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zoom RSS 日本基督教団南大阪教会塔屋(村野藤吾)、及、「サッちゃんの歌」〜日本の教会建築(1)

<<   作成日時 : 2012/06/15 20:58   >>

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〔第104回〕日本の教会建築(1)
【1】日本基督教団 南大阪教会 塔屋 (村野 藤吾)
(大阪市阿倍野区阪南町。 最寄駅:大阪市地下鉄御堂筋線「昭和町」、谷町線「文の里」)
   日本基督球団南大阪教会(塔屋)を見学に行ってきました。 建築家・村野藤吾(1891‐1984)の設計によるもので、1928年(昭和3年)〔1923年(大正12年)の関東大震災の5年後、1925年の治安維持法制定の3年後、1929年の世界恐慌の1年前、1931年の満州事変の3年前〕に竣工の建物ですが、たとえば、「ウィキペディア―村野藤吾」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E9%87%8E%E8%97%A4%E5%90%BE の≪作品≫の欄を見ると、≪1928年 - 日本基督教団南大阪教会塔屋 (大阪市阿倍野区) ≫と書かれており、≪日本基督教壇南大阪教会≫ではなく、又、≪日本基督教団南大阪教会礼拝堂≫でもないのですが、これはどういうことなのかは行って見てわかりました。 南大阪教会では、塔屋と礼拝堂は別棟になっており、村野藤吾が設計したのは、「塔屋」の方らしいのです。
    実際に、お写真の方を見て見ましょう。↓  
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  ↑ 日本基督教団 南大阪教会 塔屋 (南側から見たもの)
  敷地内には、礼拝堂と幼稚園棟があり、礼拝堂の道路よりに、村野藤吾 設計の塔屋があります。

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  ↑ 日本基督教団 南大阪教会 塔屋 (北東側から見たもの)
  インターネットで検索すると、南側からの写真がよく出ていますが、北側から見たものも、なかなかです。

      ≪ 大正12年の関東大震災により、多くの建物が倒壊・焼失したが、これによって、耐震構造の鉄筋コンクリート造が確立する。 復興の中でつくられた東京中央郵便局、同潤会アパート、白木屋、大阪十合百貨店などは、近代建築史に名を残すすぐれた作品といえよう。≫
(『インテリアコーディネーターハンドブック 技術編』(1994年1月10日 インテリア産業協会) 
   かつて、大阪市中央区の大阪市中央区の地下鉄御堂筋線「心斎橋」駅のところ、御堂筋と心斎橋筋の間には、ウィリアム=メレル=ヴォーリズ設計の大丸 心斎橋店[〔第16回〕《 「屋上緑化」「屋上庭園」「屋上利用」の意義について、プラス、大丸心斎橋店の思い出〔引っ越し掲載〕》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201101/article_18.html 参照。]と 村野藤吾 設計の そごう大阪店とが、道ひとつをはさんで、南に大丸、北にそごう と建っていました。 いずれも、関西系、かつ、呉服店系の老舗の百貨店で、大阪でも心斎橋は「百貨店の街」でした。 大阪で百貨店が2つ以上あった場所としては、大阪駅のある梅田も、阪急と阪神の2つの百貨店がありましたが〔今は、大丸も三越伊勢丹もあります。〕、いずれも、電鉄系の百貨店で、呉服店系の百貨店、しかも、いずれも、関西系の百貨店が2つあるのは心斎橋のみでした。 しかし、村野藤吾設計の そごう大阪店は2000年に閉店、2003年に解体され、2005年に新しく建てられた高層の そごう心斎橋店がオープンしたものの、2009年には、そごう心斎橋店は閉店となり、その後、大丸心斎橋店・北館となり、心斎橋は「百貨店の街」から「大丸の街」になりました。 私のように、子どもの頃、親に連れられて心斎橋に行き、その頃は大丸の屋上にあった遊園地のジェットコースターに乗った経験のある者としては、大丸と そごう という2つの百貨店があってこそ、心斎橋であり、大丸しかない心斎橋というのは、なんだか、片肺飛行の飛行機のような感じがし、さびしい思いがしてしまいます。
   その『インテリアコーディネーターハンドブック 技術編』に出ている大阪十合百貨店を設計した村野藤吾設計の塔屋があるのが、地下鉄御堂筋線「昭和町」駅の西にある日本基督教団南大阪教会です。
※「そごう大阪店」「そごう心斎橋店」については、
「ウィキペディア―そごう心斎橋本店」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9D%E3%81%94%E3%81%86%E5%BF%83%E6%96%8E%E6%A9%8B%E6%9C%AC%E5%BA%97 他参照。
   
