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zoom RSS 「通った人8人、落ちた人2人の成績」を取らないと受けてはならないか?―YMCA予備校の間違い≪3≫

<<   作成日時 : 2015/11/22 20:09   >>

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[第225回]私のドラゴン桜(3)
【4】 「過去をふりかえってはならない」か?
   YMCA予備校の間違った聖書解釈、というよりも、「主事」の藤井の場合、「聖書みたいなもん、あんなもん、読んでもいいことなんて何ひとつ書いてないんだから、読むものと違う。 あんなもん、読んだらいかん。 聖書なんて読まなくても、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて献金を払っておけばそれでいいんだ。 聖書なんて読むものと違うし、ましてや、そこに書いてあることを実行しようなんて、まかり間違っても絶対に考えてはいかん」と何度も何度も口にする男でしたから、最初から読んでないのだと思いますが、そういう姿勢は藤井だけではなく、YMCAの他の職員にも出ていました。 入学式だか入校式だかの時、「主事」の隅(すみ)という男が、「『旧約聖書』の『創世記』に、神がソドムの街を滅ぼされた時、神の使いがロトに、『後ろをふり返ってはならない』『低みにとどまってはならない』という2つのことを言われました。 大学受験においても、過去を振り返ってはならない、低い位置にとどまってはならない、ということをこの言葉は言っております」と発言した。 これは正しいか?
   キリスト教では「神の名をみだりに唱えてはならない」という教えがある。 聖書の思想・キリスト教の教えと関係のないものに、無暗に聖書の文句を引っ張り出して、自分勝手な解釈をするというのは、「みだりに神の名を唱える」行為に近い。
   隅が引用した部分を『旧約聖書 創世記』から正確に引用してみよう。
≪ 彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った。 「のがれて、自分の命を救いなさい。 うしろをふりかえって見てはならない。 低地にはどこにも立ち止まってはならない。  山にのがれなさい。 そうしなければ、あなたは滅びます」。 ≫(『旧約聖書 創世記』19章17節 日本聖書協会口語訳)
≪ 既に之を導き出して(いだして)其一人曰ける(いひける)は逃遁て(のがれて)汝の生命(いのち)を救へ後(うしろ)を回顧る(かえりみる)なかれ 低地(くぼち)の中(うち)に止る(とゝまる)なかれ山に遁れよ(のがれよ)否ずば(しからずば)爾(なんぢ)滅されん(ほろぼされん) ≫(『旧約聖書 創世記』19章17節 日本聖書協会文語訳 )
≪ 二人の人が彼らを外に引き出した時、彼らは言った、「生命(いのち)がけで逃れよ、後を見てはいけない。 窪地の何処にも立ち留まってはいけない。  山に逃れて滅びを免れよ」。 ≫
(『旧約聖書 創世記』19章17節 関根正雄訳 岩波文庫)
≪ 彼らを外に引き出してから、み使いが言った。
「必死で逃げよ。 うしろを見るな。 低地のどこにもとどまるな。  山の方に逃げるのだ。 さもなければ助からぬぞ」 ≫(『旧約聖書 創世記』19章17節。 中沢洽樹訳。 前田護郎責任編集『世界の名著 聖書』(1978.9.20.中央公論社 所収)
   このソドムの街の滅亡の話は、実際には何だったのか。 『創世記』では男色など性的に堕落したソドムの街を神が滅ぼそうとされたということになっているが、実際には、火山の噴火で硫黄が降ってきたというようなもなのか。 はっきりとはわかりませんが、別に大学受験について述べたものではありません。

   先に後ろの方の言葉を考えましょう。 「低地にはどこにも立ち止まってはならない。」 だから、模擬試験などで低い点数にとどまってはならない。高い点数を取らないといけないと隅は言うのですが、誰だって低い点数を取りたいと思って低い点数を取ってるのではないのです。 点数を上げたいと思いながら、思うように上がらなくて苦労したりしているのです。 だから、こんな文句を引っ張り出されても、まったく意味はない。

   前の方がより大きく問題があります。 隅は、この文句を引っ張り出して、過去を振り返ってはならない、と言うのです。 そうかな?  違うと思いますよ。 大学入試においては、特に、ある程度以上の進学校を卒業した者の場合、高校を卒業する時点である程度以上の成績は取っているのです。 そうであるが受けた大学の試験には落ちたのです。 どこが悪かったのか? どこが良くてどこがだめだったのか。 向こう1年間、どこを改善すれば1浪後に通ることができるのか? 過去は十分に振り返って検討するべきだと思いますよ。 違いますか?

