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zoom RSS 橋下 徹は疲れる。 まだ、「絶叫型」の政治家を欲しがるのか? 及、ビッグローブの「コメント」について

<<   作成日時 : 2012/01/29 20:25   >>

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〔第79回〕
      何回か、橋下徹批判を続けたところ、なんだか、単なる安月給のサラリーマンでしかない者のブログに、ずいぶんと対決調のコメントを受け、正直なところ、なんか、疲れてしまった。 コメントをいただくのは、基本的には歓迎しているのですが、作成者は、あくまで、安月給のサラリーマンでしかなく、別に、橋下の対抗馬でもないので、あんまり、対決調のコメントをもらっても、そこまで引き受けなければならないものかと疲れてしまうし、できるだけ、返答しようと思いながらも、中には、俺に教えてもらうのではなく、自分で勉強しろよ・・と言いたくなるような内容もあります。

   このブログは、ビッグローブをプロバイダとして始めました。なぜ、ビッグローブを選んだかということに、特に、理由はなく、初めて、ブログを開始するにあたって、職場で、ビッグローブでブログをおこなっている人がいて、ビッグローブのやり方を教えてもらったことから、「まあ、いいか」くらいの気持ちで、ビッグローブにしたのですが、ビッグローブを選ぶに際して、ひとつ、気がかりな点はありました。  それは、かつて、NECのパソコンを買った時、ビッググローブがNECの系列であったことから、インターネットの最初の画面がビッグローブになり、特に、考えずにそのままにして、ビッグローブニュースを見ていたところ、ビッグローブニュースには各ニュースに「コメント」欄があって、そのコメントを見ると、どう考えても、ビッグローブニュースの「コメント」欄を入れている人たちというのは、世間の平均、世間一般ではなく、「ネトウヨ」(インターネット上にウヨウヨいる、右翼コメントをせっせと入れて回ることによって、そのような右翼的反動的な主張が国民の意識・日本の世論であるかのように、国民に思わせようとして、職業的に、右翼コメントを入れて回っている人たち)がという言葉で呼ぶのが適切かどうかわからないけれども、何か、そういう感じの人が多い、ということに気づいたのです。社会を右傾化させようとして、意図的にそういうコメントを入れさせている勢力がいて、そして、その指示と支援によって、 (職業的に?)「ネトウヨ」コメントを入れている人がいるのか、そうではなく、もともと社会にいる「ネトウヨ」と言われる人たちがビッグローブに集まりやすいのか、 いずれかわからないけれども、ビッグローブニュースの「コメント」欄は、少々、不自然なところがある、ということに気づいたのです。 ブログを始めてから、ブログに関しては、それほどは思わなかったのですが、どうも、橋下批判をおこなうと、ビッグローブニュースに常連の「ネトウヨ」と言われる人たちが、こちらについてきてしまったような印象を受けるようになりました。 「コメント」をいただくことは、歓迎してきたし、コメントをいただけるのは喜ばしいことと思ってきたのですが、 〔第75回〕《 「信教の自由」を理解しない 橋下 徹 (と 松井 一郎、中西正人)に法と人権の研修をおこなう必要 》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201201/article_4.html  に、≪お前の思想どうかしてる。 君が代、日の丸が嫌なら日本でてけよ。≫とか≪アンタのようなサヨクにはホトホト呆れます。≫というような「コメント」を受けるに至って、なんか、こわいなあ、と思うとともに、実際のところ、私のように、自分で自分を「サヨク」などと思っていないし、本来の「左翼」の人からすれば、頭をすりつけてお願いしても、たぶん、仲間には入れてもらえないであろうと思われる者でも、「サヨク」呼ばわりする人、「サヨク」にしてしまう人、そういう人の「コメント」というのは、歓迎する性質のものではないし、律儀に、その「コメント」にご返事など入れる必要もあると思えない、と思うようになったのです。 ビッグローブニュースの「コメント」欄に、「サヨク」として批判というより、攻撃されていたのは、どういう人かというと、「民主党全般」「社民党」、「鳩山由紀夫」「小沢一郎」といったところで、「社民党」くらいまでは、まだ、わかるのですが、鳩山由紀夫が「左翼」だとか、ましてや、小沢一郎が「左翼」だとか言われると、何をわけのわからない寝言を言っているのか、という気がします。 だいたい、小沢一郎が「左翼」なわけないじゃないですか。 アホちゃうか、という感じがしますが、ビッグローブニュースの「コメント」欄はそういう感じだったと思います。 もしも、小沢一郎などまでも「左翼」にしてしまうのであれば、まあ、特に、「左翼」でもない私でも「左翼」の中に入ってしまう、入れられてしまうことになるのでしょうけれども、普通は、小沢一郎を「左翼」とは考えないと思うし、あんな、「左翼」あるわけないじゃないの、と思いますね。 インターネット上のビッグローブという場が、鳩山由紀夫とか小沢一郎とかを「左翼」だと言って攻撃するのを生きがいにしている人たちの集会場であるならば、そういう集会場に長居するべきではないのかなあ、などと思ったりもしました。 ドイツのネオナチの集会場にわざわざ出かける必要もないのと同じです。 そこがネオナチの集会場ならば、ネオナチの人たちだけで好きに盛り上がってもらうしかないと思うのです。 昔、アルバイトで警備員の仕事をしたことがありますが、その会社では朝日新聞社の警備もおこなっていたようで、私は、朝日新聞社には勤務しませんでしたが、勤務した経験のある人から聞いた話では、朝日新聞社に警備で勤務すると、朝日新聞社には、「日の丸の鉢巻きをして、和服を着て、日本刀をさしたオッサン」とかが時々来るそうで、だから、朝日新聞社の勤務は怖いからうれしくないと言っていたのを聞きました。 共産党や、かつての社会党、あるいは、かつてのソ連大使館、もしくは、朝日新聞社とかであれば、「右翼勢力」から襲撃されるおそれ、というものを警戒する必要もあるでしょうけれども、別に、議員でもなければ、プロの新聞記者でもない、有名人でもない人間が、物好きで入れているブログに、まるで、インターネット上で「日の丸の鉢巻きをして、和服を着て、日本刀をさしたオッサン」みたいな感じのコメントを入れられると、実際問題として、これは、相手にすること自体が間違っているのではないかという気がしてきました。



