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zoom RSS 英文は日本語にして書くべきか、書くべきでないか―YMCA予備校はどこが間違っていたか≪8≫

<<   作成日時 : 2015/12/01 13:01   >>

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[第230回]私のドラゴン桜(8)
【10】 「英語の学習においては、すべての英文を日本語に和訳して、常に書くべき」か、「語学の学習では、すべての文章を日本語に和訳して常に書くということはしてはならない」か。
   1970年代後半に行った大阪府高槻市のYMCA予備校高槻校は最低だった。 問題点はいくつもあったが、「教職員が事務職員に指示・命令されている」という問題があり、「教職員にバイトが多く、責任感に乏しい」という点があった。
    京大や阪大の大学院の学生にアルバイトで講師をさせているものもありましたが、「副業」はしょせん副業で責任感がない。『あしたのジョー』では、元ボクサーでボクシングの試合で片目を失明した丹下団平が若い男を見ると、「ボクシングしねえか。俺がコーチしてやる。俺がコーチしてやりぁあ、世界チャンピオンになれる。おれがならせてやる。」と誘いまくり、周囲の人間から「拳キチ(拳闘きちがい)のオヤジ、また、酔っぱらってバカ言ってやがる。若い男なら誰でも世界チャンピオンになれると思ってやがる。おかしいんだぜ、あのオヤジ」と笑われ続けたわけで〔⇒《YouTube―ジョーの子守唄.mp4 》https://www.youtube.com/watch?v=1v0DkrnILrg 〕、三田紀房『ドラゴン桜』では、経営が難しくなった私立高校の立て直しのために、ある弁護士の男が、東大合格者を出して売り出してやるとして、中学校レベルの学習もできていない生徒2人に、「おれの言う事をきけば、来年、東大に入れるようにしてやる」と言うわけですが、まあ、実際のところ、高校の3年の初めの時点で中学校レベルのものが理解できていない生徒に1年間で東大に合格できるレベルにまで学習させるというのはそう簡単ではないようにも思いますが、しかし、『あしたのジョー』の丹下団平や『ドラゴン桜』の弁護士には、俺が世界チャンピオンにならせてやる、俺が東大に合格させてやる、というそういう気概があったわけですが、私が、予備校の講師になれば、たとえ、「副業」でやる場合だって、「俺が合格させてやる」というくらいの気概でやるが、YMCA予備校のバイトの講師には、バイトの時間の間だけそこで勤めればよいという程度の意識で、「俺が合格させてやる」というような気持なんかなかった。
  ひとつには、北野高校では(他の公立高校でも)教職員の授業の進め方に対して事務職員が口出すようなことはしていなかったのに対し、YMCA予備校では事務職員が教職員に命令していた点に問題があった。 事務職員と教職員とは職務を分担しているのであり、本来どちらが上でも下でもないが、各科目の教職員に対して事務職員が命令するという状態だったYMCA予備校はその点で問題点があった。

