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zoom RSS 新国立美術館(黒川紀章)(東京都港区六本木)訪問3−内部。及、早見優とパバロッティはどちらが歌か。他

<<   作成日時 : 2016/05/01 22:02   >>

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[第247回]東京圏の美術館・博物館(3)-3
   新国立美術館の中に入ります。 《ウィキペディア―新国立美術館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E6%96%B0%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8 には、≪ 独立行政法人国立美術館に所属している中で唯一コレクションを持たない為、英語名は収蔵品を持つのが通常であるミュージーアムではなくアートセンターを用い、「ナショナルアートセンター・トウキョウ THE NATIONAL ART CENTER-TOKYO」を名乗っている。・・・≫と出ています。
  美術館は展示を見てこそ美術館。 展示のない状態で素敵だと思っても、展示がされた状態で良くなければ美術館として良いとは言えない。 また、前川國男は熊本城の敷地内の熊本県立美術館を設計する際に、外観については、「主役は熊本城であって美術館は脇役」という前提で外観を考えたそうで、そうであるとともに、美術館の占有スペースに来ると美術館の特色が発揮された建物であったと思いますが、どこであれ、美術館というのは、内部においては、展示物が主役であり、美術館が展示物よりもでしゃばったのでは良い美術館とは言えないことになります。 だから、そのあたりを考えるためにも、展示を見てこそ美術館の建築も見ることになると思い、企画展中心の美術館の場合、同じ見るなら自分が見たいと思うものを見た方が良いと考え、ルノワール展を見ることにしたのです。 ↓
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↑ 1階、ルノワール展が開催されている 企画展示室1E の入口とその前のロビー
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↑ 2階、三宅一生展が開催されている 企画展示室2E の入口とその前の廊下
   ルノワール展と三宅一生展なら、イッセーが悪いとは言わないが、ルノワールと比べるならば、やっぱり、ルノワールの方がビッグネームではないかと思ったのですが、前に行って見ると、ルノワール展は待たずに入れましたが、三宅一生展の方が入口で行列ができていました。
   三宅一生、イッセー・ミヤケというと思いだすのは、なんといっても、福岡ダイエーホークスの初代ユニホーム。 カラスみたいなペンギンみたいなヤツ。 なんだか、選手が着ぐるみ来てるみたいな。 漫画家の やく みつる が、誰もがイッセー・ミヤケの名前に気兼ねして言わないようだから、この際、私が言ってやる。 「ダアッセエ〜エ!」と漫画に書いていたが、実際そうだった。
   そして、1980年代後半。 木質系住宅建築請負業の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)〕に入社した時、新卒社員研修の合宿研修の時に、研修を担当していた TQC推進本部営業部会 の 営業課長であったK崎が、「たとえば、このネクタイですが」と自分が締めているネクタイを指さし、「『これ、実は、うちのが買ってきました三宅イッセーなんですよ』・・・というと、ほら、いいように聞こえるでしょ」と発言したのですが、この合宿研修で聞いたことは、なるほどと思うものが多かったのではあるのですが、この発言については、え? そうかな? と思いました。 三宅イッセーであろうが誰のブランドであろうがネクタイというものを嫁はんに選んでもらっているような男はだめじゃないのか? 結婚前につきあっている女性からネクタイをプレゼントされたというのなら悪いということはないと思います。 しかし、、「これ、実は、うちのが買ってきました三宅イッセーなんですよ」なんて言われても、たとえ、比較的安いノーブランドのネクタイであっても、自分自身で自分の顔と自分が切る背広・ワイシャツと合わせてこれがいいかと考えて選んだネクタイであれば、人に選んでもらったブランドものよりも良いのではないのか。 嫁はんにネクタイを買ってもらって、「『これ、実は、うちのが買ってきました三宅イッセーなんですよ』・・・というと、ほら、いいように聞こえるでしょ」なんて言っていたのでは駄目だろう、そんなことだから、この人は、「ダサイ系」「肥満体の中年おっさん系」の風貌なのじゃないのか・・・と思ったのでした。 しかし、会社の研修で研修を担当している講師役の人が言うことなので、即座には否定せず、どうなのだろうなとずっと考えてきたところ、私と同じことを考えた人がいたようで、それを書かれた本に出会いました。 池波正太郎『新編 男の作法』(2001.10.20. サンマーク出版 サンマーク文庫)で、≪  原則的にはネクタイというものは、締める当人が自分で選ぶべきものなんだ。 自分の締めるネクタイを他人任せにしてるような男じゃ駄目ですよ。 ・・・≫と出ていた。 そうだよなあ。 自分が締めるネクタイを嫁はんに買わせているような男じゃ駄目だよなあ・・と再確認しました。