   橋下のおかげで、不当に職を失う教員がいたとしても、私だって、今まで、職場で不当な扱いを受けることは何度もあったのであり、職場で不当な扱い、あるいは、そこまで行かなくても、自分で納得いかない扱いを受けた経験のある人は少なくないと思います。 そういう時に、大阪府・大阪市の教員が何か助けてくれたかというと、何もしてくれなかったのですから、それから考えれば、私が大阪府・大阪市の教員のために努力することもないとも言えます。
   しかし、・・・公務員において、学校において、「信教の自由」「思想・良心の自由」が侵害されるのであれば、早いか遅いかはともかく、一般の民間企業においても、侵害されやすい方向につながり、公務員において、あるいは、学校において、「信教の自由」「思想・良心の自由」が侵害されないならば、一般の民間企業においても、侵害されにくい方向につながる、ということはあるので、その点で、他人事ではないと言えます。 当然のことながら、教員だけの問題ではなく、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」の問題でもあります。 大阪市・大阪府において、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」が侵害されるならば、他の都道府県においても、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」が侵害される方向につながりやすく、大阪市・大阪府において、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」が侵害されるのを防げるならば、他の都道府県においても、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」が侵害されるのを防げる方向に進みやすい、ということが言えます。 そもそも、市長とか知事という者に、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」を侵害する権利があるのか、というと、あるわけないのです。 又、高校にせよ、中学にせよ、大学受験・高校受験を控えた今の時期に、こういった問題で生徒を悩ませるというのは、市長・知事として、思いやりのある態度とは言えません。橋下は、もう少し、生徒のためを考えるべきだと思います。