   「経営評論家」という伊吹卓が『なぜ売れないか』『なぜ売れるのか』『どうしたら売れるのか』という本をPHP研究所から出していますが、大学受験において、「なぜ落ちたのか」「(通った人間は)なぜ通ったのか」「どうしたら通るのか」ということを、過去をふりかえった上で考えるべきだと思いますよ。
   なんだか、YMCAの人間というのは、『聖書』の文句を不完全に引用した上で、自分勝手な意味に解釈して、その上で、大学受験にプラスにならない思考を教えていますが、なぜ、そういうことをするかというと、大学受験についてわかっていないことと、『聖書』について、「読みが足らない」からでしょう。 アホです。



【5】 浪人すれば、「『通った人8人、落ちた人2人』というくらいの成績を模擬試験でとらないと受けてはだめ」か? 京大とか東大とかに「通った人8人、落ちた人2人」などというような成績をとれるか?
   1970年代後半、北野高校の3年時に「高校の模擬試験」が8月・10月・1月の3回、ありました。同じ中学校から明星高校に行って地方国立大学に進学した友人から、明星高校の先生から、北野高校などは高校の模擬試験が相当に役立つから業者の模擬試験を受けなくても高校の模擬試験だけでも大学に進学できるが明星にはそれだけの模擬試験はないから業者の模擬試験を受けてくれと言われたという話を聞かせてもらったことがあります。 実際そんな感じで、その当時、公立高校で各学区の2番手校以下の高校や明星高校など私立高校の中では比較的進学校の方の学校というような学校ではそれだけの相関性のある高校が実施する模擬試験はないので業者の試験を受けないわけにはいかない状況であったのに対し、北野高校など京大・阪大に多くの合格者を出していた進学校では高校の模擬試験があって、京大・阪大・神戸大くらいにはそれが業者の模擬試験以上に相関性があって役立ったのです。 その1回目か2回目の模擬試験の後、担任の先生と親と一緒の面談の際、担任のOが「過去何年かの結果を見て、一般に、通った人5人、落ちた人5人という成績をとることができれば、ぼくらは受けていいのじゃないか、と言うのですが」と話されたことがありました。  「通った人5人、落ちた人5人」の成績とは「もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験であったなら、合格最低点である」という点数ということです。 ということは、「もしも、その模擬試験が模擬試験ではなく本番の試験であったなら、その点数よりも高い点数なら合格、その点数より低い点数なら不合格」ということです。 但し、過去の実績と比較する場合、点数で比較するのか学年順位で比較するのかという問題があり、点数だけで比較すると、良い点数を取れても単に自分が受けた時に問題が易しかっただけ(問題が難しかったから点数が悪かっただけ)というケースもあり、順位だけで比較すると、他の人間のできが悪かったから順位が良かっただけ(他の人間ができたから順位が悪かっただけ)ということもあるので、点数と順位の両方から考えるべきですし、高校が実施する模擬試験でも業者の模擬試験でも本番の試験直前の試験はそれまでのものよりも問題が易しかったり採点基準が甘めだったりすることが多いと言われたりもするので、どの回のものについてかという問題もありますが、そういうこともあるとしても、「過去にその模擬試験でその点数をとった人で、通った人5人、落ちた人5人」というのが「その模擬試験が本番の試験であったとしたなら、合格最低点。合否ぎりぎりの点数」であり、なんとか、その点数を上回りたいというのがひとつの目安であるわけです。