   新国立美術館でもらったリーフレットによると、展示室は、1階に、今回はルノワール展が開催されていた「企画展示室 1E」とその外(北側)の野外展示室E、展示室1Aと野外展示室A、展示室1Bと野外展示室B、展示室1Cと野外展示室C、展示室1Dと野外展示室Dがあり、2階に、今回は三宅一生展が開催されていた2Eと、展示室2A、2B、2C、2D、があって、3階に展示室3A、3B があります。 今回、ルノワール展・三宅一生展以外に、「国展」が開催されていました。
   展示室が北よりに配置され、1階では南側のロビーから、2階・3階では南側の廊下から展示室に入るようになっていますが、ロビー・廊下と展示室との間の壁のロビー・廊下側の壁面には↑の写真で見られるように、縦に長い木が貼りつけられています。 展示室の前あたりにいると木口面は見えませんが、地下と1階との間のエスカレーターに乗っていて、ふと、木口面が見えて、あ、これ、集成材なのか・・・と気づきました。↓
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↑ 集成材です。 展示されているものの写真は撮影禁止ですが、建物について、ロビーなどで写真を撮影してもよいか受付で尋ねてみたところ、かまわないと言ってもらったので撮影させてもらったのですが、そうであっても、多くの人が来館しているのですから、フラッシュは使用するべきではないと考え、カメラを「発光禁止」に設定して撮影させてもらったのですが、↑の木口面だけはフラッシュを使用しないと暗くてわからないので、申し訳ないけれども、この1枚だけはフラッシュを使用して撮影させていただきました。
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↑ 集成材なんだと思って木口面以外を見ると、たしかに集成材です。 ぱっと見ただけではわかりませんが、よく見ると縦にかすかに筋があるのがわかりますでしょ。
   今、この2枚の写真を見て気づいたのですが、木口面、塗装してないかと思ったのですが、さらによく見ると、まったく塗られていないことはないようにも見えますが、塗装したが十分に色がつかなかったのか、塗るつもりはなかったが一部分色がついたのか。 見えにくい部分ではあるのですが、見えにくい部分なのでどっちでもいいと思っていたら、地下と1階の間のエスカレーターの位置からは見えて、また、1階の展示室への出入口の部分では、下から見上げる人なんてあんまりないだろうと思っていたら、私のように見る人間がいた・・・ということか。

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   ↑ 南東より。 「正面入口」を中側から見たもの。 敷地内への出入口は、東側の「正門」と西側の「西門」、それに、北西側で東京メトロ千代田線「乃木坂」駅と直接つながっている北西ばわの通路の3カ所ですが、建物と屋外との出入口は、南東側の「正面入口」と北西側の東京メトロ千代田線「乃木坂」駅と直接つながっている通路との境の「乃木坂入口」の2か所になっているようです。

   さて、新国立美術館のHPの「レストラン、カフェ」http://www.nact.jp/information/restaurant/ を見ると、
3階 ブラッスリー・ポール・ボキューズミュゼ 創造 
2階 サロン・デ・デトロンド 発見
1階 カフェ・コキーユ 出会い
地階 カフェテリア・カレ 語らい 
と4か所あると出ています。 
   それが↓
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↑ これが、3階の ブラッスリー・ポール・ボキューズミュゼ。 なんか舌かみそうな名前で覚えにくいが、要するに、3階の食堂やな・・・。