   2001年6月、大阪府池田市の大阪教育大学付属小学校に、宅間守という男性が凶器を持って侵入し、結果として、児童8名が殺害され、児童13名と教員2名が傷害を負うことになりました。(「ウィキペディア―付属池田小事件」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%84%E5%B1%9E%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%B0%8F%E4%BA%8B%E4%BB%B6 他参照) こういった事件があった場合、教員は、自分が死ぬところまでの給料はもらっていないかもしれませんが、できる限り、児童が殺害されたり負傷したりしないように努力するべきであり、児童を守る努力をする教員と児童を守る努力をしない教員であれば、児童のために死ねとまでは言いませんが、児童を守る努力をする教員の方が評価できる真面目な教員であるといえると思いますし、できる限り守る方向で努力してほしいと思います。 今、大阪市・大阪府の学校では、生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」という人間の尊厳にかかわるものが侵害されようとしているのです。生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」を侵害しようとする者(橋下徹・松井一郎・中西正人ら)から生徒を守る方向で努力するのは教員の義務です。  生徒の人間としての尊厳を侵す橋下・松井・中西から生徒を守ろうと努力する教員とまったく努力しない教員 ・ 生徒の「信教の自由」「思想・良心の自由」を侵害する行為に加担する教員とでは、教育大付属小事件において、児童を守ろうとした教員と守ろうという努力をしない教員では守ろうとした教員の方が評価されるべきであるのと同じく、  大阪市・大阪府での学校における「信教の自由」「思想・良心の自由」の侵害から生徒を守ろうとする教員の方が、守ろうとする努力をしない教員より高く評価されて良いはずです。  ところが、大阪市長・橋下徹、大阪府知事で橋下の子分でしかない・松井一郎、教育長で橋下に追随している中西正人は、生徒を守ろうとする教員を解雇し、守ろうとしない教員の方を評価しようとしているのです。生徒を守ろうとしない教員のみを残すような学校というものは、それだけ質の低い学校になるでしょう。橋下は、自分が私立受験校ではなく公立高校(北野高校)の出身者であり、公立高校の評価を上げたいと考えているらしいと書かれているものを見ることがありましたが、実際には、公立の中学校・高校の価値を下げようとする行為を行いつつあります。

   大阪、及び、関西は、東京と比べると、学校については、全般的に、私立より、国立・公立の評価が高い地域であり、東京の人間には、「大阪は商人の町なんだから、もっと、民間のもの、私立の学校を大事にすればいいのに。」というようなことを言う人がありますが、それは東京の人間の発想で、 「商人の町なんだから、だから、一生懸命、努力して、勉強した人間が、お金のかからない公立・国立の学校に行くのは当然だ。勉強しなかった人間がカネのかかる私立の学校に行くのはしかたがない。 (さらに勉強しない医者屋のドバカ息子は裏口入学で私立金権医学部に行くだろう。)  なんで、一生懸命、勉強して成績を残した者が、カネのかかる私立の学校に行かなきゃならんのだ。」というのが大阪の人間の発想であり、商人の町の発想であったと思います。 しかし、東京に比べて、関西で、国立・公立の学校の評価が高いのは、それだけが理由ではなく、東京では、東大を始めとした国立の大学、及び、国立・公立の学校は 「官立」 という性格があり、私立は 「民間」 だという認識があるのに対し、 関西では、私立の学校というのは、設立者・運営者の考えに沿って運営される学校、「設立者の私物」 という性格があるのに対して、国立・公立の学校は、 「公(おおやけ)」、「市民・国民の共有の学校」 であるという認識があり、関西では、公立・国立の学校の方が、私立の学校よりも、一般の人間にとって、自由と人権の確保された学校であるという認識があったからであると思います。 もしも、橋下・松井・中西らによる人権侵害が (大阪市・大阪府の公立の学校が、私立の学校で「設立者の私物」という性格のある学校のごとく「橋下徹・松井一郎・中西正人の私物」であるかのように) 大阪市・大阪府の学校で実行されるならば、もはや、大阪の公立の学校は、私立の学校よりも、自由と人権が確保された学校とはいえなくなってしまいます。 その時には、大阪人は、もはや、大阪の公立の学校を見捨てることになる、という可能性は、十分にあります。 私立ではなく公立の学校に行く理由は、ひとつには、公立の学校の方が、学費が安いということがありますが、しかし、 「コストと利益を比較較量して考える」という思考をする時、もしも、公立の学校が「コストは安いが利益がない」「コストは安いが価値がない」「コストは安いが失うものが多い」という状態、「安物買いの銭失い」という状態で、私立の学校の中に、「コストは公立の学校よりも高めだが、利益が十分にある」という学校が出現したということになれば、特に、お金持ちでなくても、ぎりぎりでも、「コストは公立よりも高めだが、利益が十分にある」という私立に行けるのならば、そちらを選択する、「安物買いの銭失い」はしない、「コストと利益を比較較量する」という商人の町としての思考の結果として私立の学校を選択するという人が出てきてもおかしなことではありません。 私が慶應義塾大学に在籍した時、「コストと利益を比較較量して」という話はよく出ましたし、学校については、「だって、こっちの方がいいんだもん。」という話がでました。公立の高校・中学校が橋下・松井・中西の私物のようにされてしまうのであれば、大阪の公立の学校は、それだけの価値しかない程度の低い学校ということになってしまうでしょう。 学校は移り変わっていくものであり、卒業した学校が自分が在籍した時と異なった状況の学校になっても、多少、寂しい思いをすることはあっても、学校は卒業した者の学校ではなく、今いる人の学校だから、それはやむをえないと思うが、橋下・松井・中西らに私物化されて破壊されるというのは、なんとも気分の悪いことである。 橋下徹・松井一郎・中西正人の3名は極めて傲慢です。


