ひどい。いくらなんでも下手すぎる。 ロシア民謡の「ポーレシュカポーレ」は最初は仲雅美が歌っていたので知ったが、今、聴くといくらなんでも仲雅美の歌はひどすぎる。ここまで下手に歌われたのでは「ポーレシュカポーレ」が迷惑する。 )
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↑ この建物、教会堂とか礼拝堂とかは書かれていないが、十字架がかかっているとともに、教会堂のようなデザインの建物ではある。
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「目を覚まして 感謝をこめ ひたすら祈りなさい」
※ 《YouTube-「真夜中のトロリーバス」 ブラート・オクジャワ 》https://www.youtube.com/watch?v=fsAsXOPfQO4
《YouTube-ムーン・リバー by オードリー・ヘップバーン》https://www.youtube.com/watch?v=vnoPke8tlAs
《YouTube-【ロシア音楽】ポーリュシカ・ポーレ (Полюшко-поле) (日本語字幕) 》https://www.youtube.com/watch?v=ydqCslwtthk


    青山学院は、自分が卒業した学校ではないのだが、なにしろ、インテリアコーディネーターの試験とキッチンスペシャリストの試験のために、8年間も通った場所なので、母校ではないが、なんか、準母校みたいな感覚ができてしまった。 よく、大学入試において「浪人の功と罰」といったことが言われることがあるが、東大とか京大とか国立大学を高校卒業時に1校だけ受けてさっさと合格して行った方がカネはかからないし、それが本来はいいのかもしれないが、浪人すると、最終的に行った学校以外にもいろいろと受けて、その結果、受けた学校というのは、そうでない学校より愛着というのか親しみというのかを感じたりするところがあるし、大学受験では受けなかったが模擬試験の会場として行った大学というのも、たとえば、千林大宮の大阪工大なんてずいぶん何回も行って、なんか、なつかしさを感じるのだが、青山学院は大学受験でも受けたことはなく大学入試の模擬試験でも行ったことはないのだが、なんか親しみを感じる場所になった。
    しかし、その片方で、私とは異なる世界という印象もある場所だった。 それは。 「大学生」であった時、新帝国警備保障(株)で交通誘導警備(ガードマン)のアルバイトをした際、青山の小原流会館のすぐそばのビルの新築工事の交通誘導警備に、1日、行ったことがあったのだ。 その際、その現場に来た生コン車のおっさんが、「このへん、歩いているヤツ見ると、なんか、“ 青山て顔 ”してるよなあ。 その点、俺たちは葛西か江戸川の顔だもんなあ」と言われたのだ。 「葛西か江戸川の顔」て、どんな顔やねん・・・・と思ったが、たしかに、言われてみると、そのへん、歩いているヤツて、「青山て顔」して「青山みたいな格好」して歩いていたのだ。 こっちは、交通誘導の警備員の制服着て、日当かせぎにガードマンやってたのだが。 もっとも、「そのへん、歩いてるヤツ」が青山学院の学生なのかまったく違うのか、それはわからない。 私なんかは、インテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストの試験を受けに行った時も、その後、青山のインテリア関係の店に行った時も、私だって青山を歩いていたわけだが、あんまり、「青山て顔」してなかったのではないかと思う。 やっぱり、「青山て顔」する人間とそうでない人間がいるのではないか。 生コン車のおっさんは「葛西か江戸川の顔」の仲間に私も入れてくれたのだが、「葛西か江戸川の顔」と言われても、葛西にも江戸川にも住んだことはないのだが、その仲間に入れてもらった以上は、そうなのだろう。
   今は昔、父が突然、仕送りを送るのをやめたと言って振り込まず、突然、カネが入らなくなったことから、食べるものもなく、日吉の道を、自動販売機の脇に100円玉でも50円玉でも落ちてないかと思って道を見ながら歩いたことがある。 その時、日吉で一番高いレストランから、同じ宿舎に住んでいた東大法学部の4年の男が出てきたのを見た。 同じ学生なのに、どうしてここまで違うのだろうかと思ったものだ。 青山学院の近くに交通誘導のアルバイトに行った時も、なにゆえに、私だけこんなことしていなければならないのだろうかと思った。「葛西か江戸川」の顔の仲間に入れてもらった者としては、バックミュージックはロシア民謡の「エイ、ウーニェム(ヴォルガの舟唄)」か「ドビヌーシカ」あたりが似合い。〔⇒《YouTube-Эй, ухнем!(エイ、ウーニェム) Шаляпин Фёдор Иванович(フョードル=イヴァノヴィッチ=シャリアピン).wmv 》https://www.youtube.com/watch?v=lBLlJb9tOJY&spfreload=10 〕〔⇒《YouTube-SHALYAPIN(シャリアピン) Folk Song 1910 & 1924 Дубинушка(ドゥビヌーシカ) ШАЛЯПИН(シャリアピン) 》https://www.youtube.com/watch?v=xeLxsBpzYDg&list=PL6BD5C1249C6F676B&index=3 〕 1週間ほど何も食べることなく過ごした後、日吉の道で50円玉を見つけて残っていたお金と合わせて買って食べたメロンパンのおいしかったことおいしかったこと。 その時、日吉で一番高いレストランから出てきた男にはメロンパンのおいしさは理解できないだろう。 