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zoom RSS 私の宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)合格体験記―弱者の戦術。今となってはけっこう前のことだけど

<<   作成日時 : 2016/03/29 22:31   >>

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[第240回]]受験案内・合格体験記の適切でない記述について [1]宅地建物取引主任者→宅地建物取引士。 及び、私の宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)合格体験記。 今となっては20年以上前のことですけれども・・・・。

   私は、高校生くらいまで、学校の先生がこれをやりなさいと言うものは、一通りはやらないといけないものかと思っていました。 それとともに、どこを受験するなら、こういう学習をするべきだと書かれたものについては、一通りはやるべきで、その上で、さらに自分が考えたものをやるならやればよいと認識していました。しかし、高校卒業時や卒業して1年後2年後といった年齢を10年以上過ぎて、その認識は間違っていた、大学受験に失敗した1つの原因はその認識にあったと考えるようになった。
   いつであったか、日経新聞のスポーツ欄で、元西鉄の豊田泰光さんが、西鉄ライオンズに入団した時、「一軍の選手というのは、実にうまく手を抜く」ということに感心した、と書いていたのを見た。 《ウィキペディア―豊田泰光》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E7%94%B0%E6%B3%B0%E5%85%89 によると、豊田泰光さんは1935年生まれで、1953年に水戸商業高校を卒業して西鉄ライオンズに入団したらしい。 その頃は、1945年の「終戦」からまだ8年しか経っておらず、コーチには軍隊式の訓練を練習でさせようという人もおり、匍匐前進などを練習でさせようという人もいたという。 そういったコーチの言う通りのことをして肘や肩を痛めて引退した投手もいたという。 日経新聞に出ていた豊田さんのコラムによると、一軍の選手と二軍の選手の違いはどこかというと、コーチがやれと言うことはやるがコーチがやれと言わないことはやらないのがいつまでも二軍にいる選手で、コーチがやれと言ったことでも自分が必要ないと思えば「上手に手を抜く」ことをして、コーチがやれと言わないことでも、自分が必要だと思ったことはやる選手が一軍の選手だった、というのだ。 一方で、先生がこういうことをやるといいと言ったことは、「うるさいな」ではなく、「とりあえず、やってみよう」という姿勢もまた貴重で、「とりあえず、やってみよう」と取り組む姿勢も一つの能力かもしれないが、一方で、こうやるべきだと言われても、自分が要らないと思ったものは「上手に手を抜く」ことをして、やれと言われないことでも自分が必要だと思ったものはやるという姿勢もまた必要なのではないか、と思うようになった。 「受験案内書」とか「合格体験記」などに、このようにやるべきだ、と書かれているものは、ともかく、疑わずにその通りやった方がよいか、あくまで「参考」として、自分の考えでやった方がよいかというと、あくまで「参考」とした方がよいと思う。 大学受験、及び、資格試験についての例を具体的にここであげてみよう。
 
[合格体験記 1 ]宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)
   三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』(1993.5.10.こう書房)に、インテリアコーディネーター・インテリアプランナー・キッチンスペシャリスト・宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)・2級建築士・照明コンサルタント・消費生活アドバイザー・商業施設士・DIYアドバイザー・マンションリフォームマネージャー の10の資格の紹介とそれぞれの資格試験に合格した女性の合格体験記が掲載されています。 この本は、本の題名は『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』ですが、「主として女性にとって」≪インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格≫について述べた本で、合格体験記を書いている10人もすべて女性です。 たしか、この本に掲載されていた 宅地建物取引主任者に合格したという人の合格体験記だったと思ったのですが、「合格するには、この方法しかない」という書き方をしていたと記憶していたのですが、今、この本を見返すと、その記述が見つからないので、他の本に掲載されていた合格体験記に書かれていた記述だったのかもしれません。 
   何に書かれていたかはここではそれほど重要ではありません。 私が言いたいのは≪「合格するには、この方法しかない」などという方法なんてない!≫ということです。 なぜなら、その「宅建主任に合格するには、この方法以外はない」とその合格者の方が書いていた方法を私は取らなかったけれども、でも、通ったもん・・・・・♪ その合格体験記を書いていた人より前に。