   政治家には、良きにつけ悪しきにつけ「疲れる政治家」「疲れない政治家」というのがいるように思います。小泉純一郎の政権は、自民党の総理大臣としては、選挙に強い政治家であったこと と アメリカ合衆国に逆らわない政治家であったことから、長命の内閣になりましたが、安倍晋三を経て福田康夫に総理大臣が変わった時、何新聞だったか忘れましたが、「国民は、小泉純一郎以来の絶叫型の政治に疲れた」と書いていたのを見ました。 たしかに、そんな感じがしました。安倍晋三は小泉純一郎と同様、もしくは、それ以上に「疲れる」政治家という印象がありました。 福田康夫は、自民党の議員として総理大臣になる人としては高齢で、いわば、ソ連のブレジネフ書記長の後の、アンドロポフ・チェルネンコのような、「中継ぎ」「ワンポイントリリーフ」のような感じがしましたが、外見の印象として、「絶叫型」ではないという印象を受ける人でした。 福島第一原発の事故の影響が、まだ、どうなるかわからない、悪いなら悪いで見通しがある程度たったという状態になったわけではない、まだ、どうなるかわからない状況においては、民主党の代表に、野田佳彦氏が選ばれたのは、その時、候補者として出ていた人の中では悪くなかったのかな、と思ったりしています。 その時、出ていた人のなかでは、比較的「疲れない」方の人、「絶叫型」でない方の人だと思ったのです。 それに対して、「疲れる」方の人、「絶叫型」の方の人間が 橋下 徹です。 たとえ、この男が出てくるにしても、できれば、福島第一原発事故による放射能汚染の問題が、解決とまでいかなくても、たとえ、良くないなら良くないで、ある程度、見通しがたってからにしてほしかった。 放射能汚染の問題が、まだまだ、大変な時期においては、この男は、あまりにも「疲れる」政治家であり、出てくるなら、「他に問題が少ない時」にしてほしかった。 津波が押し寄せてきている時に、君が代がどうのこうの 言われても、「津波が引いてからにしてくれ」と言いたい。今、東日本は、津波以上の問題に苦しんでいる。 東日本に比べれば問題の少ない大阪にいて、「絶叫型」の動きをする男というのは、なんか、東日本の人間の苦しみをわかってない、という印象を受ける。
    そう思いませんか?
※(現在の東日本の放射能汚染の問題を考えるための参考として)
早川由紀夫の「小学生4年生でもわかる放射能の話」http://gunma.zamurai.jp/pub/2012/fukushima120122oyama.pdf 
  (2012.1.28.作成の 〔第78回〕《 西新井大師(總持寺)訪問、及、さざえ堂、関東の大師、及、足立区の放射線量、及、橋下徹は疲れる 》http://tetsukenrumba.at.webry.info/201201/article_7.html より、2012.1.29.移転・加筆)

≪  明治憲法時代には国民の三大義務というのがあって、それは兵役・納税・就学でした。 こうして教育は権利から義務に変わったわけです。・・・・
   いまの若いかたはご存じないと思いますが、兵隊にいくことは「兵隊にとられる」といった。つまり、「とられる」という感じであったのです。もっとはっきりいうなら、「生命をとられる」危険があるということです。・・・・ それから税金。これは文字通り「とられる」という感じです。三番目の就学、つまり、学校へいくということは、まさか「学校へとられる」とはいわなかったけれども、よく考えてみると、それは「魂をとられた」のだと思います。国家の好きなような考え方を長いあいだにわたってつぎこまれたのです。 ≫
と、遠山 啓(とおやま ひらく)『競争原理を超えて―ひとりひとりを生かす教育』(1976.1.31. 太郎次郎社)に述べられています。
   遠山啓のこの本で述べられている、学校教育は≪国家の好きなような考え方を長いあいだにわたってつぎこまれた≫というもので「魂をとられた」という考え方は、戦前・戦中はそういうところがあったでしょうけれども、「戦後民主主義」と言われる時代、私などが小学校から高校まで通ってきた時代においては、そういう面が完全になくなったかどうかはわからないけれども、少なくとも、学校教育がすべてそういうものではないと思ったし、学校には「学問の独立」という姿勢があったと思い、この遠山の文章を読んだ時には、部分的にそういう面も残っているのかもしれないけれども、今現在の学校については、「魂をとられる」というのは言いすぎで、むしろ、学校教育の過程で自主独立の精神が確立される場合があると思ったのでした。 しかし、橋下・松井・中西らが進めようとしている公立中学校・公立高校における 君が代礼拝式 が実行されるならば、推し進められるならば、もはや、誇張ではなく、文字通り、学校は「魂をとられる」場所、ということになってしまうでしょう。 
   大阪市民・大阪府民は、なぜ、このような白痴を市長だの知事だのに選んでしまったのでしょうか。
         (2012.1.30.)