   もうひとつ問題があり、大学受験の模擬試験には相関性の高い大学学部とそれほど相関性が高くない大学学部があり、1970年代後半の北野高校の模擬試験は京大・阪大・神戸大には相関性が相当高かったと思われますが、東大と早稲田大にはあまり相関性はありません。 東大は2次に文科では理科がなく理科では社会がない。 社会科の出題傾向が京大・阪大・神戸大とは全く違うため、京大・阪大型の社会科の試験で比較的良い点数が取れても東大の社会科で良い点数が取れるとは限らない。早稲田大は理工学部では数学と英語と物理・化学のみ、法・政経・商・文学部では英語・国語と日本史・世界史と数学1から1科目選択の3科目で「数学なしで受けられる大学」であるため、せっせと頭をかかえて数列とか勉強してきた北野高校などの出身者としてはアホ臭い! そんな大学行けるか! と言いたくなる大学で、「フライデー」の記事によると、松嶋みどり さんもエール出版社発行の『東大入試合格作戦』で、早稲田大を落ちた時、無茶苦茶腹が立って、絶対に東大に合格してこの早稲田大学という大学を軽蔑してやるんだと誓った・・・とかなんとか書いていたそうですが、旧帝大系国立大学に行くつもりで数学をせっせと勉強してきた人間からしますと、「数学なしで受けられる大学」てなんじゃ、そりぁ! て感じがするのですが、早稲田大の場合、それに該当するとともに、試験問題に少々くせがあるので、京大・阪大・神戸大の問題を前提にした模擬試験では相関性は高くないはずです。
   それで。 YMCA予備校の入ってすぐの時期に、「主事」だという藤井というおっさんに尋ねたのです。「高校の担任の先生は、『過去の模擬試験で、通った人5人、落ちた人というくらいの成績』を取ることができれば、受けていいのじゃないかと一般に言うと言われたのですが、YMCA予備校では「受けていい」というのはどのくらいのものを言うのですか」と。 それに対して、YMCA予備校の「主事」だという藤井と言うおっさんが何と言ったかというと、「通った人5人、落ちた人5人なんてそんな成績で受けさせるわけにはいかない。 浪人した以上は、最低でも『通った人8人、落ちた人2人』くらいの成績を模擬試験でとらないと受けてはだめだ」と、そう言ったのです。 バカでねえの?・・・今ならそう思います。 但し、最初、聞いた時は、「現役の時は、『高校3年間、ではなく、小学校の6年間、中学校の3年間、それに高校の3年間、計12年間、勉強してきた結果なのだから、そこに行きたいと思えば、もし、合否ぎりぎりくらいなら、たとえ、落ちても、1浪くらいはしてもいいのではないか』と考えることができるが、浪人すれば、『もう、これ以上、浪人するわけにはいかない』のだから、現役の時なら『通った人5人、落ちた人5人』の成績で受けて良いが、浪人すればそれよりも高い点数をとらないとだめということを言っているのか・・・」と、一瞬、思ったのです。 正しいと思いますか?  「最低でも、模擬試験で、通った人8人、落ちた人2人というくらいの成績はとらないと受けてはいかん」という説が。

   たとえ話をしましょう。 『あしたのジョー』という漫画がありまして、矢吹ジョーが少年院に入れられてしまい、そこで出会ったのが元・プロボクサーの力石徹でした。(⇒《YouTube―力石徹のテーマ 》https://www.youtube.com/watch?v=CnatmSZC-Dg ) 少年院でボクシング大会が催されます。元・プロボクサーの力石は決勝戦で矢吹丈と対戦する前、「1分以内にKOしてやる」と宣言しますが、力石が相当の強敵だと認識した矢吹は、まず、力石の「1分以内KO宣言」を破る作戦に出ます。逃げようが何しようが、ともかく、1分以内にKOされることだけは避ける。 そして、「1分以内にKO」という予告が実現できなかった力石に、「とんだ、でたらめの約束手形、にせもののカシアス=クレイ」と矢吹は罵り挑発しますが、力石は「1分以内にKOすると言った約束を守れなかった償いに、矢吹のヤツを徹底的に叩きのめしてやります」と言うが、矢吹は「何だかんだ言ったところで、とんだニセモノの約束手形、でたらめ宣言であることに変わりはない」と言います。 さて、この「・・・・を実現できなかったかわりに、〜をします」という考え方。 適切でしょうか、という問題です。 大学受験においては、間違いです。 プロのボクサーがボクシングの試合をやる場合は「受け」を狙って言う場合もあるかもしれませんが。 大学受験において、「現役でどこそこに通る、ということができなかった。恥ずかしくも浪人してしまった。 この埋め合わせとして、1番で通ってやる」とか「浪人したからには上位1割以内の成績で通ってやる」とかいう考え方は正しいか?―――(答え) 間違い。