彼はワインでも飲んでいたのか? おそらく、彼にはワインでも似合うのではないか。 「ロシア人」には似合いそうにない。 青山学院の近くの道で交通誘導をして、生コン車のおっさんから「葛西か江戸川の顔」の仲間に入れてもらっていた時、前の道を自分と同じくらいの年齢や自分より若い年齢の大学生くらいかと思われる男や女が通ったことがあった。たしかに、「青山て顔」して「青山て格好」して歩いていた。 彼らは私なんかとは「人種が違う」のだろう。 父はよく私に言っていたのだが、「あんたはロスケでイタコでチャンコロ」「わしはドイツ人でアメリカ人やねんぞお。おまえとわしとは民族が違う。人種が違うねんぞお。民族の違いを忘れるな」と。 そう言われると、「ロスケでイタコでチャンコロ」といたしましては「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」とでも言いたくなるところだが、父は「あんたはニグロ、あんたはニグロ」「あんたはプエルトリコ、あんたはプエルトリコ」「わしはアメリカ人やねんぞお、わしはアメリカ人」と言っていたこともあったと記憶している。 要するに、「神さまは、たいへん、賢明なお方であって、世の中には、人に命令して人を支配する民族だけではいかんし、人に命令されてせっせと働く民俗だけでもいかんわけや。 ドイツ人とかアメリカ人は人に命令する民族でやなあ、チャンコロは人に命令されてせっせせっせと働く民族。 神さまは生まれる時点でそうお決めになって人間をお造りになったわけや。これは神さまがお決めになったことであってやなあ、どんなにあがいても、これは変えることは絶対にできないことで、絶対に変えてはならないものなんや。 わしいはドイツ人でアメリカ人なんや。 あんたあはロスケでイタコでチャンコロや。それでやなあ、神さまはまた、大変哀れみ深い方でもあってやなあ、チャンコロにもまたチャンコロとしての人生を用意してくださっているわけや。 即ち、常に人に支配されるために人生というものをチャンコロには用意してくださっているわけや。 神さまに感謝しろお!」と、毎日毎日、私に言っていた。青山なんて所で、交通誘導なんてやると、それがよくわかった。 小学校の時も中学校の時も高校の時も私よりずっと成績が悪くてちっとも勉強なんかしなかったような人間が、「大学」に行って、青山なんて所に行くと、「青山て顔」して「青山て格好」してそのあたりを歩くわけだ。 クロワッサンなんて食うのだろうな。おフランス料理とかをレストランで食うのではないか。 もしくは、「イタめし」なんて食うのか。 そんな顔している。そんな格好していた。 こちらは半チャンラーメンでも食うか、それとも、コンビニかほかほか弁当の弁当買って、当時は水とかお茶なんて売っていなかったから、コーヒー牛乳なんて買って、コーヒー牛乳を飲みながら弁当のご飯を食べたものだ。 やっぱり、たしかに、「民族が違う」ようだ。「人種が違う」ようだった。 私は「プエルッとりこ」「プエルっとりこ」〔⇒《YouTube-West Side Story(『ウエストサイド物語』-America(「アメリカ」)》 https://www.youtube.com/watch?v=Qy6wo2wpT2k 〕。私は「ニグロ」〔⇒《YouTube-映画「ニコニコ動画―Malcolm X (マルコムX)」オープニング》http://www.nicovideo.jp/watch/sm1415576 〕、私は「ロシア人」。 歌う歌だって違うのじゃないか、青山の「アメリカ人」はシャンソンとか歌うのではないか。 私は「ロシア人」だから、「ドビヌーシカ」を歌う。〔⇒《YouTube-SHALYAPIN Folk Song 1910 & 1924 Дубинушка ШАЛЯПИН 》https://www.youtube.com/watch?v=xeLxsBpzYDg&list=PL6BD5C1249C6F676B&index=3 〕
    青山の「ドイツ人」や「アメリカ人」が「青山て顔」して「青山て服」着て「青山て格好」して「青山て店」で買い物して「青山て店」で食事をするとき、「ロスケでイタコでチャンコロ」で「ニグロでプレるッとりこ」は「葛西か江戸川の顔」して交通誘導をしていたのだ。 たしかに「民族が違う」ようだった。 そう思うと、青山学院は母校ではないがインテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストの試験を受けるために何度も通ったなつかしさを感じる場所ではあったが、同時に、「ロスケでイタコでチャンコロ」「ニグロでプエルッとりこ」からすれば「民族が違う」「ドイツ人でアメリカ人」が通う学校だった。 もっとも、私が交通誘導で行った小原流会館のあたりを歩いていた大学生くらいの年齢の人間というのが青山の学生であったのか他の大学の学生であったのか、それはわからないが、どちらにしろ、「青山て顔」して「青山て格好」して歩いていたのはたしかであり、私が「葛西か江戸川」の格好して交通誘導していたのもたしかだったのだ。  ロシア民謡の「ドビヌーシカ」は日本では「仕事のうた」と訳されるが、津川主一訳の歌詞は本来の「ドビヌーシカ」の歌詞とは別のものになっている。 〔⇒《YouTube-仕事のうた 》https://www.youtube.com/watch?v=6GRUhyhiKjY  〕 「イギリス人は利巧だから水や火などを使う。ロシア人は歌を歌い、自らなぐさめる」。 