   私は、この南大阪教会には、子供の頃、何度も行ったことがありましたが、子どもの頃は、もっと大きな教会のような気がしていたのですが、今見ると、どうも、頭の中にあった印象に比べて、ずいぶんと小さいように思えます。

   村野藤吾は、「ウィキペディア―村野藤吾」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E9%87%8E%E8%97%A4%E5%90%BE には、≪建築批評界では丹下健三とよく比較された。≫と書かれていますが、丹下健三の建物、特に、丹下の人生後半の建物は「矢鱈と自己主張が強く」、又、東京カテドラル聖マリア教会〔〔第3回〕《「建築家」と「建築屋」と「建築士」はどう違うのでしょうか??? 〔引っ越し掲載〕 》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201101/article_3.html 参照。]などは、「なんとも どぎつい」印象を受けるデザインですが、村野藤吾のこの南大阪教会塔屋は、「周囲と調和する」建物で、「和みを感じる」建物で、丹下健三とはずいぶんと違いがあるように私は感じます。

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 (↑ クリックすると大きくなります。)
  エホバの目はただしきものをかへりみ その耳はかれらの號呼(さけび)にかたぶく
  エホバの聖顔(みかお)はあくをなす者にむかひてその跡を地より断絶(たちほろぼ)したまふ
  義者(ただしきもの)さけびたればエホバ之をききてそのすべての患難(なやみ)よりたすけいだしたまへり
     (「旧約聖書・詩編」第34篇15節‐17節 〔『旧新約聖書』日本聖書協会文語訳より。〕)

※日本基督教団南大阪教会のホームページは、→ http://www.h5.dion.ne.jp/~mochurch/ 


【2】「サッちゃんの歌」詩碑
   有名な童謡、「サッちゃん の歌」の作者・阪田 寛夫(さかた ひろお)は、日本基督教団南大阪教会と同じ敷地にあって、同教会が運営する南大阪幼稚園の二期生であったそうで、同教会の南東部に「サッちゃん」の詩碑があります。 
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 ↑ 「サッちゃん」詩碑。 
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 (↑ クリックすると大きくなります。)
※「サッちゃん のうた」については、
「サッちゃん」阪田寛夫 作詞・大中 恵 作曲 http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/satchan.html
※阪田寛夫 については、
「ウィキペディア―阪田寛夫」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%AA%E7%94%B0%E5%AF%9B%E5%A4%AB 
「ウィキペディア―大浦みずき」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B5%A6%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%8D  他参照。

    南大阪教会の「サッちゃん」の詩碑には、南大阪幼稚園の阪田寛夫氏の1年上に、「さちこ」さんという園児がいたと書かれてはいます。 しかし、インターネットで検察して見たものに、実は、阪田寛夫氏の娘のひとりが、まだ、小さい時に、交通事故で亡くなったが、その娘の名前が「さちこ」で、「サッちゃん」の歌とは、実は、娘を亡くした阪田寛夫が、亡くした娘を思って歌った詩で、特に、3番の≪サッちゃんがね 遠くへいっちゃうってほんとかな≫というのは、引越してどこかへ行くのではなく、交通事故で亡くなった娘が他界していなくなってしまうことで、≪だけど、ちっちゃいから 僕のこと忘れてしまうだろ さびしいな≫という≪僕≫とは、「サッちゃん」の同年代の男の子ではなく、父親の阪田寛夫のことだと書かれたものを見ましたが、今、それを見つけることはできません。実際はどうだったのでしょう。
   いずれにせよ、とても、優しい詩であり、優しい心を呼び起こす詩だと思います。 
  


【3】日本基督教団
   日本のプロテスタントの教会の基本的な団体が「日本基督教団」かと私は若い頃、思っていたのですが、そういうわけでもなく、「ウィキペディア―日本基督教団」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E5%9B%A3 を見ると、≪1941年6月24日に日本国内のプロテスタント33教派が「合同」して成立した合同教会≫で、戦後、≪1941年の合同そのものをよしとしない教派や合同教会のスタイルと相容れない教派、海外ミッションとの関係がある教派は、教団を離脱することにな≫り、 福音ルーテル教会・救世軍・ホーリネス教会の一部などが離脱、メソジスト教会・ホーリネス教会の一部などが残留したという。
  日本基督教団の≪創立総会は、「君が代斉唱」、「宮城遥拝」、「皇軍兵士のための黙祷」、「皇国臣民の誓い」の国民儀礼を以って開始された。創立総会は「われら基督教信者であると同時に日本臣民であり、皇国に忠誠を尽くすを以って第一とす」と宣誓。≫したと言い、はたして、これをキリスト教と言ってよいのか疑問に思えるところがあるとともに、戦争遂行についても、協力・加担したと考えざるをえないようなところがありますが、インターネット上の、「日本基督教団」公式サイト http://uccj.org/ では、「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」http://uccj.org/confession として、≪「世の光」「地の塩」である教会は、あの戦争に同調すべきではありませんでした。まさに国を愛する故にこそ、キリスト者の良心的判断によって、祖国の歩みに対し正しい判断をなすべきでありました。しかるにわたくしどもは、教団の名において、あの戦争を是認し、支持し、その勝利のために祈り努めることを、内外にむかって声明いたしました。≫と、自己批判をおこなっています。
  
