哲建ルンバ

アクセスカウンタ

zoom RSS パナソニック汐留ミュージアム「ミケランジェロ展建築の至宝」【下】旧新橋停車場界隈、美大建築学科印象

<<   作成日時 : 2016/08/20 21:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第261回] 東京圏の美術館・博物館(6)−2
   「パナソニック汐留ミュージアム」が4階に入っている「パナソニック東京汐留ビル」の土地は、元「新橋停車場」であった所のようだ。 元・「新橋停車場」の建物が横にある。↓
画像

画像

画像

↑ ・・が、それにしては、なんか、壁面がきれいなような気がすると思うと、新橋停車場についての資料をもとに復元したもので、昔からの新橋停車場の建物が今も残っているわけではないらしい。


   内部は、「鉄道歴史展示室」http://www.ejrcf.or.jp/shinbashi/ として無料の「博物館」になっているが、カネとって見せるほどのものが展示されているわけではないので、無料で良いと思う。

   「パナソニック東京汐留ビル」と「元新橋停車場 鉄道歴史展示室」、それに、「汐留シティセンター」↓の部分が旧・新橋駅であったらしい。
画像

   日テレタワー↓ なんてのが、いつできたのか、知らないうちにこんなのできてたて感じだが、このあたりを線路が通って東海道本線につながっていたようだ。
画像

   新橋 というと、思い出すのが・・・・・といっても、建築屋が思い出すものだが、「世界の丹下健三の設計による」というふれこみの「静岡新聞 静岡放送 ビル」↓ である。
画像


↑  これ、なんか、すごそうだけれども、もっとも、使いにくいてことないのかなという感じしませんか?  実際に前まで行って見ると、このビルの片側は普通なんです。 真ん中のポールみたいのを境にして南側だけを、樹木に実がついてるように部屋がくっついているという建物で、実際にはもう片側の「普通の部分」を中心として使われていて、「変わった部分」は、「まったく使えないことはないオブジェ」みたいな感じ。
   静岡県の人間が新幹線で東京にやってきて、地元を離れて幾分心細いような気持になった時、新幹線が東京駅に着く直前の場所に、静岡県では馴染みの静岡新聞・静岡放送のビルがそこにある! というのを見て、ほっとするような気持になれるように・・・ということで、このデザインのビルが新橋駅の少し北の線路脇に建てられたのだろうか。 関西人にとっては馴染みの阪急が有楽町と大井町に、大丸が東京駅にあるというのと共通するかもしれない。 大阪駅の脇に伊勢丹三越ができたというのも、「東京もん」にとっては、大阪では阪急よりも阪神よりも大丸よりも伊勢丹・三越の方が馴染みがあるということがあるのかもしれない。 それと同様の心情を考えてのものか。 「静岡新聞 静岡放送ビル」まで論じだすと、どんどんと別の方向に広がっていくので、「静岡新聞 静岡放送ビル」については、また、別の機会で・・・。