金持ちのバカ息子は私学に行く、私は小学校=公立・中学校=公立・高校=公立で、大学も国立大学に現役で行く・・・つもりでいたが、高校の3年の時、自宅で学習していると、母が「こいつ、東大に合格させたのでは、思いあがって女を泣かせる人間になる。東大なんか合格させてたまるかあ」と言って、後ろからホウキでボコボコ殴りかかってきたり、私が使用している部屋の照明を電気のブレーカーを落として消したりといったことを連日やり、自宅のインタホンのコンセントを抜いて家に入れてくれず、学校に電話を入れて「息子が帰ってきません」と言ったりした。 それが原因か他が原因かといっても、もともと、ある程度以上手ごわい所を受ける以上、絶対に合格なんてものはあるわけないのであり、結果、落ちた。落ちると、「あんたが落ちたおかげで、離婚しようと思っていたのができなくなった」と母は言い、父は「おまえが浪人したおかげで、○○円の損」と電卓をたたいて計算した。「よくも生まれやがってからにこのチャンコロめがあ」と。
   青山学院なんて所に行くやつというのは、小学校の時も中学校の時も高校の時もちっとも勉強なんかせず、それで、青山学院なんて行って、「よくがんばったねえ」とかほめてもらって、大威張りで行っているのだろう、そして、大威張りで卒業するのだろう。 私は、高校卒業した年に東大を落ちた後、父から「高校は義務教育じゃないのにおまえが高校行ったのは余計じゃ。チャンコロ。よくも生まれてきやがったな、このチャンコロがあ。よくも、チャンコロ。おまえなんか高校行ったのは余計じゃ。生まれてきて申し訳ございませんでしたと地面に手をつけて謝りなさい」と毎日のように言われたものだ。 青山学院なんか行くような人間とは「人種が違う」「民族が違う」。 たしかに、それを何とか変えようと思っても、「これは神さまがお決めになったことであって、どんなにあがいても決して人に変えることはできないもの」のようだった。
   小原流会館の「小原流」とは「お茶」なのか「おはな」なのか「着付け」なのか、いずれにしても、アホでも入れる女子大とかに行った女が、「ブルジョワ」の男に嫁ごうとして、「玉の輿のために、その1、その2、その3」として習得するものの1つだったはずだ。(小原流は「おはな」。「お茶」はお茶でも「お〜い、お茶」のお茶ではなく、「けっこうなお点前ですこと、おほほ」の方のお茶は「表千家」とか「裏千家」とか「武者小路千家」とかいう) そういう女は私のような「プロレタリア」とは縁がない。 ロシア民謡には「トロイカ」という歌が2つあったようで、子供の頃、ヤマハの音楽教室に行って、そこのテキストにあった「トロイカ」という歌は「雪の白樺並木、高鳴れバイヤン」という歌詞で「軽やかに」と歌い方を指示されていたのだが、そういう「高鳴れ、バイヤン」と「軽やかに」「楽しそうに」歌う歌詞とは思えず、なんか面白くない変な歌だなと思った記憶があるが、これは、片方の節に別の「トロイカ」の歌詞の日本語訳をつけてしまったことからおこったもののようだ。本来のこの「トロイカ」の歌の歌詞は「きょう、私が愛した娘が地主の嫁に行く。 貧乏な私の所にではなく、地主の嫁に行くんだ」という歌詞であるらしい。 小原流会館なんて所で、「お茶」だか「おはな」だか「着付け」だか学んでいる女なんてのは、私を見捨てて地主の嫁に行く女みたいなもんだ・・・・・て感じがした。〔⇒《YouTube-トロイカ Людмила Зыкина: Вот мчится ТРОЙКА почтовая 》https://www.youtube.com/watch?v=ODrd6jSYwHQ 〕 これを「軽やかに」歌えというヤマハ音楽教室の指示は根本的に間違っている。 私がコンビニ弁当をコーヒー牛乳で食べている時に、おフランス料理とかのレストランに入って食ってるような男、「お茶」だか「おはな」だか「着付け」だか習って「玉の輿のために、その1、その2、その3」なんてやっている女。 「青山て顔」して「青山て格好」して歩いているヤツというのは、どうも、そういう印象がある。だから、今でも、青山を「青山て顔」して「青山て格好」して歩いている女を見ると、この女は俺を離れて地主の嫁になる女なのだろうか・・・・という印象を受ける・・・・が、一方で、「お茶」「茶道」とは何なのか、落ち着いて考えてみるならば、「茶道」とは「隠者」がおこなうもの、「茶室」とは「隠者」の住まいであり、「隠者」とは権力者ではなく財産家でもない、しかし、志は低くない、そういう人間が自分にできるだけのもてなしをしようというものが、それが「茶道」である、というはずだったのだ。 しかし、そうはいっても、「わたしもお、女の子らしく、お茶とかおはなとかやろうと思ったんだけどお」とか言う女というのは、そういう「権力者でもなく財産家でもないが志は低くない」という「隠者」の「茶道」だろうか。 違うと思うぞ。 やっぱり、「トロイカ」の歌の精神とは逆のものだと思うぞ。
   今でも、青山に行くと思いだす。 そのあたりを歩いているヤツというのは「青山て顔」して「青山て格好」して歩いているヤツら、「お茶」とか「おはな」とか「着付け」とかするやつら、「『患者』に毒盛ったカネで裏口入学したような医者屋のドバカ息子とか、大企業の重役とかオーナー企業の社長とかの息子でKOの内部進学の強姦魔とかに嫁入りする女」「公立高校出身の人間はドジンであり、ドジンは強姦してもいいという認識の慶應内部進学の男とその同類女」、私は「葛西か江戸川の顔」してる「ロスケでイタコでチャンコロの人種」、私はドバカ息子を金権裏口入学させる医者屋から毒盛られてきた側の人間、KOの内部進学強姦主義やその連れに苦しめられてきた側の人間。 たしかに、「人種が違う」・・・そういう感覚がどうもなくならない。