   宅地建物取引主任者の試験に、私がどうやって通ったか、簡単にここで述べておきますと、最初、「宅建主任なんて、さっさと簡単に通るべきだ」と思ったのです。 その「宅建主任なんて」という「なんて」はどういう意味かというと、旧型司法試験とか公認会計士の試験とかと比べるとはるかに優しい試験のはずなので、それで、「宅建主任なんて」「さっさと簡単に通るべきだ」と思ったわけです。 それで、学習に使用するテキストは、「さっさと簡単に通るべきだ」という観点から行くと、そして、大学入試の経験、“受験のベテラン”としての経験、「勝負強さ」からの判断として、「別に一番で通る必要はない」ということ、となると、テキストは「一番で通るためのテキスト」ではなく、「合格最低点より高い点数をとるためのテキスト」で良いわけで、そうなると、≪「俺しか持ってない」という秘伝書のようなテキスト≫ではなく、「多くの人が使用する一番一般的なテキスト」でいこうと考えました。 それで、大矢息生(おおや やすお)『新資格・検定ガイド ’80年代スペシャリストのすべて』(1980.6.1. 文泉)の「宅地建物取引主任者」の「合格のコツ」に≪最近は不動産取引の専門的な実務取引に関する問題が多く出題されているので、大学生はその点に注意。 高卒、中卒は基本的な民法から勉強すること。≫と書かれていて、参考書として≪「宅地建物取引の知識」(住宅新報社) 不動産取引実務研究会編「不動産取引の実務」(ビジネス教育出版社刊)≫が出ていたので、宅建主任なんて、いちいち、合格するためにどうあるべしとかいうようなものを研究するほどの資格でもなし、この本の著者の言う『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)を1冊、まるまま頭に入れれば合格するのではないか、それで行こうと考えた。 大学受験の際、周囲の人間が自分と違う参考書・問題集を持っていると自分もあれをやらないといけないということはないだろうかとか考えて、いくつもに手を出して失敗した経験を踏まえ、ともかく、「一番一般的なものを1冊だけやる」という方針でやろうと考え、そして、本屋に行って見ると、『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)とそれに似た感じの本で『宅地建物取引の実務』(週刊住宅新聞社)という本があった。 両方を見比べても、どちらがいいか判断できるほど差はない。 どちらかというと『宅地建物取引の知識』の方がほんのちょっとだけ薄いような気がしたが、他はそれほど変わらない。 それなら、大矢息生(おおや やすお)『新資格・検定ガイド ’80年代スペシャリストのすべて』(1980.6.1. 文泉)に載っていた『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)の方にしようとこちらを購入して前から読み始めた・・・・・が、「宅建主任なんて」とか思ってると、実はその「なんて」とかいうのがけっこう通るのが大変だったりするのだ。 どこが大変かというと、仕事をしながら学習しようとすると、学習時間を自分の生活時間の中から盗み出すのが大変なのだ。 それで、あ、あ、あああ、ああ、あ〜あ・・・・と思っている間に試験日が来てしまった。で、「前から順に読破してこの本1冊頭に入れる」という当初の予定は崩れ、3分の1も読めていない状態で試験を受けて、落ちた。 「宅建主任なんて」とか当初はたかをくくっていた「なんて」を。
〔なお、『宅地建物取引の知識』住宅新報社 は今も毎年発行されているが、『宅地建物取引の実務』週刊住宅新聞社 は今は発行されていないようだ。〕

   この学習法ではなかなか通らないと思って次に考えたのは、東京リーガルマインドから無料でもらったカセットテープ、「出る順宅建について」で講師の方が言っていた3分野集中方式。 宅建主任というのは、私が受けた頃、50問出題されて、合格最低点が高い年でも35点、7割合えば合格という試験で、出題範囲を見ると『宅地建物取引の知識』『宅地建物取引の実務』などの本で7章に分けて書かれている7分野のうち、よく出題されるのが、「法令上の制限(都市計画法・建築基準法など)」「権利の変動(民法など)」「宅地建物取引業法」、この3分野。この3つの分野を学習して完全に理解したとすると、この3つの分野の出題だけで7割を超えるので、この3つの分野だけ勉強すればそれだけでも宅建主任には通る! その次によく出題されるのが「税金」だが、税金は読んでもよくわからん。 だから、もしも、この3つの分野以外を学習するなら、たとえば、住宅金融公庫というものの融資対象になるかならないか? とかそういうのを覚えておいた方がいい、という話。住宅金融公庫は今はなくなったが、当時においては、「多くの人が思っているよりも、住宅金融公庫の融資対象は広い」、これを覚えておくだけでも1点とれる! ということだった。(ホントに出た! そして、ホントにそれで1点取った♪)
   それで。 『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)という辞書みたいな分厚い本を前から順番に読むというのはやめて、「法令上の制限(都市計画法・建築基準法など)」「権利の変動(民法など)」「宅地建物取引業法」の3分野だけを集中的にやることにした。 テキストも、それぞれの分野のテキストを購入した。 その時、私が購入して使用したのは、
坂本一洋監修・伊藤勝也著『図でわかる 宅建法令上の制限 ’89年版』(1989.5.30.増補改訂第7版2刷 週刊住宅新聞社)
鹿毛継雄『図でわかる 宅建民法 ’89年版』(1988.12.27.改訂第4版 週刊住宅新聞社)
(株)住宅新報社編『図でみる 宅建業法〔アタック100問100答付〕 ’89』(1989.1.19. 住宅新報社)
この3冊だった。 
なぜ、「法令上の制限」と「民法(権利の変動)」は週刊住宅新聞社の本で、「宅建業法」だけ住宅新報社の本なのかというと、住宅新報社の『図でみる ・・・・』は「法令上の制限」「民法」「宅建業法」の3分野が発行されていたが、週刊住宅新聞社の『図でわかる ・・・・』は「法令上の制限」「民法」は発行されていたが、「宅建業法」は発行されておらず、「法令上の制限」と「民法(権利の変動)」については、週刊住宅新聞社の『図でわかる ・・・』の方がわかりやすそうに見えたからである。
〔 週刊住宅新聞社の『図でわかる・・・・』シリーズのうち、『図でわかる宅建業法』は、私が宅建主任の試験を受験した時は発行されていなかったが、その後、発行されたもの、今、インターネットで検索すると、週刊住宅新聞社の『図でわかる法令上の制限』『・・・民法』『・・・宅建業法』も、住宅新報社の『図でみる法令上の制限』『・・・民法』『・・・宅建業法』も、今は新刊では発行されていないらしい。中古本はあるようだが、これから宅建試験を受けようという人の場合は、何も昔の本を中古で買って勉強しなくても、他のシリーズでもいいから、最新の本を買って使用した方がよいと思う。 そもそも、法律は年々変わる。 用途地域なんて、昔の本で覚えたのでは今の試験に対応できないから、今の新刊書で学習するべきである・・と思う。〕