    YMCA予備校高槻校には「主事」という職名の男が3人いたが、F井とSは少し年齢をいっていた為、はっきりとわからなかったが、最も若いH野くんは、言っちゃ悪いが「私立の五流大学を卒業してきたばかり」と顔に書いてあった。 おそらく、他の2人も似たような学歴だろう。 「学歴だけで人を判断するべきではない」と言う人がありそれは間違いではないと思う。高く評価される学歴の人が常に社会にすばらしい貢献をするとは決まっていないし、低学歴の人でも真面目に努力する人もいるだろう。 しかし、他の職業ならともかく、東大や京大の試験に合格したいという人間を指導するなら、東大や京大に合格した人、もしくは、東大や京大に行きたいと思って努力したけれども断念して阪大くらいに行った人、受けたけれども落ちて早慶あたりに行った人でないと指導はできないと思う。自動車学校の指導員を運転免許も持っていない人間がやるか? 自動車学校の指導員は運転免許くらい持っている人間がやるだろう。YMCA予備校は「私立の五流大学を卒業してきたばかりです」と顔に書いてある人間が「主事」をやっていた。「主事」というのは事務職員のはずだが、それが教職員より上の立場にあって教職員に指示・命令していた。
    2年ほど後、中学校の同窓会に出た時、3年の時の担任の先生が、「もし、学校の先生になろうと思うなら教育実習に来るなら来てもいいよ」と私に言ってくれた。 その先生は人は悪い人ではないのだけれども、時々、ぽろっとそこで言うとまずいかなということを口にしてしまう時もある人だった。 どこがまずかったかというと、同窓会の場なので周囲に何人も卒業生がいたのだが、「教育実習に来る者を見ていても、こんなやつが教員になるのかと思うようなやつが来てるよ。だから、遠慮せずに来ていいよ」と言ってくれたのだ。私はその先生の言われたことは間違いということはないと思う。 制度の上では、大学の教員養成課程を履修して各科目の教諭の資格を取得すれば高校や中学校の教員になることはできるが、しかし、学校の先生というものは、勉強が好きな人間がなる仕事ではないかと思うのだ。 勉強なんか嫌いじゃい、という人間がなる仕事ではないと思うのだ。 又、学校の時にある程度以上の成績をとった人間でも、それをある程度生かした上で会社とか役所とかで働いていくのか、学校で学んできたものをそのまま生かし学校で学ぶことを人生において続けていきたいと思うのかという選択において、学校で学ぶことが好きな人間がなる仕事だと思うのだ。それから考えると、「なんで、こんなやつが学校の先生になろうとするんだ」と言いたくなる人も現実にいると思う。 但し、いろんな人間がいる同窓会の場で口にすると差しさわりもあったかもしれないのだが、その先生は、そういった点から考えると、中学校ではクラスで一番良い成績をとっていたような者は、もし、教員になりたいのなら遠慮せずに教育実習にきていいよと言ってくれたのだ。
   YMCA予備校の場合、「主事」という職種にその「なんで、こんなやつが」という人間がなっていたのだ。 「私立の五流大学を出てきたばかりです」と顔に書いてある人がなっていた。 北野高校や天王寺高校・大手前高校などを卒業して「京大東大文系クラス」というようなクラスに来ている人間というのは、京大・阪大、あるいは東大を受けて落ちたけれども、もし、大学を選ばなければ、どこか通るところはあった人間だ。 それはその「主事」が卒業した大学よりはるかに評価の高い大学だ。かつて同級生だった者で浪人せずに現役で大学に行った人間には、アルバイトで家庭教師をやったり塾の講師をやったりしている者がいるが、そういう人間と比べても高校までの成績が特に悪かったわけではない。 各地域での一番手校から京大や阪大などに進学して家庭教師をやったり塾の講師をやったりしている人間は、YMCA予備校の「私立の五流大学を卒業してきたばかりです」と顔に書いてある「主事」よりも大学受験についてはよっぽどわかっている・・ということは、YMCA予備校に来ている受講生はYMCA予備校の「主事」よりも大学受験についてよっぽどわかっているということだ。そのわかっていない方の人間が生意気にわかっている方の人間に干渉して受験生活を妨害していたのだ。私の父などは「専門家、せんもんか、センモンカ、せ〜んもお〜んかあ〜あ!」などと言っていたが、自分に経験のない者が専門家であるわけがない。母は「自分に経験がなくても、人を指導する経験があるでしょうよお」などと言い、「あの人はクリスチャンなんだから、悪い人であるわけがない」などと言っていた。「聖書なんて読む必要ないんや。聖書なんて読まんでも、洗礼うけて日曜ごとに教会に行って礼拝にでて献金はらっておけば、それでいいんだ。」と何度も何度も言いまくる男のことを。
    「自分がやるのと人に指導するのは一緒ではない」というのは確かにそうだ。私も、高校生の家庭教師をやったことがあるが、当人が行きたいと言う大学学部に比較的近いところに何とか合格させてやろうと思っても、やめとけと言っても夏休みには同級生と泊りがけで海水浴に行きよるわ、家庭教師の約束をしている時間に行っても逃げ出していないわ、次までにこれをやっておいてと言ってもやらないわで、こんなやつ、どうしろってんだよと思ったし、「かわったろか」とも、俺がやれば通るのにとも思った。自分がやるより勉強しない人間に勉強させるのは難しい。だから、自分がある程度できたからといっても、人にも同じことをさせることができるとは限らない。しかし、運転免許も取得していない人間が自動車学校の指導員をできるだろうか。 昨年、全国建築CAD連盟が実施の建築CAD検定http://www.aacl.gr.jp/ の2級と3級に合格したが、Winスクールhttp://www.winschool.jp/ の講師の方は過去に2級を受けて合格した人だった。 2001年の試験でキッチンスペシャリスト試験に合格して2002年にキッチンスペシャリストhttps://www.interior.or.jp/ks/ として登録したが、キッチンスペシャリスト試験https://www.interior.or.jp/examination/ks_intro/ の製図試験に合格するために行ったハウジングエージェンシーhttps://www.housing-a.co.jp/ のキッチンスペシャリスト試験製図試験対策講座の講師の中原先生は、キッチンスペシャリスト試験の第1回の試験の合格者だったそうで、自分自身がその試験に過去に合格した上で講座を担当されていた。自分が受けたこともない人間に指導できるか? CADの試験の指導をする人がクルマの運転が下手でも関係ないし、自動車学校の指導員がCADができなくても問題はないが、CADのスクールの講師がCADをわかっていなければ困るし、自動車学校の指導員がクルマの運転ができないでは困ります。他の職業なら、あんまりいい大学出てない人でも真面目に仕事をする人はいるということはあるが、東大や京大に進学したいという人間を、言っちゃ悪いが「私立の五流大学しか出てません」と顔に書いてある人に指導できるか? 絶対できないと思う。
(テレビのスポーツ番組で、三振して戻ってきたブライアントに、スタンドの野球ファンのおっさんが、もっとこういう具合で打たんかあ! みたいに激励し、その次の打席ではブライアントはおっさんの指導のおかげで?ホームランを打ったというのがあったが、ファンはありがたいものだが、しかし「単なる野球ファンのおっさん」にコーチや監督は頼まないでしょう。)


