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zoom RSS 新国立美術館(黒川紀章)(東京都港区六本木)訪問2−外観。六本木の由緒。他

<<   作成日時 : 2016/05/01 12:01   >>

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[第246回]東京圏の美術館・博物館(3)−2
   新国立美術館は、世間では「黒川紀章設計」ということになっているが、新国立美術館でもらってきたリーフレットを見ると、「概要」に、「設計  黒川紀章・日本設計共同体」となっている。 「日本設計」とは何ぞや? というと、《ウィキペディア―日本設計》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%A8%AD%E8%A8%88 に、≪株式会社日本設計(にほんせっけい)は日本にある組織系建築設計事務所。  国内初の超高層ビルである霞が関ビルディング(1968年竣工)の設計メンバーが中心となって、1967年に創立。本社は東京都新宿区。黒川紀章などの有名建築家との共作も手がけている≫と出ている。
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↑  新国立美術館。 南面、入口付近。
  新国立美術館の写真が掲載される時、この南面が掲載されることが多いように思う。 婉曲を描いた、なんというか、太めの蛇か鰻か穴子かが横たわってのたくってるような感じの外観。
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↑  新国立美術館。 南面、西より。
  西よりの写真で見るとわかるが、上下においても婉曲を描いている。
  正面の入口の前にある、円形の帽子かぶったようなのは何か? というと、傘置き場らしい。↓
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傘置き場の南側から正面を見ると、なんだか、帽子をかぶったようなものに見えるが、三角形は後ろの本体の入口部分で、前の傘置き場とは離れている。
  ↓ この前に突き出たの、これはどういう意味があるのだろう、単にデザインだけが目的で設けられたものなのか、デザイン以外に目的があるのか? 
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  ↑ ひとつ、考えたのは、こちらの面が南面なのだ。 この建物は東西南北同じ外壁ではなく、東面・西面・北面にはこういったものはないのだ。 この内側はホールになっていて、展示室は北よりにあるのだが、もしかして、だが、この羽根の角度を動かすことができて、日差しの当たり具合によって、この羽根を動かして、日射のホールへの入りを調節しようというものだろうか・・・・と思ったのだが、訪問中、暗くなってきて照明がつくということはあったが、この羽根が動かされることはなかった。
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  ↑ 「正門」から入ってすぐの、売場の前より見た東面。
  南面は、太っちょの蛇だか鰻だか穴子だかが寝転んでのたくってるような外観だが、四方すべてがそうであるのではない。 ホール部分の東側、その後ろ(北より)の東面は↑のように、南面とは異なった顔をしている。 ホール部分は南面をすべてガラス張りにして光が入って明るいのに対し、北よりの展示室は展示物が日に焼けないようにという配慮からか窓がない。 北よりの展示室のさらに北側に「野外展示室」があるが、その手前(「野外展示室」の南側は「休憩室」になっていて、今回のルノアール展だと、見学順路の中間付近で北側に窓がある休憩室に出て椅子に座って休むことができるようになっている。
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↑ 今回、ルノアール展に使用された、1階、「企画展示室1E」の北側、休憩室から見たその北の「野外展示場E」。

   とりあえず、外回りを先に出すとして、↓北西側の出入口から東京メトロ千代田線「乃木坂」駅に向かう、というのか、乃木坂駅から北西側の出入口へ向かうというのかの通路もなかなかかっこいい。↓
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↑  新国立美術館 北西側出入口から乃木坂駅の方を見る。
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↑  乃木坂駅の方から新国立美術館の北西側出入口の方を見る。