   「Ao(アオ)」に入ってエスカレーターで4階くらいまで上がり、窓から北側を見ると、ミラノ大聖堂みたいな建物の尖塔が見える。↓
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   このあたりに、ミラノ大聖堂みたいな教会があったのだろうか? と思って行ってみたら、「セントグレース大聖堂」という、「結婚式専用の教会堂」だった。↓
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    どうも、葬式はキリスト教の葬式は不人気だが、結婚式はキリスト教の結婚式が人気があるらしく、結婚式はキリスト教式で、葬式は仏式で、地鎮祭・上棟式は神式でやるという人が増えているらしく、結婚式専用の教会堂なんてのがけっこうできているらしい。 どうも、それらしい。
    しかし、知っているのだろうか。 キリスト教では離婚は認められないということを。 神が合わせたものを人が離してはならない、とされているはずなのだが。 ところが、「結婚式専用の教会堂」で「キリスト教式」で結婚する男と女というのは、たいてい、婚前交渉後に結婚式をあげて結婚するのだが、平気で離婚もする。 そういうことなら、せめて、キリスト教式以外の結婚式をすればいいのではないのか、無宗教でやるか、もしくは、ほとんど「教義」というものがない神式でやればどうかと思うのだが、結婚式についてはキリスト教式がいいとキリスト教式でやる男女が増えているらしい。 かつ、結婚式をキリスト教式でやるのなら、それを機会にキリスト教に入信するのかというとそうではない。 結婚式が終わればキリスト教は縁がない。厳密に言うと、クリスマスケーキを食う時だけキリスト教との縁が復活するようだが。
   40年くらい前は、「結婚式は普通は神式」だったが、村上重良『国家神道』(岩波新書)によると、神道も、もとは結婚式とは特にかかわっていなかったらしく、今の天皇が皇太子であった時の結婚式を神式であげた時から神式の結婚式が国民一般にも普及したが、日本では西洋と違って結婚式には宗教は特に関わっていなかったらしい。だから、神式の結婚式が好きではないということなら、何が何でもいずれかの宗教の結婚式をあげないといけないというものではないはずなのだ・・・・が、「キリスト教式」であげたがる、なんかようわからん男と女が増えている。そんな「キリスト教」をキリスト教と言えるのかどうか、疑問も感じるのだが、疑問を感じることなくそういう「キリスト教式」で結婚式をあげて、そして、キリスト教の教義なんかちっとも考えないでさっさと離婚する男と女が増えている。
   そして、葬式は当然、仏式でやるようだ。 あまりにもきびしすぎるのもどうかとは思うし、絶対に離婚してはならないとまで言うつもりはないが、しかし、簡単に離婚するような人間が簡単にキリスト教式で結婚式をあげるというのは、いかがなものかと思うのだが、それが「常識」とか思っているような人たちもいるようだ。 そういう人は、私が「葛西か江戸川」の顔して交通誘導していた時に「青山て顔」して「青山て格好」して歩いていたのではないか。 「トロイカ」の歌をしみじみと感じていた時、「振袖」とか来ていた女とそれに対応するような格好して歩いていたのではないか。

    青山学院は、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの試験を何度も受けに行った場所として、なつかしい場所でもあり、青山には「アレシー」の店もあるし、インテリア関係で魅力的な店が何軒もあるのだが、しかし、やっぱり、「ロスケでイタコでチャンコロ」で「ニグロでプエルッとりこ」で葛西にも江戸川にも住んだことはないが「葛西か江戸川の顔」の人間にとっては、鬼門である。
    やっぱり、ロシア民謡の「ドビヌーシカ」とか「トロイカ」とかをしみじみと感じる人間には、「青山って顔」した人間が「青山って格好」して歩く場所は不似合である。

   もっとも、「Ao(アオ)」とセントグレース大聖堂との間の道を歩くと、特別豪華でもない2階建くらいの普通の戸建住宅も建っている。 もともとは、「普通の住宅が建つ普通の街」だったのが、いつの間にか、「青山て顔」した人間が「青山て格好」して歩く街に変わった、というのか変わってしまったのか・・・・。

   訪問日、青山学院では大学の入学試験をおこなっていた。 前まで行って、えらい日に来てしまったものだと思い、あきらめて別の日に来るしかないかと思って見ていると、受験生でもなければ試験委員でもなさそうな人で、おかまいなく門から中に入っていくし中から出てくる人もいる。 正門の脇にいる守衛さんに尋ねてみると、入学試験をやっているので建物の中には入れないが、建物の中に入るのでなければ「門より中」に入ることはかまわないということだったので、入らせてもらって写真も撮らせてもらってきた。 しかし、できれば、入学試験でない日に来た方がよかったのではないかと思うが、資格試験を受けに来た日は日曜か「国民の祝日」かであったので、平日、学生がいっぱいいる雰囲気の時に一度来てみたいと思っていたのだが、「入学試験の日」といういずれでもない日の雰囲気を味わうことはできた・・・・が、試験を受けに来るのでない以上、そうでない日に来るようにした方が、特に迷惑になるようなことをするわけではないが、受験生や試験委員の方の事を考えるとよかったかと思う。

   (2017.2.18.)

☆ 青山学院 参拝
1 ウェスレー像、Ao、スパイラル、国際連合大学、他 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201702/article_2.html
2 ガウチャー記念礼拝堂、ウェスレーホール、蔦の絡まる建物と「学生時代」の碑、「セントグレース大聖堂」 他〔今回〕


☆ 日本の教会建築シリーズ
東京都
日本キリスト教団 本郷中央教会[東京都文京区](ヴォーゲル)http://tetsukenrumba.at.webry.info/201412/article_1.html
日本ハリストス正教会 東京復活大聖堂(ニコライ堂)(ミハイル=シチュールポフ・ジョサイヤ=コンドル) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201512/article_2.html
サントリーホール背後の霊南坂教会十字架 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201612/article_1.html



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