   さて。 英語の学習において、英文は日本語に訳して、それを書くべきか、書かない方がよいか。
   1970年代後半、私が行った時のYMCA予備校高槻 の「京大東大文系クラス」では、英語の授業は、「訳1」「訳2」「訳3」「英文法」「英作文」の5コマで、途中から、1浪して京大文学部に行って京大の大学院生というにいちゃんが担当する別枠の1コマができました。テキストはそれに合わせて、「訳1」「訳2」「訳3」「英文法」「英作文」の5つと「Idioms」という「英語⇒日本語」の熟語集とその逆の「日本語⇒英語」の「英作文の鍵」というものです。 1979年4月か5月に産経新聞に掲載されていた記事で、大阪府のある予備校に行って、内容が無茶苦茶でおかげで大学入試に失敗したとして裁判所に訴えていた人があり、問題点のひとつとして、「テキストは市販の「チャート式」とかの参考書にその予備校の名前を書いた紙を表紙として貼っただけ」というものだったと書かれていました。 YMCA予備校のテキストはそうではありませんでしたが、しかし、市販の「参考書」「問題集」というものは決して悪いわけではなく、市販の「参考書」「問題集」の方が予備校が独自に作ったものよりも良い場合もあるので、市販の「参考書」「問題集」だから悪いとも言えません。
   YMCA予備校の英語の「訳1」は過去の全国の大学の入試に出題された、「以下の英文を日本語に訳せ」という問題を集めたもの、「訳2」は過去の大学の入試に出題された、「以下の英文を読んで、下記の問題に答えよ」という問題を集めたもので、特別に悪いわけでもありませんが、過去の入試の問題を集めただけですから、同様の問題集は市販のものでもあります。「訳3」はある程度以上の長文の英文を集めたものです。 「英作文」も過去の大学の入試に出題された英作文の問題から集めたものと思われます。 「英文法」は独自に作成した英文法の「参考書」形式のものですが、市販の高梨健吉『総解英文法』『基礎からの英語』(美誠社)・『英語の基礎』(旺文社)などと比べて特別に優れているというわけでもありません。 『Idioms』は、1978年度から共通一次試験が始まり、1977年12月に実施された共通一次試験の試行テストでは熟語が出題されていたことから、イディオム(熟語)について解答できるようにということと、「英熟語を含む英文⇒日本文」「日本文⇒英文」を覚えることで英作文に役立てようというものです。共通一次試験の試行テストで英熟語の出題があるのを見て、森一郎『試験に出る英熟語』(青春出版)を力を入れてやろうと私は思ったのですが、それに該当するようなテキストです。 YMCA予備校高槻の「主事」の藤井という男が、「YMCA予備校のテキストは市販されていなくて、YMCAのテキストを欲しいという者が多いのだから、なくしたり盗られたりしないように気をつけるように。 これだけのテキストは他にはないんだから」と言ったことがありましたが、そこまで言うほどのものではありません。藤井という男は何かにつけてそういうことを言わないとおれない人間ですが、そのあたりは良くないと思います。「訳1」「訳2」「英作文」は過去の大学の入試で出題された問題を集めただけのものですから、「特別に悪い」ということではないとしても「特別に良い」わけでもありません。市販の問題集と違って解答がついていませんから、YMCA予備校に受講していない人が手に入れても役に立ちません。自習用には、もしも、英訳なら、YMCA予備校のテキストなどよりも、たとえば、『英文 標準問題精講』(旺文社)とか高梨健吉『英文解釈の徹底理解』(美誠社)・『傾向と対策 英文解釈』(旺文社)などをやった方がよいと思います。(その当時であれば、です。 今は他にも出ているでしょう。)載っている内容は同じようなもので、解説付きですから、自習向きです。もしくは、駿台予備校とかが出版しているテキストは解答がついていますからそちらの方が良いでしょう。 「YMCA予備校に来ていない者でYMCAのテキストが欲しいという者がいっぱいいるんだから」などというYMCA予備校高槻の「主事」の藤井の妄言は当然のことながら嘘です。 そういうしょーもない嘘は言わない方がよいと思います。 しかし、しょーもない嘘をつくのが本当に好きな男です。 
   そのYMCA予備校高槻校の「主事」というよくわからない職種の嘘つき大好き人間の藤井が、「英語の勉強は書くことが大事ですから、英文はすべて日本語に訳して、ノートに訳した日本語を書くようにしてください」と言ったので、私は「北野高校の英語の先生は、すべての英文を日本語に訳して書いてはいけない、と言われたのですが。 すべての英文を日本語に訳して、かつ、それをノートに書けというのは、どういう理由によるものでしょうか」と質問したのです。 そのあたりも、彼にとっては面白くなかったようです。 私の方は、「なんで?」と疑問に思ったので、それで、質問すれば答えてもらえると思っただけなのですが、「きみのような逆らう人間は会社員としては無理だから経済学部には絶対に行ってはならない」とか言われたり、「きみのような人間性に問題がある者は入試には落ちる」だのと呪詛されたりするに至ったのです。 こちらは、高校の英語の先生が言われたものをそのまま信じてやってきて、それと正反対のことを言われたので、何か理由があって言われたのだろうと思って、どういうことでですか、と質問しただけであって、「上役に逆らうようなやつは」とか藤井は言うのですが、そもそも、YMCA予備校はこちらがカネを払っているのであって、YMCA予備校に受講生が雇ってもらってカネをもらっているのではないはずで、藤井はいったいいつから受講生の「上役」になったんだ!?! ということになるのですが、結論としては、でまかせ言っていただけなのに、それに質問されたので腹立ったのでしょう。 くだらねえ野郎です。 
〔 木質系住宅建築業の小堀住研(株)に新卒入社した時、新卒新入社員研修で、「わからないことがあった時は、わからないままにしておかないで、課長に質問する」と教えられたのですが、私が配属された千葉支店松戸営業所の課長だったUさんは質問すると、たいていのことは教えてくれたし、もしも、自分がわからないことがあると、営業所にいるある程度以上の年数勤務している従業員に、「◇◇、これ、わからないか」ときいてくれたりしました・・・が、同じ年に入社したMくんが配属された船橋営業所の課長だったFさんにMくんが質問したところ、「おい〜い。 おまえ〜。そんな難しいこときくな〜」と言われたというので笑ったことがありましたが、質問して悪いとはFさんも言わなかったようですが、職場によっては、質問されると怒る人とかもいるようです・・・が、YMCA予備校は受講生はそこに勤めておカネをもらっているのではなく、受講生の側がおカネを払っているのであって、「主事」とかいう職種のおっさんは受講生の「上役」と違うはずなのですが、藤井は「上役」になったような態度でいたのです。 どうかしてるのじゃないかと思いました。 いったい、こいつ、何様なんだと思いました。〕