   どこが間違いか。 「大学受験というのは、棒高跳びかハードルか」ということを考えてみるべきです。 棒高跳びじゃないんです。 高く飛ぶ必要はないんです。 早く飛ぶことに意義があるのであって、高く飛ぶ必要はないんです。 合格最低点というハードルを越えることができれば、ぎりぎり超えることができればそれでいいのです。 小学校から高校まで、浪人とか留年とか経験したことのない人間が1年遅れて1歳年下の人間と一緒に試験を受けるというのは、大変なショックでプライドも傷つくことでしょうけれども、だからといって、「ハードル」的な試験を「棒高跳び」と勘違いしたとすると、その勘違いが落ちる要素にもなりかねません。浪人しようが何しようが、ハードルが棒高跳びに変化するわけではないのです。
   阪急ブレーブスの投手だった山田久志が『プロ野球 勝負強さの育て方』(1998.3.16.PHP文庫)で、1971年(昭和46年)の日本シリーズの時のことを述べている。 その年、22勝あげた山田は2戦目に先発で勝利し、1勝1敗の3戦目も先発して8回までたったの2安打、1対0でリード。 その9回裏、2死1,3塁、打者・王に、「王がなんじゃい」と投げたボールは王が苦手とする内角低めぎりぎり、球威も申し分なし・・・・。ところが、その会心の球を、王は見事にとらえて逆転サヨナラ3ランホームラン。 銀座で飲んだ後、乗ったタクシーの運転手は巨人ファンだったらしく「お客さん、テレビ見てたかい? 最高のゲームだったネ。 それにしても阪急の山田というピッチャー、なかなかイキのいいヤツだネェ」と山田に話しかけたという。降り際、「ボクがホームランを打たれた山田です。山田はボクです」と言って降りたそうな。 失投を打たれたわけでもない。王が苦手とする内角低めぎりぎり、球威も申し分なし、あれを打たれるのでは王に投げる球はない。 あれを打つというのは王は人間じゃない、と考え考えした結果、(1)その1球で勝負するつもりでストライクゾーンだけ考えて投げたが、ボールでも良かった。(2)8回、上田にヒットを打たれたが、そこでヒットを打たれなければ、9回にセリーグ最強打者の王に打順は回らなかった。 (3)なにより、野球は「ともかく勝てばええんや」。その時、2塁が空いていたのであり、あの場面、セリーグ最強打者の王と勝負しなければならない理由はなかった、「野球は、ともかく、勝てばええんや」 ・・・・といったことに気づいたという話が載っている。

   北野高校の3年の時の1回目と2回目の模擬試験で、私は「もう少しで京大に合格圏」という点数をとることができた。 しかし、この「もう少しで合格圏」、「もう少しで」というのがけっこう厄介なのだ。 今、100点満点の試験で、「普通にやったら60点とれる」という人間がいたとする。 その人間が何らかの事情で「普通にやる」ことができなかったとすると、「普通にやったら60点」の人間が「普通にやる」ことができなかったのだから、それより下の点数、悪くすると0点に近い点数になるかもしれない。 仮に、20点しか取れない時があったとする。 その人間が、「普通にやる」ことができる状況になったとすれば、「普通にやったら60点」取れる人なのだから、60点とれるであろう。 そして、「普通にやったら60点とれる人間」が、「普通に」ではなく「必死で」やったなら、「必死でやったら」、その結果、70点とれるということはありうることだ。 で・・・・。 「普通にやったら60点」の人間が「必死にやって70点とった」といたします。 もしも、行きたいと思う大学学部の合格最低点が65点だったとしたら、合格です。 めでたし、めでたし・・・・ですが、行きたいと思う大学学部の合格最低点が75点だったとしたら・・・。 こいつがくせものなんです。 「普通にやったら60点とれる」人が「普通にやる」ことができなかった時、20点しか取っていなかった。 