    今回、4階の「パナソニック汐留ミュージアム」では「ミケランジェロ展 建築の至宝」が開催されていたのですが、「東京 名門6美大 学生による彫刻展」というのが1階で開催されていると、パナソニック汐留ミュージアムの出口に出ていたので、学生の作品展示なんぞわざわざ見に行ってやるほどのものでもないかもしれないが、そこまで来たのだから、のぞいて行こうかと思って行ったのですが、1階に「パナソニック リフォームセンター」というショールームがあり、そのショールームの中に、あちらに1つ、こちらに1つという具合で彫刻の作品が置かれているというものらしく、1つは見つけたものの、一生懸命、探してあげるほどのものでもないので、別にいいわと思って帰りました。
    「名門 東京6美大」て、そんなもの、東京に6つもあったか!?!  いったい、どこなの? と思って見たら、1つめ、東京芸大、それはわかった。たしかに、東京芸大は世間でも「名門」と言うだろう。 あとの5つで名前を聞いたことがある大学は「タマビ」だけ。
    ついでに、「タマビ」てなんで名前を聞いたことがあるかというと、私が20代前半、大学生であった時、住んでいた学生ハイツのロビーを通る時、ロビーでついていたテレビで、お笑い芸人が
「男性の下半身が美しい大学があります」
「え、どこ?」
「タマビ!」
と、やっていたのを見て、そんな「大学」あるのか、と思ったことがあったので、「名前だけ知っていた」。
「タマビ」は「玉川美術大学」か「多摩川美術大学」かどっちかの略称のはずですが、私なんぞは、中学校や高校の時、東京芸大なり京都市立芸大なりに行きたいと思っても、「甘ったれなさんな。 うちは、芸大だの美大だのなんて行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言われたものだ。 ましてや、「タマビ!」なんて、だいたい、そんな学校があることを知らなかったし、行きたいなんて、言い出すということは、およそ、考えられないことだった。 そんな「大学」のヤツが、「名門」を名のるとは、あきれたものだ。
   残りの4つは、名前を聞いたこともない「大学」だった。 結論を言うと、「バカでも入れる私立の美大」である。 武蔵野美大 ・ 女子美大 ・ 東京造形大学 と、あと、何て言ったか忘れた。 そういう、「バカでも入れる私立の美大」てのが東京に5つあって、それが「東京 名門 6美大」と名のっているらしい。 まあ、「建築家!」と一緒で、「言った者勝ち」みたいなものだ。
   何も、こういうところでボロカスに言わなくてもいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、私としては、そういう「美大」のヤツというのが嫌いなのだ。 私なんか、東京芸大なり京都市立芸大なりに行きたいと思っても、まず、受けさせてもらえない、「会社のために、死ぬほど働く、会社のために、犠牲にな〜る! とってちってたあ〜あ!」「どんがん、どんがらがった、ちゃちゃちゃちゃちゃあ〜ん♪」と父から毎日毎日言われてきた。 せめて、旧帝大系国立大学の文学部の美学科とか音楽科とかで、美学とか美術史とか音楽史とかを学んで・・ということなら可能性があるかと思ったし、母は私が中学生くらいの時には「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行けるようにと思って、その為に、無理にでも勉強させようとするんや」と言っていたので、大学に行こうという時には、芸大・美大はともかく、文学部の哲学科や倫理学科・美学科とか音楽学科とかに行って、美学・美術史・音楽哲学とか、あるいは、心理学科にいって音楽心理学とかを専攻したいと思ったら、それに協力してくれるのではないかと思っていたが、実際に大学に行く時になると、正反対だった。 「老後の対策のために産んだ子供やのに、そんなもん、文学部なんか行かれてたまるかいな」と言った。父は「文学部なんか行くことない。 会社に応募した時に、文学部では『変なヤツ、きよった』と思われる」と言った。 「経済学部かそういう所に行くのが男としてフツーの行き方や。 とってちってたあ〜あ!」と言い出した。 その結果、日本で最も嫌な大学の、首をもがれても行かされたくない学部に強制と脅迫で行かされることになってしまった。 