   「英語の文章を読む際に、それを、逐一、日本語に訳すべきか、訳すべきでないか」「英語の文章を読む際に、日本語に訳して、その日本語をノートに書くべきか、書かない方が良いか」という問題には、2通りの意味があります。
   1つは、語学の学習そのものとしての問題です。 北野高校の英語のK先生が1年の時に言われたのは、「英文をすべて日本語に訳して書いていたのでは、英語の文章を読むときに、いちいち日本語に訳さないと理解できないようになってしまいます。 英語は英語のまま理解できるようにするべきです」と言われたのです。 『Z会旬報』てやつがありまして、最近ではZ会http://www.zkai.co.jp/ も商売熱心になって「一般向き」になってきたようですが、1970年代後半では、「Z会」は東大及び旧帝大系国立大受験向の通信添削で、本部というのか本社というのかが、東京でも大阪でも京都でも名古屋でもなく、なんと、伊豆の修善寺にあるという「知る人ぞ知る」会社でしたが、その「東大(及び旧帝大系国立大)に特化した通信添削」のZ会が、申し込んでお金を払う前の段階で、『Z会旬報』というのをくれて、私も高校の1年の最初に取り寄せて読んだのですが、『Z会旬報』でも、「科目別勉強法」の「英語」に、「英語は日本語に訳して理解するのではなく、英語のままで理解するべきであり、辞書も英和辞典ではなく英英辞典を使用するべきだ」というようなことが書かれていた・・・ような気がする。 それで、私も英英辞典を購入して使用してみたが、もっと英語力がついてからならともかく、英英辞典ではその辞典自体がわからんようなところがあって、机の横においてはいたが、英和辞典の方を主に使うようになった。 それはともかく、『Z会旬報』も、英語は英語のままで理解するべきだという原則を述べていたわけで、これは英語に限らず、ドイツ語でもフランス語でもロシア語でも語学一般に共通するのではないかと思います。
 
   但し、もう1つの意味、「大学入試のための英語」として考えると、入学試験の英語では、「下記の文章を日本語に訳せ」といった問題も出題されるわけで、そういう場合のことを考えると、 「英語はいちいち日本語に訳すのではなく、英語のままで理解する」という姿勢でやり(実際に「英語のままで理解」できたかどうかはさておき)、自分は日本人で日本語は普段から使っているのだから、理解した内容を日本語にするなんてのは簡単・・・と思い込んでいると、入試で日本語に訳せという問題で解答しようとした時に、思ったように「書けない」ということがある、まったく書けないかどうかはさておき、自分で思っていたほど問題なく書けないということがあるとも言われるようです。 それで、北野高校の上記のK先生も、基本的には「英語は英語のままで理解するようにするべきだ」けれども、日本語に書く練習もした方がよいということで、3年の時には、「毎日、1題、英文和訳の問題を日本語に書いて練習しろ」と言われたことがありました。 慶應で、ドイツ語の授業を担当されたK先生が最初の年に担任であったこともあって、女性の先生でしたが女性でありながら「男気」のようなところのある方で、いろいろと話もしていただいたのですが、語学の学習において、その語学の文章を読んでいく時に、日本語に訳して書くべきか書かない方が良いかという点について、書かない方が良いのと違いますかと話すと、「でも、時々は書いてみないと、書けると思っていると書けなかったりするよ」と言われたことがありました。
   ですから、英語に限らず、ドイツ語でもフランス語でもロシア語でもイタリア語でもデンマーク語でも、語学の学習は、原文を読むときは、「いちいち日本語に訳して書かない」のが基本であるが、「時々は日本語に訳したものを書いてみる」こともした方がよい、というのが一般的と考えてよいのではないでしょうか。

   もうひとつ、何のために読んでいるのかという問題があって、《単語・熟語を「単語だけ」「熟語だけ」で覚えても使えない》ということがあり、「語彙を増やす」という目的で読むのなら、サイドリーダーのようなものを多く読んで、それまでに覚えていない単語・熟語と出くわすたびにそれを覚えていって「語彙を増やす」という作業をするべきで、その為に読むのであれば、読んだものをいちいち日本語に訳してノートに書いていったのでは時間がかかり、「語彙をふやす」という作業をするには妨げになる、ということがあります。 だから、 「語彙をふやす」ためにサイドリーダーのようなものを読む場合は、日本語に訳したものをいちいちノートに書くくらいなら、その時間でより多くの英文を読みより多く「語彙をふやす」作業をした方がよい、ということになります。 「日本語に訳す作業をやった上で量も多くこなせばよい」というような主張は相手が小学生ならありうる話かもしれませんが、大学受験においては、特に旧帝大系国立大学に行こうという場合は、試験科目も多く、ひとつの科目だけに多くの時間を費やすことはできませんし、私の父などが好んで言っていた「寝ずにや〜る。 根性でや〜る。 気合いでや〜る」とか、「睡眠時間を減らして」いうのは、自分がやらない人がひとに言う文句であって、もともと、1日あたり15時間も16時間も寝ているなら「睡眠時間を減らして」も良いかもしれませんが、もともと、それほど寝てないのに、もう減らしようがないわけですよ。