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↑ これが、2階のサロン・デ・デトロンド。 これも、舌かみそうで覚えにくい名前だが、要するに、2階の喫茶店やな。 
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↑ 地階のカフェテリア・カレ の写真はないが、↑は、1階から近いへのエスカレーター。 
   食事が出るのは3階のレストランと地階の食堂の2つで、2階はケーキと飲み物。 1階もそんな感じ。
   で、普通に考えれば、せっかく、ここまで来たのだから、どこかで何か飲むなら食べるなりするなら、この逆円錐形の一番高いところ、3階で、と思いませんか?  私、思いました。  そうでないなら、2階でケーキを食べながらコーヒーを飲みながら、ルノアール鑑賞の余韻を楽しもうか・・・と思いません? 私もそう思いました。
   ところが、行って見ると、3階はすいてるのです。 2階も空席がある。 普通に考えると3階・2階より魅力は下になりそうな1階はけっこう人がいる。 な〜んでか?
   3階のレストランはけっこう高いんだわ。 だから、あらかじめ、高いカネ払ってでもレストランで食事しようか・・・と計画してならそういうレストランでも入るかもしれないけれども、美術館の展示を見に来て、立って見て歩いて、ちょっと座って休憩したいなとか、食事時になったからここで食べていこうか、と考えた者にとっては、いきなり、その値段ではちょっとなあ〜あ・・・て気になるのだと思います。
   それなら、2階にしようと思って行って見ると、ケーキとコーヒー・紅茶など飲み物のセットがある。 安くはないが、これにしようかと思って見ると、空席があるにもかかわらず、順番待ちの椅子があって、座って待っていてもぜんぜん前に進まない。 係員も待っている人間に配慮がない。 いつまで待てばいいのか予測もつかない。 もともと、絶対にそのケーキをここで食べなければならないというものでもなく、この逆円錐形の上の店に座って時間を過ごしてみたいなと思っただけだから、席が埋まっているなら、誰かが席を立てばその席の数だけ入ることができるのだろうと思うところだが、空席があるにもかかわらず待たされていると、いつまで待たされるのかもわからない。 そうなると、別に無理してここでケーキを食べる必要もないわなあ。 ケーキを食べたければ、外にも店はあるしなあ・・・となる。 だから、それほど混んでいない。空席はある、にもかかわらず待たないといけない。 だから、無理に待とうともせず、それほど混まない・・・という状態。
   で、地階のセルフサービス方式の店で「ハッシュドビーフ」を食べてみたが、おいしくないわけではないが、量が少ない割に安くない。 次、来た時には、食事にしろ喫茶にしろ、外の店でとった方がよさそう、て感じがした。
    新国立美術館のHPの「レストラン、カフェ」を見ると、3階のレストランは、≪美術館の閉館後もご利用いただけます≫と書かれており、午後6時に展示が終了した後に利用するということもできるようだが、高級レストランで食事をしようとそちらを目的に来た人間でなく、貧乏人だがルノワール展は見たいと身銭を切って見に来た人間にとっては、ここの価格は高い。 岐阜県高山市では「さるぼぼバス」「まちなみバス」といって小型のバスが低料金で乗ることができる。観光客が乗るのか地元の人が乗るのかどちらだろうと思ってまわりの乗客を見ると両方だった。 各地で、自家用車に乗る人が多いことからバスの廃止が相次いでいるようだが、高山では地元の人と観光客の両方が使用することで路線バスが成り立っていた。 百貨店の上の方の階の食堂街では、百貨店が閉店後も食堂街は利用できるようにしているところがある。 新国立美術館は、正門を入ってすぐにチケット売場があるが、建物に入ってから、各展示室があって、展示室に入る所でチケットの提示を求められ、ホールまではチケットなしでも入ることができるので、3階のレストランが気に入った人は、後に六本木に来ることがあった時に、レストランを目的に入館して食事をするということもやろうと思えばできるのだが、そういう場合には、1階なら利用しやすいが3階はむしろ利用しにくい。 また、レストランが目的ならわざわざここまで来なくとも、六本木には他にも店はある。 美術館に来館した人に使用してもらうのと六本木に来た人で美術館に来たわけではないという人にでも利用してもらうのと両方で成り立たせようとすると、この場所の配置と雰囲気は適さないように思う。 美術館の展示の見学を目的に来た人向けのレストランなら、今少し価格を大衆向けにするとか考えないと、この3階のレストランは経営が厳しいということはないか、という印象を受けた。
   2階に喫茶店がある方、西よりの逆円錐形の1階部分はトイレになっている。 さて、3階にレストランがある逆円錐形の1階・2階には何が入っているのだろう? もしかして・・・・。 工事中に死亡した作業員の遺体がコンクリート詰めにされて???  工事中に地中からでてきた戦中にここで殺されたのかという白骨死体をそこに埋めた?????・・・・なんてことは、ないか、そこまでは。 でも、何はいってんだろな・・・。