【参考】
《「日の丸・君が代」の強制に反対する声明  日本バプテスト連盟》http://www.bapren.jp/uploads/photos/76.pdf#search='日の丸君が代の強制に反対する声明'
《「日の丸・君が代」の強制に、私たちは信仰に基づいて反対します 聖公会平和ネットワーク》https://sites.google.com/site/seikokaiheiwanetwork/what/satatement/20110530
《クリスチャン新聞 2010年3月14日号 卒業式前に「信教の自由を求める」祈り会》http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?page=1&articleid=2193
《クリスチャン新聞 2011年12月04日号 「君が代」強制に信仰の苦悩共有−−超教派キリスト者が「祈りの会」》http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?page=1&articleid=2193
《「日の丸・君が代」強制反対 ホットライン大阪》http://www7a.biglobe.ne.jp/~hotline-osk/
《『橋下政治(ハシズム)とファシズム― 「国民」はなぜ支持するのか?』 池田浩士さん京都精華大学教授》http://www7a.biglobe.ne.jp/~hotline-osk/17-22.pdf


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内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。あなたの書き方に、我が尊敬する、ほりのぶゆきさんの漫画みたいな臭いを感じ、コメントしたくなりました。
ネット右翼=昭和の馬鹿左翼では?
もし、あの時代にネットがあれば、血に飢えた(笑)馬鹿左翼にネットは席巻されていたかもとも思います。
とにかく、シノゴノ言わず安直にレッテルを張り、正義の名の下に断罪する能○リンども(笑)!
あなたが敢えて指摘されていた、小沢が左翼(笑)というくだりは…きちんと政治現象を見ている、いや、そのように心掛けている私には、案外『わかならい表現』ではないのですが(爆笑)、ネット右翼にそんな分析力など、ありえませんから偶然、近い解答ができてしまったのでしょうね。天地がひっくり返っても左翼であろうはずはないが、たまたま時流に乗って、あまりにも右回転している自民党政権に対抗すべく、あえて社民的な政策で勝負を仕掛けた。それが鳩山政権発足に連なっただけの話なわけで、大嫌いな政治家とはいえ、あの時の、私心よりもとりあえず政権奪取という発想転換は評価していたんですが…。貫けない鳩山たちの方が罪深い!
さて、脇に逸れたので(笑)、ネット右翼ですが、昭和の馬鹿左翼ともう少し比較すれば精神的には対等でしょうが、あいつらみたいなガッツがない!だから、あなたも、その抜群な表現ツッコミが今日もできるわけでしょう(笑)。
朝日新聞…90年代末期、いや新世紀以降、とうていリアルに左翼新聞と騒ぎ立てる対象に見えない、寧ろ日経新聞みたいな臭いを感じますが[アフガン戦争の時の朝日にドンビキしましたね、これって讀賣かと…]こんな新聞にこだわり続けている自体、ネット右翼は新聞を真剣に読んだ経験もないとゲロっていますね。寧ろ、侵略戦争だったときちんと認めている讀賣にネット右翼は押しかけるべきでしょうに。
確実に言えますね。
きち○いに刃物ではなく、ネットですな!
旅マン
2012/04/25 21:11
はじめまして。私もビッグローブのニュースコメの酷さにストレスを感じる1人です(苦笑)。深夜帯に繋がらなくなることも多く(以前のプロバイダではありませんでした)、安さで契約しましたが後悔しています。小沢一郎さん関連のニュースのコメントがあまりにひどい。左翼とか右翼というレッテル自体がもう20世紀の遺物なのに、ネットでは逆に幅を利かせてるところが面白いというかなんというか(苦笑)。
すず
2012/10/27 14:38

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