   「すべての英文を日本語に訳してノートに書くということはしない方がよい」ということには、もう1つ理由があります。 入学試験の英語には、「下記の英文を日本語に訳せ」という問題と「下記の日本語を英文に訳せ」という問題だけが出題されるわけではなく、たとえば、「以下の英文を読んで、その下にある質問に答えよ。 (1)次の5つの英文のうち、上の英文の内容に一致しないものはどれか選べ。(もしくは、一致するものを選べ)。 (2)次の5つの日本文のうち、上の英文の内容に一致しないものはどらか選べ。(もしくは、一致うするものを選べ)。 (3)上の英文のアンダーライン部分を、書き換えた次の英文の( )内に適切な単語を入れよ。 ・・」というように、ある程度の長さの英語の文章があって、それをある程度理解した上で、質問に答えよという問題もあるのです。 そういう場合は、「試験に通る」という目的からすれば、下にある問題に答えることができればよいわけで、訳す必要は別にないわけです。  それを、YMCA予備校高槻の「主事」の藤井が「どんな問題でも、すべて日本語に訳して、訳した日本語を書くというようにして」と言うので、それは入試の英語として適切でないのではないかと思ったのです。 私が思ったことと同じことを、柴田孝之『東京大学機械的合格法』(実業之日本社)で述べています。 柴田が言っていることに私は同感です。 いつもいつも、すべての英文を、逐一、日本語に訳して、それをノートに書いていたのでは、「訳せ」というわけでもない問題でも、日本語に訳してそれを書かないと解答できないようになってしまいます。 そうなると、日本語に訳して書くということをせずに解答すれば試験時間内に答えることができる問題を答えることができず、試験に落ちるという可能性が出てきます。 だから、「下記の英文を日本語に訳せ」という問題に答えることができるように、日本語に書く練習もある程度はやった方がよいとしても、「訳せ」という問題でもないものまでもことごとく日本語にして書くというのは、柴田も言っているように、手間と時間ばっかりかけられて、入試には逆効果です。

   ところが、YMCA予備校高槻の「主事」という藤井が、「YMCA予備校のやり方として、『英文はすべて日本語に訳してすべてノートに書く』ということにしていますから」と言うので、それは違うのじゃないかと言ったのです。 それで、「YMCAのやり方」と言われても、こちらは次の入試で通らないといけないわけで、適切でない学習法をとらされて落ちたとしても、YMCAで責任をとってくれるのでもないはずなのです。 とりようがないはずです。
   実際には、「主事」だという藤井が言った「YMCAのやり方」というのは嘘だと思います。 藤井がでまかせで言ったやり方でしょう。 なぜなら、YMCA予備校のテキストを作成した人は↑に私が述べたようなことをわかっていたからです。 「訳1」のテキストは、過去の大学入試で出題された問題のうち、「下記の英文を和訳せよ」というものを集めたものでした。 「訳3」は高校でやっていたサイドリーダーに該当するもので、「語彙を増やす」という目的と、ある程度以上の長文を読む練習でしょう。 「訳2」が、上に述べた、ある程度以上の長さの英文が書かれていて、それを踏まえた上で質問があるという問題で、ごく一部分について「訳せ」という問題が含まれていることもあるが、全体を訳せということではない問題を集めたものです。 だから、テキストを作成した人がどういう人かは知らないけれども、テキストを作成した人は、「下記の英文を訳せ」という問題に対する対策として「訳1」を、訳せという指示ではなく、その英文を読んだ上での訳せということでない質問に答えるという問題への対策として「訳2」を、「語彙をふやす」目的とある程度の長文を読む練習として「訳3」のテキストを作ったわけで、テキストの作成者は「訳1」は日本語にして書くことを前提にしていても、「訳2」と「訳3」は日本語にいちいち訳していちいちノートに書くということは前提とせずにテキストを作成したはずなのです。 だから、「主事」だという藤井の発言は間違いであるとともに、「YMCAのやり方だ」というのもいつものことながら嘘でしょう。 彼は、自分が受講生の上役にでもなったつもりでいて、自分が指示したことには受講生は従わなければならないと思いたかったようですが、受講生の側としては、東大や京大の試験に合格したことも受けたこともない何もわかってないやつの言うことなんかを聞いて、そのために次の入試で落ちるというわけにはいかないのですよ。