   黒川紀章 の設計の建物というと、1970年の大阪万博の時の東芝 I H I 館 と タカラビューティリオン を見たのが始め。 東芝 I H I 館は、黒い鉄の球で支えていて、下の方が小さくなっていき、上の大きなものを下の1点で支えることができているという構造のもので、その頃、父の勤め先が竹中工務店で社屋を建て替えたことがあって、「いっきゅうけんちくしい〜い」とかいうその時の竹中工務店の担当者が、黒川紀章設計で竹中工務店が施工の東芝 I H I 館の建物について説明していたのを覚えている。 この逆円錐形も、よく見ると、東芝 I H I 館の下が小さく上が大きいというイメージと通じるものがあるようにも感じられる。
   東芝 I H I 館は、円盤上の座席に座ると、円盤がくりくり回って上昇して、上部の円形の部分と合体し、合体後、そこで映画が上映されるというもので、斬新ではあったけれども、もしも、本当の映画館なら、くりくり回って上昇・下降するというのは、人の出入りにおいて不便で、安全性を確保しにくいのではないかとも思え、結論をいえば、発想はおもしろいかもしれないけれども、要するに万博建築。 実用性よりも注目されやすいものを重視し、半年経ったら壊すという前提で耐久性はそれほどなくともよい、というものだったのではないかと思うが、新国立美術館は、東芝 I H I 館とは違って、継続的に使用することを考えて作られたもので、実用性も考えて作られているように思える。
   熊本城の敷地内にある熊本市立熊本博物館(1978年竣工) http://webkoukai-server.kumamoto-kmm.ed.jp/web/mugiam/index.htmも 黒川紀章都市建築設計事務所 の設計らしい。 熊本市立熊本博物館の少し南、やはり、熊本城の敷地内に、前川國男設計の熊本県立美術館 があるが、前川國男の設計らしく、外観は、この場所の主役である熊本城の景観を妨げないように配慮し、美術館占有のスペースに近づくとともに美術館としての雰囲気を感じられる。 そして、内部のホールの丸柱は建物の外の樹木の延長ともいえるもので、ホールと建物の屋外とのつながりも感じられるものとなっている。 前川國男の建物で、その周囲の景観との調和を考えて作られたものとしては、東京都美術館にしてもそうであるし、東大本坊の山上会館にしても三四郎池との調和を考えて作られており、前川國男の建物にはそういった配慮が常に感じられるのだが、黒川紀章というと、都知事選に出なくてもいいのに出たがったり、女優と結婚したりと、けっこう自己顕示欲が強そう・・・・というイメージがあったのだが、熊本市立熊本博物館の外観は前川國男の熊本県立美術館と同じ時期の建物だが、熊本県立美術館と同様に「主役は熊本城であって美術館・博物館は主役ではない」という前提で目立ちすぎない外観になっていると思った。
   新国立美術館は、「美術館においては展示物が主役であって美術館が主役ではない」わけで、ルノワール展の展示室に入ると、壁面などは絵画の背景として、絵画が花であって背後の壁面は地であるとして適切なものが選ばれていたように思うが、これはルノワール展に合わせて貼られたものではないかと思う。 美術館の建物として用意されたものは、床と天井、椅子くらいだろうけれども、美術館の展示室として、展示を妨げるようなことはないものであったと思う。
   新国立美術館は外観においては自分が主役になって悪い場所ではなく、外観は主役になるという前提で考えられていると思う。 そして、内部においても、展示室は展示物が主役であって美術館が目立ちすぎてはならないという前提が守られているが、その分、ホールや廊下・階段では建物が思いっきり芸術やっているということだろう。
   華やかな外観は、設計者に、かつて、陸軍歩兵連隊があった軍の暗いイメージを払拭しようという意思があったかなかったかはわからないが、広島の平和祈念公園が、戦前は大本営があって、広島湾の江田島には海軍士官学校があり、付近の呉には軍港と軍艦を作る造船所があった軍都 広島のイメージから平和都市 広島のイメージに変えるものとなったのと同じく、新国立美術館は、歩兵連隊その他軍のイメージが残る六本木付近のイメージを変えることができるか。 元第1歩兵連隊があって戦後は防衛庁があった東京ミッドタウンにサントリー美術館がある。 六本木ヒルズの森タワーに森美術館があって、新国立美術館・サントリー美術館・森美術館では「六本木アート・トライアングル」と言っているらしい。 さらに東に行くと、ホテルオークラの脇に大倉集古館、その南東に菊池寛記念智美術館、その南西に泉屋博古館分館がある。 広尾の山種美術館から青山の根津美術館・岡本太郎記念館を経て青山墓地の中央を東西に横切って新国立美術館の北側までの道を「美術館通り」と呼んだりしているらしい。〔⇒《山種美術館 美術館通りで・・・》http://www.yamatane-museum.jp/doc/museumstreet.pdf#search='%E7%BE%8E%%A1%93%E9%A4%A8%E9%80%9A%E3%82%8A'〕(墓地に用事があるわけでもないのに墓地を横切るのはあんまり気持ちのよいものでもないけれども・・) 大倉集古館の西のアークヒルズにはサントリーホールがある。 かつては、軍の駐屯地があって、戦後は米軍の施設もあった。乃木坂駅の北東には旧・乃木邸もある。 若の鵬が大麻を喫っていたのも六本木だったわけで、その際、何かの雑誌で見たが、今もこの付近には大使館が多く外国人の「要人」がいることから麻薬の取り締まりは他の地域より緩いという話があって治外法権とまでいかないが他の日本国内と違った扱いになっていることがあるとかいう話もあるようだが、そういったマイナスのイメージを払拭し、美術館や音楽ホールがある芸術の街としてのプラスのイメージを持たせたいというのが、この場所に新国立美術館を建設した理由の1つではないかと思うし、だからこそ、ロビーには太陽の光が十分に入る明るい空間としているのだと思うが、はたして、そうなるかどうか。