20点しかとれなかった時があった人が、「普通にやる」のではなく「必死にやる」ことによって70点まで点数を上げたのです。 20点から70点まで50点も上げたのですから、あと5点、合格最低点が75点で得点が75点ぎりぎりでは、その時の出題が得意でない所が出るかもしれないし、当日、体調が普段より悪い可能性もないとは言えないしするから、77点か78点とりたいとして、あと7点か8点、上げるというのは、50点上げることから考えれば簡単・・・・そうに見えて、実はこれがけっこう大変なんです。 「必死でやって70点」なら、さらに「決死の覚悟で」とか「死ぬ気で」とかやれば・・といっても、すでにやってるんです。 「他の人がしないような努力をして」とか言いましても、東大とか京大とかに行こうとするような人間は、実は、他の人も「他の人がしないような努力」をしていたりするんです。 こうなると・・・・・、「じゃあ、行ける所に行けばいいじゃん」という考え方をするような人は最初から東大とか京大を目指してないと思うのです。 簡単にあきらめられるものじゃないんですよ。 そうでしょ。 簡単にあきらめられる人間なら、関学に行けばいいんですよ。 女の子にもてるでしょう。 「女性にもてる」一番の大学は関学ですから(実際にどうか知らんけど、「通説」としてそうなってるらしい)。 「関学行ったら女にもてるぞお〜お。 関学いけよ、かんがくぅ〜う!」とか言われて、「じゃあ、関学いこかな♪」と思う人間と、「誰が行くか! ふざけんな!」と思う人間がいまして、後者の人間だから、京大とか東大とか行こうとしてるんです。 今さら、変われるけえ! てとこなんです。〔⇒《YouTube―K.O(Knock out)》https://www.youtube.com/watch?v=6tg7iWbmnoE 〕

   その頃の北野高校など大阪府の公立進学校からの場合、京大・阪大を目指す場合と東大に行きたいと言う場合でも事情は違います。 京大・阪大の場合は高校の模擬試験で「通った人5人、落ちた人5人」を上回る成績をとるようにすればいいのです。 「すればいい」と言っても、簡単に上回ることができるかどうかは別問題ですが、上回ることを考えるべきです。 それに対し、東大の場合は、高校の模擬試験との相関性が高くありませんから、高校の模擬試験は「いいにこしたことない」程度で、むしろ、駿台・河合塾・代ゼミなどが実施する東大の試験問題を模した試験でどれだけの点数をとれるか、という方が重要で、「試験に出る部分を出る順に」「(大学入試の問題全般のではなく行きたい大学学部の問題の)傾向と対策」をどれだけとることができるかということになります。
   野村克也さんは「野球は頭でやるもんや」とか言われたそうですが、実は「大学受験も、頭でやるもんや」て、当たり前やんけ! てことでもないんです。 プロ野球の選手になるような人は運動能力については優れた人ばかりで、運動能力の優れた人が運動選手になっているのだから、運動選手とそうでない人の違いは運動能力の違いであるけれども、いったん、プロの選手となってプロの選手同士の競争になると、運動能力の優れた人間同士の競争ですから、そこからは「頭の勝負」だそうなんです。そこからさらに運動能力を高めようとしても、他の人間だって運動能力の優れた人間なので、さらに高めてもそれほど差はないというのです。(清原が素振りを1日に何千回やったとかいう話をきくと、「あんた、何やってんの」て気がする、と。) そこからは「野球は頭でやるもんや」、どれだけ工夫することができるか、だと。 で、普通の公立中学校からその地域で1番の高校に行くくらいは、普通に必死で頑張ってやれば合格できたわけです。 そこに行った人は。 しかし、東大とか京大とかに行こうとしますと、その入試においては、今度は必死で勉強する人同士の競争になるわけです。 となると、単に「一生懸命やる」「必死でやる」とかだと、そういう所を受けようという人は誰でもたいてい一生懸命やってんです。 だから、それだけではなく、適切な工夫をすることができるかどうかで合否が変わってきたりするわけです。