   YMCA予備校の「主事」ではなく、英語の講師が言ったことで、「変なこと」というのはあります。 「訳1」だったか「訳2」だったかの講師が、「日本人は、英語の意味を誤解して使っていることがよくあって、アメリカ人はそれを見てびっくりすることがあります」と言うのです。 外人向けのTシャツとかで、日本人が見ると笑うような文句の日本語が書かれたものを、おしゃれと思うのかおもしろがって着ている外国人とかいますが、日本人が英語の意味を取り違えて使うこともあるでしょう。 で、「訳2」の方だったかの講師が言ったのは、「『ホモ牛乳』なんて、アメリカ人は見てびっくりしてますよ。 ホモが出す牛乳なんてあるわけないじゃないですか」と言ったのですが、「ホモ牛乳」というのは、homogenized した牛乳という意味で、homogenize とは、
homogenize (他動詞)均質にする。 、 homo- とは、
homo- 「同一(the same)の意の連結形」 (『新英和中辞典』研究社)で、同性愛者を指す「ホモ」のもとの英語は、
homosexual (形容詞、名詞)同性愛の(人)  (『新英和中辞典』研究社)です。
「ホモ牛乳」とは、《コトバンク デジタル大辞泉の解説 ホモ牛乳》https://kotobank.jp/word/%E3%83%9B%E3%83%A2%E7%89%9B%E4%B9%B3-631350 によると、≪ 《ホモはhomogenizeの略》人工的に脂肪球を均質化させた牛乳。消化がよい≫ということで、YMCAの講師が言った「ホモ(セクシュアルの者)が出す牛乳」なんて意味ではないのです。

   YMCA予備校の「主事」の藤井の言うことは「嘘ばっかり」でしたが、YMCA予備校の人間がすべて嘘ばっかり言っていたということでもなく、途中から「京大東大文系クラス」に週に1コマだけ、英語の講師として来た、YMCA予備校で1浪して京大の文学部に入り、京大の大学院生だというにいちゃんは、「俺の経験から言うと、英語に関しては、YMCAのテキストをすべてやっておけば、どんな大学でもそれでいいと思う。 他の科目は知らんで」と言ったのですが、これは、「量的な問題」としてそうだと思います。 「主事」の藤井が言っていた「YMCAのテキストは、これは市販されていなくて、YMCAに来ていない浪人生とか高校生でYMCAのテキストを欲しいという者がいっぱいいるんだ」とか言うのは嘘で、同じ中学校や高校の人間で他の予備校に行って浪人している人間や高校生でそんなこと言っている人間なんて見たことも聞いたこともありませんが、北野高校の英語の授業は、1年で週に6コマ、2年と3年は週に5コマで、1コマは50分だったのに対し、YMCA予備校は、90分のものを、英語は、週に、「訳1」「訳2」「訳3」「英文法」「英作文」と5コマ、それにさらに、「京大東大文系クラス」にはもう1コマ別枠を設けており、90分の授業というのは、45分を2コマ続きでやっていると考えると、英語は45分の授業を週に12コマもおこなっていることになり、それに自習用に『Idioms』『英作文の鍵』というテキストを配布していましたので、「量的にはそれで十分」と考えてよいというのは、妥当な考え方でしょう。 その人は自分が経験した上で、思ったことを述べていたと思います。

   但し、だから良いかどうか、だから好ましいものかどうかというとそう言い切れないところもあります。私は、高校の3年の時に、東大の試験を受けて落ち、また、代ゼミの東大模試も受けて、各科目についての学習、全般的な学力は、高校の模擬試験の1回目・2回目で「もう少しで京大に合格圏」という点数を取れたのだから「それよりいくらかでもアップできればよい」として、東大の問題についての対策をもっとやらないといけないと考えたのです。
   今は、出題される問題は、その頃とまったく違うことはないとしても、同じではありませんが、東大の英語の作文は、私立大学や他の旧帝大系国立大学の問題と比べて、「長い」ものが出ていて、問題に慣れていないと、「ギョッ」とするのですが、長いと難しいというものでもなく、落ち着いて考えると、長かろうが英文は英文ですから、長ければ書けないというものでもないのです・・・・が、その形式の問題に慣れないと、試験でやっぱり「ギョッ」とすると思います。 それの練習をしないといけないし、また、英作文以外でも大学ごとに問題の傾向は違うのです。 だから、全国の大学の過去の入試の問題を集めて作成したテキストではなく、「京大東大文系クラス」なら、東大と京大の過去の問題、それ以外の大学を受けることになる可能性もないとはいえないとすれば、東大と京大、それに阪大・神戸大、慶應大・早稲田大などの問題と共通一次試験の問題を過去何年分かを集中してやるべきで、受けもしない大学の問題は、「どうでもいい」とまで言わないとしても、重視しなくていいのです。
   1973年に、前後期制をとったパリーグで前期優勝した南海ホークスは、後期は3位でしかなく後期優勝の阪急ブレーブスには後期は1勝もできなかった・・・けれども、プレーオフでは、3勝2敗で勝ちパリーグ優勝を果たした。 「後期は阪急には3つ勝てば(前期優勝チームと後期優勝チームで対戦し、5戦のうち先に3つ勝った方がパリーグ優勝とするプレーオフで3つ勝てば)、他は全敗したっていい」という野村のじいさんが後から言っているのは「かっこつけすぎ」のような気もしないでもないが、それに近いような感じだったのはたしかだ。結果として、後期は南海は阪急に1分け12敗、プレーオフでは3勝2敗。それでも、勝ちは勝ち。「勝てばええんや」という考え方からすれば、大学入試においても、自分が行きたいと思うところの入試に合格すれば、極端な話、「他は全敗したっていい」のだ。(⇒《ウィキペディア―1973年のパシフィック・リーグプレーオフ》https://ja.wikipedia.org/wiki/1973%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%AA%E3%83%95 ) だから、 「京大東大文系クラス」なら、受けもしない大学の問題までやらなくても、過去の東大と京大の問題、及び、阪大・神戸大や早稲田大・慶應大くらいの問題を何度もやり、かつ、どうすれば、それを解けるかということを検討・分析して対策をとるべきなのだ。受けもしない大学、通っても行きたいと思うことができない大学の問題を解けようが解けまいがどうでもいいことなのだ。 ところが、YMCA予備校のテキストは、市販の多くの問題集と同じで、全国の大学の過去問を集めただけだったのだ。 YMCA予備校は、「京大東大文系クラス」と名前をつけて募集したからには、その2つの大学の問題を解けるような対策をとらないといけないはずなのに、それをやらずに、全国の大学の過去問を集めただけの問題集をともかくやるだけだった。 これでは「京大東大文系クラス」とは言えない。 「俺の経験からすると、英語に関しては、YMCA予備校のテキストをやっておけば、どこの大学でも対応できる」ということは、そのテキストは全国向き、全般向きのテキストということだ。 そうではなく、「京大東大文系クラス」なら京大と東大の問題と、もしも、京大・東大でない大学を受けるとするならば、私立大学で併願するとすれば、という大学の問題を中心にやるべきで、かつ、ともかくやるだけではなく、京大と東大の試験問題で高得点を取るにはどうすればよいかということを考えるべきだったのに、YMCA予備校はそれをしなかった。 する能力もなかったくせに「京大東大文系クラス」などと厚かましくも命名してだましたのだ。