   ≪ 幕末にあらわれたカトリック教徒は、維新政権の残虐な迫害に抗して信仰の火を燃やしつづけ、新たに外国人宣教師の布教でじょじょにプロテスタントも多くなり、政府も弾圧の無力をさとり、また条約改正の条件をつくるためもあって、一八七三年に切支丹宗門禁止の高札をとり去り、事実上信仰の自由を黙認した。 日本人の中からも、幕末にアメリカに密航して神学校を卒業し、一八七四年末に帰国、プロテスタンチズムの学校「同志社」を京都におこした新島 襄(じょう) のような偉大な指導者が出て、一八八〇年代にはキリスト教は日本の宗教・思想・文化界に清新の気をふきこむ一勢力となっていた。 そして大日本帝国憲法も「安寧秩序ヲ妨ゲズ、 及ビ臣民タルノ義務ニ背カザルノ限リニ於テ」との条件付きであるが、いちおう信教の自由をみとめていた。 しかし教育勅語が出てまもなく、御用学者 井上哲次郎らは、キリスト教は教育勅語に矛盾すると攻撃しはじめた。 それにたいしてキリスト教徒の方では、横井時雄らが矛盾しないと弁解につとめ、論争は一八九〇年から九四年までつづいた。 キリスト教が本来教育勅語に矛盾しないのではなく、日本ではそれと矛盾しないような「キリスト教」しかゆるされなかったのである。 これはたんに宗教の一派の受難にとどまるものではなく、日本人は天皇教から自由にされなかった、ということである。 
(井上 清『日本の歴史 中』1965.10.23. 岩波新書)

   戦後の日本国憲法では、
日本国憲法
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 
 
   (「日本国憲法 houko.com 」 http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM )

・・・と、「信教の自由」の保障を憲法条文に明記し、そこには、大日本帝国憲法において付けられていた≪安寧秩序ヲ妨ゲズ、 及ビ臣民タルノ義務ニ背カザルノ限リニ於テ≫といった文章はなくなった。
   
  その上において、本来のキリスト教の精神をどれだけ実現できているかは、その人・その団体によるものでしょうけれども、今後において、より「信教の自由」を確かなものにしていくのか、戦前戦中のような「信教の自由」が確保されているとはいえない状況の国にしていくのかは、我々日本国民がどう対応していくかで決まってくるものであり、「信教の自由」という問題において、決して、歴史の歯車を逆方向に動かすようなことをしてはならず、もし、逆方向に動かすようであるならば、≪これはたんに宗教の一派の受難にとどまるものではなく≫、すべての国民を不幸にすることとなるでしょう。

【4】蛇足
  かつて、「ウルトラマンの歳はいくつか知ってるか?」という話で、
→(答え) 「ジュウハッチ! (18歳)」 というのがありましたが、 もうひとつ、関西限定で、
 「ウルトラマンの住んでる所は?」
→(答え) 「ショワッチョゥ! (昭和町)」というのがありました。
   南大阪教会の南東部に「サッちゃん」の詩碑はありますが、最寄駅:「昭和町」周辺に、ウルトラマンの碑はあるかというと、それはありません。 「昭和町」という地名は、大阪だけでなく、たとえば、神奈川県川崎市にも「昭和」という地名はあり、JR鶴見線に「昭和」という駅がありますが、鶴見線の「昭和」駅と川崎区昭和とは場所が違うようです。 「昭和」「昭和町」という地名は全国に他にもあると思いますが、上のギャグが通じるのは関西だけかと思います。 以上。
※ まさか、ウルトラマンを知らない人はないと思うけれども、万一、知らない方は、
→「YouTube―ウルトラマン OP 」http://www.youtube.com/watch?v=WrI2fLwc8w4 他参照。
       (2012.6.14)

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 大飯原発 再稼働は理解できません。 もし、今、さらに、西日本でも原発事故が起こったとしたら、ということを考えないのでしょうか?
(参考)
武田邦彦教授のブログ
「緊急考察・・・大飯原発はなぜ再開されるのか?(1)」http://takedanet.com/2012/06/post_6ad1.html
「緊急考察・・・大飯原発はなぜ再開されるのか?(2)」http://takedanet.com/2012/06/post_d8e3.html 
       (2012.6.17.)
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