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   ↑ 今となっては25年以上前だが、神田神保町の書泉グランデのエレベーターが外に面した側がガラス張りで外が見えるようになっているのを見て、これはなかなか・・と思ったのだが、今では、外が見えるエレベーターは珍しくもなくなった・・・が、ここのエレベーターはスケルトンというのかだが、エレベーターの壁面を通して屋内が見える。

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   ↑ 3階の中央部に 、屋上を利用した庭園がある。 新国立美術館の場合、敷地はけっこう広く、地べたの庭園もあるわけだが、3階中央部に、「屋上緑化」というのか「屋上庭園」があって、その左(西)に「アートライブラリー」http://www.nact.jp/art-library/3f.html があり、右(東)に研修室A、B、C、奥(北側)に「講堂」がある。
  15年ほど前、パリの凱旋門の上から見て、パリのビルには屋上を庭として草や大きくない樹木を植えているものが多いと感じ、日本のビルとはずいぶんと違うと思ったが、日本では、都市部の緑化を推進しようとしても場所がないと言いつつ、屋上緑化はそれほどなされていない。 しかし、はたして、ビルの屋上に草花や樹木を植えるというのが建物の防水面などから考えて問題はないのだろうか。 屋上に物を置いた場合、強風や大地震の際に吹き飛ばされて地上に落下した場合の危険はないのだろうか、といったことを心配したりもする。
   かつては、戸建住宅で屋上を利用することはそれほど多くなかったが、最近では、都市部において、かつては2階建てで住んでいた専用住宅を建て替えて、1階に車庫1台分と1部屋とトイレ、2階にLDKと浴室・洗面、3階に2部屋とトイレ、3階の上の屋上に屋上庭という作りをする3階建てがけっこう出てきているようだ。 但し、私が在籍した住宅建築業の会社では、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)〕では、バルコニーの施工はFRP防水でないとだめ、そうでなければ、アルミでできた既製の足のあるベランダかアルミ製の壁付けのものかで、屋上はFRP防水ではだめとしていた。 (株)一条工務店では、1990年代始めは、バルコニーの防水はシート防水で、下階の上にバルコニーをすべて載せるのはだめで1尺5寸(455mm)下階の外壁面より外に出して外に出た部分に排水の溝をとって排水する、そうでないと雨漏れを起こす、としていて、そのうち、1990年代の後半から、シート防水からFRP防水に変更した。 (株)一条工務店でもFRP防水での屋上施工は不可。FRP防水による屋上は雨漏れを起こすとしていた。 FRPとは何かというと、ファイバーレインフォーストプラスチック、ガラス繊維強化プラスチックの略で、少々荒っぽい言い方をするとユニットバスの内側で、バルコニーをひとつの風呂桶のようにするものというと荒っぽいかもしれないがそんな感じだが、小堀住研(株)でも(株)一条工務店でも、バルコニーではFRP防水で良いがFRP防水での屋上は不可としていたのだ。しかし、FRP防水より強力な防水の方法としてステンレス鋼などを使用した金属防水という方法があって、費用はFRP防水の約3倍かかるがFRP防水のように入居後に塗装をやり直す必要はないという。〔⇒《(株)栄住産業》http://www.eijyu.co.jp/bousui/ 〕 この方法をとれば、木構造の戸建住宅でも2階の上、3階の上に屋上を設けて使うことができるようなのだ。千葉市の新華ハウジング(有)でも栄住産業の金属防水により屋上を施工した家がある。 ところが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)(本社:東京都中央区)では、FRP防水の方法で3階建ての家屋の3階の上にほぼ全面の屋上を施工しているのだ。 大丈夫か? また、小堀住研(株)や(株)一条工務店ではFRP防水で施工したバルコニーでバーベキューはやめてくださいとお客様に言っていた、(株)栄住産業ではFRP防水のバルコニーではバーベキューはできませんが栄住産業の金属防水なら大丈夫ですと言っていたはずだが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)ではFRP施工のバルコニーでバーベキューをやってもかまわないとお客様に言っているようなのだ。 大丈夫か?  小堀住研(株)と(株)一条工務店その他の住宅建築業の会社がFRP防水での屋上施工は雨漏れを起こすから不可としていてもフリーダムアーキテクツデザイン(株)はおかまいなしにやる、小堀住研(株)と(株)一条工務店その他の住宅建築会社がFRP防水のバルコニーでのバーベキューはやめてくださいと言っているのにフリーダムアーキテクツデザイン(株)ではどうぞやってください、いいですよ、と言っている。 大丈夫か?  結論を言うと、竣工後、半年未満の家で、外壁のモルタル壁に上下にパカッと亀裂がいっている、入居1年程度で、天井や壁のクロスが割れまくり、それは構造に問題あるからであるのに、モルタルは素材の性質から亀裂はいくものですとか入居1年くらいではクロスは割れるものですとかいいかげんなこと言ってごまかしている会社がやっていることを信用できるかできないかというと、信用できると考える方が不自然だわな・・・・と、私は思うけれども、信用できると考える人も世の中にはいるらしいから、あえてそういう人に言ってもきかないだろうから、言ってもきかない人には言わない。