   「わしぁ、び〜んぼうやからな」とか言いながら、田園調布に住んでヴェルサーチの服きてヴェルサーチの腕輪はめてるような金持ちのじいさんの書いた本を正真正銘安月給の人間が相当に買って印税を金持ちじいさんにくれてやってしまったのですが、その何冊かの本によると、野村克也が南海ホークスに入って2年目、一度、解雇を言われ、お願いですからもう1年置いてくださいと泣きの涙で頼んで置いてもらったところ、キャンプで正捕手が怪我をして、オープン戦で出してもらうことができ、そこで活躍することができたことから正捕手として出してもらえるようになったが、打率は2割5分くらいしか打てなかった。 2割5分では、また、ひっこめられてレギュラーのポジションを奪われるかもしれない。 3割打てば一流打者と評価される。 どうすれば、3割打てるだとうか、2割5分の打者と3割の打者はどこが違うか、100回打席に立って30回、ヒットを打つ打者が3割打者で「一流打者」と評価される、100回のうち25回、ヒットを打つのが2割5分の打者で、100回のうち後5回多くヒットを打てば3割打者になれる・・・・と考えると、あと5本なら工夫次第で打てるかもしれん・・・と考えた、そうだ。 それで、ピッチャーが投げる前に球種がわかると打ちやすいのではないか、と考えて投手を観察すると、たとえば、ピッチャーは打者に球種を読まれないようにグローブの中でボールを握るが、フォークボールは球を人差し指と中指で挟むために、フォークボールを握る時はそうでない球の時よりグローブの開きが大きい・・とか、星野仙一のような「熱血型」の監督がマウンドに行って激励した後は、ストレートが多くなるとか、桑田(巨人)は自分では「本格派の投手ではない」と言いながら、ピンチになるとストレートの割合が多くなるとか、癖や配球を読み、そして、カーブが苦手でどんなに練習しても打てないので、野球の投手は最低3球はストライクを投げないと打者を三振に打ち取ることができない、3球ともカーブの可能性は少ない、1球くらいはカーブ以外の球が来る可能性が高いから、いっそ、カーブは打たないことにして、カーブ以外の球を打つようにしてはどうかと考えたとか、そういう工夫をして、その結果、「あと5本」多く打って「3割打者」≒「一流打者」の仲間入りをした、そうだ。
   東大や京大のような難関校で、合格最低点の少し下から少し上まで点数を上げるというのは、いわば、その「100回打席に立つうち、あと5本多くヒットを打つ」ようなものではないかと思う。 簡単に見えないこともないが、簡単でもない。
   私は、1990年代なかば、インテリアコーディネーターの試験の1次試験(学科)を、3回目で通った。 1回目は、たいして勉強せずに受けたのだが、落ちたが、自己採点の結果をみると、それでも、けっこう取れていた。 ところが、ある程度、勉強して受けた2年目、自己採点の結果の点数は1年目とほとんど変わらなかった。 これは少々こたえた。それで、3年目は、それまでより薄い本を徹底してやることにした結果、合格最低点を十分に上回る点数で合格できたようだ。 しかし、これは結果である。 野球のホームランは外野のフェンスを越えたらホームランで、場外ホームランでもラッキーゾーンにぎりぎり入るホームランでもホームランはホームラン。入学試験・資格試験はともかく合格最低点より少しでも高い点数をとれば合格。合格者最高得点答案を作成する必要なんか必要ない、というより、合格者最高得点答案なんて作成してたまるか。 ぎりぎり外野のフェンスを越えること、合格最低点をなんとか超えることを考えてやって、結果として、十分余裕をもった点数で合格できたというものだった。  宅建主任の試験は、1990年代前半、2回目の受験で合格したが、過去数年間の合格最低点を調べると、マークシート方式の試験で50問中、合格最低点が低い年で30点(50問中、30問正解)、高い年で35点(50問中、35問正解)だったが、自己採点の結果は35点だったか36点だったかで、試験を受けた印象として過去の問題より易しいとは思えなかったので、おそらく合格できただろうと思い、日建学院だったかハウジングエージェンシーだったかどこかが、各問題に自分が答えてものを書いて送ると合否予想を診断してくれるというものがあって送ったところ、「合格確率80%以上」だったかの返信で、そして、合格した。 