そんなことになるなら、あそこまで勉強するのじゃなかったと思ったし、それなら、もっと、早い頃から、小学校の頃からそう言ってくれればよかったのにと思ったし、慶應に行かされてしまうのに勉強なんかする必要なかったし、慶應に行くためなら勉強なんかする必要なかったとも思ったが、父としては、小学校や中学校の時にそう言ったのでは、すべての犠牲にして勉強するということをしないと思ったので、「親っちゅうもんは、ひたすら、子供がやりたいことをやらせてやろうと思って勉強させるもんなんや。 感謝せんとあかんぞ」とか言っていたのだ。 そう言っておけば、勉強して成績さえ残せば、行きたい大学の行きたい学部に行かせてもらって、つきたい仕事につくことができるだろうと思って必死で勉強するだろう・・・・と考えたようだ。 そうやって、成績を残すことができたあかつきには、実際に進学する時になると、「よっしゃ、どこに行くかはわしが決めたろ」と言って父に決める権利がある、と考えていたようだ。 高校の3年の時に、高校の模擬試験が3回あって、1回目の模擬試験と2回目の模擬試験での成績は、「あと少しで京大に合格圏」という成績だった。 「あと少しで」というとあと少しみたいな感じがするが、実際には、合格最低点より少し下から少し上まで上げるというのはけっこう大変だったりするので、「あと少しで合格圏」といっても、それほど「あと少し」とは限らない・・・が、そういう成績だった。 親子一緒での懇談で、父が、突然、「京大だと、『あともうちょっと』なら、神戸大ならまず通ると考えてよろしいかな」と言い出したので驚いた。 担任の教諭Oが「そうでもありませんよ。 たとえば、京大なら通った人4人・落ちた人6人という成績だったとして、阪大ならまちがいなく合格なのかというとそうではなく、せいぜい、通った人5人・落ちた人5人というくらいで、神戸大にしても通った人6人・落ちた人4人というくらいであって、絶対通るなんてことありませんよ」と言い、そして、「こういう言い方をすると、たいていの学生は、『それなら、京大にしよう』という気持ちになるようですが」と言い、そこはそれで終わりになった・・・はずだったが、しばらくして、父が私が知らないうちに神戸大の経済学部の願書を取得してきて、「あんた、これ、はい」と言って私に突き出したのだ。 それまで、神戸大の話なんてその懇談の時に父が突然口にした以外は誰も一言もしていないし、又、文学部にするか法学部にするかという話はしていても、経済学部なんてまったく考えたこともなければ口にしたこともなかったし、父も私に経済学部なんて話をしたこともなかったにもかかわらず、私に無断で神戸大の経済学部の願書を取得してきたのだ。 びっくりした。「何、これ?」と言うと、「とってきてやった。感謝せえ」と言うのだ。「とってちってたあ〜あ!」と。さらに、「浪人した人間の方が、社会で役に立つから浪人した方がええ」などと、なんとか、現役で大学に通りたいと思ってやっている高校3年生に向かって言うのだ。何、このおっさん!?! 結局、高校を卒業する年は、東大を受けて落ちたのだが、1月の後半になり、「早稲田でも受けてみたらどうや。練習に」と父が突然、言い出したので、「今、勉強時間を少しでも欲しいから、早稲田なんて受けに行きたくない」と言ったのだが、「練習のつもりで受けるとええ」と何度も何度もしつこいしつこいので、それで、ともかく、受ければ気がすむのだろう、しかし、それならそれで、もっと早くに行ってくれればそのつもりでいることもできたのに、直前にそんなことを言いだされたのでは予定が狂うと思ったが、受ければ気がすむのならと思って、早稲田大の法学部の願書を出したが、いったん、願書を出すと、今度は「早稲田は、もし、通ったら、行くべきやでえ」と父が言い出した。 ええ?!? 「練習のつもりで」と言うから願書を出したのに、願書を出したらだまし討ちのようにそういうことを言い出すのか、とびっくりした。 これは本気だと思い、もしも、東大に落ちて早稲田に通ってしまったなら、早稲田に行かされてしまう、早稲田なんて行かされてたまるもんか、と思い、それで、早稲田大の法学部の試験では試験会場まで行ったものの、氏名と受験番号だけ書いて白紙で答案を出してきたので、早稲田も落ちた。 母は「なんで、早稲田まで落ちるのか」と言ったが、この認識は2つの点で間違っている。1つは、東大なり京大なりに合格できるかもしれないというくらいの学生でも、早稲田は試験科目が少ないし、出題傾向も違うし、又、問題に少々癖があるので、国立大学と併願の人間はけっこう落ちるのだ。 だから、東大なり京大なりに合格できる可能性がある人間であっても、早稲田は通るとは限らない。 昔から、けっこう落ちる。