   昨年、私は、全国建築CAD連盟が実施する建築CAD検定の2級と3級に合格したが、なにしろ、10年前から受験を考えてきて通ったというものだったので、10年くらい前のガイドブックを持っていた。 それで、10年前のガイドブックに載っている問題もやってみたのだが、建築CAD検定も、その検定ができたばかりの頃は、試行錯誤の段階で問題も充実しておらず、最近の問題と比べて、必ずしも良い問題と言えないと思えるものもあった。Winスクールの講師の方が、「あんまり、昔の問題をやらない方がいいですよ。むしろ、最近の問題を同じ問題でも何回でもやった方がいいですよ」と言ってくれたのだが、通った後、合格者として実際にそうだと思う。 大学入試においても、全国の大学の過去問を集めた問題集で受けもしない大学の問題をやるよりも、行きたいと思う大学の問題を何度でもやる方がよいと思う。 「京大東大文系クラス」なら、京大と東大の過去5年間の問題だけでも5×2=10年分あることになる。 早稲田大と慶応大は学部ごとに問題が違って英語は必須だから1年分でも、1970年代後半においては、早稲田は政経・法・商・一文・二文・社会と6学部分、慶應は法・経・商・文と4学部分あった。阪大・神戸大の分と5年分やれば、それだけで5×14=70年分。それに共通一次試験がある。それだけのものをみっちりとやろうと思えば、受けもしない大学の問題をやっている余裕はないはずだ。 だから、「どの大学を受けるにしても、英語に関してはYMCA予備校のテキストをやっておれば十分」というほど、受けもしない大学の問題をやると、受けようと思っている大学の問題をやり、その対策をとる時間が奪われてしまうことになりかねないのだ。

   三田紀房(みた のりふさ)『ドラゴン桜 受験の王道編』(2015.6.17.講談社)では英語の講師が、「東大の英語は早稲田 慶應 上智と違って 基礎の単語が圧倒的だ。 だからこの「ターゲット」だけで十分高得点が望める」と語る場面がある。〔「ターゲット」とは旺文社から発行されている『英単語ターゲット 1900』〕
   私が高校を卒業した年とその後しばらくと今とでは、東大も早稲田・慶應・上智も問題は同じではなく、私は最近の問題を見ていないが、東大と「早稲田 慶應 上智」を対比して、「早稲田 慶應 上智」を1グループにするというのはどうかという気もしないでもない。 1970年代後半から80年代初めにかけては、早稲田の問題は、英語にせよ国語にせよ、「少々くせがある」と私は感じたのに対し、「慶應の問題は比較的素直な問題が多い」と思った。 東大が特別に膨大な単語力がないと通らないというものでもないかもしれないが、早稲田・慶應と比べて、早稲田・慶應の問題が単語力が必要で東大の問題が単語力は必要ないという印象はなかった。 『ドラゴン桜』の話はおもしろいが、個々の点ではすべてにおいて賛成というわけでもない。 但し、全体として、日本では東大が一番難関だからすべての科目ですべての能力において、他の国立大学や私立大学よりすぐれた能力がなければ合格しないという考え方は間違い、というのは私もそう思う。
   そのあたりについて、YMCA予備校の「主事」の藤井はまったくわかっていなかったし、言うと、「きみのような上役に逆らう人間は会社員としてやっていけないから経済学部には絶対に行ってはいけない」と、私は経済学部に行きたいと言ったことは一度もなく、むしろ、首をもがれても経済学部・商学部・経営学部には行かされたくないと言っていたのに言ったりしたのだが、YMCA予備校の講師でも、英語の「訳3」を担当していた講師は、「英語の入試の問題では、東大や京大で一番難しい英文が出るというものでもありません。 私立大学でも、たとえば、中央大学なんかは、けっこう難しい英文を問題に出すことがあります。 なめられたくないからです。 私立大学の場合、問題がやさしいと、やさしい大学だと思われて、実力のある受験生に敬遠されてしまうことになりかねないので、それで、早稲田・慶應よりひと回り下くらいの私立大学は、受験生になめられないように、けっこう難しい英文を試験問題に使用することがあります」と言い、問題で使用される英文が難しいからその大学の難易度が難しいというわけでもないことを説明してくれたことがありました。(中央大学の入試の英語で、けっこう難しい英文が使用されるというのは、1970年代後半の話です。 受験生の方でこのブログを見て下さっている方は、今はどうかについては自分で過去問を見て確認してください。)