後から聞いた話では、その年の合格最低点は30点(50問のうち30問以上正解で合格)だったらしい。 宅建主任者試験で、受けた試験においては、「もし、その試験が本番の試験でなく模擬試験であったなら、『通った人8人、落ちた人2人』というくらいの成績」を取れていたのではないかと思うが、それは結果としてである。 受ける前から「通った人8人、落ちた人2人」というくらいの成績をとろうなどとはまったく考えていない。 「合格最低点を少しでも上回る点数を、できる限り高い確率でとる」ということしか考えていない。 その結果として、わずかに上回る点数ではなく、十分に上回る点数をとることができたというものだ。

   「普通に考えて」だ。 東大とか京大とかいうような大学の試験に、「通った人8人、落ちた人2人」なんて、そんな点数を簡単にとれると思うか?  ・・・・ とれるわけないだろうが!!! そんなもん、簡単にとれるわけないだろうが、バカたれ。 とらんでよろしい。 入学試験とか資格試験とかいうものは、合格最低点を1点でも上回れば合格なんだよ! ハードルはそのハードルの高さより高く飛べばいいんだよ。 棒高跳びじゃないんだよ! 「一流打者」の仲間入りをともかくしようと思えば、3割打つことで、すでに2割5分打ってる打者が3割打つには、「100回中、あと5本打つこと」であって、8割も9割も打たなくていいんだよ! 8割も9割も打てるわけないだろうが! 
   大学受験においては、「通った人8人、落ちた人2人」という成績を模擬試験でとった人、本番の試験でとった人というのは、何人かあるかもしれない。 しかし、それは結果として、だと思うのだ。 受ける前から、「通った人8人、落ちた人2人」の成績をとるぞ、とか、「1番で通ってやる」とかそんなことを考えていたとしたら、それで通る人も世の中に1人か2人はあるのかもしれないけれども、普通は、そういう考え方というのは「勝負弱さ」だと思う。 「野球は勝てばええのや」。 9回の裏、1点、リードの場面で、セリーグ最強打者の王と何が何でも勝負しなくても、「ともかく、勝てばええのや」。 ・・・で、「通った人8人、落ちた人2人」なんて、そんな成績をとらないといけない・・・なんて、考えていたら、実際には、「もしも、その模擬試験が本番の試験なら、合否ぎりぎり」とかいうくらいの成績をとれているのに、「合否ぎりぎりくらい」なら十分合格できる可能性はあるのに、「なんで、とれんのや。 なんで、これだけしかとれんのや」とか、要らん心配、要らん気苦労をするはめになって、それでペースを崩すよ。 ほんと。 それでなくても、浪人なんてすると、自分より1歳年下のやつで、模擬試験で自分より良い成績をとったりするヤツが何人かでてきたりして、それだけでもショックだったりするのだが、そこで、「1番で通ってやる」とか「最低でも合格者の上位1割以内の成績で通る」とか、そして、「通った人8人、落ちた人2人の成績をとる」とか、そんな「どうでもいいこと」に固執してると・・・・、落ちるよ!  そんなアホなことを考えてることが一因になって。 「浪人したら現役の時より成績は伸びるはずだ」と思っていたら、その割に伸びない・・ということなんて、珍しくもないことで、行きたいと思う大学学部に、ともかく、「合否ぎりぎりくらい」の成績でも模擬試験でとれれば、それは、「十分見込はある」ということであって、特別に悲観しなければならないものでもないはずなのだが、そういう時に、「1番で通る予定なのに、合否ぎりぎりの点数しかとれない」とか、「『通った人8人、落ちた人2人の成績を模擬試験でとらなければ受けてはいかん』のに、合否ぎりぎりくらいの成績、即ち、『通った人5人、落ちた人5人くらいの成績』しか取れないようでは、受けることすらできない」などとアホなことで悩んでいたら、その考え方が原因で、落ちるよ! 