松嶋みどり さんも、東大には通ったが早稲田大に落ちたと正直に『東大入試合格作戦』(エール出版社)に書いていたと、何十年も後になって「フライデー」に書かれていたが、そういうことはけっこうあることだ。 そして、何より、通ったら行かされてしまう、早稲田みたいなもん行かされてたまるもんか! と思って白紙で出してきたのだから、通るわけないだろうが。 私にとっては、大学入試は、一生懸命、努力して勉強して成績をあげれば、行きたい大学の行きたい学部に行かせてもらえるという、ありもしない夢、ない夢を追ってきて、そして、それは幻覚だった、実際に大学に行く時になると、それらの幻覚は、必死で勉強させたあげくに「撃ちてしやまん、一億火の玉。 欲しがりません、勝つまでは。 とってちってたあ〜あ! すべてを会社のために、ささげつくぅ〜す! 会社のために、会社のために」という学部に行かされてしまうための作戦、日本で最も嫌いな大学、首をもがれても行かされたくない大学に強制と脅迫で無理矢理行かすための作戦だった、と気づかされることになる一コマだった。
   (株)一条工務店をやめた後、2000年代前半、三田会の方で、私がインテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストの資格を持っているのならと、キッチン関係の会社をやっているらしい女性を紹介してくださった。ありがたい話である。 「日本で最も嫌な大学」とか思っていやいや行って卒業した大学だったが、卒業後、その大学のOBの方から親切にしてもらってお世話になった・・・・のだが、その方の知り合いらしいが、なんか、「バカでも入れる私立の美大」の建築学科を卒業して、キッチン関係の仕事をしているという、その女性は私と会うなり、「そんなの、商学部を卒業して建築関係の仕事につきたいなんて、ちょっと、おかしいんじゃないのお。私なんかは、高校の時から、建築の仕事をしたいと思って、それで、美大の建築学科に行ったんだけど、そういうもんでしょ」と、のたまいやがったのだ。
    実際のところ、アックスボンバーでもお見舞いしてやりたい気持ちだった。〔⇒《YouTube-『元祖』 アックスボンバー》https://www.youtube.com/watch?v=VCJ0jimvfpM )。 要するに、その女の行った「大学」というのは、東京都にある「バカでも入れる私立の美大」の1つで、建築学科のある美大で、そして、このパナソニック東京汐留ビルの1階のリフォームセンターに「東京 名門 6美大 学生による彫刻展」というフレーズが出ていた「東京 名門 6美大」とかいうものの東京芸大と違う5つのうちの1つだったようだ。 
    私が浪人した時、父は、私が高校3年でなんとか現役で通りたいと思っていた時には、「浪人した人間の方が社会で役に立つから、浪人した方がええ」などと言いだしたくせに、浪人すると今度は「あんたが浪人したために、願書代が○百円、それを送るための封筒代、切手代が○百円、予備校の学費が何十何万円、早稲田を受けに行った時の交通費が○万円、東大を受けに行った時の交通費が○万円、ホテル代が○万円、それから・・・・」と電卓で計算して、「○○万円の損! わしは、あんたのおかげで、これだけ損させられた」と毎日のように言いまくった。「デンタックゥ、でんたっくぅ、デンタク、電卓、でんたく、デンタク! いらいらいらいらいらいらいらいら! あんたのおかげで、○万円損した、デンタクでんたく電卓でんたく、デンタックゥ〜ウ! わし、あんたに、これだけカネかかったいうて恩きせたことなんて一度もないやろ。デンタックゥ!」と言い続けた。 そして、「高校は義務教育じゃなにんだから、行くことないんじゃ。おまえが高校行ったのは余計じゃ!」と毎日毎日、私の鼻の頭を指さして言い続けた。
    もっとも、父の言うことというのは、必ずしも正確な話ばかりでもなかったようで、その後、父は「わしなんか、家が貧乏やったから、慶應は行きたかったけれども、受けさせてもらえんかった。 もし、受けさせてもらえたら、間違いなく絶対に通ったところや。それを受けさせてもらえんかったから、しかたなしに同志社に行ったんや。おまえとは違うんやぞ、ちゃんころ、チャンコロとは違うんやぞ、チャンコロ!」と毎日のように私に言い続けたが、父が生存中は一緒になって言っていた母が、父が他界後に言うには、父は家が貧乏だったから慶應を受けさせてもらえなかったのではなく、受けたけれども落ちたから行けなかったのだ、と。 結婚する前から近所に住んでいたので知っている、と。 