   問題で使用される英文が易しくとも、合格最低点が高かったり、英文和訳などでは採点基準が厳しければ合格水準は易しいことになりませんし、逆に、問題で使用される英文が難しかったとしても、合格最低点も低かったり、英文和訳などでは採点基準が甘かったりすると、合格水準が厳しいということにはなりません。
   在来木造の一条工務店で営業の仕事をして、なんだか、条件の悪い営業所にばかり配属しやがるなと気分を害していると、同じ営業所にいたけっこう古くからいる人が、「おまえも、条件の悪い営業所にばかりいるよなあ」と言い、「俺はここの地元の人間だから、ここにいていいのだけれども、おまえは、ここの生まれでもないのだから、もっと、条件のいい営業所に配属してもらえば、もっといい営業成績を残せるはずだよ」と言ってくれたことがありました。 但し、「だけど、条件の悪い営業所で条件の悪い場所でもそれなりの成績を残す能力と、条件が良い所でうんと契約をとる能力は同じじゃないから、条件の悪い場所で頑張ってきた人間が条件の良い営業所に行けば、相当契約をとれるかというと、別なんだよな」と話したこともあり、それは実際にそうだと私も思います。 一方で、条件の良い営業所にばかり配属する人間がいるのに、私には、よくも、あれだけ、条件の悪い所にばかり配属しやがったなと思いますが、入試においても、難しい問題でもそれなりの点数をとる能力と、やさしい問題で高得点をとる能力は同じではないので、その意味でも、「全国のほとんどすべての大学の過去問をやる」よりも、受けようとする大学・行きたいと思う大学の問題を何度もやり、その問題で高得点をとるにはどうすればよいのか、ということを検討分析して対策をとるようにするべきです・・・が、YMCA予備校の「主事」とかいうやつは、それを言ってやっても理解しないのです。 予備校の人間が受講生に教えて良いようなことを受講生から予備校の人間が言われて、それでも絶対に理解しようとせず、間違いを受講生に押しつけようとしてきかなかったのですから・・・・・・、だから、YMCA予備校はつぶれました。 つぶれるべくしてつぶれた、と思います。

   大学卒業後、高校の教諭や予備校の講師などの仕事につくのでなければ、各科目の問題を解く能力は低下してしまい、何十年か経てば、もう解けなくなってしまいます。 遠山啓『競争原理を超えて』(太郎次郎社)では、遠山啓が、「覚えた」ものは忘れるが「わかった」ものは忘れない、といったことを述べていましたが、そうでもありません。 高校の時、苦労して苦労してできるようになった数学の「数列」とかいうやつなんか、「わかった」はずですが、完全に忘れました。あの苦労と努力はいったい何だったのだろう、と思ったりもします。
   予備校の経営としては、各科目については、大学院生でも講師に雇ってさせるしかないかもしれませんが、受験の指導、あるいは、「受験生の相談役」ということなら、東大や京大に行った人、もしくは、東大や京大に行きたいと思ったが行けずに慶應や早稲田に行った人で、一度、一般の企業に勤めたが、予備校で受験の指導、「受験生の相談役」のような仕事に転職できるならその方がいいという人もいると思うのです。 そういう人は、各科目については、「忘れてしまっている」ことがあっても、逆に「(教員・学校でない)社会人の経験がある」というプラスの面もあり、又、自分の大学入試を終わってそれほど経っていない大学院生などよりも受験を冷静に見ることができるという面があります。YMCA予備校は、問題点として、そういった適性から人を採用するのではなく、「洗礼うけて日曜ごとに礼拝に出て献金はらっておけばいい」という言っちゃ悪いが「五流大学しか出てない人」を「キリスト教会で洗礼を受けている」という理由で採用しているというところがあったと思います・・・・・、だから、資本制社会における企業競争の洗礼に敗れた。

《YouTube-西城秀樹 YOUNG MAN(Y.M.C.A.) (1979) 》https://www.youtube.com/watch?v=g_tbndqhoqg
   (2015.12.1.)

☆ YMCA予備校の間違い
1.YMCAによる思想調査 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_7.html
2.パチンコを勧める予備校 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_8.html
3.「通った人8人、落ちた人2人の成績」でないと受けてはならない? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_9.html
4.1つの模擬試験はどこにも通じるか? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_10.html
5.「文学的素養がない人間」は落ちるか(上) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_11.html
6.(下) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_12.html
7.「地方の受験生は根性がある」か? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_13.html
8.英文は日本語に書くべきか 〔今回〕

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英文は日本語にして書くべきか、書くべきでないか―YMCA予備校はどこが間違っていたか≪8≫ 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
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