   
   《ウィキペディア―新国立美術館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E6%96%B0%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8 に、≪場所は六本木の東京大学生産技術研究所(駒場に移転)の跡地があてられ、≫ ≪前庭に歴史的建造物で二・二六事件ゆかりの旧歩兵第三連隊兵舎が一部分保存される。第二次世界大戦後は東京大学生産技術研究所等として使われていた。≫と出ている。 《ウィキペディア―歩兵第3連隊》 を見ると、≪ 歩兵第3連隊(ほへいだい3れんたい、歩兵第三聯隊)は、大日本帝国陸軍の連隊のひとつ。駐屯地は第二次世界大戦後の東京大学生産技術研究所があった場所(現在の国立新美術館・政策研究大学院大学)。≫と出ている。
   《ウィキペディア―二.二六事件》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6 を見ると、≪ 陸軍内の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校ら(陸軍幼年学校・旧制中学校から陸軍士官学校に進み任官した、20歳代の隊付の現役大尉・中尉・少尉達)は、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し、彼らが政治腐敗と考える政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた。彼らはこの考えのもと、1936年(昭和11年)2月26日未明に決起する。  将校は近衛歩兵第3連隊、歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して、岡田啓介内閣総理大臣、鈴木貫太郎侍従長、斎藤實内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監、牧野伸顕前内大臣を襲撃、総理大臣官邸、警視庁、内務大臣官邸、陸軍省、参謀本部、陸軍大臣官邸、東京朝日新聞を占拠した。 ・・・・≫、≪統制経済による高度国防国家への改造を計画した陸軍の中央幕僚と、上下一貫・左右一体を合言葉に特権階級を除去した天皇政治の実現を図った革新派の隊付青年将校は対立していた。はじめは懐柔策を講じていた幕僚らは目障りな隊付青年将校に圧迫を加えるようになった。 ・・・ 青年将校らは主に東京衛戍の第1師団歩兵第1連隊、歩兵第3連隊および近衛師団近衛歩兵第3連隊に属していたが、第1師団の満州への派遣が内定したことから、彼らはこれを「昭和維新」を妨げる意向と受け取った。・・・≫と出ている。 その、「ひどく寒い(1936年)(昭和11)の二・二六事件」(「人、苦、皆(1937年)(昭和12)の盧溝橋事件による日中戦争開始」の前年。)をおこなった「青年将校」の多くが属していたというのが、陸軍の第3歩兵連隊と第1歩兵連隊で、第3歩兵連隊があったのが、新国立美術館と南側に隣接して今もある政策研究大学院大学の場所らしい。 第1歩兵連隊はどこにあったかというと、《ウィキペディア―歩兵第1連隊》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A9%E5%85%B5%E7%AC%AC1%E9%80%A3%E9%9A%8A を見ると、≪歩兵第1連隊(ほへいだい1れんたい、歩兵第一聯隊)は、大日本帝国陸軍の連隊のひとつ。駐屯地はのちの防衛庁、現在の東京ミッドタウン。・・・≫とある。 東京ミッドタウンhttp://www.tokyo-midtown.com/jp/ とはどこかというと、新国立美術館の正門から北東方向に行った、サントリー美術館http://www.suntory.co.jp/sma/ のある所。 どうも、六本木というのは、過去・現在の軍とかそういう関係の施設が多いように思える。

   ↓ 南側の政策研究大学院大学の建物。
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↑ 「鋸屋根」とでもいうのか、「連続片流れ」「連続ドーマー」というのか、山梨県甲府市のJR「甲府」駅の北側にある山梨県立図書館(https://www.lib.pref.yamanashi.jp/ 、[第207回]《山梨県側の富士山、… 山梨県立図書館》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201501/article_1.html )の建物が、やはり、こういう屋根で作られていた。
政策研究大学院大学て何なの? というと、《ウィキペディア―政策研究大学院大学》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E7%AD%96%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%99%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6 を見ると、≪政策研究大学院大学(せいさくけんきゅうだいがくいんだいがく、英語: National Graduate Institute for Policy Studies)は、東京都港区六本木七丁目22番1号に本部を置く日本の国立大学である。1997年に設置された。・・・現役の官僚、都道府県・政令指定都市の地方公務員等が学生として多数在籍している。≫と出ている。
   山梨県立図書館の場合、北に横窓があるように「連続片流れ」「連続ドーマー」はできていたのだが、政策研究大学院大学の場合、東に向いている。 山梨県立図書館は、図書館なので、北側の柔らかい光を入れたいということかと思ったのだが、横窓の場合は、北からの光の方が、1日を通して光の強さに変化が少なく、光が柔らかいので読書などに向いていると言えるが、横窓ではなく、「ドーマー」「リカーノン」の場合は、どちらからの光であっても、下の居室に直接に光があたるわけではないので、東に向いた「ドーマー」「リカーノン」でも良いということなのだろうか。 
  (2016.5.1.)

  次回http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_3.html 、内部へ。

☆ 新国立美術館(港区)(黒川紀章+日本設計共同体)
1. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_1.html
2. 〔今回〕
3. http://tetsukenrumba.at.webry.info/201605/article_3.html

☆ 東京圏の美術館・博物館シリーズ
東京都
根津美術館(港区)(隈 研吾) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201603/article_1.html

千葉県
千葉市立美術館(千葉市中央区) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201307/article_2.html

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≪ ・・・延べ14万uの展示スペースを持つ国内最大級の規模だ。 大波のようにうねるガラスのカーテンウォールが特徴で、1階のエントランスロビーに入ると天井高21.6メートル、4層吹き抜けの自然光あふれるアトリウムが広がる。その空間には、黒川のシンボリックな逆円錐形のコンクリート構造が大胆に建ち、天辺にレストランとカフェを形成している。 ≫
≪ 波打つ曲線に適応する「フラクタル理論」とは?
黒川が設計に取り込む数学理論。 「波や雲など複雑で不規則な図形では、どの微笑部分にも全体と同様の形が現れる自己相似性がある。そのため、部分を拡大すれば全体の形が得られる」とする理論」。≫
≪ 周辺の青山公園などの緑とつながる「森の中の美術館」を目指し、緑の広場や屋上庭園なども設けている。≫
(アフロ『絶対に行きたい! 世界の現代建築』2013.1.1.中経出版 中経の文庫 ↑) 

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