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  ↑ 東寄り、階段。 
  横浜市港北区日吉 の 慶應義塾大学日吉キャンパスの日吉新図書館では、設計者の「東京大学の建築学科を卒業されて慶應大学で教えておられる槇文彦先生」がコンクリートをそのまま見せるというのがけっこう好きだったらしく、称して「コンクリートの白木づくり」とおっしゃっていたとかいうのですが、木の場合は、木を室内に多く使用すれば、木は湿度があがれば湿気を吸収し湿度が下がれば湿気をはき出し自然と除湿器・加湿器の役割をはたし、その結果、住人の健康にもプラスになり、床や壁に木を使えば、コンクリートや鉄などより柔らかく衝撃を和らげるのでぶつかった時も怪我をしにくいなどの利点があるが、「コンクリートの白木づくり」なんて、利点はないだろうが・・と思ったのだが、「なにしろ、おえらい先生ですからねえ」ということで誰も逆らえなかった・・・のかどうか知らんが、「コンクリートの白木づくり」でできたところがけっこうあった。 私は特別に悪いとは言わんが特にいいとも思わなかったのだが、新国立美術館でも、この東部の階段の部分で「コンクリートの白木づくり」がされている。 ↑ これ、見ると、「コンクリートの白木づくり」も悪くないか・・・・・という気もするが、私にとっては、図書館としての使い勝手がいいかどうかより「コンクリートの白木づくり」とかそんなのばっかり考えて作られた慶應日吉新図書館で感じたイメージが強くて、どうも、「コンクリートの白木づくり」というものに抵抗を感じるのだが、↑ これ見ると、そんなに悪くないよね・・・・。