あの人が、慶應に行きたかったというのは前から聞いていたが、家が貧乏だったから受けさせてもらえなかったのではなく、受けたけれども落ちたから行けなかったのだ、と。「自分が落ちたから行けなかったくせして、よく言うわ」と。 「だいたい、あの人の家、戦争でだめになったけれども、それより前、あの人が大学に行く頃は、家に女中さんがいるような家で、ものすごい羽振りのいい家やったやないの。何が、家が貧乏やったからやのん。子供が知らんと思うてよくそんなこと言うわ」と。 そうらしい。 で、私は思ったのだ。世の中には、他人には、よその子供には嘘八百勝手なことを言っても、自分の息子には、「おまえ、あんな話、嘘くさいものだから、本気にして気にする必要ないからな」「あんな話、本気にしちゃいかんぞ」と教えてやるものだと思うのだが、うちの父親は、よその息子にはなんだかんだとしょーもない協力をして、自分の息子にそういう嘘をつくのか!?! とあきれた・・・・けれども、そういうおっさんだった。 よその父親をみて、いいお父さんだなあとうらやましく思うこともあったが、我が家の父親はそういうおっさんだったのだから、だから、しかたがない。
    で、その女が行ったと自慢していた「美大の建築学科」だが、要するに、「バカでも入れる私立の美大」の1つだ。 私ら、そんな「大学」行きたいなんて言い出すということは、およそ、ありえない話だった。 そもそも、そんな学校、名前も知らんかった。 建築学科で知っている大学は東大と京大と阪大と神戸大と早稲田、それと日大くらいだった。 「バカでも入れる私立の美大」なんて存在自体を知らないし、ましてや、自分が受ける、自分が行くなどと、およそ、考えたことなかった。 それ以前に、建築学科というのは工学部か理工学部にあるもので、美術学部に建築学科があるなんて知らなかった。木質系住宅建築業の小堀住研(株)に勤めて、その後、在来構法の(株)一条工務店に勤めて、その頃の(株)一条工務店は研修といったものが充実しておらず、ともかく、売るためには住宅について最低限のことは理解しておかないといけないと思って買って読んだ高田秀三編『これだけは知っておきたい住宅の設計と施工の知識』(鹿島出版会)という本の編著者の高田秀三という人が東京芸大の美術学部卒だと奥付に書かれていて、なんで、芸大でた人が建築の本なんて書いてるの? と思い、その時に、芸大の美術学部に建築学科があって、日本の大学でも芸術学部・美術学部に建築学科がある大学があるということを知ったのであり、高校卒業する頃、芸術大学や美術大学に建築学科があるなんて知らなかった。建築学科というのは、京大工学部建築学科・阪大工学部建築学科・神戸大工学部建築学科のように工学部にあるか、もしくは、早稲田大学理工学部建築学科のように理工学部にあるものだと思っていたが、父は「うちは、工学部なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんんな」と毎日のように言っていた。国立大学は何学部でも学費は同じのはずだと言ったが、母は「落ちる可能性もあるでしょうよお。落ちたら私立に行かないといけないんだから、工学部なんて受けたらだめでしょおよお、何言ってますのん」と言った。京大や東大の建築学科に行くというのならともかく、「バカでも入れる私立の美大の建築学科」だの建築の専門学校だのに行くなどということは私にとっては、冗談でもありえない話だった。
    それで、だ。 (株)一条工務店にいた時、同じ営業所に配属されていた新卒入社で入った20代のにいちゃんが、できちゃった婚するというので、結婚式をやるから営業所の皆さんも来てくださいと誘ってくれたことがあったのだが、その際、「できちゃった婚で結婚するヤツなんぞ、もうちょっと、恥ずかしそうに結婚しろ。 堂々と結婚式なんかあげるな。もっと、恥ずかしそうにしろ」とボソッと言う人があったのだ。 たしかに、そうだよな・・・。 それと同様。 「バカでも入れる私立の美大の建築学科」だの「建築の専門学校」だのなんて、そんなもの行くヤツなんて、もうちょっと、恥ずかしそうにしろ! 何を自慢みたいにふんぞり返って、「私なんか、高校の時から建築の仕事をしたいと思ったから、美大の建築学科に行ったんだけど」とかナマ言ってるんだ! そんな「大学」行った女なんて、もうちょっと、恥ずかしそうにしろ! 普通、そんな「大学」の芸術学部だか美術学部かなんかしか行けない人間なんて、芸術学部・美術学部に行く必要ないじゃないか。 東京芸大なり京都市立芸大なりに行けるくらい勉強したのだから、芸術学部・美術学部に行かせてください、と言うのなら、それだけ、勉強したんだから、行きたい所に行かせてやったらどうなの? というのはわかる。 「バカでも入れる私立の美大」にしか合格できないような人間、何も「大学」に行くことないでしょ。 そもそも、私が東大おちたら、「高校は義務教育じゃないのに行ったのは余計じゃ、余計じゃ、甘ったれとるから高校行ったんじゃ」と父は毎日毎日言い続けたのだが、そんな「バカでも入れる私立の美大」なんて行こうなんて人間、義務教育であろうがなかろうが、間違いなく、中学校行ったの余計だと思う。「甘ったれるな!」と言ってやりたい。