   それで、だ。 ここまで読んでくださった方で、いったい、いつの話だ? と思われる方があるかと思うので、私の受験歴を正直に述べると、
1989年(平成1年)  不合格
1990年(平成2年)  (未受験)
1991年(平成3年)  (未受験)
1992年(平成4年)  合格
途中、事情があって、宅建主任の勉強は続けていたが受験はしなかったという年を2回はさんで、最初に受けた年から考えて4年目の年に、2回目の受験で合格した。 最初に受けた年は、千葉県に住んでいて、野田市の東武しょうゆ野田線の「運河」という駅から歩いてしばらくいった東京理科大で受け、合格した年は東京都に住んでいて、大田区の蒲田にあったなんとかいう専門学校で受けたが、その専門学校の名前は忘れてしまった。 もう一度行けと言われても行けない。 今から考えると20年以上前、合格した年から25年までは経たないが、それに近い。 合格発表は、東京都庁の1階のホールに受験番号が張り出されたと記憶しているが、ちょうど、東京都庁ができてすぐの時だった。 見に行って、自分の番号があった時はうれしかった。
 
   『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)で学習を始めたのは、1989年(平成1年)の3月頃からで、10月前半の試験の時には、この本を半分も読めていなかったわけで、この敗北の直後から、上記の3冊の本を購入して、「3分野集中方式」の学習法に変えて、1990年、1991年、1992年と学習を続けたが、1992年の夏、まだ合格できるか不安であった時、書店で、東京リーガルマインド発行の『出る順宅建公式集<上・下>』と、同書のカセットテープを見つけた。 
   LEC東京リーガルマインドからは、『出る順宅建』という本が出ている。 これは、他の本とどこが違うかというと、カセットテープの中の、東京リーガルマインドの講師の方の話によると、たとえば、『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)とかは、各分野ごとに書かれているのに対し、『出る順宅建』はそうではない。 「出る順」に書かれている! そうだ。  会社員が片方で仕事をこなしながら、宅建主任の勉強をしようと考えたとして、学習時間を十分に確保できるのならいいが、なかなか学習時間がとれず、あ、あ、あああ、あああああ〜あ・・・と思った時には試験日が来ていた・・なんてことはよくあることで、私だけではなかったわけだ。 そこで、「出る順」方式! この本は、一番前の部分には試験で最もよく出るものが書かれており、その次に比較的よく出るものが書かれていて、さらにその後に、出るけれども頻度は前の2つに比べて低いというものが書かれている。 だから、分野別に書かれている本で前から順番に読み進めると、ある分野は読み終えたが、まったく読んでいない分野もあるのに試験日が来てしまった、ということがありうるが、「出る順」方式の本を前から読むと、たとえ、この本の前半分しか読み終えていないのに試験日が来てしまったという場合でも、読んだところは試験によく出る部分で、読んでいない部分は読みおえた部分にくらべると試験に出にくい部分である、もしも、1回、読み終えて、再度、読み始めたとすると、2回読んだ部分というのは、よく出る部分を2回読んだということになる、というスグレモノ! だそうだ・・・。 東京リーガルマインドのカセットテープでの講師の方の話によれば。
   で、私が1992年の夏に購入したのは、『出る順宅建』ではなく、『出る順宅建 公式集<上・下>』という、うっすい本、宅建主任者試験のエッセンスだけを詰めたような本、それに、その本のカセットテープだった。 そして、携帯用のカセットテープレコーダーを用意して、当時、勤めていた(株)一条工務店で、浜松の本社で研修がある時には、新幹線の車中の行き帰り、イアホンで聞き続けた。 クルマの運転をする時も、このカセットテープをかけながら運転した・・・・が、クルマの運転をしながらカセットテープを聞くのは、クルマの運転に注意散漫になって事故につながる危険もあるので、それは止めた方がいいと今は思う。 私も、今は、クルマの運転中は、音楽か語学のCDくらいで、日本語のものは聴かない・聞かないことにしている。
   それで、通った。 『出る順宅建公式集<上・下>』のカセットテープでは、「これだけは、これまでの試験で、性懲りもなく何度も何度も出題されているのですが、マンションの建て替えは住人の5分の4の賛成でできる、マンションの建て替えは5分の4、5分の4とくればマンションの建て替え。 5分の4でマンションの建て替え以外はありませんから。 これだけ、何度も何度も出題されているということは、今後も出る可能性があります。これだけは覚えておいてください。 マンションの建て替えは5分の4、5分の4とくればマンションの建て替え。 いいですね。これだけ、覚えてくださいね」というのがあって、そして、本当に出たのだ。私が受けた1992年の試験で。 これで、1点獲得♪
〔 インターネットで見ると、『出る順 宅地建物取引主任士』は今年度版が新刊書で出ているようですが、『出る順宅建公式集<上・下>』は、今は、新刊では出ておらず、中古書はあるようですが、これも、これから学習する場合は、何年も前の本ではなく最新のもので学習した方がいいでしょう。〕
〔  『出る順 ・・・』は、学習時間を多くとれない会社員が学習するには、最後まで読めないうちに試験日が来てしまったという場合でも、読んだ部分は試験によく出る部分だという長所はあるのですが、この点はどうだっただろうかと調べる場合には『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)など分野別に書かれている本の方が調べやすい、という点はあります。 〕
〔  私は、3分野についての本3冊で学習した後で、まとめのように『出る順宅建 公式集<上・下>』という薄い本を使用し効果があったが、最初から、このタイプの「エッセンスだけ」の本で学習しようというのはきついのではないかと思います。〕