   今は昔、「ウチワとアクビの松嶋みどり」さんが東大に合格した時、エール出版社からでている『東大入試合格作戦』に合格体験記を書いたらしく、その話が、ウチワの問題が出た時に「フライデー」に載せられていた。 松嶋みどり さんは、学力水準が高いと言われる北摂地区の中でも学力水準が高いという豊中市のなんとか小学校で、成績は相対評価でほとんどの科目が「5」だった・・・とかなんとか自分で買いておられたが、なんとも、自分は東大でえらいえらいえら〜いみたいに書きやがってからに感じの悪い胸くその悪い・・・といった感じで「フライデー」はとりあげていたが、しょせんは二十歳前の未熟な時期に書いた青くさい文章であり、ええ歳になった今、とりあげてどうこういうほどのものでもないと私は思ったのだが、むしろ、小学校の時にほとんど「5」だったとか言っても、男性で北野高校に行った人、女性でも男性でも合格できる点数をとって北野高校に行った人では、それは別に珍しいことでもなく、だから何やねん? て感じがする。 私だってそんな感じだった。
   今となっては40年ほど前になってしまったが、なんだか昨日のことのような気がするのだが、北野高校の合格発表の時、自分の受験番号があるのを見た後、「芸術科目」として、音楽・美術・書道から1科目選択するということで、合格発表の日のうちに希望を書いて提出しなければならないということだった。 私はその日まで、高校でも中学校と同じように、音楽もあれば美術もあるものと思っていた。 で、小学校でも中学校でも音楽と美術はよくできたし、特に、中学校の時に一番好きな科目は何かというと、英語でも数学でも理科でも国語でも社会科でもなく、音楽と美術だったので、どちらか片方だけ選べと言われると困った。 せめて、1週間、それが無理でも3日くらい考えさせてくれたっていいのじゃないかと思ったのだが、その日のうちに決めて希望を書いてだせということだった。 どうしたものかと思って悩んでいたところ、一緒にいた父が「あんたは音楽や」と決めてしまったのだ。 嫌だった。 なんで、「あんたは音楽や」て決まってんの? 
   音楽も美術も中学校を卒業する時の内申書(調査書)の成績は10段階相対評価で「10」だったのだ。 体育と音楽と美術の成績がいい生徒のことを、増位山というという話がその頃あったが、体育はともかく、音楽と美術に関しては私は増位山だったのだ。 小学生の時、図画工作の時間に作成した絵で、担当の先生から、大阪府の大会に出したいから貸してほしいと言われて、他の生徒は返却されたのに私だけ「大阪府の大会」だったかに提出して返却されなかったことが2回あった。 私は小学校の途中で1回、転校しており、転校の前に1回、後に1回なので、たまたまその先生に評価されたとかいうのではないと思う。その後、その絵がどうなったという話は聞かないので、結局、それ以上は入選しなかったのかもしれないが、そんな感じだった。 音楽や美術の大学の付属高校に行ったとかではなく、普通の公立進学校に行って画家になったり音楽家になったりする人もいる。音楽家では、声楽家と作曲家はけっこう「しろうと」向きで、最初は音大とかでない大学学部に行って音楽家になった人もいる。 ボロディンは医者で化学者であって専門の音楽家でないためにオーケストレーションが得意ではなく、そのためにオペラ『イーゴリ公』は未完のまま他界しリムスキー=コルサコフが完成させたとか、チャイコフスキーは初めは役人だったとか、ハンス=ホッターはミュンヘン大学の哲学科に行ってそこから声楽家の道に進んだとか、日本人でも朝比奈隆は京大のオーケストラから指揮者になったとか、岡村喬生は早稲田大のグリークラブから声楽家に進んだとかいった話はある。 美術の分野では、北野高校卒の人で佐伯 祐三といった人もいる。 もちろん、中学校を卒業する時の内申書の成績が音楽と美術は「10」だったといっても、それで音楽家や画家・彫刻家になれるかというと、それはまた別の話だとは思うが、それでも、そういったものに憧れのようなものはあったので、どちらか片方を選べと言われると困った・・・のだが、「あんたは音楽や」と勝手に決められてしまったのは悲しかった。
   高校の3年の時だ。 父は「あんた、音楽の勉強してきたんやから、会社っちゅうところに勤めたら、飲み会で黒田節うとうたらええ。 ええでえ、黒田節。酒の席にはぴったしや」とそう言ったのだ。 なんで、俺は、酒の席で黒田節を歌わさせられるために、発声練習やらコールユーブンゲンやらやらなきゃならなかったんだ?!? なんで、そんなことのために・・と思った、のだが、父は「男っちゅうもんは、会社のために犠牲になりたいなりたいなりたいと思うもんや。 そのために生きとるんや。 とってちってたあ〜あ!」とか言っていた。 黒田節のために発声練習やらコールユーブンゲンやらさせられていたのかと思うと、泣いても泣ききれない気持ちだった。〔⇒《YouTube―ЭЙ, УХНЕМ!(エイ、ウーニェム!) 》(ヴォルガの舟唄)https://www.youtube.com/watch?v=AfqO1HmLTT8&list=PL63B3242CBA26DF68 〕
   結局、日本で一番嫌な大学の首をもがれても行かされたくない学部に強制と脅迫で行かされてしまったが、行くと、そこは顔も見たくないようなヤツばかりだった。 開成高校から慶應の商学部に来た男がいて、私と大阪教育大付属天王寺卒の男とがオペラ『トスカ』について話していた時、関係ないのに横から「そんなもの。何の価値があるんだ」とそう言ったのだ。かわいそうになあ・・・と思った。 発声練習やコールユーブンゲンやってきて黒田節歌わせられる私もかわいそうだが、オペラ『トスカ』を「そんなもの、何の価値があるんだ」と思う教育を受けてきたヤツもかわいそうなヤツだと思った。こういう文句を口にするヤツというのは、開成高校など6年制私立受験校出身の人間と慶應の内部進学の人間に多い。 但し、その論拠は正反対であるが。 開成高校卒の男はオペラ『トスカ』は「入試に出ないから価値がない」と言う。慶應義塾高校卒の男は「そんなものは受験勉強だ。害がある」と言うのだ。 実際には東大・京大や慶應大・早稲田大などの入試には出ないと思うが、試験に出ようがでまいがオペラ『トスカ』は価値がないことにはならないと思う。 オペラ『トスカ』が「そんなもの、何の価値があるんだ」と言う開成高校卒の男はどんな歌が好きかというと⇒《YouTube−早見優 夏色のナンシー》 https://www.youtube.com/watch?v=HvMXNEAX-wQ 。 かわいそうなヤツだなあ、心の底から徹底的にかわいそうなヤツだなあ〜あ・・と思った。開成高校では、そういうのを音楽だと教え、オペラ『トスカ』は「そんなもの、何の価値があるんだ」と教える教育をしてきたらしい。 そして、慶應義塾高校では「そんなものは受験勉強だ。害があるんだ」と教える教育をしてきたようだ。かわいそうなやつらだなあ〜あと思った。 中学校や高校の先生で、灘とか開成とかいった私立6年生受験校というものを「灘とかあんな変な学校行って、東大なりに通ったとしても絶対にいいことない」と言う人があって、そういった話を聞く時、実際にどうなのだろうと思ったけれども、慶應で開成高校卒のヤツを見て、「恋かな〜っ、イェイ♪」 https://www.youtube.com/watch?v=HvMXNEAX-wQが音楽だ、歌だと信じていて、オペラ『トスカ』なんて「そんなもの、何の価値があるんだ」と開成高校で教えられてきた男を見て、そうかもしれないと思った。 オペラ『トスカ』の「星は光りぬ」を歌えたとしても飲み会の芸にはならないかもしれないが、たとえ、それでも、オペラ『トスカ』「星は光りぬ」は捨てられない。〔⇒《Tube−パヴァロッティ: 星は光りぬ (プッチーニ:歌劇《トスカ》より) 》https://www.youtube.com/watch?v=agBdKZe3WQs 〕 いつであったか「朝日新聞」に載っていた話だが、父の思い出といったものだったと思う。父が生きていた時、パバロッティの演奏会を聴きに行って、「どんなに貧乏でもいいから、こんなに歌えたらどんなにいいだろうなあ〜あ」と口にしたというのだ。 「恋かな〜っ、イエィ♪」が音楽だ歌だと信じて疑わない開成高校卒のブタには一生その気持ちはわからないだろう。(開成高校卒の人でも、誰もが同じということではないかもしれないが。)