    浪人中、予備校の近所にある天満宮があって、立ち寄ったことがあったのだが、そこに、不良高校の不良高校生の男女が入って来た。 当然、天満宮に参拝に来たのではない。 そいつらを見て、そういう人というのは、高校を卒業して就職する人であって大学には行かない人だと私は思っていたのだ。 ところが、そういう人が「大学」に行くらしいのだ。 「大学」に行ったり、「専門学校」とかに行ったりするらしいのだ。 あきれた。 私らは、小学校の時から、毎日、毎日、雨ニモ負ケス風ニモ負ケス、学習してきたのに、な〜んにもせずに、私などは、高校の英語の先生から「女の子のことが気になるようになったら、もう、だめね。 もう、伸びない」とか言われて、高校生たるもの、女性のことなんか気にしてはならないものだと思ってやってきたのに、そういう不良高校生が「大学」に行ったり「専門学校」に行ったりするらしいのだ。 そして、そういう人が、卒業する時になると、「同じ大学なのに、大学によって差別するのはおかしい」とかふんぞり返って言うようなのだ。 さらに、「専門学校」というのは、私が高校を卒業した頃、大学生であった頃は、学歴ではなかった。今も、厳密には「学歴」というのは、中学校・高校・大学・短大・大学院を「学歴」と言い、「専門学校は職場で役立つ技術は身についても、学歴にはならない」というもののはずだが、建築関係の会社においては、建築の専門学校を卒業した人を「学歴に準ずる」扱いにする会社が多くなってきた。 そういう所に行くというのは、別に犯罪でもないのだけれども、私が高校を卒業するころ、もしも、私が、「バカでも入れる私立の美大の建築学科」に行きたいとか、「建築の専門学校」に行きたいとか、そんなことを考えたことは一度もないし、建築学科に行くなら、京大か阪大、せめて、神戸大くらいの建築学科には行かないと気がすまない、「バカでも入れる私立の美大の建築学科」だの「建築の専門学校」なんてそんなもの行くようなら、「眼かんで死ね!」という気持ちだったのだが、それが、今まで勤めてきた建築会社では、建築の専門学校を卒業したという人が何人かいたのだが、そういう人には、よっぽどえらい所を卒業してきたかというような、そういう態度の人がいるのだ。何も身についていないくせに。もし、建築を「理系の学問」と仮定するなら、数学の成績も理科の成績も小学校の時も中学校の時も高校の時も常に私より「ずう〜っと下」であったくせに。 そういうのを見ると、専門学校というのは、看護婦さんの専門学校の看護学校を卒業した人は看護婦(今は「看護師」という言葉で呼ぶらしいが)の資格を取れて、その資格を取ればその仕事ができるというのは悪くないが、試験もなしに入れる建築専門学校なんて卒業したとして、それを「学校でてる」と評価をするというのは間違っているのではないかという気がしますね・・・・。
    で、その「バカでも入れる私立の美大」というヤツ、特に「バカでも入れる私立の美大の建築学科」というヤツが、私は嫌いなのだ。 以上の経験から。 及び、私が大学生の時、父は、「大学は勉強する所と違うんじゃ。甘ったれるな。 アルバイト、アルバイト、アルバイト、アルバイト! とってちってたあ、とってちってたあ、とってちってとってちってとってちってたあ〜あ!」と毎日毎日言ってきたものだ。 だから、「バカでも入れる私立の美大」なんか行って、あつかましくも、彫刻なんてやって、展示会なんて出してるヤツ見ると、「甘ったれるな!」と言ってやりたい気持ちになる。彫刻なんてやって遊んでるのじゃなく、アルバイトしろ、とってちってたあ! と。 だから、パナソニック リフォームセンターのショールームに配置されていたらしい彫刻をなんとか1体みつけたら、東京芸大の大学院の某の作だと書かれていたのは見たが、その横にずらずら並んでいるなら見てやってもいいが、どこにあるかわからないのに、それ以外のものまで、律儀に捜してやろうなどという気持ちにはとてもなれなかったので、探さずに帰った。