    そういう受験における初歩的な・基礎的な考え方の間違いをYMCA予備校は受験生に話していたのだ。 今から思えば、よくそういうふざけた間違いを生徒に話すものだとあきれる・・・が、その間違った認識を間違っていると認識できないような人が運営していた予備校だったということだ、ゆえに、つぶれた。 つぶれるべくしてつぶれた、ということだ。

    もし、私が高校の教師か予備校の講師、予備校の進学相談員の仕事についていたならば、「1番で通ってやる」とか「上位1割以内で通る」とか、「『通った人8人、落ちた人2人の成績』(それが本番の試験なら、上位1割以内というくらいの成績)を模擬試験でとるのでなかったら受けてはいかん」などと言う生徒がいたならば、「あんまり、そういう考え方はしない方がいいと思うよ」と、一言は言ってあげますね・・・・。 本人の為を思って。 それを、YMCA予備校は予備校の人間の方が「最低でも『通った人8人、落ちた人2人』と言うくらいの成績を模擬試験で取らなければ受けてはいかん」などと言っていたのですから、あきれます・・・が、なぜ、そんなアホなことを言うのかというと・・・・・→ (答え)大学受験についてわかっていないから。 言っている人間に、東大や京大などの難関校を受けた経験がないから、・・・・・です。 よく、そんな人が予備校やってたものだと思います。 旧型司法試験の模擬試験の採点は、実は「単なる受験生」がやっている、「単なる受験生」といっても、何度も受けて落ちた「実力派」の受験生であるけれども・・・ということを柴田孝之が『司法試験機械的合格法』だったか他の本だったかで述べていたが、旧型司法試験の模擬試験の採点は、「単なる受験生」でしかない人といっても、通っていないとはいえ旧型司法試験を受けた経験のある人が採点していたのに対し、YMCA予備校は京大・東大などの大学を受けたこともない行きたいと思って勉強したこともない人が運営していたのです。「単なる受験生でしかない人」とはいえ「実力派」の受験生が採点する旧型司法試験の方がはるかにまともなんです。
   (2011.11.22.)
   次回、 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_10.html 1つの模擬試験はどこにも通じるか、「弱者の戦術」たる「戦力の集中」か?  について、述べる。

☆ YMCA予備校はどこが間違っていたか
1.「特高右翼」YMCA高槻による思想調査 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_7.html
2.パチンコを勧める予備校。 聖書を奪い取る「敬虔なクリスチャン」 http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_8.html
3.「通った人8人、落ちた人2人の成績」を取らないと受けてはならないか? 〔今回〕
4.1つの模擬試験はどこにも通じるか、「弱者の戦術」たる「戦力の集中」か? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_10.html
5.「文学的素養がない人間」・「人間性に問題がある人間」は落ちるか(上) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_11.html
6.「文学的素養がない人間」・「人間性に問題がある人間」は落ちるか(下) http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_12.html
7.「地方の受験生は根性がある」か? 受験生に嘘情報を吹き込む予備校  http://tetsukenrumba.at.webry.info/201511/article_13.html
8.英文はいちいち日本語に訳して書くべきか? http://tetsukenrumba.at.webry.info/201512/article_1.html


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「通った人8人、落ちた人2人の成績」を取らないと受けてはならないか?―YMCA予備校の間違い≪3≫ 哲建ルンバ/BIGLOBEウェブリブログ
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