   私が合格した1992年より前、数年間、合格最低点は、50問出題されて、30点から35点、問題が難しかった年で30点、問題が易しかった年で35点、その間だった。 実際に受験した後、自己採点してみると、35点だったか36点だったかだったと記憶している。 だから、たとえ、過去数年間で最も合格最低点が高かった年の合格最低点でも合格で、かつ、受けた感触として、過去数年間の問題と比較して1992年の問題は易しい問題という印象はなかったので、おそらく合格できたであろうと思った。 どこがやっていたか忘れたが、各問題にどの選択肢を選んだかを記入しておくると、合否の可能性を答えてくれるというのがあって、送ると、「合格可能性80%以上」という最も上の評価だった。 だから、合格の可能性が高いと思ったが、それでも、合格発表を見るまではわからない。 東京都庁のホールまで見に行くと・・・、私の番号があった。 最初に受けた年から計算すると、苦節4年。 やっと通った。  そして、1992年の終わりから1993年にかけて、「実務経験にかわる講習」を受講し、宅地建物取引主任者として登録することができた。 その年、合格できず、翌年以降に再挑戦となった人から後で聞いた話によると、その年の合格最低点は30点だったという話で、受けた感触から問題の難易度はそのくらいだったのではないかと思います。 数字だけ見ると「余裕をもって通った」かのようにも見えますが、それは「結果として」で、そこに至るまでの過程としてはそれほど余裕があったわけではありません。
   合格・登録した後で感じた問題点としては、東京リーガルマインドのテープの講師の方が「税金は勉強してもなかなかよくわからない」「ここだけの話ですが、宅建主任に通るという点で見ると、税金の部分は捨ててもいいのではないか」という指導に従い、税金の分野はほとんど勉強しないで通ったのですが、通った後になってみると、試験の合否にかかわらず、税金の問題は大事なので、合否に関わらずもっと勉強しておけばよかったかなと思うこともまったくないではありません。 試験に通ってから勉強しても悪いことはまったくないのですが、どうも、人間というのは、試験に通った後でも、試験に通るために学習した分野と試験に合格前にたいして学習しなかった分野では、合格前に学習した分野の方が合格後も学習しやすいようなところがでてきます。そうは言っても、やはり、資格取得という目的から行けば、合格めざして「できるだけ直線的に進む」べきであると思いますし、難しいところかもしれません。
   
   柴田孝之『司法試験 1発合格の技術』(2002.7.18.ダイヤモンド社)のDVDで、柴田が「宅建主任というもんのすごく簡単な試験がある」などと話していたが、そこまで簡単ではない。 大学生で、生活のために働かなくていい人間が、受験だけするのなら、少なくとも「旧型司法試験よりはずっとやさしい」であろうけれども、「もんのすごく簡単」などということはない。 そんなことを思っていたら、落ちる!
   職場においては、その頃、1990年代に40代から50代くらいだった人、今、60代から70代になっている人で、申し訳ないけれども、「どう考えても頭の良さそうでない人」で詐称ではなく本当に宅建主任の資格を持っている人がいたわけだけれども、それは、この試験が始まってすぐの頃は比較的取りやすかった為、その頃に取った人ではないかと思う。 私が最初に受験した1989年から合格した1992年においては、旧型司法試験などよりは易しいであろうけれども、決して「もんのすごく簡単」な試験ではなく、そんなことを思ってなめてかかっていたら落ちる! 試験であった。

   私が最初に受ける時に参考にした大矢息生(おおや やすお)『新資格・検定ガイド ’80年代スペシャリストのすべて』(1980.6.1. 文泉)の「宅地建物取引主任者」「合格のコツ」に≪ 最近は不動産取引の専門的な実務取引に関する問題が多く出題されているので、大学生はその点に注意。 高卒、中卒は基本的な民法から勉強すること。≫と書かれていたのだが、私が受けた1989年・1992年においては、「受験資格」が「高卒以上」だったはずで、受験申込の際に大学の卒業証書を持参して見せた記憶があります。 この本が発行された1980年でもそうだった可能性が高く、高校か大学・短大を卒業していない人は受験できなかったはずですが、今は、「高卒以上」という条件はなくなり、最終学歴が中卒の人でも受験できるはずです。

   2001年(平成13年)、(株)一条工務店の栃木県の佐野営業所にいた時、栃木県南部の「副所長」(仕事内容は営業所長)だったK下が、「宅建主任にしてもインテリアコーディネーターにしても、ぼくらはどんなにしても通らないのに、あんたは何の努力もしてないのに簡単に通る。 ズルイ!」などと私に言ったことがあったのだが、あれには少々むかついた。 誰が「簡単に」通ったんだ、誰が???   ひとが苦労して努力して工夫してやっと通ったものを、「あんたは何の努力もしてないのに簡単に通る」とは、よく言ってくれるものだ。

   「宅地建物取引主任者」という国家資格が、今年、2016年から、「宅地建物取引士」と、「主任者」が「士(さむらい)」になった。  サムライといっても、たいしたサムライではないわけで、決して、ふんぞりかえって高給もらえるようなものではないのだが、「主任者」では弱いので、「士(さむらい)」にしようという話はけっこう前から出ていたのが実現したらしい。
   2003年、11年余り勤めた(株)一条工務店を辞めた後、同社在籍中に、インテリアコーディネーター・キッチンスペシャリスト・2級建築施工管理技士・宅地建物取引主任者といった資格を取得したので、できれば、それらを生かすことができる職場に就職したい、それらを評価してくれる会社に勤めたいと考えたのだが、雇用能力開発機構の千葉センター(ポリテクセンター千葉)の就職コンサルタントがおこなっていた「就職相談」に行って、それを話したところ、「インテリアコーディネーターだのキッチンスペシャリストだの宅建主任だのなんて、そんな試験、誰でも通るぅ〜う! そんな誰でも通る資格なんて持っててもだめです。 そんな試験、誰でも受けさえすれば、間違いなく誰でも絶対に通るぅ〜う!」と言われたので、「そんなことないですよ。 誰でも絶対に通るなんて、そんなことありませんよ」と言うと、「いい〜んや! ずえったいに誰でも間違いなく通る。 誰でも試験会場に行って名前と受験番号さえ書けば間違いなく絶対に通る。 いいですか! 私はあなたの為を思って言ってるんですからねえ!!!」と言われたのだ。  「あなたの為を思って」言ってくださるのはけっこうなのですが、インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)にしても、「誰でも名前と受験番号さえ書けば間違いなく絶対に通る」試験ではなく、なんで、この人にこんなことを言われなければならないのかと思いました。 そのおっさんは「私は石原都知事の知り合いなんだけれども」と言っていたのですが、雇用能力開発機構(現在は名称が変わって、高齢・障害・求職者雇用支援機構)の「就職コンサルタント」こそ、石原慎太郎の知り合いでさえあれば、「誰でもずえったいに」なれるのではないのか? て感じでした。(もっとも、私には、そんなコネないけれども、もしも、そういうコネクションがあって仕事につかせてもらったとしたならば、そのおっさんみたいに、ポロポロ誰にでもそんなこと言わないけれども・・ね。 それを、ポロポロそんなことを簡単に口にしているということは、たいしたおっさんじゃないのかもしれない・・が。)

   インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)にしても、簡単に通るのか、誰でも持ってるのかというとそんなことはない。 あえて、言うならば、そういった「中程度の難易度の資格」をいくつも取るよりは、旧型司法試験とか公認会計士試験とか税理士試験とかいった「難関ではあるが、取得すると、特別に高収入であるかどうかはさておき、食べていける可能性が高い」という資格を1つ取得するようにした方が良かったのではないか、とか、インテリアコーディネーターは、今や、看護婦さん以上の「女性の資格」となっており、男が取得しても仕事に生かせる度合いは小さく、「インテリアコーディネーター」という職種名での求人募集に男性が応募しても、「男性の採用は最初から考えていませんから」と電話で言われておしまい! ということが多いという資格なので、自分の属性を考え、「女性」という属性は男性は努力しても獲得することは難しいので、「女性の資格」のような扱いを受けていて男性が取得しても評価されにくい資格をとるよりも男性が持った時に評価される資格を取得するようにした方がよかったか、といったことは考えます。
   インテリアコーディネーターについては、さらに、私自身の経験を言うと、今は昔、もう10年程前、職安の求人で「インテリアコーディネーター」という職種名の募集に応募したところ、募集していた会社の担当者から電話をもらい、「実は、うちの会社とある大手さんとで合同である事業をやろうということでの募集だったのですが、もともと、インテリアコーディネーターは女性を考えていたのですが、私は○○さんの履歴書を見させてもらって、男性でこういう人も悪くないのではないかと思ったのです。 しかし、大手さんの方が言われるには、インテリアコーディネーターというのは、1級建築士のアシスタントで、お客さんにお茶出しをしてもらって、お客さんの子供の相手をして子供のお守りをしてもらう人と考えているので女性でないと困るということでしたので、それで、申し訳ありませんが、今回は採用は見送らせていただきたいと思います」と言われたのです。 ということは、「インテリアコーディネーター」というのは、《「三流一級建築士のアシスタント」兼「お茶くみオバサン」兼「子守女」》ということか???  ・・・なんじゃ、そりぁ〜あ!!! という話で、インテリアコーディネーターは《「三流一級建築士のアシスタント」兼「お茶くみオバサン」兼「子守女」》とは違うぞお〜お!!! と言いたいところですが、世間の会社ではそう思っている人間が実際にいて、三流一級建築士のおっさんにもそんなことを思っているおっさんがけっこういるらしいのです。 ちなみに、私、男ですが、子供の相手、苦手じゃないですからね。 特に、子供の相手が苦手なおっさんは、「子供の相手は女性が向いている」とか勝手なこと思っていますが、実は、女の子というのは「男は女に甘い!」という人間社会の真理を2歳から認識してまして、案外、男性の方が良かったりもします・・・が、「子守は女性に限る」と思ってるおっさんが会社経営者とか人事総務のおっさんとかでいるわけです。ちなみに、お茶いれるのだって、私、苦手じゃないですからね。私、「お茶グルメ」なんです。 一条工務店の本社が展示場に送って来ていた「本川根」というの、あれ、けっこうおいしい。 最近は、知覧茶がお好みなんですが、「お茶って、お茶である以上、みんな一緒」なんて思ってませんか? 違いますからね・・・て言っても、「やっぱり、お茶出しは女性でないと」とかいうおっさんがいるわけです。あえて、お茶くみおばさんやらせてくださいと志望しませんけど、なんで、インテリアコーディネーターて、お茶くみオバサンの資格なんでしょうね? (株)エイブルの経営者は、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 を「事務員さん 兼 お茶くみオバサン 兼 子守女」の資格と心得ていましたけれども。

   それで。 宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)なんて、独学で勉強して通るもんだ・・と私は考えていたのですが、(株)一条工務店の某営業所におりました時、宅地建物取引主任者の受験対策をやる予備校みたいなところに通って合格したというおじさんがおりまして、どこだったか地方国立大学を卒業して新卒入社した女性社員に、「宅建主任は、独学で勉強したって、絶対に合格しないからね。学校に行かないとだめだよ。 独学じゃ絶対だめだ」と親切心からだと思いますが、話していたのが近くにいて耳に入りました。
   おじさんは、親切心から言ってあげていたつもりだったのだと思います。 でも、違いますからね。 別に、「宅建主任受験のための学校」という所に行かなくても、私、通りましたから。
   だいだい、ね。 今はどうなっているかわかりませんが、私が行っていた頃の北野高校というのは、「試験というのは、カネをかけずに、さっさと通る」というのがポリシー というのか、エトスとでも言いましょうか。 そういう思想・風潮の学校でしたもので、私も、「カネをかけずにさっさと通る」というのが基本だと思って生きてきました。但し、もしも、受験対策をやってくれる「学校」というものに行ったとしたならば1年で通るが、独学でやると10年かかるとかいうような事態があるのなら、その「学校」にカネを払って「さっさと通る」を選択するのも選択肢としてはありだとは思います。 でも、基本的には「カネをかけずに、さっさと通る」がポリシーでして、かつ、「何であれ、学習は独学が基本」であってですね、「そもそも、旧型司法試験ならともかく、宅建主任なんて、受験の学校なんて行くほどの試験じゃないでしょうが」て感じなのですが、これは、人にもよるわけでして。 私が思いますには、その「学校行かなきゃ、宅建主任は絶対通らないよ」と親切心から言っていたおじさんは、言っちゃ悪いがあんまり頭のいい方の人ではなく、学歴だって高卒の人で、言っちゃ悪いが、あの頭の悪いおじさんがよく通ったな・・という感じすらするわけで、あのおじさんが通るには相当の努力をしただろうなあ・・という印象を受けたわけです。 だから、その頭の悪そうな・・と言うと失礼かもしれませんが、そのおじさんでも一生懸命頑張って通ったのですし、昔から宅建主任は受験資格が「高卒でさえあればいい」というものだった(今は、高卒でなくとも中卒でもよい)ので、大学に行かなかった人で、高校も進学校でもない高校卒の人が、「高卒でも受けることができたから」ということで頑張って取得することのあった資格なので、上に述べた2001年に(株)一条工務店の栃木県の副所長をしていたK下が「ぼくらはどんなにしたって絶対に通らない」などと勝手なことを言うのはおかしいのです。 それで、東大・京大に行った人、もしくは、行けなかったけれども、行きたいと思って勉強して結果として阪大・神戸大とか慶應・早稲田とかに行ったというような人が受験する場合、もしくは、そこまで行かなくとも、地方国立大学でも出てきたくらいの人なら、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の試験は、別に、受験対策の学校などに行かなくとも通ることはできる、と思います。 それに対して、学歴は高卒くらいで、それも、東大・京大でも行けないということもないが、大学なんか行くもんかと高校の時に思って行くのをやめたが、高校まではけっこうお勉強はできたというようなタイプの人ではなく、「あんまりお勉強は得意じゃない」という人で学歴は高卒くらいの人の場合、もしも、自分で計画を立てて勉強するよりも、人に計画を立ててもらってやった方がやりやすいと思うのならば、そういう宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の受験対策学校に行くのも悪くはない、と思います。 一般論ですが、東大・京大までいかなくとも、国立大学か早慶くらいを卒業した人なら、独学で通ります。高卒くらいの学歴の人で「お勉強は苦手」とう意識の人の場合、人にもよると思うのですが、「受験対策の学校に行った方が通りやすい」という人がいる・・かもしれません。

   「ユーキャン」という通信教育があるみたいなんです。 電車の駅なんかに、「ユーキャン」の無料講座案内が置いてあったりします。 「無料」といっても、その案内の冊子が無料であって、「ユーキャン」の通信教育が無料ではありません。 この「ユーキャン」に宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の試験対策の講座があるのですが、これはどうだろうか? と考える人があるらしいのですが、私は受講したことがないのでわかりません・・が、私が勤めた複数の会社には、「ユーキャン」の宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の講座を受講したという人が何人かいたのです。 そういう人の間では、「ユーキャン」の宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の評判は悪くありません。 2010年、千葉市中央区の新華ハウジング(有)にいた か○○(当時、40代。男)も、「今年はユーキャンで勉強したから、今年は絶対に通る。 あれはいいわあ。 去年はユーキャンで勉強しなかったからだめだったんだ。 ユーキャンでないとだめだ。 今年はユーキャンで勉強したから、間違いなく絶対に通る」と口にしていました。 へ〜え。 で、試験が終わった後、会社に戻って来て言う文句は、「今年はユーキャンで勉強したから間違いなく絶対に通る」と言ったからには、「たぶん、通ったと思うんだけれども」とかいう文句が口から出てきてよさそうに思いませんか?  ところが、彼が口から出した文句は「落ちたあ〜あ」って。 何だよ、「ユーキャンで勉強したから絶対に通る」んじゃなかったのかよ。
   そのあたりが、大学受験で試験の経験のある人間とそうでない人との差なのかもしれませんね。 私なら、たとえ、今年は通りそうだと心の中で思っても、それを口にだして人に言わないですね。 もしも、人に言うとすれば、合格発表を見て自分の受験番号があるのを確認して、登録の手続きもすませて、その後ですね。 通りそうだと思っても、それでも、落ちる可能性はあるじゃないですか。 合格発表を見るより前に、必要もないのに、「今年は通る」だの何だのと人に話すというのは、まず、そのこと自体が「勝負弱さ」だと思いますよ。

   2010年、千葉市中央区の新華ハウジング(有)〔建設業〕の従業員で、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の試験を受けると3人の人が言っていました。 1人のS井さんは、受験を申し込んでおきながら、当日になって受けるのをやめました。なんで、やめるの? なんででしょうね。 そういう人が時々います。 司法試験では、若い人を合格させたいとかいう考えがあるらしく、ひとつには、弁護士には年齢はそれほど関係ないとしても、裁判官や検察官には若い頃から採用したいという考えがあるようで、過去の受験回数が多い人と受験回数が少ない人では、受験回数が多い人の方が合格基準が厳しいとかいうことがあったようで、それで、今年は受けても通りそうにないと思った場合は受けないという人もあり、それはわかりますが、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 とか インテリアコーディネーター とかは受験回数は合否の基準と関係ないはずなので、それなら、たとえ、今年は受けても通りそうにないと思っても、いったん、受験の願書を出して受験を申し込んだなら、受けるべきです。 合格しなくとも、ともかく、受けて、その時点でできる限りのことをしたならば、来年以降にどこをどう勉強すればよいか、自分は合格までにどの部分がどう不足しているのかということがわかると思うのです。だから、今年、受けても落ちそうだと思ったから受けない、というのはもったいない。 落ちてもいいから受けるべきです。 又、同じ職場で通りそうな人間がいるのに、自分が受けて落ちたのではカッコ悪いなどとアホなことは考える必要はありません。 学習を早くに始めた人もあれば始めるのが遅かった人だってあるわけで、人との競争じゃないし、落ちたらカッコ悪いともしも思うなら、「受ける」とかいうことをひとに言わなければいいのです。言うだけ言って受けないというのは、アホですよ、それ。 申し込んだら、通るか落ちるかにかかわらず、受けるべきです。
〔   1970年代後半、高校を卒業した年に東大を受けて落ちました。 本番の試験と12月に受けた代ゼミの東大模試を受けた経験から、各科目の学習どうこうよりも、入学試験の問題に対する対策が不足していると私は実感し、浪人して、それをやらないとと考えました、が、YMCA高槻校の「京大東大文系クラス」は名前と違って東大の文科の試験問題の対策をやろうという姿勢はなく、これではだめだと感じました・・が、私はそれを口に出して言わなかったはずなのですが、YMCA予備校としては口に出さなくとも、私がそう思っているとわかったようで、京大や東大を受験したこともないYMCA予備校の職員はおもしろくなかったようです。 〕

   2人目が上にあげた か○○です。 「今年はユーキャンで勉強したから、絶対に通る」「去年はユーキャンでやらなかったからだめだったんだ。 今年はユーキャンでやったから間違いなく通る」と言って、試験に行き、そして、戻って来て「落ちたあ〜あ」と。 それなら、「今年は絶対に通る」だの何だのときかれもしないのに言わなきゃいいのです。
   そして、3人目。 工事部のHさん。 か○○ とは違って、試験を受けて戻って来て「今年は通った」と。 おめでとう! 誰もがそう思った・・・・・が、落ちてたそうです。
   この3人はどこが良くなかったか?  結論として、言わなくともよいことを言ってるのです。 「今年は通る」だの「通った」だのという文句は、少なくとも、実際に合格発表を見てから言うことです。 私なら、合格発表を見ただけでなく、合格通知を見て、登録する必要がある資格なら登録の作業をすませてから、高校・大学なら入学の手続きをすませてから。 たとえ、ひとに話すにしてもそれから後です。 それに、資格試験にしても入学試験にしても、通っても落ちても、誰にでも彼にでも言う必要ないですからね。 受ける前から「通る」だのなんだの言ってるから落ちるんです。
   それで。 これは、やっぱり、大学受験で痛い目にあった経験があるかないかの違いは大きいのかもしれない、と思いました。 私にとっては、もしかすると、大学の入試で落ちた経験というのは、ある意味で、「原点」だったのかもしれません。もう、30年以上前、いや、35年以上前になってしまいました。 大学の合格発表を見て、自分の受験番号がない。 見間違えてはいけないと再度見てもない。 念のため、もう一度見てもない。 ないものはない、といっても、ないと困る・・がない。 そう思って歩いた東京の街に、その頃、流れていたのが、映画『あしたのジョー』の「美しき狼たち」の歌でした。〔⇒《YouTube―あしたのジョー「美しき狼たち」(1980)》https://www.youtube.com/watch?v=oaqOX-6P4_0  〕そういえば、2浪もしてしまったのですが、その2浪の時、東大の駒場キャンパスで試験会場から出て、京王帝都電鉄の「駒場東大前」駅に向かう時、駅の階段の下あたりで泣いている女子学生がいたのを見ました。 女は・・泣けていいよな・・・・。 男は泣いたって、誰も同情してくれないものな・・・。 