    「ビッグコミック」に、『モディリアンニによろしく』という東北のある「バカでも入れる私立の美大」の学生の話しが載っている。 なかなか面白いが、私ら、東京芸大を受けたいと思っても、「甘ったれるな」と言われて、およそ、受けさせてもらえるなんて、ありえない話だったし、ましてや、「バカでも入れる私立の美大」だの「バカでも入れる私立の美大の建築学科」だの「建築の専門学校」だのなんて、およそ、行きたいなんて言い出すなどということはありえない話だったので、だから、どんなにおもしろい話でも、「バカでも入れる私立の美大」なんか行ったようなヤツは嫌いだ。 特に、「バカでも入れる私立の美大の建築学科」なんて、よく、そんな所、あつかましくも、行くわ、て気がする。 
    で、その「バカでも入れる私立の美大」の学生の話でだが、『モディリアンニによろしく』という漫画で、ある女子学生が、「私、◇◇の絵、好き。 これ、実際は不純な絵だとかいう話があるけれども、でも、それでも、私はこれが好き。 なぜなら、私が好きだから」と語る話があった。 「バカでも入れる」か「けっこう入るのは大変」かはさておき、芸大・美大の建築学科以外の美術学部を卒業した人というのは、「私は、◇◇の絵が好き。 どうしてと言われても、私が好きだから」という考え方をする人がけっこう多いと思うのだ。 ところが、不思議なことに、建築学科は工学部・理工学部にある建築学科と芸術学部・美術学部・造形学部にある建築学科があるのだが、どちらの建築学科を卒業した人でも、建築学科卒の人間というのは、建築を評価する際に、自分がいいと思うかどうかで判断するのではなく、設計者が誰かを見て、「世界の丹下」とか「世界の磯崎」とかそういう名前がついていると、一生懸命、ほめようと努力する、「フツーの人」の設計だと「どうでもよい」という態度をとる、というそういう人が多い。 この差はいったい何だろう。 建築学科卒の人間というのは、なぜ、ビッグネームの設計であろうがなかろうが、私がいいと思ったものは私は好き、私がいいと思わないものは私は好きじゃない! という態度をとることができないのだろうか。 この点で、たとえ、「バカでも入れる私立の美大」であっても、絵画や彫刻を専攻する人の方が、建築を専攻する人間よりも、人間としての姿勢が優れているように思う。 「建築学科」を卒業すると、この点で、なぜか、「変なビョーキ」を身につけてしまうように思うのだ。・・・・そう思いませんか? そこの、自称「建築家」のおにいさん!!!