   建築は理工学の1分野という性質とともに、芸術の1分野という性質があり、人がそこで生活し利用する空間ということからは心理学・文学・社会学の1分野という性質もあり、経済的に成り立つかどうかといった面を考えると商業学・経済学の1分野という性質もある。 遠藤周作は月に5回はいいバレエ・いい音楽会やいい絵を見に行くことと言うが、学業だけやればよいという学生ならともかく、仕事を持つ者はなかなかそうはいかないが、年に3回でも足を運びたいものだと思う。「そんなもの何の価値があるんだ」などということはない。

  ウィキペディアを見ると、知らずに何度も利用してきた千葉県佐倉市の佐倉市役所庁舎(1971年)も黒川紀章の設計と出ている。

  このブログではルノワール展よりも建物についての発言が多いものになったが、それは建築屋の仕事についてきた者のサガとしてやむをえない・・ということにしていただこう。
   (2016.5.1.)

★ 今回のブログについて、フリーダムアーキテクツデザイン(株)より脅迫まがいの文句を受けた。その点につき、[第251回]《屋上・バルコニー記事に関し、フリーダムアーキテクツデザイン(株)から脅迫まがいの文句を言われた件》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_7.html として説明した。御覧いただきたい。(5.24.)

☆ 新国立美術館(港区)
1. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_1.html
2. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_2.html
3. 〔今回〕

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新国立美術館(黒川紀章)(東京都港区六本木)訪問3−内部。及、早見優とパバロッティはどちらが歌か。他 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
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