   でも、そういった経験から、私なら、「ともかく、受験願書を出したなら、通りそうか落ちそうかにかかわらず、ともかく、受ける」、「資格試験にせよ、入学試験にせよ、不必要に誰にでもかれにでも、受けるだの、通るだの言わない」、そういった習性、(それは「勝負強さ」でもあると思いますが)、は自然と身につきました。
   まず、学校の入試でも、資格試験でも、不必要に誰にでも彼にでも「受ける」とか「通る」とか言うと、どうなると思いますか?  「おまえなんか、通るわけないじゃないか」とか言い出すヤツも出てくるかもしれませんね。 学校なら「あんな所いくとよくないぞお」とか言い出す者も出てきますね。 資格なら「そんなの取るとよくないよ」とか言い出す人も出てくるかもしれないし、これも、「おまえなんか、通るわけないだろうが」とか言い出す人も出てくるかもしれません。落ちた時に祝杯あげるヤツが出てくるかもしれませんね。 だから、通るまでは言わないものです。 入学試験にしても資格試験にしても。
   私が大学を受ける時、お父さんなりお母さんなりが、東大なり京大なりの受験経験がある親の息子・娘というのは、うらやましいなと思いました。 そういう人は親が「わかっている」のです。 私の親はわかっていませんでした。 でも、しかたがない。 そういう親だったのだから。 それで、私はけっこう痛い目にあいました。 そして、その痛い目にあって、おのれの痛みと引き換えに学習しました。 入学試験にしろ資格試験にしろ、「受ける」だの「通る」だのと、誰にでも彼にでも言うものではないし、言う必要もない、ということを。
   (株)一条工務店の栃木県南部の副所長をしていたK下さんが「ぼくらはどんなにしても通らないのに、あんたは何の努力もしてないのに通る。ズルイ。不公平だ。」などと言ったのですが、あんた、何の努力したの? そもそも、「美しき狼たち」が街に流れていた時、泣きたいぐらいの気持ちだが泣いてもしかたないし、男は泣いても誰も同情してくれないし、泣くわけにもいかず、とぼとぼと歩いた経験ないでしょ・・・・。 その経験のない者がその経験のある人間と同じだけのことができたなら、そっちの方がよっぽど、不公平と違いますか・・・。 〔《YouTube―【出崎統】あしたのジョー2 果てしなき闇の彼方に 》https://www.youtube.com/watch?v=0b5q3nzgttQ 〕 

   「ユーキャン」は、他の会社にいた時も、「ユーキャンはいいわあ。 今年はユーキャンで勉強したから大丈夫だと思う」と言って受けて落ちた人がいました。 どうも、私が勤めた会社には、「ユーキャンで宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の勉強した」という人で、「ユーキャン」はいいか悪いかというと、いいと評価する人がけっこういたのですが、「ユーキャンはいいわあ〜あ」と評価した人が通ったかというと、ことごとく落ちてるのです。 落ちた人に「ユーキャンはいいわあ〜あ」と言われても、なんだか・・・・。 やっぱり、「◇◇はいいわあ」という文句も、通ってから言うようにした方がいいのではないかという気がします。 「敗軍の将、兵を語らず」と言いますしね・・・。もっとも、相撲の高砂親方(元 朝潮)が「大関どまりの親方だから、横綱の朝青龍を指導できないのだろうと言う人があり、横綱までなった親方と大関どまりの親方なら、横綱までなった親方に大関どまりの親方は指導者として劣るように言う人があったが、それは違うと思う。 横綱までなった者は自分が達成したという気持ちでいるのに対し、大関まではなれたが横綱にはなれなかったという親方は、自分はなぜ横綱になれなかったのだろう、どこがいけなかったのだろうかと現役の力士をやめた後もいつまでもいつまでも考える。考えるなと言われても考えずにおれない。 だから、弟子を育てる時には、自分のその思いを弟子に生かそうとするので、大関どまりの親方は横綱までなった親方に劣るということはないと思う」と述べていたが、そういうことはあると思う・・・・が、しかし、試験に落ちた人間に「ユーキャンはいいわ」と言われても、落ちたんだろ。「いい」か? それで???

    ここで述べた私の宅地建物取引主任者の受験・合格体験記としては、もう20年以上前のことですから、今はその頃と変わっている部分があるので、そのまま通じないところがあるかと思いますが、それでも、これから受けようという人にとって、「参考になる」ものと思います。
    何より、時代が変わっても制度が変わっても、間違っていないと思えるのは、「このやり方しかない」とか何かの本に書いてあっても、合格者で言う人がいても、それはその本の著者がそう思っている、その合格者がそう思っているだけのことで、合格するためには合格最低点より高い点数をとればいいことであり、合格最低点よりも高い点数をとるための方法は1つではないわけで、自分に合う方法をとればいいのです。 《「このやり方以外にはない」と言いたいくらいその方法がいいと思っています》というのなら、それは悪くないでしょうけれども、「このやり方以外にはない」と人に押しつけるなら、それは間違っていると思います。
   柴田孝之が『司法試験機械的合格法』『東京大学機械的合格法』で書いていたのですが、「『柴田先生の言う通りやれば通りますか』ときく受験生がいますが、そんな考えでは通りません。 私の言うことは参考にしてそれ以上のことを自分で考えてやろうという気持ちがないようではだめです」だったか、書いていたように思います。 宅地建物取引士くらいの難易度の試験なら、そうではなく、「お勉強や試験は得意じゃない」というタイプの人が合格したいという場合なら、そういう試験対策の学校にいってそこの講師の言う通りにやって通って悪くないと思います。 しかし、宅地建物取引士くらいの試験でも、国立大学か早慶くらいを卒業したような人なら、「そのくらい、自分で考えて通れよ!」と言いたいし、ひとがやったことは「あくまで参考」として役立てた上で、自分の方法でやった方がよいと思います。
    (2016.3.29.) 

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