   パナソニック東京汐留ビル・旧新橋停車場などからもう少し海側に歩いた所に朝日新聞社の東京本社がある。

今となっては30年ほども前、朝日新聞社は学力試験を経てその合格者にのみ面接をするという採用であったが、新卒入社の場合で、はっきりとしたものは忘れたが、30歳前まで応募資格を認めており、応募したが、その学力試験は東京モノレール「大井整備場」駅近くの何とかセンターだったが、応募のために朝日新聞社の東京本社まで行ったのを覚えている。その頃は都営大江戸線などというものは通っておらず、「築地市場」などという駅もなく、なんだか、朝日新聞の東京本社というのは便利の悪い所にあるものだなあと思ったのを覚えている。 地図に「かなり好き」「好き」「普通」という星による評価があるが、採用してくれていたら、「かなり好き」と評価したかもしれないが、学力試験で落とされたので、「評価なし」である。 その際、住んでいた川崎市幸区のアパートの近所のサークルKでお弁当を買って行き、昼休みに食べようとしたら割りばしが入ってなかった。どうしようもないので、手づかみで食べたが情けなかった。後に、そのサークルKに行って買い物をした時、割りばしが入っていなかったことを言うと、「そうでしたか」と言い、そして、その時、割りばしを余計にもう1つくれたが、後から割りばしをもう1つもらっても意味はない。
   朝日新聞社の本社といえば、法務省の警備員の仕事をアルバイトでやった時、同じ警備会社が朝日新聞社の警備もおこなっていて、朝日新聞社に勤務したこともあるというおじさんがいたが、朝日新聞社は、ときどき、「和服きて日の丸の入った鉢巻をしめて日本刀さしたおっさん」が押しかけてきたりするから怖い、と話していた。 法務省も、明らかにヤクザというおっさんが、検察庁の「呼び出し」に、外車に乗って隣に女のせてやってくるので「けっこう、怖い」が、なにしろ、警視庁はすぐそばだし、いくらヤクザでも、検察庁に来て暴れることはないだろうが、時々、「月光仮面の(格好をした)おじさん」〔《YouTube-月光仮面 主題歌 》https://www.youtube.com/watch?v=oHpN4QuGc-U 〕が法務省にやってきて、何の陳情かわからんが陳情書を渡した上で、バイクに乗ってではなくタクシーに乗って帰るということがあった。 法務省では、丸の内警察署の制服の警察官3人連れが、しばしば、食事に来たり、法務省の売店で何か買って行ったりしていたようで、法務省の駐車場に不法にパトカーを駐車させ、入館したいなら受付で入館手続きをするように言っても無視して入場し、外来者通行不可の通路を通ろうとして制止すると、「おお〜お」とかすごんでくることがあり、それが怖かった。「和服きて日の丸の鉢巻して日本刀さして来るおっさん」よりも、「サイレンならしてないパトカーに乗って警察の制服きて拳銃さしてくるおっさん」の方が怖いと言えば怖かった。 「元 田中角栄の秘書」という大柄な人相のよくないおっさんも、入館するなら受付で入館手続きをしてもらいたいと言ってもせずに入り込む、職員専用通路は通ってもらっては困りますと言っても、「おお・・・」と言って無視して入ろうとする。よほど、行儀が悪いというのか、教育が悪いのか、そういうのを田中角栄は秘書にしていたということか。 そのおっさんも人相が悪くて、警備長は止めろ、入館手続きしないで入らせちゃだめだと言うのだが、怖そうでなんか嫌だった。 検察庁に「呼び出し」で来たヤクザのおっさんは、なかなか言うことをきいてくれないことがあったが、副警備長の某は「ヤクザなんて簡単。『だめです』と言えばいいだけ」と言っていたのだが、「だめです」とだけ言ってきいてくれるなら苦労しないのだが、彼が言うときいてくれるのか? と思っていたら、某と同じ場所で勤務していたアルバイトで来ていた若いにいちゃんが教えてくれたのだが、「違いますよ。あの人、俺たちに言うことと自分がやることと全然違うんです。 あの人、ヤクザから言われたら、何でも、『はい、どうぞ』て通しちゃうんですよ。 それでいて、俺たちには、止めろと言ってるんですよ」と。・・・・はあ、そんなもんだったか・・・。
   朝日新聞社の手前に、浜離宮プラザ というのがあり、1階に「建設産業図書館」https://www.ejcs.co.jp/library/cil.html というのがあり、無料で利用できる。 東日本建設業保証株式会社 という会社が運営しているらしい。 利用させてもらったこともあるが、JR「新橋」駅から歩いたが、けっこう、駅から遠いなという印象だった。大江戸線「築地市場」駅からの方が近いかもしれない。

   (2016.8.20.)

   今回の「パナソニック汐留ミュージアム」における「ミケランジェロ展 建築の至宝」については、2部作として公開します。 [第260回]【上】http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_4.html  と合わせご覧くださいませ。

☆ パナソニック汐留ミュージアム への最寄駅は、
都営 大江戸線・・・「汐留」
「ゆりかもめ」・・・「新橋」もしくは「汐留」
JR山手線・東海道線・横須賀線・・・「新橋」
都営 浅草線・・・「新橋」

☆ 東京圏の美術館・博物館
東京都
根津美術館(港区)(隈 研吾) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201603/article_1.html
新国立美術館(港区)(黒川紀章+日本設計共同体)
1.http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_1.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_2.html
3.http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_3.html
畠山記念館(港区)
1. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_4.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_5.html
3. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_6.html
パナソニック汐留ミュージアム(港区)
上 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201608/article_4.html
下 〔今回〕

千葉県
千葉市立美術館(千葉市中央区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201307/article_2.html

神奈川県
三渓園内 三渓記念館(横浜市中区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201606/article_4.html 


男の隠れ家 2016年 09 月号
三栄書房
2016-07-27

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 男の隠れ家 2016年 09 月号 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
パナソニック汐留ミュージアム「ミケランジェロ展建築の至宝」【下】旧新橋停車場界隈、美大建築学科印象 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる